マイライフ・アズ・ア・ドッグ 7
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欠勤前のまま鎮座する自分の机に、これほど愛着と郷愁を感じたことはない。崩れ落ちるように椅子に腰掛
け突っ伏して、込み上げる安堵と歓喜に身を任せ暫くグズグズと泣いた。窓から差し込む柔らかな朝日、昨日
の喧噪の名残りを伝える微かな煙草の香り。静まり返った職員室に全く人影が無いのは、まだいつもの出勤
時刻よりたっぷり小一時間は早いからだ。
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ああ、マイホームグラウンド。我が職場。これが私の生きる道__良かった、クビになってなくて。
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意味もなく抽斗を開け閉めして漸く気持ちが落ち着くと、今度は勢い良く立ち上がり景気づけにパンと両頬を
叩いた。まずは職員室全体の掃除。それからみんなの机を残らず拭いて、綺麗になったら溜まった書類に全
部目を通して職員会議の議事録も学年の指導計画書も日誌も実習報告書も読んで__為すべき事は山ほ
ど在る。とにもかくにもと開けた用具入れからガタガタと小型のバケツが転がり出た。そのくすんだ灰色に、思
い出したくもない先刻までの諍いが浮かび溜息を吐いた。
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任務に出立する度に手を振って見送って欲しいだの大門まで付いてきていってらっしゃいのチューして欲しい
だの、まるで子供みたいにゴネるのは彼のいつもの癖だ。しかし今朝の一悶着は特に酷かった。
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『もーよりによって何で今日から出勤するワケ!?オレだってこれから出なきゃなんないのにッッ!!』
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__だから丁度良いじゃないですか、私もこれから暫くは遅くなりますよ?帰宅。仕事遅れた分、取り返さな
きゃならないし。あ!それからそこに用意してある朝ご飯はちゃんと食べて下さいねカカシさん、でないと一日
力出ませんよ?
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『えーヤダヤダヤダッッ、一人なんてヤダッッ!!オレせんせと一緒にゴハン食べたいの!!食べさせてくん
なきゃヤダッッ!!じゃないと食べないからねッッ』
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__・・・・ったくどこのお子様ですか・・・・。今までグースカ寝てるのが悪いんでしょ?私はもう出ますからね、
一足お先に行ってきま
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『ちょっとちょっとちょっとぉぉッッ!!何ソレ!?恋人が命懸けの長期任務に出るってのに何なのその態度
は!?フツーだったらアレでしょ!?足に縋って泣きながら行かないでとか御武運お祈りしていますとかぁ』
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『うッわすっげぇマジ完璧に棒読み!!何よソレ!!』
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__だって命懸けの長期任務ったって・・・・七班全員で一泊して葡萄狩りでしょ?あれ、梨だっけ、苺だっけ
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『葡萄!!それに遊びに行くみたいに言わないでくれる!?わざわざ里のハズレの僻地まで出向いて収穫
作業の手伝いするんだからッッ!!』
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__サスケやサクラはともかく、ナルトが心配ですよねぇ・・・・高級種なんでしょ?ひょいパクっていっくらでも
食べちゃいそうだなぁ・・・・唯でさえ食い意地張ってるのに。カカシさんイチャパラばっかり読んでないでちゃん
と監督して下さいよ、目の前に美味しそうなのが沢山ぶら下がってたら絶対我慢出来ませんよアイツ
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『いやマジで売り物食い尽くされたらシャレになんないよねぇ・・・・ってソコじゃないでしょ気にすんのは!?』
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__あ、出来たらお土産お願いします。採りたての葡萄なんて滅多に食べられないんで。じゃ!!
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『コラコラコラコラッッ!!アンタ一体誰相手にしてんの?あんま舐めた口利いてると犯っちゃうよ!?ハハー
ン・・・・、もしかして誘ってんだ?ツンデレ流で遠回しに』
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__( ゚Д゚)ハァッッ!? どこをどう読み返したらそんなアホな解釈が出来るんです、何ですか上忍様は脳味噌の
構造も他人様とは違うんですかね?
