マイライフ・アズ・ア・ドッグ 2




○月×日


「ぁああ・・・・ッッ、あッ、イイッッ」

「う・・・・あ・・・・、スゴ・・・・」

「あぁあッッ、もうダメ、やめてッッ、これ以上されたらおかしくなっちゃう・・・・ッッ」

「・・・・おかしくなれよ、ずっとこうしたかったんだろ・・・・?」

「あぅう・・・ッッ、ダメぇぇッッ、もう私、とけちゃう・・・ッッ」







音読すな。

「アデッッ!!」


申し訳なくも投げつけた三洋堂国語辞典第三版は無駄に秀麗な顔面にクリーンヒットし、鈍い音を立てた。額
を押さえた上忍が長身を折り曲げ、畳に蹲る。


「何すんの!?もー、酷ッッ!!」

それはこっちのセリフでしょ!?誰がポルノ小説耳元で読み上げてくれって頼みました、大事な仕事中だって
のに!!

「だってアレでしょ、音読って脳味噌にイイんでしょ?アカデミーの生徒にも毎日宿題でさせてるって、先生言
ってたじゃない」

そうそう、声を出してはっきり読み上げることで前頭葉の活性化を・・・・ってそれはちゃんとした国語の教科書
の話です!!そのいかがわしい18禁小説と一緒にしないでくれます!?

「えー先生知らないの、これ『声に出して読みたいイチャパラ』っつってさ」

ハイ嘘!!ある訳ないでしょ、そんなもんが!!

「ちぇーノリ悪いなーせんせー。これシリーズ中でも有名な異色作なんだよ?『イチャパラシークレット・〜〜禁
断の愛の章〜〜』、何とイチャパラシリーズ唯一の兄妹モノ!!ちなみにさっきのシーンは18歳兄が2歳年
下の妹を我慢できずに」

何威張って解説してんですかッッ、余計悪いでしょッッ!!・・・・ったく信じられない、男ってどうしてこうも近親
相姦モノが好きなんだか・・・・

「あー心配しないで先生、これ実はホントの兄妹じゃなかったってオチなの。妹が貰いっ子でさ」

フォローになってない全ッ然ッッ!!あのねカカシさん、頼むから静かにしてて貰えませんか、このままじゃ採
点進まないでしょ!?

「えー、兄妹ものなら先生にもオススメだと思ったんだけどなー、イマイチ気に入らない?じゃあアレだ、『イチャ
パラデカダンス』は?これシリーズ中唯一の義母息子モノなんだけど」


・・・・聞こうよ、人の話は。しかしその懇願が受け入れられる筈も無く、上忍は一人イチャパラシリーズ全18
巻の解説を綿々且つ滔々と垂れ流し続ける。


アンタの脳内ってどうしてそう爛れた妄想で充填されてるんです、上忍様ならもっと色々考えることあるでしょ
う年金問題とか少子高齢化対策とか原油価格の高騰とか!!

「えーだってせんせにアピールしようと思ったらソッチ方面しかないんだもん、アンタオレの顔には全然興味無
いみたいだし」

当たり前です、人間の本質ってもっと内面的なものでしょ。『男は顔じゃない』って私の父もいつも言ってまし
た。

「かといって内勤のアンタがオレと一緒の任務に出るって可能性も、殆ど無いしねー・・・・。アンタ知らないだ
けなのよ、オレだってヤるときゃヤんのよ?お仕事中のオレなんか見たらアンタ間違いなく、一発で惚れちゃう
ね」

はーさいですか

「・・・・もーこーなったらアレしかないね・・・・、アンタが誰かに襲われて危機一髪!!てヤツ」

( ゚Д゚)ハァ? アンタどんだけ鬼畜な思考してんですッッ、この世の何処に自分の女襲わせたい男が

「だーかーらー、ソコがアピールポイントだっつってんの!!小汚い工場の廃屋か何かにセンセ無理矢理連れ
込まれちゃってさ、迫る魔の手!!闇夜を切り裂く女の悲鳴!!ソコに男前の上忍様がサッと現れて、あ、モ
チロンそれオレなんだけどv」

・・・・・・・。

「キメのセリフは『お前等何してんの?』コレで決まりッッ!!あ、『オレの女に』でもいいか」

・・・・・アホですか、そんな事万に一つもある訳ないでしょ!?同胞同士の私闘は厳しく禁じられてるし第一上
忍も中忍も、うちの里ほど仲の良い所はありませんよ。ヤクザ者なんて民間人の方に多いくらいで

