マイライフ・アズ・ア・ドッグ 1




○月×日


「イルカせんせー、温泉行きましょうよッッ!!」


と誘われたので即座に却下した。なんでーどうしてーいーじゃんいーじゃんせっかくイイとこ知ってるのにさーと
膨れっ面で背中に貼り付く上忍様を引き剥がす為、これもすみやかに理由を述べる。あのねぇ、何が悲しくっ
てアンタが前の彼女達とイチャイチャパラパラした旅館でまたイチャイチャしなきゃなんないんですか、ヤですよ
幾ら上等な場所だからって。しかし120%の嫌味と牽制を込めて吐いた言葉も、思考が常に明後日を向いて
いる上忍には正確に届かなかったらしい。ガバと立ち上がるとヤツは突如大声で叫んだ。


「ヤダッッ、イルカ先生嫉妬ッッ!?それってジェラシーーッッ!?」


しかもエッチ前提なんてヤッダぁぁッッ!!とビシバシ背中を叩かれ大きく咽せる。長身の男が頬に手を当て
身をくねらせる姿はそれだけでかなり寒いモノがあるがいや別にやきもちなんてそんな可愛らしいもんじゃな
く、単に生理的嫌悪を覚えるだけです。大体ねー、余所様の女で磨いたスキルをこれ見よがしにひけらかされ
たって嬉しいワケなんかあるか。そんな繊細な生き物なんです女って。特に私は!!


「かーわいいなぁ、せんせvv もしかして誘ってる?」


いいえまったく。全然。これっぽっちも。きっぱりハッキリ否定してやったものの、やはり聴力視力共に明後日
の方向を向いてる上忍様には効果が無い。気付けばちゃぶ台に向かっていた筈の身体は仰向けに転がされ
背中に畳、正面に天井、覆い被さる上忍。引き剥がすどころか組み敷かれ、嫌味の効果全くのゼロ。どうして
も外せない、持ち帰りの仕事があるから今夜くらいは大人しくしていてくれと、あれほど頼み込まれた記憶は
すでに忘却の彼方らしい。降ってくる唇を避けて首を振ると今度はガッチリとホールドされて顔中を舐められ
た。・・・・駄目だ、喜んでる。今夜はもう何を言ってもシても逆効果だ、ハナから力では敵わず口で説得も出来
ないとなれば、上忍様が勝手にゴウゴウと燃え上がらせている炎を鎮火する手だてなど何処にも見あたらな
い。

作成途中のアカデミーい組学級通信は『今月の学習・生活目標』のところで止まっている。

カカシさん、い組の担任は私なんです私しかいないんです、私が作らなきゃコレ生徒に渡せないんですよどー
すんですか!?

必死の問い掛けにまともな答えが返る筈もなく、鼻歌を歌う上忍に足首を捕まれそのまま隣の寝室まで引き
ずられた。せめてもの抵抗で畳に立てた爪痕が、虚しくもズルズルと長く伸びる。


あああああ。



○月×日


鉛のように重い身体を引きずったまま午後から受付。座っていられる分だけ授業で立ちんぼよりはナンボかマ
シだが、それでも辛い。

くっそう、上忍め。

人の話を聞かない上に無駄に長けた性技のお陰で、ここのところ日中倦怠感から解放されたことが無い。え
えそうですすいません本当に悪いのは私です嫌だ嫌だと言いながら流される私が一番悪いんです、結局『や
だ、もっと』とか『死んじゃう』とか言って言わされてる自分がつくづく情けない。

この流されやすい性格、本気でなんとかしないとなぁ・・・・

夕方近く、報告書を提出する猿飛上忍に『調子はどうだい』と聞かれる。・・・・・素敵だ。仕事も遊びも格段に
スマート、部下下士官には思いやり篤くその忍として卓越した実力判断力に、同僚達も全幅の信頼を置いて
いる。加えて気さくで温厚な性格。彼が尊大な態度で人に接している場面なんてお目に掛かった事がない。
人としてこれだけ好条件が揃えば、広く好意と敬慕の念を集めるのは当然だろう。


「えええーヤダヤダヤダーー!!だから夜間任務はヤダッつってんでしょーよイルカ先生とイチャイチャ出来な
いじゃんよー!!」


・・・・何だろう、この男としての差違は。『選り好みすんなよ』と猿飛上忍に小突かれている男が、その名を轟
かすあの『写輪眼のカカシ』だとはどうしても信じられない・・・・。

あれは、何時だったか。

そうだ、前年度の決算報告書をようやっと火影様に提出して、はーヤレヤレと事務方の中忍十人程度で飲み
に繰り出した時のことだ。偶々同じ店の奥座敷で飲んでいた上忍達と鉢合わせし、打ち上げの理由を知った
猿飛上忍が寒梅と刺身の舟盛りを差し入れてくれた。驚いた私達は既に店の外にいた彼を追いかけて頭を
下げたのだけれど、『アンタらが上忍になったら美味い酒飲ませてくれよ』とだけ言い残しサッと踵を返してし
まった。・・・・痺れる。さり気なく押しつけず、正に格好良いとはこのことだろう。事実同僚のツバキなんぞは感
激のあまり涙ぐんでいた。それから鼻を啜りつつ戻った店の廊下で、へべれけに酔っぱらった覆面銀髪の男
がくの一の巨乳を揉みしだいている現場にハチ合わせしたのだが、『アレ写輪眼のカカシだぜ』とツバキに耳
打ちされたのをハッキリと覚えている。__まさかその怪しげな風体のセクハラ男と、後に同棲するハメにな
ろうとは知る由もないまだ春も浅い夜のことだった。


__とまたもや夕食の後、食後の茶を啜りながら120%の嫌味を込めて思い出話をしてやったら『あんなヤニ
臭い男のどこがイイわけッッ!?』と上忍様は逆ギレ遊ばされた。いや別にアンタのセクハラ行為を論ってい
る訳でも猿飛上忍とどうこうなりたい訳でもなく、ただ金は持っていても綺麗に使える人間は少ないってこと
を・・・・ていうかアンタ任務はどうしたんです!?