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__アダダダダダダ!!何すんですかッッ、いい加減にして下さいよ二週間近く休んでたんだからッッ、今日
くらい早めに出勤して誠意見せないと殺されちゃうッッ!!
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『上忍にこーんな巫山戯た口利く中忍、本来なら瞬殺ものだけどさぁ・・・・まぁアンタはオレの大事な恋人だし
オレ優しいし?特別に選択権をあげるよ、ここでヤるか一緒に飯食うかどっちか選びな』
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後ろから羽交い締めにされ痛みで伸び上がった首筋を舐められ、背筋に冷や汗が流れた。ダメだダメだダメ
だ、こんな調子でなし崩しに好き放題されるのがいつものパターンだが今日だけは絶対にダメ、このまま流さ
れる訳にはいかない。効果の程は疑わしいがまずは王道の泣き落としと、身体の力を抜きしおらしい声で恥
じらってみせた。
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__そ、そんな・・・・私だって女です、幾らアナタとだって・・・・こんな所でするなんて・・・・
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『なーんだせんせ恥ずかしいの?だーいじょうぶイチャパラで玄関エッチなんて定番なんだから!!いやいや
いや、寧ろ外と扉一枚でしか隔たれてない閉塞空間で燃えさかる肉欲に身を任せるこのスリルがね・・・・って
せんせ、ねー聞いてるー?』
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__あ、いいえ、ただこんな恰好寂しいなぁ・・・・って。私いつだってカカシさんの綺麗な顔眺めていたいから
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『せんせ・・・・!!なにそんな可愛いこと言ってぐぉぁ゛ぁ゛ぁ゛』
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背後からの拘束が緩み身体を反転させられたところで急所を蹴り上げた。金的攻撃が男にとってどれ程辛い
ことか、ましてやまっとうな恋人同士がする行為では無いと重々承知していたが何せ相手は上忍、しかも一
般常識が殆ど通用しない男だ。今日ばかりは多少の反則行為も見逃してもらおうと、落ちた荷物を抱え直し
ていると三和土に蹲っている上忍が呻き声を漏らした。
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__恋人を気持ちよく職場に送り出すことじゃドアホーー!!
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叫びながら玄関を飛び出し、そのまんま一直線にアカデミーまで走り抜けて来たのだが。
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手加減はした。何も本気で潰そうと思った訳じゃない、拘束が緩めばそれで良かったのだし。それに不意打ち
とは云え上忍が中忍の蹴りをまともに食らう筈がない。__あの間合いだ、受け身は上手く取っていた、きっ
と。・・・・でもまさか、しかし。
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いやいやいや、まさかそんな。だってあの人は腐っても上忍だ、しかも写輪眼だ、中忍くの一の蹴りで再起不
能になるなんてことが・・・・。
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ちょっと、ちょっとだけ様子を見てこようかな・・・・。平時は禁止されてるけど、瞬身を使えば家まで戻るのは直
ぐだしそれにまだ始業時間まで間はあるし・・・・
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箒の柄を握り締めたところで勢い良く扉が開いた。入ってきたのは同僚二人だったが向こうは立ち尽くす私の
姿に、私は突然の物音に驚きお互いに大声を上げた。
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ムトウ先生、カネモト先生!!ご無沙汰してました!!