「ハァ・・・・、そーなんだよねー・・・・。うちの連中無駄に和気藹々なんだよねーホント・・・・」

リンチだの喧嘩だの、そんな話一度だって聞いたことありませんよ。それに唯でさえ私は同情されてる身なん
です、寧ろ刺されたり襲われたりするんだったらカカシさんの方でしょ?胸によーく手を当てて考えて貰えば分
かると思いますけど。

「うッッ、酷ッッ!!・・・・ってでもそれもいいかもね!?逆にセンセがオレを助けに来るの、大刀なんか背負
っちゃって髪靡かせてさ!!」


キャー、素敵ー、と身を捩らせる上忍の黄色い声が八畳間に響く。・・・・ダメだこりゃ。ガックリと項垂れつくづ
くと自分の判断ミスを後悔する。そもそも仕事を持ち帰って来たのが間違いだった、これからは何があろうと職
員室での居残りを選ぼう・・・・


仲間を傷つけたりしたら営倉行きどころの話じゃないでしょ。火影様はそんな話何よりお嫌いだもの、露見した
ら北方の激戦地行きか南方の国境警備か・・・・

「あー、究極の選択ってヤツだよね。戦地もヤだけどさ、国境警備もスゴイんでしょ暇過ぎて」

人影どころか、荒れ地に枯れ木しか見あたらないんですってね。でも万が一ってこともあるから警邏の手は緩
められないし

「肉体的にも精神的にもどっちも拷問だよねぇ、選べって言われたらそりゃ難しいよねースクール水着かブル
マーかみたいな?」

・・・・・全ッッ然違うでしょ話の次元が!?あのねぇ、本当アホなことばっかり言ってないでもういい加減・・・・

「さーてここからが問題です!!兄妹プレイと姉弟プレイ、選ぶならどっち?」

ハァ!?

「ちなみに弟プレイの場合鬼畜年下攻めになります。弟実は貰いっ子なんだけどそれを知りません・・・・どうす
る?お好きな方選べますけど、偶には刺激的にコッチにしてみる?」

ななななななにバカいってんです!!ていうかどっちも結構ですッッ!!

「今なら期間限定のオプション付き、オレ様言葉責めもオーダー可能でーすよ?」


そんなのいつものコトじゃないですかッッ!!ガシ、と足首を掴む手をジタバタと暴れ、決死の力で振り解く。
しかし壁際に飛びすさったところを逆に転がされ、すかさず馬乗りに乗り上げられた。


「姉さん、ボクずっと前から姉さんのこと・・・・」

こここここんなデカイ図体の弟がどこにいるっていうんですッッ!!採点!!ホラまだ採点の途中だし、ねッ
ッ!!お願い、お願い頼むから今夜だけはッッ、ヤーメーテーッッ!!

「ハアハア、おねえちゃ〜〜んvv」


寂しいボクを放置してた罰でーすよ。いっそ清々しいほどに鬼畜な笑みを浮かべた自称弟にのし掛かられ、再
び足首を掴まれる。結局徹頭徹尾会話は噛み合わぬままいつもの如く寝室への航路を辿らされ、またも畳に
は新しい爪痕が増えたのだった。


ヒイィィィィィ。



○月×日


Aランク任務?七班全員で女優の警護!?

へええと思ったが顔には出さなかった。・・・・成る程、最近近場の任務が続いていたのはこの為だったのか。
護衛とはいえ、映画の撮影に付き合って雪の国までとはこれまた手間の掛かる話だ。


「なーに笑ってんのよ、アンタ」

いいえー?そんな滅相もない。また随分と遠くへ行かれるんですねぇ、どうかごぶうんおいのりしま・・・・

「だからその笑顔が白々しいっての!!ったくムカつくったら・・・・」


無理に引き締めた顔が不自然だったのか、不機嫌に眉を顰めた上忍に睨め付けられる。・・・・アブナイアブナ
イ。ともすれば緩みがちな表情をこれ以上晒すのはマズイと、鼻を啜って俯いて見せた。その鼻先に防寒着、
と手甲を付けたままの掌が差し出された。


( ゚Д゚)ハァ? 

