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男の涙

利尻島国保中央病院 西野 徳之

 

 常勝千代の富士の負け相撲は驚嘆に値した。それは彼の持つ力量・資質に対する我々の裏切られるはずのない期待と現実に大きな隔たりがあったからだ。一九八九・十・七日本消化器病学会大会の打ち上げで並木教授が流した涙にはそれ以上の衝撃と「男の涙」の美学を感じた。
 涙というのは喜怒哀楽、人間の感情の中で最も始原的なものではないかと思う。涙には一遍の虚偽も含まれないからである。ましてやそれが感極まった珠玉の滴ならなおのことである。我々医局員は並木教授の門下生として集う時、凛としたその姿の中にも優しさをみる。学会の座長、会長としての毅然とした姿、未来を見据えているかのような鋭い眼光、かと思うと医局大運動会に喜々として子供たちを抱きかかえる好翁、結婚式に仲人として見守る優しい親として常に我々の理想のひとりであり、尊敬のひとりであり続ける。
 並木教授の涙を見るのはあの時が最初で最後なのかもしれない。それは現役の教授としてあと五年の猶予を残しながら、事実上の日本一大きな学会を栄誉ある会長として新しいアイディアを盛り込みながら成功裡に終えられ、その責務を無事全うされた安堵感から感無量の思いでこぼれ落ちたものなのだろう。しかし、教授の心には我々の思いも及ばない思慮が交錯していたのかもしれない。それは還暦を迎えられた教授の今までの自分に対する労い、笑顔で支えてくれた奥様への感謝の気持ち、または全力を尽くした我々医局のスタッフに対する温かい思いやりであったのかもしれない。その時のあの涙で心を熱くさせられたのは私だけではなかっただろう。
 いつも向上心を増幅させ、邁進される教授の姿は側にいる者にも熱いエネルギーを感じさせる。ひょっとしてあれは迸るエネルギーの昇華だったのかもしれない。

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