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「こーのーやーろー!!ご無沙汰してましたじゃねぇッッ!!半月もケツ捲りやがってどのツラ下げて出てき
たよ清々しい笑顔しやがってッッ!!てめーがいねぇ間ド修羅場だったんだぞッッ!?」
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「インフルエンザだか風邪だか知らねーけど、お前の仕事割り振るのに四苦八苦だったんだぜ?こっちだけじ
ゃなくて受付もとっちらかってたみたいだしさー、まぁアッチも後で顔出しといた方がいいんじゃないの」
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ご、ごめんなさい・・・・ッッ、あ、あのお詫びのしるしと言ってはなんですけど紅梅堂の水菓子持って来ました
から、良かったら召し上がって下さ・・・・
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「おうよ、喰うよ喰うさ喰ってやるさ!!けどなぁ、和菓子一つでこの俺様を籠絡出来ると思うなよ!?・・・・イ
ルカお前医療班に顔利いたよな、今度合コンセッティングしろ」
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は!?ムトウせんせ、薬剤部に彼女いたんじゃなかったんですか!?確かええと新人の・・・・
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引っ張られた耳元にもう一人の同僚、カネモト教師が口を寄せる。悶絶するムトウ教師を横目に、掌で口元を
覆い息だけで囁いた。
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『イルカイルカ、その辺で止めとけって。お前がいない間仕事だけじゃなくてよ、まぁソッチ方面も色々あったん
だよ特にムトウせんせはさ』
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『まぁぶっちゃけ可愛い彼女にバッサリ振られちゃったってそーゆーコトなんだけどさ、医療班に付けられた傷
は医療班で贖いたいんだと。まーそんなワケだからちょいと力になってやれよ。お前もちんこ付いてんなら分
かるだろ、その辺の男の辛さっつーかプライドっつーか』
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そんなもん付いてませんよ失礼なッッ!!それにプライドってなんですか単に見返したいだけでしょ!?
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「あーそーだよ見返してやるんだよッッ!!だからさっさと女紹介しろイルカぁぁぁッッ!!」
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アダダダダダ!!ちょっと止めて下さいよッッ、いーたーいーッッ
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何で今日はこうも羽交い締めにされる日なのか。じたばたと足掻いてもカネモト教師は肩を竦めるばかりで役
に立ちそうにも無い。ここはこの重い空気を変えるのが得策と、殊更明るい声を張り上げた。
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あッ、そういやツバキはどうしてますか!?アイツ見舞いにも来やしないしイヤまぁ、変わりがないのならそれ
はそれでいいんですけどねッッ
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途端に止んだ拘束とさっき以上に重くなった空気に胸騒ぎがする。顔を見合わせる同僚二人に詰め寄り、順
に顔を覗き込んで問い質した。
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「うーんまぁ、そりゃなんつーか災難っていうか気の毒っつーか・・・・ムトウせんせ、ちょっと説明してやって下
さいよオレちょっと忙しいんで」
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「んなッ、ちょ、逃げんのカネモトさん!?俺だってヤだよッッ、ヘタに吹き込んで今度はこっちがはたけ上忍に
睨まれたりすんのは」
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「いやまーアレだよイルカ、相手があのはたけ上忍だお前もそりゃ色々と苦労はあるんだろうけどな!!」
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「うんまあ、取り敢えず周り巻き込むのは極力回避しろ・・・・ってもまぁなかなか大変なのは分かるけどな、な
んせ相手があのはたけ上忍だし」
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えええええ何なんですかハッキリ言って下さいッッ!!カカ・・・・はたけ上忍がその、何かしでかしたんです
かツバキに!?
