今日は、成人の日でしたが、この一月で155もデビュー20年になります。
これは、日本導入時、1992年9月号(なので実質日本デビューは7月?)の雑誌広告です。

一ページ目にこれがあって…
次の見開きがこんな感じ。(見開きなので入りきりませんでした^^;)
これは、Auto&Design誌の1992年2-3月号。
155のデザインについて特集されている号です。
この号の広告に使われている写真は、日本と同じですが、日本向けの方はごく初期認可が降りなかったプロジェクターヘッドランプが
目立たない印刷になっていたことに対し、あちらの雑誌広告はもちろんプロジェクターランプばっちり。
これは、晴れてプロジェクターヘッドランプが日本向けにも使えるようになった1993年版のカタログの写真です。
今から20年前の155デビューの1992年の更に20年前というと1972年。
やっとアルフェッタが登場した年で、まだまだジュリア系が主力だった頃です。
トランスアクスルに賭けた20年が始まろうとしていた時期ですね。
155前後の20年、アルファにとって随分違う20年になりました。
そして、155デビュー20年の今年の一月やっと日本でもジュリエッタが販売開始になるようです。
しかし、泣いた赤鬼の青鬼役を155が買って出て、156の成功を導いたアルファ小型セダンの
正統な後継車がいなくなってしまいましたね。
2012/01/07
今日は弊blogにコメントを下さっているbay_breeze
さんが横浜にいらしているということでお会いしました。
共通の話題に事欠かず直接お会いするのが初めてとは思えないような話の盛り上がりに時間の経つのも忘れてしまいました^^;
完全にビジネス抜きの親交を深めることができるのは、この歳になると学生来貴重なことなので、きっかけを与えてくれるこのクルマは
不思議な縁をとりもってくれるなあと思います。
もっとも10月に155なお二方とお会いしたときもそうですが、もはや155はきっかけに過ぎず、それに留まらないというかそれ以外の
話題の方が多いぐらい…というところも偏りのないお付き合いができて心地よいです。…否、他の話題自体が偏ってるか^^;

今回は206でいらしていて、155はお留守番ということでしたが、横浜での使い勝手の都合というこで、来ようと思えば155でも来られる
調子は保っているということで一安心。仏車の長距離も良いですけどね。
2011/12/31
今日は家の用事を済ませた後、日が暮れる前に実家に行って洗車。
汚れを水で洗い流す程度で簡単に30分弱で終了。
エンジンルームも簡単にすす払い。この車の御神体のインテークも軽く磨いて^^;


今年は、この神様に玉串料をかなり奉納しました^^;

ホイールは汚い。
この季節、夕方、あまり道路に水を撒くのも憚られるのでこの辺で妥協。
まあ新年に表を走ってもそんなに恥ずかしく無い程度にはなりました。