その2 プレゼント暴力







■贈物■


遅い夕食のあとで、コタツに潜りこんでいた望に二階へ行こう、と普賢が声をかける。
太乙は、台所で食器を洗っている。普段なら夕食の後片付けは望か普賢がしているはずなのだが、今日はさすがに太乙も望の疲労困憊ぶりを見かねたのだろう。
「…明日までの宿題も終わってないよ?」
動こうとしない望の背中をちょん、とつついて普賢が言い募る。望は普賢の顔を見ずに、俯いたままようやくのそのそと立ちあがると、大きく一度伸びをして、それからやっと少しだけ笑った。


「…だからね、望ちゃんが言ってるような問題は、高校数学では取り扱わないから、考えなくていいんだよ」
「……しかし、実際には存在するわけであろう?」
「ああ…だからねぇ…」

宿題の数学問題集は、ふたりにとって、ましてや物理・数学といった理系分野を得意としている普賢にとっては、さほど時間のかかる難問ということもなく、じきに話題は教科書の「集合」のことから、無限集合のこと、そして不確定性原理という高等数学の話題に移行していった。


「……何か甘いもの欲しくない?…僕、お茶いれてくるね」
楽しそうにひとしきり語ったところで、普賢はそう言うと立ちあがった。望は何かを思い出したように一瞬はっとして、それから曖昧に普賢に頷いた。

階段を降りてゆく普賢の足音を聞きながら、望は自分の荷物の中からごそごそと小さな箱を取り出した。
「……いつ渡そうかのぅ…」
陳トウ関で昨日こっそり買った、バレンタイン限定のトリュフとプラリネが合わせて3つ入った小さな箱を手のひらに乗せて眺める。
いつだったか教会の神父が教えてくれた、「バレンタインデーは別に女の子が告白する日って決まってるわけじゃないよ。男の子でも女の子でも、好きな人に愛を届ける日だからね」という話。あれから何年も経つけれど、毎年途切れることなく望は普賢に、普賢は望に、大好きなチョコレートのプレゼントの交換をしてきた。
それなのに今年は、完全にタイミングを逸してしまった気がする。

時計を見るともう11時。
普賢が自分に何かをくれる気配もなくて、望はなんだか胸がちりちりと痛んだ。


「…望ちゃん、お待たせ」
ドアの向こうで普賢の声がして、望は、あわてて眺めていた箱を荷物の中に戻した。
普賢が運んできたトレイには、いつも使っているお揃いで色違いの大きなマグカップがふたつだけ載っている。
「もう夜遅いから、ミルクティーにしたよ」
「……食べるものは?」
望の言葉に、普賢はその日一番の嬉しそうな笑顔をみせて、
「…チョコレート」
そう言うと、カバンの中から、小さな箱を取り出して望の前に差し出した。
「これは…?」
「…いつ渡そうかと思ってずっと困ってたんだ。望ちゃんに、僕からバレンタインデーのチョコレート」
普賢の手のひらの上の箱は、望が先ほどまで手にしていたものと全く同じ。
「望ちゃんの好きそうなの、ちゃんと選んであるからね」
にこにこと笑う普賢に、なんと言って良いか解らず、望はこくりと頷いて、その包みを開け始めた。
中身は、望が一番好きな、ココアクリームのプラリネと、ホワイトチョコレートのトリュフが2つ。
「……あ…アリガトウ…」
「…うん」
真っ赤になって礼を言う望につられて少し頬を赤らめながら、普賢は手にもったミルクティーに視線を落とす。あたたかな甘い香りの湯気が頬を伝って心地いい。
「ふ…普賢?」
がさがさと荷物を探る音。普賢にはもう、何が起こるのか解っていた。
「…こ、コレ…」
望が差し出してくる、小さな箱。中身だってひとつも間違えずに言い当てることができそうだ。
「うん。ありがとう」
今度こそ真っ赤に顔を染めて、普賢はにっこりと笑った。







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