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恐る恐るといった表情で視線を絡ませていた男達は、やがて諦めの表情で肩を落とした。まずはあらぬ方向
に目を向けたまま、ムトウ教師が口火を切った。
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「あーホレお前がブッ倒れる前にみんなで飲みに行っただろ、はたけ上忍が七班と雪の国へ行ってチョイと帰
還が遅れたあん時だよ」
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「そんでまー、あん時はお前も萎れてたし元気付けてやるかってんで繰り出したのはいいけどよ、その・・・・お
前途中で帰っちまっただろ、あー・・・・、その、『白い牙』の話聞いてよ」
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「お前が寝込んだって連絡あって直ぐの頃はたけ上忍がフラっとここに来てさ。どうも自分が帰って来た時様
子がおかしかったけど、留守にしてる間何かあったのかって・・・・それでまぁ、上忍様に隠し事出来る訳もね
ぇし・・・・お前に『白い牙』の話暴露っちまったの、ツバキだったろ?」
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「まぁ酒の席でのことだしツバキ先生には気の毒だけど、でも全く非が無かった訳じゃないよね。『白い牙』に
纏わる諸々の顛末は公然の秘密と同時に、里の恥部として未だ禁忌扱いなんだから」
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「しかもはたけ上忍にしてみりゃまんま自分の親の暴露話だ、お前にゃ聞かせたくなかったんだろ?となると
余計なこと言いやがって、てな流れになるわな」
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・・・・で、ツバキはどうなったんです!?ま、まさか病院送りとか、足腰立たない身体にとか・・・・ッッ!?
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「あーそりゃ心配ねぇよ、身体はピンシャンしてるしはたけ上忍も一切手は出さなかったしな」
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「うん腰も低かったし紳士的な態度だったよ、最初から最後まで。連れ出されたツバキ先生も胸撫で下ろして
たしね。・・・・でもその後が、ね・・・・」
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胸元をガクガクと揺さぶるとカナモト教師の顔が前後にブレる。まー落ち着けよと宥めるムトウ教師にも問い質
そうとしたその時、ガタリと音がして扉が開いた。__落ちくぼんだ眼、痩けた頬。そこから顔を出したのは、
何と誰あろうそのツバキ本人だった。
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ツバキごめんねッッ、あの、その、はたけ上忍が、その・・・・
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「イルカぁッッ、頼むからはたけ上忍にちゃんと伝えといてくれッッ、確かに俺は言わなくっても良いことを言っ
ちまううっかり者だしお前とも長い付き合いだッッ!!だがお前に情はあっても愛はねぇぞ!?間違ってもお
前によ、よ、横恋慕なんか、そんな訳・・・・ッッ!!」
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うあぁぁぁぁん、と泣きながら踵を返すツバキを呆然と見送った。同様に立ち尽くしていた同僚達に両肩を叩か
れ我に返った。
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「はたけ上忍に首根っこ掴まれて根ほり葉ほり訊かれた次の日にさ、ツバキ先生の机の上に紙包みが載っ
かってたんだよね、・・・・ひとつ」
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「まー何も危険性なさそうだったし何だろっててんでここで開けてみたわけさ、丁度今時分の朝礼の始まる前
だったけどな」
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「そしたらさ・・・・出てきたワケ、『西洋の拷問史』って阿鼻叫喚な写真入りのブ厚い本が一冊」
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「まー誰が置いたか誰からの贈り物なんだかそりゃ未だに分かってねーけどまぁ・・・・そりゃなぁ・・・・」
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「うんまぁ、はたけ上忍の仕業って決まったわけじゃないけど状況証拠的に言うと、まぁねぇ・・・・」
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「ツバキも自業自得ってヤツかもしんねぇけど、怖ぇよな」
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「怖いよね・・・・月の明るい夜だけじゃないぞ、ってヤツ?ジワジワくるよね、精神的に」
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「一発殴られた方がまーだマシだよな、そりゃ痛てぇかもしんねーけどこんなんじゃ気が抜けねーし。可哀相
にツバキの奴、夜も眠れねーらしーぜ?」
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「ま、そんなワケだからさ、イルカもそれとなくはたけ上忍には根回ししといた方がいいんじゃないの?やっぱ
ツバキ先生も大事な同僚だし貴重な戦力なんだしさ」
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「それから食堂で天麩羅蕎麦でも奢ってやれよ。ま、アイツに食える元気があったらの話だけどよ」
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アレ?ヒレカツ定食の方が高かったっけ?ガハハと上がる笑い声を背にがっくりと項垂れた。怒りのあまり再
び握り締めた箒の柄がミシミシと鳴る。
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「イルカぁ!!謹んで喰ってやるから紅梅堂のブツ出せ!!やっぱ脳の活性化には糖分だよな!?」
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同僚の傍若無人な注文にも文句を付ける気すら起こらず、ふにゃと笑って給湯室に向かった。
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・・・・あんの腐れ上忍・・・・!!やっぱり潰しとくんだった・・・・ッッ!!
