[[[ サロマンブルーを目指して・・・ ]]]
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この道は最高に輝く瞬間へ続いていく


これがレースで無かったなら…
これがサロマで無かったなら…
この状況で走ろうと言う気力など湧いては来ないだろう。残された体力など、たかが知れている。レースを続行する原動力は、もはや気力だけしかない。この道を進み続ければ、その先にきっと輝く瞬間が待っている!その思いだけが、身体を動かしているのだ。『この道は最高に輝く瞬間へ続いていく』今年のサロマの大会キャッチコピーだ。

住吉邸を後にして、白帆の町に入ると、サロマ湖100kmウルトラマラソンの名物エイド、通称“白帆のオアシス”が現れる。今年も子供たちがせっせと動き回り、冷たいおしぼりをランナーに手渡していた。冷えたおしぼりで顔の汗をぬぐい、首筋、耳の裏、腕。身体に、まとわりついた汗を拭きとると、一瞬、生きがえった心地になる。エイドではキュウリの浅漬けと、凍ったゼリーを頂き、湯呑みに入った温かい麦茶を飲んだ。使い捨てのコップではなく、陶器の湯呑みというのが、なんとも嬉しい。愛情がいっぱい詰まったエイドに、お礼を告げ、先へ進んだ。

  

屋根の上で大きな旗を振っている、”旅人宿さろまにあん”の前を通過すると、70kmのエイドが近づいてくる。初参加の年は、ギリギリの勝負を迫られた場所だ。あの時は肉体的にも、精神的にも、制限時間までも、すべてがギリギリだった。歩く事やエイドでのロスタイムなんて、全く許される状況ではなかった。次の関門をいかにして超えるか!それがすべてだった。お汁粉エイドも、ワッカも、ましてやゴールなんて、頭の中の思考回路に入る余地は全くなく、足元をただひたすら、じっと見つめて闘っていた。

それに比べたら、充分すぎるほどの余裕がある。70kmの通過タイムは、7時間12分59秒。この10kmのラップはひどく落ち込んだが、残り30kmに5時間37分も掛けられる。すべて歩いても何とかなりそうなほど、大きな余裕ができた。しかし余裕と言うのは、時に、人を苦しめる。思考力が散漫になり、考えなくてもよい事まで考えてしまうのだ。その結果、どうすれば楽になるかとか、どこが痛くて、何が辛くて、どうしたら、そこから逃げ出せるのかなどという弱気な事を考え出す。闘争心なんてものはすっかり湿ってしまい、火がつく気配は全くない。芝生の上に寝転んでやすみたいという衝動に駆られた。

鶴雅リゾートの手前で応援隊と遭遇した。すっかりと消えていた闘争心を少しだけ、呼び戻してくれたのは、応援隊の存在とサロマンブルーへの意識だった。そうだ、このレースにはサロマンブルーが掛かっているんだ。この事実が再びランナーとしての自覚を呼び戻してくれた。鶴雅リゾートのエイドでは、ソーメンと御汁粉を頂き、多くの声援に応えながら、精いっぱいの作り笑顔で走りだした。

 

毎年の事だが、鶴雅リゾートからワッカ原生花園の入り口までの5kmは辛い。辛い理由のひとつは、遥か彼方に見えるワッカの土手上を走っている先行ランナー達の姿が見えてしまう事。それに魅力あるエイドが鶴雅リゾートを最後に終わってしまうと言うのもある。さらに応援が少なく、これと言った目標物がないので、とても長く感じる。ましてや75kmを走ってきて、疲れ果てた状態だ。ペースなど上がる筈もない。この区間、かつては同じくらいのペースで走っているランナーに声を掛け、お話しながら凌いだ事も何度かあった。しかしながら今年は、ペースが合うランナーが見当たらない。強い日差しを浴びて、精神的にも、肉体的にも疲れ切った状態で走っていると、コース脇の森がふと目に飛び込んできた。いかにも涼しそうである。森の中に飛び込んでいきたい衝動に駆られた。

  
  あの土手の上にランナーの姿が・・・

結局、そんな勇気も、体力もないので惰性で走り続けた。脚はちっとも上がらない。気分を変えてみようと、1km走るのに何歩掛かっているか数えてみたら、1000歩以上かかっていた。走っているにもかかわらず、ストライドは1mにも達していない。重症だ・・・ 足元を見つめて、ただひたすら我慢する。ズルッ、ズルッと言う足音までが、重たく、気だるそうに聞こえてきた。

  

足元に落としていた視線を上げ、79kmの距離表示を確認したあと、前方に目を向けると数十メートル先に見慣れたユニフォーム姿が見えてきた。サロマ同行メンバーの、さとうそさんだった。一昨年関門閉鎖でリタイヤした悔しさをバネに昨年リベンジしたのだが、その時のタイムは12時間後半。その後のパワーアップが功を奏したのか、今年は果敢にも、大逃げを打ったようだ。竜宮台の折り返し以降、初めてその姿を目にした。

80kmの関門手前にあるスペシャルエイドで、エネルギーを補給した。ここが最後のスペシャルエイドだ。ボトルに下げたタグには、サロマンブルーまで20kmの文字。サロマでの通算走行距離は980kmに達しようとしていた。エイドを離れ、さとうそさんに追いつき、林道を駆け上がると80kmの関門が現れた。通過タイムは8時間25分3秒。この10kmに要した時間は・・・? もう考えたくない。 時間なんてどうでも良い。とにかく早くゴールしたい。心の中には、それしか残っていなかった。

ワッカ原生花園へと続く、曲がりくねった林道を、トボトボと走り続けていくと突然視界が開けた。目の前に広がる一面、緑の原生花園と、ソーダ水のようなオホーツク海。今年は開花が遅れているのか、エゾスカシユリのオレンジや、ハマナスのピンクがあまり見られなかったが、それでもこの光景には癒される。これまで、この光景を見て、何度となく涙したものだ。

  

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写真協力:M.fukuda
※レース中の写真は本人が撮影したのではなく、M.fukudaさんの写真を使わせて頂いています。