[[[ サロマンブルーを目指して・・・ ]]]
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 遠ければ遠いほど、鮮やかな虹の色
    心の果てに描いた夢は、今もつかめないまま
 近づけば近づくほど、見えなくなってゆくけれど
    消えたんじゃない、光の中に、君は今、包まれているから


コブクロの虹という歌の一節。遠い昔(10年前)、サロマンブルーという、心に描いていた夢は、とても鮮やかで、輪郭がはっきりとしていて、光り輝いていた。それが、その夢に指が掛かり、手繰り寄せる瞬間が近づいてきたら、ぼんやりとしてきて、形が良く分らなくなってきた。『サロマンブルーってそんなに凄い事なのか?』 正直良く分らなくなってきた。でも、この数十分後、良く見えなくなってきた夢の替わりに、大切なものを手にする事ができた。

悪いながらも、最低限の走りを取り戻し、気が付けば、ワッカ原生花園の出口付近に差し掛かっていた。残り4㎞。短い坂道を上り、曲がりくねった林道を進むと残り3㎞。ペースは復活することはなく、決まったペースでしか走れない。ペースアップしたランナーに続々と抜かされるが、抵抗する術はない。同じペースで確実にゴールへ近づく。自分にできる事は、これがすべてだった。

  

林道の出口の下り坂をそろり、そろりと下ると最後のエイドステーションが現れた。ボランティアの学生が襷をみて、『サロマンブルーおめでとうございます』と声をかけてくれた。『有難う!』と応え、ハイタッチを交わした。エイドでスポーツドリンクを1杯飲み干し、ふぅーっと一息ついてから再スタート。コースを左折すると、残り2㎞の看板が現れた。沿道から、拍手が贈られてくる。そのひとつひとつに丁寧に頭を下げて応えると、『サロマンブルーおめでとう』の声が連呼されるようになってきた。

 

10年越しの夢が今、目の前に近づいてきた。残り1㎞の看板を通り過ぎ、一旦、国道に出てから会場へ続く道路へと入る。あと1回、右に曲がれば目の前にゴールが見えてくる筈だ。ゴール会場に隣接する駐車場の脇を通り過ぎると、歓声が一気に高まった。

  

残り数百メートル。大きな拍手、大きな声援、それにゴールする選手を紹介するアナウンスが鳴り響いている。コースを右折する直前に応援隊と最後の接触。サロマンブルーと書かれた横断幕を掲げて母が叫ぶ!妻から過去9年分の完走メダルを首にかけて貰い、仲間が準備してくれた黄色い鮮やかな花束を受け取った。9年分のメダルの重さが首にずっしりと食い込んだ。走り出すとジャラジャラと鳴り響くメダルの音。沿道からは大きな拍手と、笑い声が耳に飛び込んできた。残り数十メートル。長かったような、短かかったような不思議な10年だった。この瞬間を迎えることができるのだろうかと不安になったこともあった。この瞬間を何度思い描いてきただろう。これまでの大会は、苦労して1つ1つ完走を重ねても通過点でしかなかったサロマ湖100kmウルトラマラソン。それが、ようやく真のゴールを迎えられる。

  

『10年連続10回目の完走です。サロマンブルー達成です。夢の叶った瞬間で~す!!』 会場に響くアナウンスと同時にブルーのゴールステージへ進入し、そしてゴールラインを越えた。両腕を目いっぱい掲げ全身で喜びを表現した。次の瞬間に浮かんできた感情は感謝。そう思ったら、コースを振り返りサンバイザーを外してお辞儀していた。フィニッシャーエリアへ進むと、妻と、母と、先にゴールした、でんでんさんが出迎えてくれた。ボランティアから10個目のメダルを掛けてもらい記念撮影。これでサロマのメダルコレクションは完成した。

  
  ゴール動画はこちら (撮影:でんでんさん)

  

