わがまま温泉日記 泉質をめぐるワタシ的考察

 〜硫酸塩泉と炭酸水素塩泉のナゾに迫る〜
出発点
「鶴の湯」のお湯はグリーン?

今夏、「鶴の湯」に泊まって確認したところ、「白湯」の泉質は「含硫黄−Na・Ca−塩化物・炭酸水素塩泉」とありました。
ほかにも、2種類のお湯が湧いているようですが、ちょっとの違いで、ずいぶん違うんだな〜というのが実感。
石塚旅館露天風呂

 岩手県と秋田県の県境、駒ヶ岳の岩手側登山口に位置するのが国見温泉です。まぁ、写真のお湯の色をご覧ください。底には真っ白なパウダーが沈殿し、飲めば思わず吐き出したくなるような苦味を感じたものです。
 当時、安易な素人考えで納得していたことがあります。真っ白なパウダーは石膏で、こんなに苦いからには正苦味泉に違いない。さらには、正苦味泉はグリーンなんだと。
 ところが、このお湯は「含硫黄炭酸水素塩泉」という泉質だったのです。イオウが含まれていることだけは分かるのですが、「炭酸水素塩泉」が何であるのか、かいもく見当もつかないでいました。

 さて、秋田県の乳頭温泉郷は駒ケ岳をはさんで、ちょうど国見温泉とは反対側に位置します。そこの「鶴の湯」といえば、秘湯ファンならずともあこがれる、おそらく全国でもっとも人気の高い秘湯ではないでしょうか。その泉質を見て、がく然としたことを今でも覚えています。「含硫黄炭酸水素塩泉」 それは字面の上では国見温泉とまったく同じものだったのです。

成分分析書
最も大きなスペースを取っているのが「陽イオン」と「陰イオン」の含有量です。実は、ここに秘密が隠されていたのです。
強羅温泉「強羅館」

 風呂場の脱衣室とか休憩室に、額縁に入れてひっそりと掲示してあるのが温泉の成分分析書です。なぜか、大抵が見づらい上の方に掲げてあります。様式もバラバラなら、中にはいかにもうさんくさそうなものまであります。
 ワカシやマワシのたぐいなら、湯守のオジさんや仲居さんに尋ねると、ボロッと真実が垣間見えるのですが、泉質となるとそうはいきません。成分分析書という公式資料には、泉質をはじめ、源泉温、湯量、効能などが明記されているので、ワタシたちにとって唯一の貴重な情報源といえるでしょう。

 ところが、泉質を見ると「酸性−ナトリウム・カルシウム・マグネシウム−硫酸塩泉」などと書いてあって、何が何だか分からないってこと、ありませんでしたか? 写真は箱根の強羅温泉で撮ったものです。が、これが「硫黄泉」とか「食塩泉」とか書いてあるなら、イメージしやすいのに・・・。
 ということで、ここで取り上げるのは、イメージするのがむずかしい「硫酸塩泉」と「炭酸水素塩泉」だけです。

食塩泉
塩化物泉という分類は、ナトリウム以外にもカリウム,マグネシウムなどの陽イオンと結合した塩化物を含んでいることによるものです。ちなみに塩化マグネシウムとは「にがり」のことです。

 とはいうものの、物事の理解というものは、単純であればあるほど分かりやすいわけですから、食塩泉を取り上げて、しばらく話を進めていくことにします。

 食塩の化学名は「塩化ナトリウム」。 「塩素とナトリウムがくっついたもの」です。もう少し、正確を期するならば「塩素イオンとナトリウムイオンがイオン結合してできた分子」となるのだそうです。
 そういえば、成分分析書の陽イオンの側にナトリウム、陰イオンの側に塩素イオンの含有量が載っていました。両者の含有量が多ければ、多くの食塩ができるのは当然でしょう。つまり、どんな陽イオンと陰イオンが含まれているかが分かれば、温泉の成分が分かるという仕組み。成分が明らかになれば、色や味、さらには効能まで分かるんじゃないでしょうか? 夢はふくらむばかりです。

イオン
単純化するために原子対原子の関係で説明を続けます。

 世の中のありとあらゆる物質は、「分子」という状態で安定しているのだそうです。これを分解してみると、「原子」の結合したものであることがわかります。
 化学の時間、周期律表というものがあったの、覚えていますか? 「水兵リーベーぼくの船」、つい思い出してしまいましたが、あれが、元素(原子)です。水素,ヘリウム,リチウム,ベリリウム.ホウ素,酸素,炭素,窒素,フッ素,ネオン。余談になりますが、「リーベー」の意味も分からないまま、空念仏のように覚えていたのですが、ドイツ語の「リーベ」、つまり「愛する」であることに、たった今、気づきました。

 原子の中心には「原子核」というコアがあって、その周りを「電子」がくるくる回っています。ちょうど、原子核を地球、電子を月にたとえてみると分かりやすいかも知れませんね。ただし、その月は何個も、何十個も回っているんですけど、一番外側の軌道を回っている最外殻電子の過不足がイオンの正体なんですって。

