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 寝台列車とフェリーを乗り継いで、二年振りにかつて勤務していた利尻島に渡りました。九時間の長旅は多少こたえたものの、台風一過の青空に悠然とたたずむ利尻富士を眺めると疲れもとれてしまいました。
 利尻島国保中央病院ではかつての同僚の大西先生が院長として迎えてくれました。
私が勤務していたころより医師数は増えたのですが、大西院長は「最近では仕事量が増えて、前より忙しくなりましたよ」。同じく同僚だった青木副院長も「腹腔鏡下胆嚢摘出術も含め全身麻酔の手術が増え、手術予定を組むのに苦労しています」と近況を語ってくれました。
 現在は彼らの他に、内科の斉藤先生と小児科の須貝先生の合わせて四人が勤務しています。医師が増えても忙しさが緩和されないのは患者数が一割程増えたことに加え、新たに訪問看護ステーションが始まり、さらに産科が新設され仕事の質も変わってきています。また救急患者も増えているようです。確実にヘリコプターの救急搬送は改善されましたが、「今年になってペースメーカーの植え込みは3件もありました」と斉藤先生が語るように、「島の中での治療」が彼らの目標です。また、産婦人科医も土日以外は常駐してくれることになり、緊急疾患や手術の際には協力してもらえるようになり、これら医療内容の充実が患者数の増加につながっていることを実感しました。
 また新たな試みとして、利尻富士をはさんで島の反対側にある鬼脇診療所の外科医、鈴木先生と人的交流による病診連携が始まっていました。具体的には鈴木先生が中央病院へ週二回出張し手術の研修をし、そのかわりに中央病院の内科と小児科の医師が鬼脇で代診しているというのです。こうした連携により鬼脇では常勤医一人と内科と小児科の診療を受けられ診療の幅が広がりました。このような試みは地域医療におけるあらたな可能性を秘めているように思いました。地域で働く医師はこのような研修を通して、自己啓発し、それを地域医療へ還元できるからです。
 広大な北海道、特にへき地ではこのような病院と診療所間での人的交流により、様々なハンディキャップを克服できると可能性を今回の利尻島再訪で再認識しました。
 そこで、こころある首長さんに進言したいのは、近隣の町村と一部事務組合(消防本部のように近隣町村でひとつの本部を持つこと)で病院を作ってはいかがかということです。実をいうと利尻島国保中央病院がそうなのですが、組合で病院を持つことにより人材の有効活用と高額医療機器の購入など施設を充実させることが容易になることはこの利尻の例から明らかです。また周辺の診療所と連携させれば地域全体の医療環境が向上することも今回の利尻島再訪で強く感じました。つまり、わが町わが村の医療施設を「作り守る」ことよりも、地域の中で「近くに信頼してかかれる病院」を作ることこそ大切だと思うのです。
 北海道では一部事務組合立病院は、いまだに利尻島国保中央病院しかありません。

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