この10年間、夢だ、夢だと自分に言い聞かせてきたサロマンブルー。サロマ挑戦当初、雲の上の存在だった、丹代さん(今やグランドブルー)や、住吉さん、斉藤親分や、夜久さん、それにじゅんこさん。そんな偉大なランナー達と同じ称号を得られたというのは、凄く光栄だし、ネームプレートをゴール会場に残せると言うのも嬉しい。来年出場すれば、憧れだったブルーのゼッケンをつけられる訳だし、利用しようと思えば、専用控室も使える。でも、ゴールした後の高揚感は、サロマンブルーという称号を得られたという事ではなく、この挑戦が多くの人に見守られ、たくさんの応援メッセージを頂き、サロマンブルーを達成した事に対して、たくさんの祝福の言葉を頂けたという事が、実は一番嬉しいのではないかという気がしてきた。ゴール後に、お祝いの電話を頂いた。メールもあったし、ツイッターでも沢山のお祝いの言葉を頂いた。打上げ会場には祝電まで・・・その数の多さゆえに、ひとつひとつに丁寧に応えられなかったのは申し訳ないが、心の底から感謝している。今までの人生で、これほどまでに他人から褒めて貰った事などなかったのだから。

速く走る事はできない。続ける事でしか存在感を示せない者に、サロマンブルーという粋な計らいをしてくれる大会運営者に感謝。それから、これまでの取り組みを見守ってくれた方が沢山いた事、そして、その達成を喜んでくれる方が沢山いると言う事に心から感謝したいと思う。

  

ゴールして、思い通りに、動かない足を引きずりながら、更衣室へ向かい、呻き声を上げながら着替え、一息ついてゴールエリアへ戻ってくると、続々と仲間たちがゴールしてきた。力をすべて出し切った仲間たちの笑顔は清々しい。こういう素晴らしい仲間たちと巡り合えたからこそ、10年間にわたり、この土地へ通い続けてこれのかもしれない。

 

 

PM6時。サロマ湖100kmウルトラマラソンの幕が閉じられた。自身の成績は抜きにして、とても素晴らしい大会だった。眩しい太陽に照らされ、スカイブルーに、サロマンブルーに、オホーツクブルー、全てが整っていた。出来すぎ!と言えるくらい鮮やかなサロマだった。制限時間ギリギリにゴールしたランナーを拍手で迎えて会場を後にした。また来年、この輝く場所へ・・・

  

ゴール会場からの帰り道、1日を振り返りながら、車窓を眺めていると、鮮やかなオレンジ色の夕日が目に飛び込んできた。10年間、通い続けてきたサロマだったが、これほど美しい夕日を見たのは初めてだった。わずかな時間だったが、目じりに涙が浮かんでいるのを感じた。

  

紋別市内に戻り、昨年と同じ打上げ会場へ移動し、仲間たちと酒を酌み交わす。疲れた体に冷えたビールが沁み込んでいく。この日のエピソードをネタに談笑する。レース終了後に良くある1コマだが、これがあるからランニングはやめられない。レース中、あまりの辛さで『サロマは今年で最後にしよう!』などと考えた事もあったが、ブルーのゼッケンをつけずして、終える事はできない。グランドブルー(20回完走)を目指すのか?と問われれば、即答はしかねるが、今後はとりあえず、連続完走記録を1つづつ伸ばす事に専念しようと思う。そうこうしているうちに、仲間たちがサロマンブルーを達成する瞬間に幾度となく立ちあえるだろうし、いつの日かグランドブルーが目標となる瞬間が来るかもしれない。でも、それはずっと先の話。もう暫くの間は、愛おしい10個の完走メダルを眺めながらサロマンブルー達成の余韻に浸っていたいと思う。

  

サロマンブルーという称号は、走力云々を問う前に、まずこの大会が好きでなければ達成できない。この大会を好み、この土地を好み、この大会に携わっている人たちに惹かれるからこそ、何度も北の大地へ足を運ぶ事ができるのだ。そういう意味では、サロマンブルーとは、サロマ湖100kmウルトラマラソンを、こよなく愛するランナーたちの証なのだと思う。私も、その中の一人として、もう暫くは、この居心地の良い空間に浸る事にする。サロマンブルーの名を汚さぬよう、しっかりとした走力を身につけて・・・ 

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写真協力:M.fukuda
※レース中の写真は本人が撮影したのではなく、M.fukudaさんの写真を使わせて頂いています。