 ●陰イオン 安定するためには電子が多いもの→電子を放出したい

. 硫酸イオン 炭酸水素イオン

 泉質表示にあった「硫酸塩泉」とか「炭酸水素塩泉」というのは、実は、この陰イオンの名前からきていたのですね。先ほどの、塩素イオンも陰イオンでしたよね。

 ●イオン 安定するためには電子が少ないもの→電子を受け入れたい
.
.ナトリウム
.カルシウム
マグネシウム
アルミニウム

 多くて「陰」、少なくて「陽」。少し奇異な感じがしますが、電子が電気的にマイナスの性質をもっているためにそう呼ばれるようです。マイナスが多ければ「陰」、マイナスが少なければ「陽」というわけです。当たり前といえば、当たり前のこと。
イオン結合
単純化するため、反応の可逆性については考慮しません。

 最外殻電子、つまり月の数が8個で安定する塩素原子とナトリウム原子について考えてみましょう。溶液中、すなわち、お湯の中では、塩素もナトリウムもイオンの状態で安定するのだそうです。塩素イオンには9個,ナトリウムイオンには7個の月が回った状態で、お湯の中に溶け込んでいます。

 しかし、一定量の水に溶ける食塩の量には限りがあるのと同じように、無尽蔵に溶け込んでいられるものでもないようです。そこで、お湯の中にいられないこれら2つのイオンが近づくと、どうなると思いますか? 電気的にプラスのものとマイナスのものが近づくと? あるいは、磁石のS極とN極が近づくと? きわめて卑近な例を挙げるとするなら、相性のいい「男性」と「女性」が近づくとどうなるでしょう?
 そう、お互いに8個の月を持とうとして、くっつきますよね。これがイオン結合。そして、くっついてできた安定した物質が「分子」なのです。

化合物

 イオン結合によってできた分子は、安定した固体です。湯の花として湯船に漂ったり、おりものとして底にたまったり、あるいは、床板に固着して石化させたりしています。
 化学名を記すと次の通りですが、こうしてできた物質をまとめて「塩(えん)」と呼ぶのだそうです。なぜ、「しお」って呼ばないのか? そこまでは知りませんが、「塩素イオン」と「ナトリウムイオン」が結合してできた物質を「食塩(えん)」というじゃありませんか!

硫酸イオン 炭酸水素イオン
ナトリウム 硫酸ナトリウム 炭酸水素ナトリウム
カルシウム 硫酸カルシウム 炭酸水素カルシウム
マグネシウム 硫酸マグネシウム 炭酸水素マグネシウム
アルミニウム 硫酸アルミニウム 炭酸水素アルミニウム
硫酸第一鉄 重炭酸鉄

 簡単なものでしょ? 陰イオンを前に、陽イオンを後ろにくっつけて名づければよいだけなのですから。
 ところが、それがどんなものなのか、化学名では見当もつかないというところに問題があるのです。もちろん、先ほども述べたように、塩化ナトリウム(NaCl)が食塩というくらいなら、ワタシにだって分かるのですが・・・。
旧泉質名
温泉の話が出てこないと、おもしろくありませんね。さぁ、目が覚めましたか?

 湯船の中に潜む成分について、まだ、このままでは何が何だか分からないので、旧泉質にあてはめてみることにしましょう。

硫酸塩泉 炭酸水素塩泉
ナトリウム 芒硝(ぼうしょう)泉 重曹(じゅうそう)泉
カルシウム 石膏(せっこう)泉 重炭酸土類泉
マグネシウム 正苦味(せいくみ)泉
アルミニウム 明礬(みょうばん)泉
緑礬(りょくばん)泉 重炭酸鉄泉

 ずいぶんとイメージしやすくなったでしょう? ワタシが思うには、無機的な化学名で表示するより、旧泉質で表示した方がずっと親切な気がします。みなさん、いかがでしょうか。温泉はわが国のれっきとした文化でもあり、きっとそこには深い含蓄も見受けられるような気がするのですが・・・。
泉質の決定
温泉と認定されるためには、いろいろと細かい基準が定められているようです。


おすすめりんく!
温泉分析書の見方

峩々温泉 宮城蔵王に位置する峩々温泉の成分分析書には「ナトリウム・カルシウム-炭酸水素塩・硫酸塩泉」とあります。何とも欲張りな(?)泉質表示ですね。二つの陽イオンと二つの陰イオンの含有量が基準値以上なのでしょう。これだけで、判断すると「芒硝」「石膏」「重曹」「重炭酸土類」泉ということになってしまいます。
 しかし、含有量が基準値以上であったとしても、多い、少ないはあるはずです。この温泉、旧泉質名では「含芒硝重曹泉」となっています。つまり、ナトリウムの方がカルシウムよりも多くて、その結果、芒硝と重曹が多く生成され、もっとも多い成分をもって、泉質名としたのでしょう。