「馬ーー鹿言ってんじゃないよ、アンタを可愛がるのに忙しくってそんな暇ありゃしないっての」


その辺懇切丁寧に説明すりゃ火影様だって分かってくれるんですよー。いいざまに足首を掴まれ、引きずられ
る。嘘だ。拗ねてゴネて難癖つけて、夜間特別任務を蹴り飛ばして来たに違いない。火影様!!最近この人
に甘くありませんか!?夜間とは言わず里外の任務でも長期任務でも、とにかく何でもいいから長くかかるも
のを火影様ーー!!


「そーんな挑発なんかしてくれなくったってさぁ、だーい丈夫だって今夜もきっちりいい仕事するから」


いやいやいや!!だから仕事なら此処とは別の場所でちゃんとした任務を、て聞いてます!?しかもあの巨
乳揉みセクハラの件はフォロー無し!?

寝室に引きずり込む力に、せめてもの抵抗を試み畳に爪を立てる。そして今日も長い爪痕が、虚しくもズルズ
ルと伸びたのだった。


あああ。



○月×日


「いろいろと大変でしょ、何かあったら言ってね。いつでも相談にのるから」


受付所近く、そう言ってすれ違いざまに手を握られた。相手はかなりの美人、纏う気からどう見ても上忍。
__そしてどう考えても、『はたけカカシ』の元カノ。前の女。

カカシと付き合いを始めてから、こんな事は珍しくはない。というか良く有りすぎて最早すっかり慣れっこだ。寧
ろ驚いたのはこうして今カノ(らしい)自分に掛ける彼女達のその声が、表情が、限りなく慈愛に近い労りに溢
れている現実だ。__懸念に反し、殺気や罵りなんぞ一度たりとも向けられた事がない。・・・・果たしてそ
の、謎の理由は何なのか?何故か?答えは簡単だ。

対等な番として見られていないのだ、私と『はたけカカシ』が。

何しろ『写輪眼のカカシ』が今まで相手にしてきた女達とはレベルの差がありすぎて、よもや中忍教師うみの
イルカがカカシのまともな(?)恋人だと、信じる人間が誰もいない。

有り体に言えば性欲処理。柔らかく表現しても都合のいい女。

臆面もなく恥じらいもなく、常日頃声高にカカシが叫ぶノロケも愛情表現も、中忍くの一に対する奴隷扱いへ
の目眩ましだと思われている。その証拠にツバキ始め数人の同僚・友人達から、お前大丈夫か辛くないか我
慢できなくなったら言えよ何の役にも立たないけどとか何とか、似たような慰めと詮索を何度も受けた。

うんありがとう、でも役に立たないなら口出しすんな。

ツバキに至ってはそれでお前どんなことされてんだと声を潜めて聞かれたのできっちり裏拳をお見舞いしてや
った。それ以来、下ネタが振られることは余りないが。


「ねーせんせー腰揉んで下さいよもーつっかれちゃってー」


しかしそれも、仕方の無いことなのかも知れない。恫喝2、懇願8の割合で繰り広げられたあの凄まじい泣き
落とし攻勢は殆どこの自宅で繰り広げられ、それを目撃した人間は他ならぬ私一人だけなのだから。


「今時手作業で作付けって信じられる!?田植機使えってのホントに・・・・」


いつもの如く夕食後の緑茶を啜り終え、ごろ寝する上忍を眺める。聞けば今日は七班十班総出で田植えの手
伝いだったそうだ、狭い棚田で一本一本苗を手植えしたんだとか。そんな殊勝な訳ならマッサージしてやるの
も吝かではないが、その後の雲行きが怪しくなりそうでその辺がどうにもコワイ。


「あー、気持ちいーー・・・・・。せんせ、ふくらはぎもお願い」


喉を鳴らして甘える姿はまるで大型の猫だ。見目の良い男がうっとりと顔を緩ませている様は、やはり見てい
て悪いものではない。


「ね、せんせ。オレばっかじゃ申し訳ないから肩揉んであげるよ、コッチ来て」


突如身体を起こした上忍にガシ、と足首を掴まれて仰け反る。コラコラコラ!!だから油断出来ないんだよ結
構です肩は凝ってませんから!!ていうか何で足を掴む!?肩でしょ揉んでくれるのは!?


「まーまーそう遠慮しないでvv 今夜もオレの超絶テクでメロメロにしちゃうよ?」


何いってんですかさっきまで腰さすってたクセに!!叫ぶ口元を上忍の唇で塞がれる。背中に畳、正面に天
井、覆い被さる上忍。今日は幾分余力があったので多少の抵抗を試みたものの組み手の鍛錬の如き攻防は
そう長くは続かず、力尽きた私はまたもや足首から寝室に連れ込まれたのだった。


ああ。



〈 続 〉



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