[[[ サロマンブルーを目指して・・・ ]]]
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たかが100km、されど100km


フルマラソンの距離を超えた。ここからがウルトラマラソンの本当のスタートとなる。42.195km という距離は1年に何度も完走するが、この距離を超える事はサロマ以外のレースでは殆どない。言うなれば、私はサロマ限定のウルトラランナーである。100kmというレースはサロマ以外一度も経験した事がないのだ。この10年間、浮気をせず、一途にサロマ湖100kmウルトラマラソンを愛してきた。それゆえ、42.195km以降の感覚と言うのは、1年前に遡らなければならないので、ほぼ忘れていると言ってよい。『ここからが勝負!』という字面だけが、頭の中に沁みついている。最近、身近な仲間が250kmなんて途方もない距離を完走した。時間は48時間近く掛かったそうだ。それに比べれば、たかが100km、たかだか十数時間なのだが、そう簡単には、いかない。

月見ガ浜道路から再び国道へ戻ったあたりで、便意を催し始めた。お腹が痛いと言う訳ではなく、自然現象だと思われる。距離が進むにつれて、段々と欲求が高まって行った。ふと気づけば『500m先トイレあり』の看板。ここで行かないと、大変な事になりうる!と言う訳で、コースアウトしてトイレ待ちの最後尾についた。待っている人数は2人。扉は1つ。

結局、待ち時間が5分~6分。作業時間が2分~3分。合わせて10分弱。記録を狙っていく上では、大きなロスタイムを生み出してしまった。さらに厄介だったのは、走る動作を止めてしまった事で、ペース感覚が狂い、1km5分30秒というペースを生み出せなくなってしまったのだ。また40km~50kmの間に現れた大きな坂でもペースが狂った。さらに気温の上昇、湿度の低さなどから、喉の渇きが、激しくなり、エイドでの給水、被り水に要する時間が増えてきていた。その結果、50kmの通過タイムは4時間48分32秒。この10kmのラップは一気に1時間7分程度まで落ち込んだ。冷静に考えればトイレのロスが大きな要因だったのだが、このラップの落ち込みが、記録挑戦への闘争心を奪い去ってしまった。

 

50kmを超え、大きな坂道を超えると、サロマの湖面に向かって下っていく坂へ差し掛かる。空の青さと湖の青さが、一筋の境界線を隔てて共存している。湖面から吹きあがる爽やかな風が、汗にまみれたシャツを素早く乾かしてくれる。前年のサロマでは、被り水して濡れたシャツが、いつまでも乾かない高温多湿の悪条件だったが、今年は気温が上がり始めてはいるものの、湿度は低いようで、濡れたシャツの渇きは早かった。

  

湖面へ向かう坂を下り始めた時、地に足がついていないようなフワフワとした感覚に襲われた。頭が覚醒せず、ぼんやりとしているような、不思議な感覚だった。やがてそれは、睡魔へと変わり、走りながら眠ってしまいそうな状態に陥った。ぼーっと走っている時間が数分間続いていたように思う。坂を下りきり、湖に面したエイドで被り水を行うと、シャキッと目が醒めた。ボランティアの学生に首筋から冷水を掛けて貰い、お礼を言う。毎度のことだが、この僅かなコミュニケーションも自分を支える原動力の1つになっている。エイドではスポーツドリンク、オレンジジュース、水、梅干し、レモンなどを素早く取り、歩きながら、口に運んだ。決して立ち止まらない!これが自分なりの鉄則だが、歩く時間が少しずつ長くなってきている気がした。

  

湖に沿ったコースを暫く走ると、遠くにレストステーション(旧緑館)が見えてくる。ここはスタート前に預けた荷物を受け取ることのできるポイントだが、今年は預けなかった。ロスタイムを減らす為、レストステーションであっても、他のエイドと同じように、給水、給食、被り水だけで済ませようと言う決意を態度で表わしたのだった。

レストステーションは、コース最大級の上り坂途中にある。エイドに立ち寄るランナーは、ホテルの敷地へ入るため、一旦コースから離れるのだが、トップクラスのランナーはコースをそのまま進み、エイドには寄らないらしい。もっともこの限られたランナー達が通過する時には、コース上にお盆を持ったボランティアが立ち並び、給水程度の補給は行えるよう配慮されているらしいのだが、実際その光景を目にした事はない。

レストステーションに到着した。受け取る荷物はないので、給水・給食テーブルへ直行した。喉の渇きが激しかったので、スポーツドリンクを2杯飲みほし、アミノバイタルゼリーを絞るように一気に口に流し込んだ。さらに俵型の小さな御握り1個と梅干し、レモンを立てつづけに口へ放り込み、水で流しこんだ。身体の表面が火照っている気がしたので、首筋、顔、腕、脚に氷水を掛け、コースに復帰した。上りの坂道途中にあるエイドなので、上り坂から再開する事になる。エイドで胃に一気にものを放り込んだ事で、少しお腹が張っている気がした。すぐに走りだせる気分ではなかったので、少し歩く事にした。

  

歩きだして暫くすると、また先ほどの感覚に襲われた。眠い・・・まっすぐ歩いているつもりなのだが、気がつくとコースの端に寄っている。歩くと言う行為が慢性化してしまい、なかなか走りに切り替える事ができない。というよりも、切り替えようと言う思考が働かなくなっていたのかもしれない。道の駅に応援隊がいたのだが、その時の様子はよく覚えていない。

どこかで経験した事のある、この感覚? 初めてサロマに挑戦した時のワッカだ。あのときは80kmの関門をギリギリで通過して、ワッカに入った途端、眠気に襲われた。道端に座り込み、僅かな時間だったとは思うが眠ってしまった。あの時と同じだ。原因は低血糖。直前のエイドで、おにぎりを食べたが、それまでのエイドでは、固形物を殆ど口にしなかった。エネルギー源はジュース類と手持ちのパワージェルやカーボショッツなどのサプリメント類。胃に負担を掛けないように、という自分なりの配慮だったが、エネルギー効率が良い分、切れるのも早い。対処法は糖分を取ることだ。頭の中で昔の自分が呟いた。即座に背中のポケットに入っていたパワージェルの封を切り、口の中に流し込んだ。念のため、もう1つ。数分後、眠気は嘘のように解消され、頭が覚醒してきた。長く続いていた歩きを、走りに切り替え、残り少なくなった上り坂を駆け上がった。

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写真協力:M.fukuda
※レース中の写真は本人が撮影したのではなく、M.fukudaさんの写真を使わせて頂いています。