「ハァじゃないでしょうよ、雪の国だよ?寒いトコ行くんだからコートとかマフラーとか、防・寒・着!!」

えー、この季節ですよ?そんなものとっくにクリーニングに・・・・ていうか御自分のはどうしたんですカカシさん

「この季節だもんクリーニングに出してるに決まってるでしょうよ」

・・・・・。資材部に行かれたらどうです、アナタだけじゃなく七班全員の分もすぐ貸してくれますよ・・・・

「ホントどーしてこうも気が利かないんだろーねー。恋人が極寒の地に任務に行くっつったらさ、手編みのマフ
ラーか何かがサッと出てくるのがフツーなんじゃないの?」

フツーって、あ!!ちょっと待って下さい、前使ってたのがあるかも知れないな


突き刺さる上忍の視線を背中に受けつつ、押入れの中をゴソゴソと探ると懐かしや、ベージュ色(だった筈の)
マフラーが出てきた。上忍の首に巻き付けてやると、随分と寸足らずな・・・・・気もするがまぁ、なんとか使え
ないことも・・・・・


「・・・・・・・」

こ、これ私の母の手編みなんですよッッ、あッ腹巻きもありますけど持ってきます?父が使ってたヤツですけ
どもちろん母の手編みで

「上忍舐めんなよ、コラv」

ハァ!?

「さーて問題です、夫の長期出張を前にした夫婦がするコトと言ったらなんでしょーかー?」

いいいいや私たち籍入れてる訳じゃないしましてや夫婦じゃないですし!!何を仰ってるのか全ッ然

「ま、細かいことは気にしなくていいから何れそうなるんだし。そんなことよりさっさとコッチに来なって」

けけけけ結構ですホラ!!あの子達待ってますよ出立まで時間が無いんでしょ!?

「大ー丈夫警護対象の事前調査しとけって言ってあるから。今頃三人揃って仲良く映画でも見てるでしょ」

たたた確かにアレ私が子供の頃使ってたものですけどッッ、そんなに怒ることないじゃないですかイヤだった
ら腹巻きだって置いていってもあッ散髪!!カカシさん髪切ってから出掛けられた方がいいですよ頭箒みたい
になってますよッッ

「う・る・さ・い・よ」


ニッコリ笑う男前の上忍に姫抱きされてベッドに直行、女としてこれ以上のシチュエーションは無いのかも知
れない。しかし表情に反してまったく笑っていないオッドアイの視線に晒されても、この状況に酔っていられる
人間がいるならお会いしたい・・・・

バフンと寝具の上に投げられ思わず壁際のガラス窓に手を掛けたらビリリと痺れた。・・・・結界。


ヒィィィィィィィ



○月×日


目が覚めたら日付が変わっていた。もちろん上忍の姿は無い。どこの何をどうされたのやら、その辺の記憶も
殆ど無い・・・・余りの疲労感倦怠感にそのまま昼過ぎまで二度寝。今日が日曜日で良かった・・・・

夕方腹いせにしこたま天麩羅を揚げて食べる。・・・・美味い。染み渡る衣のこうばしさに涙が出る。明日は海
老を買って来て天丼にしよう。



○月×日


自宅で久々の天丼。誰にも邪魔されない静かな食卓。しみじみと美味い・・・・。



○月×日


邪魔する人間がいないので持ち帰りの仕事がサクサク進む。中間テストの採点全部終了。宿題のノート添削
も終わった。来月から始まるチームティーチングの計画書も上げた。細々とした事務報告書も作成完了。

七班は映画の撮影班と共に、大型の船で雪の国に向かっているそうだ。・・・・サクラやサスケはともかく、ナ
ルトは船酔いしていないだろうか。いいや返ってサスケなんか危ないかな、平衡感覚には優れているけれど
多少神経質な所があるから。

窓の外に満月。その冴え冴えとした月の光に、七班の無事を思わず祈る。



○月×日


七班隊長はたけカカシより最新の式到着。航海途中で雪忍に接触、交戦状態に入る。負傷者は無し。雪の
国では10年前にクーデターが起こり、接触した雪忍は現国主風花ドトウの配下にあるらしい。しかし撮影班と
の協議の結果、彼らの強い意向もありそのまま雪の国へと向かうとのこと。