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いつもの始業時間も迫り、次々と出勤する同僚達から手荒い歓迎のスキンシップを受ける。その喧噪の真ん
中に身を置きながら、私は唯ひたすら顔で笑って心で激怒したのだった。
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「あいよ先生ッッ!!鱚に穴子ね、他に入り用はあるかい!?」
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「はいよ!!今夜は天麩羅、ってこたぁアレだ、あの背のでっかい男前の兄ちゃんは留守ってワケだ!!寂し
いねぇ先生!!」
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えええべ、別に寂しいって訳じゃ・・・・それにそんなに言われる程男前なんだかどうだか
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「ハハハハ照れるこたないさね先生、自慢じゃないがこちとら長いこと客商売してんだ人を見る目にはチョイと
自信があるよ?あの兄ちゃんはいーい骨格してるねぇ・・・・覆面してたって分かるってもんさ、顔の造作だっ
て大したモンだろ、え?どうだい先生?」
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「イルカちゃん天麩羅するんなら南瓜と玉葱も持ってきな!!かき揚げにすると美味しいよ!!」
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「なら桜エビも要るねぇ先生、包んどくよ!?明日は良い秋刀魚が入るかもしんないからねぇ、また覗きに来
な!!」
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隣り合った鮮魚店と八百屋で買い物を済ませ帰路に就く。子供の頃からの付き合いとは云え、上忍との関係
を完全に把握されているこの状況をどうするべきか・・・・でも魚達のおじさんには悪いけど、秋刀魚は暫くは
無しだなぁ。とにもかくにもあの人には自分のした事を反省して貰わないと。__好物なんて、暫くお預けだ。
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人混みに背を向け商店街を抜ける。濃い夕日の朱が昏い夜の闇と鬩ぎ合いながら、呑まれ食われようとして
いる。自宅とは反対方向の木の葉神社に向かい、人気のない参道に足を踏み入れた。そう言えば人のごっ
た返すこの場所で、チンピラに絡まれていた年若い少女を助けたことがあった__あれは、いつだったか。そ
うだ、木の葉大祭、年に一度の夏祭りの夜だ。今は人の影すら無いこの参道も、両脇にずらりと数多の夜店
が並びそれはそれは賑やかだった。
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灯の消えた石灯籠の脚元に、買い物袋をそっと下ろす。おじちゃんおばちゃんごめんね、後で必ず回収に来
るから。境内前の大鳥居近くまで進みホルスターからクナイを引き出す。肩越しに夕日を眺めながら、背後の
闇に声を掛けた。
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忍の里で忍を付け回すとは良い度胸だ、姿を見せて貰おうか
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「・・・・ほほう、流石ははたけカカシの女だ、肝は据わってるな。『うみのイルカ』だな?」
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人に尋ねるなら先ずは自分が名乗るのが流儀だろう。・・・・訊くまでも無いがこの里の人間じゃないな?名を
名乗れ、侵入者。
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「フーン、この気の強さにはたけはヤられたか。なるほどねぇ」
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赤黒く照らされた石畳に一つ、長い影が浮き上がる。その伸びる影ギリギリにまで間合いを詰めながら、クナ
イを逆手に持ち替え薄ら笑いを浮かべて立つ男と対峙した。
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名を名乗り所属を明かせ。従わないのならこの場で捕縛する。
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もう間もなく日が沈む。闇がこの静まり返った境内を完全に包む迄にケリをつけようと、私は地を蹴り宙に飛び
上がり男に突進した。
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