わがまま温泉日記 パスカルの罠(わな)

〜源泉掛け流しの落とし穴〜

Question 草津温泉「日新館」

 右の写真は、草津温泉「日新館」で撮ったもの。浴槽のすぐ外に、変な塩ビのパイプが突っ立ってるでしょ?
 何なんだろう? だれか、すぐに答えられる人、いますか〜?
 「湯畑の湯」につかりながら、しばらく考えてはいたものの、いいお湯だね〜と、そんなことなど忘れてしまう。お湯につかって、「満足、満足」とつぶやきながら、すべてを忘れてしまうのは、いつもながらのことなんだから・・・。


Watching

 翌朝、湯船のふちに腰掛けて、ゆっくりあたりを見回していた。湯畑のすぐ下に位置する宿のこと、そりゃぁ、景色は大したことない。思わず、知らずと、例のパイプに目が向かう。
 暇にまかせて足をバタバタさせてみた。波立つ水面、それにつられてパイプから、お湯があふれる。あわてて、パイプの中をのぞいて見ると、確かにお湯が上下動。休むことなく繰り返す。
 ザブーンと、勢いよく湯船につかってみたならば、湯船のふちから、パイプから、お湯があふれ出してくる。

アレルギー対策コース
Thinking of
Pascal

 「人間は考える葦である」とのたもうたのが、ルネッサンス期の科学者&思想家、パスカルその人なのである。「ワタシはお湯を動かす足である」などと、言ってばかりもいられない。

パスカルの原理 ブレーキは自動車の必需品。小さな力を大きく伝えてくれているものだが、この仕組みを説明するのが「パスカルの原理」。
 Fb=Fa/Sa*Sb
Sa=10cm2 Sb=30cm2 とするとき、ブレーキペダルに Fa=10kg の力を加えると、ブレーキパッドに Fb=10/10*30=30kg の力が伝わるというもの。

上の数式を変形してみると、もっと分かりやすくなる。
 Fb/Sb=Fa/Sa
すなわち、単位面積にかかる力は、どこも同じということに。先ほどの例でいうと、30kg/30cm2=10kg/10cm2 となって、どちらにも 1cm2 あたり 1kg の力がかかり、等式が成り立つことが分かるでしょ。


Sinking
the Water

 この「1cm2 あたり 1kg の力」というのは、実は海抜0m地点における空気の圧力なのである。1cm四方の正方形に、何と1kgもの重さがのしかかっているのだ。
 ワタシの背中を、歳とともに長方形に近づきつつある台形だと見立てると、その面積が計算できる。
 (40+30)*60/2=2100cm2
そこで、背中にかかる重さを計算すると、
 1kg*2100=2100kg=2.1t
もはやワタシは起き上がれない。

大気圧
 さて、右の図は、1cm2 あたり 1kg の力がどれほどのものかを実験したもの。水の重さは1cm3 あたり 1gなので、その体積は
 1000g/1g=1000cm3
水柱の断面積も、1kgの大気圧がかかる1cm2だとすると、
 1000cm3/1cm2=1000cm=10m
もの高さにまで水を持ち上げる力があることが分かる。もちろん、「真空中で」というところがミソ。
 最初に水銀を用いてこの実験をおこなったのが、ガリレオの最も優秀な弟子、トリチェリなのである。パスカルだって、もちろんこの実験を、水を使って追試したんだそうだ。

 では、高さ10mの水柱を低くしてみよう。試験管を抜き取ってはダメよ!
 試験管の先端を切り取ってみると、あらら不思議、高さ10mもの水柱は雲散霧消。真空状態が大気圧のかかった状態に変化するだけでこうなるのである。
 パスカルの原理によると、「単位面積にかかる力は、どこも同じ」というのは前項でみた通り。
 つまり、こういうことが言えるだろう。
同じ大気圧がかかった状態において、一体となった水の、水面の高さは同じ」である。


Seeking
the Cause of Siphone

 サイフォンコーヒーなるものがある。あれって、どこがサイフォンなんだか、どう考えてもバキュームコーヒーとしか思えない。なぜ、何十年ものあいだ、謎が謎のままであり続けるのか? おいしいコーヒーをいただいて、ホッと一息つきながら、テレフォン片手にだべってばかりいるからに違いない。

サイフォンの原理 先ほどの試験管をパイプに替えて、右の図のように配管したとする。容器内の水とパイプ内の水を、吸引等の方法によって一体化すると、水面の高さは同じになるはず。
 そこで、パイプの先端位置を現在の水面位置より下げてみると、水は流れ出すはず。これって、サイフォンの原理じゃないの?
 ところが、しかし、サイフォンの原理を調べてみると、流体力学として説明がなされ、位置エネルギーが運動エネルギーに・・・と書いてある。難しそうだな〜と、思考停止。


Singing
in the Bath

 物理の話はここまでにして、お風呂の話に戻ったとたん、また生き返る。あ〜、いい湯だね〜。
日新館の配管
 配管方法をあれやこれやと工夫してみる。右の図のように配管すれば、最初の吸引が要らないことに気づくでしょ。そう、この配管こそが、冒頭、草津温泉「日新館」の塩ビのパイプの正体だったのだ。
 源泉掛け流しのお湯は、湯船の縁からも、塩ビのパイプからも流れ出す。こんな仕組みがあったとは、ワタシにとっては大きな驚き。
 では、なぜ、こんな仕組みを設けなくてはならないのかという新たな疑問が生じるが、とにもかくにも問題解決。あとは、湯船に身を沈め、鼻歌なんぞを口ずさんでみる。


