かかし日記 その2 / スタンド・バイ・ミー



○月×日

垂れ下がった重たい雲から今にも雨が落ちそうな空。曇り。
生あったかい風に吹かれて連日通院。ったくめんどいてしゃあないけど、どうにかこうにか喘鳴も治まり体調
は上向き。ついでに減薬も開始。お陰でいるかは髭熊を神様扱い、目をウルウルさせて誉めそやすけどあん
なぁ、いるか。別に発作が止まったのはアイツの手柄でもなんでもないんやで。ここんとこMAXで入れてたネ
オフィリンのお陰やろ、んな熊熊いうなやおもろないなぁ。


「せやけど遊馬先生はその道では有名なんやろ。ウチこの間偶然雑誌で見たもん、喘息治療の名医、て。驚
いたわ、子供にもウケがいいんやて」

そらガキが熊見て動物園と間違えとるだけやろ。

「何いうてるの、有り難いやないの主治医が友達やなんて。実際こんなに良くなってるしあんた人よりえらいラ
ッキーなんやで、ちょっとはそのへん感謝したらどうなん」

ダチなんてそんな大層なもんやないがな。高校ん時たまたまクラスが一緒だっただけの、ただの同級生や。
そもそも受験前に、アイツは東京に戻ってもうたしな。まぁ、またあんなトコで顔付き合わせるとは思うてもみ
んかったけど。

「よく言うやろ?医者と弁護士は友達におったら間違いないて。ウチ、アンタがホンマに羨ましいわ。なぁな
ぁ、あとは知り合いおらへんの?弁護士とか、芸能人とか」

芸能・・・そんな大層なもん、そうはおるかいなアホ。


とは言ったものの実は、いる。今TVでひっぱりだこのタレント弁護士、不知火玄馬。スイッチを入れれば出て
来ない日は無い、て程の売れっ子だが実は今、ヤツはうちの会社の筆頭顧問弁護士だ。しかもオレの大学
時代の一っこ先輩やったし当然のことながら親交はある。半年前に相続放棄した時にも、随分と世話になっ
た。せやけどこんなこと言える訳がない。言うつもりもない。なんでているかに知れたらそれこそ連れて来いだ
の会わせろだの、絶対強請られるに決まってるやんか。唯でさえ学生時代から『女喰い』の異名を地でいって
たヤツや、万が一いるかに目ェつけたらどないするねんメッッチャ危のうて会わせられるかいな。


__オレのことよりいるかはどうなんや、 ソッチ方面に進んだ友達とかおらへんのかいな

「えぇ!?ウチ?ウチにそんな知り合いがいるわけないやん、別にこれといってなーんもない平々凡々な人生
やったんやし。あ、でも夕顔は違うな、あの子はもう何度か分かれへんほどスカウトされてんねんで。ウチと一
緒にいた時もそんなことあったもん。プロダクション、ゆう人から声掛けられて名刺とかえらい貰うんよ。夕顔は
相手にせえへんけどな」

マジかいな!? そらあんなべっぴんやもんなぁ、世間がほっとかんやろな。せやけど勿体ないな、なんでそん
なウマイ話を袖にするんや。

「夕顔は疾風くんにゾッコンやもん。大事な彼氏と会う時間が減るくらいやったらハナから問題にせえへんわ、
そんな話」

ハハハ、その彼氏も幸せやな、あんな美人に喰いつかれるんやったら男冥利に尽きるいうもんや。・・・・なん
や?いるか、なにむくれてるんや。オレなんかいらんこというたか?

「いらん、て・・・。アンタ、いっつも夕顔のことべっぴんて褒めるなぁ。」

なぁんや、やきもちかいないるか、可愛いなハハハハ!!

「しらんわ、アホ!!そりゃ夕顔はウチも見惚れるほどの美人やで。確かに文句のつけようがないべっぴんや
で。せやけど、ウチかて・・・ウチかてこう見えても女なんや、好きな男が余所の子ばっかり褒めとったら、そら
傷つくやんか・・・。かかし?どないしたん?」


いるか、お前オレを殺す気か。死なす気か。うなじをまっ赤にして真っ黒い目ェを潤ませてそんな直球のセリフ
吐きよって、オレ今萌え死ぬかと思うたがな!! あぁぁなんか身体が熱うなってきた。疼いてきた。せやけど
アカン、こんなアッサリ血ィ昇らせる男と思われたない。いや実際そうなんやけど、男の沽券ゆうもんがあるや
ろ?そのへんに関わってくるやろ!?


__アホやな、いるか。オマエなんも分かってないわ。

「え?」


主に下半身関係で駆けめぐるアドレナリンを押し隠し、余裕こいた顔と声でいるかを抱き締める。腕の中で何
度も瞬きを繰り返すいるかのあどけない表情は、そらもう頭からバリバリ食うてしまいたい程愛らしい。耳元に
熱い息を吹きかけると、豊満な胸がふるりと震えた。


__あんなぁ、いるか。人間いっくら綺麗な顔してたかて、何もならんで。美人は三日で飽きる、いうやろ?そ
れより女は愛嬌や。愛嬌だけは一生モンや。オレは今まで生きてきて、オマエほど愛嬌のある女に会うたこと
がないがな。せやからオレはいるかが・・・・って何すんねんいるか!! 急に蹴りなんか入れたらアブナイや
ろ!?

「アホ!!ドアホッッ!!やっぱりアンタは宇宙一のスカタンや信じられへんわッッ!!」

な、何いうてんの落ち着いてオレのいうことよーく聞きや!!つまりやオレが言いたいのはな、整形なんかで
どんなに顔造ってもや、内から滲み出てくる愛嬌ゆうのはまた別の話でそれは性格的なもんがな・・・ってイタ
イイタイ枕投げられたらいたいがないるか、分かった!!なんやよう分からんけどオレが悪かった!!取り敢
えず謝るから堪忍してぇないるか、なッ!?

「どーせウチは性格しか取り柄がないがな、悪かったな!!そんな女でッッ!!うわーんっっ!!」

あッ、ちょい待ちどこに行くんや!!外はもう暗いで知らないオッサンにさらわれるで良い子はお家にいる時
間やで!!悪かった、オレが悪かったッッ!!せやから戻ってきてぇな、いるかーッッ!!




サイフを忘れて出ていったいるかはその後10分もしない内に戻ってきた。せやけど結局、一晩中口もきいてく
れへんかった。

ったく。
難しなぁ、女て。



<続>



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