寄稿 Contribution
主は水辺に立った −トリエント典礼について−
増田 洋
3. トリエント・ミサについての質問に的確に答えられているか?
そこで、「現在話題に上っているトリエント・ミサってなんですか?」という質問がでてきます。司教様、神父様を始め、よくある答えとして「公会議前のラテン語、うしろ向き(あるいは、背面式)のミサのことですよ。」というのがありますが、必ずしも的確に答えているとは思えません。ラテン語であることに誤りはありませんが、公会議後の現在のミサでも、規範版はラテン語で書かれていて、それを各国語に訳して用いることも許可され、各国語が多く用いられているだけのことであって、ラテン語を用いることが禁止されているわけではありません。あえて、「ラテン語」という言葉を使うとすれば、「ラテン語だけに限られていた」というべきだと思います。また、「うしろ向き」とか「背面式」いう言葉は単純には物理的に方向を表す言葉ですが、人間やその行為や意欲を形容するときにも使われ、その場合、好感を持つものに対してはあまり使われません。この説明は言外に「私はあまり好感を持っていませんが」という言葉を含んでいるようにも受け取れます。なぜ、「うしろ向き」と言われるかといえば、会衆席の信徒から見て司式司祭が背中を見せているからだそうです。当時の祭壇は聖堂の奥にあったので、司祭は信徒の代表として神に向かってミサをささげていたわけです。しかし、代表者がグループの側に立って、相手の顔を見るとき、グループのメンバーには代表者が背中を見せるのは至極当然のことであって、それをことさらに「うしろ向きのミサ」、「背面式ミサ」というのもおかしな話です。どうして、このような穏やかでない言葉が選ばれるのか理解に苦しむところです。「第二ヴァチカン公会議前のミサの形式で、当時、祭壇は聖堂の一番奥にあり、司祭も信徒と同じ方向を向いて、ミサをラテン語でささげていた。」という説明で十分ではないでしょうか?
自発教令「スンモールム・ポンティフィクム」発表後、「カトリック新聞」に、トリエント・ミサについてのコメントが、高位聖職者、日本司教協議会の典礼担当司教とのインタビュー記事や、司教典礼委員会のメンバーの司祭、オピニオン・リーダーと言われる一般信徒の名前入りで書かれた記事が散見されます。インタビュー記事の場合は発言者だけでなく、編集者の意図も勘案して考えなければなりませんが、いずれにしても、トリエント・ミサについて知らない信徒に、「このミサにあずかってみたい。」と思わせるような解説ではありません。説明にしても、解説にしても「司教様や神父様が、あまりお奨めではなく、お好みではないようだから、これ以上追及するのはやめましょう。」という結論になってしまいがちです。ブドウの木に寄ってきた動物に、実を食べさせずに、「このブドウは酸っぱい」と言って追い払ったイソップ物語のキツネを思い出させるものがあります。
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