子供達は充分暖を採れているのだろうか。一人前の下忍に無用の心配かも知れないが、彼らの装備が気に
なる。



○月×日


はたけカカシより式到着。雪の国に上陸、撮影班が諸々の準備を進めているとのこと。



○月×日


七班の式が到着しない。理由は色々と推測されるが、件の雪忍達と再び交戦状態に入った可能性が一番高
い。



○月×日


今日も式の到着無し。上層部が増援部隊の派遣を正式に協議し始める。しかし派遣先がかなりの遠方であ
り情報も不足しているため、話し合いは難航している模様。火影様から直接的なお言葉は無い。

同僚達が腫れ物に触る様に接して来る。上忍の慰み者と思われているから当たり前か。正直彼らもどう慰め
ていいのやら分からないんだろう。ツバキが昼、職員食堂でざる蕎麦を奢ってくれた。付いてきた天麩羅を二
人で分けて食べた。ありがとう。



○月×日


はたけカカシより式到着。やはり交戦状態にあった風花ドトウ一味を粉砕撃破、ドトウの居城も崩壊。なんと警
護対象であった女優富士風雪絵が、雪の国国主の正統後継者だったそうな。負傷したナルト、サスケの回復
を現地で待つと共に、次期国主の強い要請もあり戴冠式を見届けてから帰還するとのこと。サクラ、隊長はた
けカカシの身体に異常は無し。

火影様に突然名指しで呼ばれガクガクブルブルで執務室に伺ったところ、こっそり式を見せて下さった。報告
の最後にせんせーあいしてるよーと裏声で叫ぶ式に仰天。顔から火が出る。しかし安堵のあまり、膝裏の力
が抜け掛けたのは誰にも内緒・・・・と思ったが、黙って笑っておられた火影様にはバレバレだったんだろうな
ぁ・・・・多分。



○月×日


七班の無事も確認され、思いも掛けず緩んだ空気に浮かれたか同僚達に飲みに誘われる。ここ数日色々と
心配を掛けていたのは分かっていたし暫くこんな機会にも恵まれなかったから、即答で了承。大勢で居酒屋
に繰り出し、賑やかに飲み始めたのまでは良かった、のだが。

酔いに任せ口の端に登る、諸々の話題の中に『はたけサクモ』の噂話があった。

女という女が顔を赤らめる程の凄まじい美貌だったとか発動する術の効力に於いてあの伝説の三忍を大きく
凌いでいたとか実は四代目火影の最有力候補だったとか、そんなゴシップ的な内容には驚嘆しつつもまだ笑
って頷いていられた。

しかし初めて耳にする『白い牙』の死の顛末に、大きな衝撃を受けた。

信じられない。そんなことが、あっていいのか。聞いた内容が真実だとすれば、それは集団リンチにも値する
卑劣な行為だ。__信じられない。命を救った恩人に対し、そんな誹りを向ける人間の非道が罷り通っていた
ことが。里までそれを容認していたことが。忍同士の結束と連帯感の強さが、木の葉の何より誇る美点では
なかったのか。少なくとも私は、今までずっとそう信じていた。

余りの陰惨な話に酔いも瞬時に吹き飛び、最早飲み続ける気力も失せ断りを入れて席を立つ。

酔った勢いで暴露したツバキが皆に囲まれ、小突かれているのが見えた。ごめんよツバキ、別にアンタが悪
い訳じゃない。けど今はどうしても上手くフォローしてやれそうに無い・・・・。明日、天ざる奢るから。



○月×日


繁華街からトボトボと歩いて帰ってきたら日付が変わっていた。真っ暗な部屋に上がり込みそのまま電気も付
けず、居間でゴロリと横になる。

まだ衝撃が、冷めやらない。

考えてみればあの人から身内の話なんて一度たりとも聞いたことがない。昔話の類も一切。顔を合わせれば
ひたすら馬鹿なやり取りばかりで・・・・

『うちの連中無駄に和気藹々なんだよね』と呟いていた声が、ぐるぐると廻る。__あの時、上忍は一体どん
な表情をしていたのだったか。

額当てを外し髪を解きジャケットを脱いで、そのままベッドに潜り込む。二つ並んだ枕の片方から微かに立ち
上る、あの人の香りに強く胸を突かれる。

・・・・そんな筈無い。

逢いたいだなんて、寂しいだなんてそんな筈が。


・・・・・・・。



〈 続 〉



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