Circulation


極上の湯
「極楽とらべる」のはなさんも、循環について、より具体的な見分け方を教えてくれる。

お風呂の科学
循環・源泉投入・排湯方式の3つの構成要素から、浴槽まわりのお湯遣いにつき科学する。

 ワタシは源泉で顔を洗うのが大好きである。泉質もわきまえず、そんなことをしているものだから、脂っ気が飛び、お肌カサカサ、ひどい目にあったこともある。そんなワタシの一番の関心事が、お湯を循環しているかどうかということ。だって、一回りも二回りもしてきたお湯で、洗顔したくはないもんね。レジオネラ菌騒動だってあったことだし・・・。

 で、ワタシ流、循環の有無の見極めは、

チェックポイント 源泉掛流し 循環
飲泉 可能 不可
湯船からのお湯の溢れ出し あり なし
吸水口からのお湯の吸引 なし あり

と、至ってシンプルなものである。もちろん1番目の飲泉が可能なら、洗顔用には、あとの2項目は無視。とはいえ、3項目のうちいずれを重視するかといえば、3番目の項目である。なぜなら「循環」に必要不可欠な条件が、「お湯の吸引」であることを忘れてはならない。
 最重要項目「お湯の吸引」につき、とある宿にて、たいへん貴重な体験をした。

The Hole of Pascal

 小さな湯宿は全体像を捉えるのに、たいそう都合がよいものだ。草津温泉「日新館」にて見つけた穴を、パスカルに敬意を表して、ワタシは「パスカルの穴」と呼ぶことにした。

 妙高高原に湧く、燕温泉「樺太館」も幸いにして小さな湯宿。小ぶりの湯船に、源泉が惜しげもなく注ぎ込まれているのだが、例によって循環チェックをおこなってみる。

 1.飲泉可能ではない
 2.湯船の縁からお湯があふれ出していない
 3.湯船の側面に開けられた丸い穴から、お湯が吸い込まれている

三項目とも陽性である。
樺太館の配管
 今までなら、即座に循環と断定するところ、草津にて「パスカルの穴」を発見したワタシは既に別人。まあるい穴に手をかざし、吸い込み方を確かめてみる。

 ・吸引力が弱い
 ・吸引力に「ゆらぎ」がある

ひょっとして、これは「パスカルの穴」ではないかと、頭の中で図面を描く。


The Trap of Pascal 樺太館の浴室

 夕食どき、ご一緒した奥さんが「湯船からお湯があふれてなかったわね」と話かけてくる。どうやら、この奥さん、お湯があふれる=源泉掛け流しと考えておられたようである。
 ひとしきり、お湯の話も済んだところで、女将さんが申し訳なさそうに「源泉掛け流しなんですよ」と話してくれた。湯船の縁からあふれさせると、床がヌルヌルになって、たいへん危険なんだそうである。
 もちろん、床の掃除を頻繁におこなえればよいのだけれど、ご主人と女将さんの二人っきりで切り盛りしているこの宿に、そこまで望むは酷かも知れない。湯船から排水溝へと導かれるお湯最善ではないにせよ、お客様にもしものことがあってはという配慮から、次善の策をとったというべきか。
 ただ、この方式、水面に浮かぶ皮脂やら体毛やらの汚れが、湯船の縁から流れ出さないので、やはり好ましくない。

 それにしても、「あそこのお湯は循環だよ」と、HPに書かずにすんでよかったよ。ゾッとするね〜。
 あな恐ろし
 くれぐれも「パスカルの罠」には引っかからぬよう


The New Question (追記)
 何ともウレシイことに、「温泉の科学」のやませみさんも、このページに目を通して下さっていて、お答えをわざわざ頂戴致しましたので、ここに追記させていただきます。「みしゅらん掲示板」と同内容の部分のみ。
(前掲引用)
 では、なぜ、こんな仕組みを設けなくてはならないのかという新たな疑問が生じるが、とにもかくにも問題解決。あとは、湯船に身を沈め、鼻歌なんぞを口ずさんでみる。

The Answer from Mr.Yamasemi
どうしてわざわざこういう方法をとるかですが、

掛け流しでも、浴槽縁からの排出だけでは投入した湯は上面をそのまま流れ去ってしまい、浴槽全体での湯の交換はうまくいきません。下のほうの湯が滞留してぬるくなったり澱んでくるのを避けるため、浴槽底にこういう排出口をつけて、上下方向の湯の動きをつくります。新鮮な湯がどんどん下へ下へと移動していくわけです。底に沈んだ湯ノ花やゴミを効率よく排除するにもたいへん便利です。

底面からの排出だけだと、湯に浮かんだ毛髪や皮膚カスは排除できないので、やっぱり上面の溢れ出しは必要です。このバランスを上手にとるのが技です。
以前から浴槽の設計で推奨されてきた方法なのですが、循環方式と誤解されることが多いせいかあまり普及していません。

循環との確実な見分けは、穴を塞いでも湯口の投入量が変わらないことです。


My Addition

 やませみさんの説明によると、浴槽全体におけるお湯の交換とのこと。なるほどな〜。
 とすると、「バスカルの穴」の最適位置は、当然あるはず。そこで、理屈は振り回さずに、常識の範囲内で考えてみると・・・。
 A,Bタイプは問題外だわね。そこで、C,D,Eにつき考えてみる。これは、大気圧による吸引なので、いわゆる「熱による対流」と同一には論じられないのだろうが、やはり、Cタイプあたりが良さそうだね〜。

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