 では、「含芒硝」と「重曹泉」という扱いの違いは、どこから来るものなのでしょう。たとえば、「牛乳」の正体はミルクですが、「乳牛」の正体は牛ですよね(^^)。 つまり、私たちが使っている日本語は「下の単語ほど重要」との法則があると、どうやら考えてよさそうです。そこで、日本語の特質によるものだと解釈すると、ナトリウムと炭酸水素塩が多いので、まずは「重曹泉」。続いて、ナトリウムと硫酸塩が多くて「含芒硝」と、決めていったのでしょうか。
 温泉の中には種々の成分が入り交じっているため、主成分をもって泉質となす。きわめて当然のことですね。しかし、ワタシの関心の的は泉質の決め方などにはないのです。いろんな成分が含まれているということは、その成分の一つ一つにまで、光をあてていきたいですね。

自戒
泉質。う〜ん、「ナントカ泉」という分類で片付けられるほど、単純なものではないですね。

 「重曹泉」に含まれているのは「重曹」だけではありません。先の峩々温泉の例でみれば、「芒硝」「石膏」「重炭酸土類」など、たくさんの成分が含まれているのです。この点だけは、くれぐれも自戒しておきたいところです。

姥湯温泉「枡形屋旅館」 もう一つ、例をあげておきましょう。今度は山形県と福島県の境に位置する姥湯温泉です。いまだ、秘湯の面影を色濃く残している、秘湯ファンにはたまらない温泉の一つでしょう。泉質は「単純酸性硫黄泉」。
 ところが、右の成分表を見てみると、硫酸イオンの値が556.5と異常に高いことに気がつきます。そうです! 姥湯は「単純硫黄泉」などではなく、れっきとした「硫酸塩泉」なのです。左側の陽イオンの項目を調べると、カルシウム56.5,ナトリウム36.2,アルミニウム31.1と、高い値になっています。そこで、生成される成分を調べてみます。書いているうちにワタシは覚えてしまいましたけど・・・。石膏、芒硝、明礬が含まれる硫酸塩泉であることが分かりますよね。

 もちろん、基準値に達していないなどという事情があるのかも知れません。が、これだけは言えそうです。「単純泉」などという泉質名を尊重こそすれ、決してうのみにしてはならないのです。 

成分解説
ようやくたどり着きました。これが知りたかったのです。

 先ほど化学名で述べた成分を俗称で表したのが下の表です。旧泉質名とみごと一致していることが分かります。
 では、これらの成分について、色・味など知覚上の特徴と、用途の面から調べてみましょう。

泉質 成分 知覚 用途
芒硝泉 芒硝
Na2SO4
無色

ガラス・群青の製造

石膏泉 石膏
CaSO4・2H2O
白色

肥料・顔料・壁材

正苦味泉 エプソム塩
MgSO4・7H2O
白色
苦味
肥料
緩下剤
明ばん泉 明ばん
K2SO4Al2(SO4)3・24H2O
無色
甘酸っぱい渋味
顔料
医薬・収斂剤
緑ばん泉 緑ばん
FeSO4
青緑色

インク・分析用試薬
医薬
重曹泉 重曹
NaHCO3
無色
ベーキングパウダー
漂白剤
胃酸の中和剤
重炭酸土類泉  溶液中にしか存在し得ない
重炭酸鉄泉 重炭酸鉄

褐色


 マイクロソフト「エンカルタ」と「広辞苑」だけでも、かなりの部分は判明しましたが、重炭酸土類泉と重炭酸鉄泉だけは調べがつきませんでした。

嬉しいことに
効能や色との関係で、いろんなことが分かりそうですよ!

 上の表で、用途の部分にご注目ください。やはり予想通り、うれしい情報がいっぱい並んでいます。

  • 正苦味泉だから便秘に効くというより、エプソム塩が含まれているから下剤の作用がある。
  • 重曹泉だから胃炎に効くというより、重曹が含まれているから胃酸を中和してくれる。驚いたのが、漂白作用があるから、古来「美人の湯」と呼ばれていたのか?
  • 明ばん泉は飲むと粘膜炎症に効くといわれているが、明ばんの収斂作用によるものである。
  • 石膏泉ならの湯船のふちが白くなる。
  • 茶褐色の鉄臭いお湯は重炭酸鉄泉のようである。
  • 湯船のふちに緑がこびりついているのは、コケではなくて、緑ばんだ。緑色のお湯もこのせいかと思ったけれど、そう簡単にはいきそうもない。

 まだまだ、調べることがたくさんありそうです。この次は応用問題として、お湯の飲用・浴用における効能や、お湯の色との関係を探っていきたいですね。

さらなる旅へ
よく分かる。しかし、吹聴すれば恥をかくかもしれません。


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わがまま温泉ランキング「泉質」

 ワタシにとって、化学は専門分野でも何でもありません。科学者の視点から細かいことを言い始めたら、ここには誤りの数々が散見できることでしょう。
 しかし、これは科学論文ではないのです。端的に言えば、お湯に浸かって、これは「なんとか泉」と言い当てることができたらスゴイだろうな! という何とも無邪気な動機から生まれた私的考察なのです。
 そもそも、ワタシの大雑把・大づかみな性格からして、科学論文など書けようはずもありません。が、大雑把な単純化が妙に理解を助けてくれるのだとしたら・・・。 この性格が「吉」と出ることを祈って、<成分編>を終わりにします。 

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