URBAN BEASTS 2
〜魅惑の♪社員旅行編〜





「…会社の保養施設にしちゃあ、随分と立派なホテルだよな」

「ああ‥‥」

「部屋毎に内風呂もあるってのに、デカイ露天風呂もあるらしいし」

「ああ‥‥‥」

「彼女が出来て誕生日か何かに招待したら、かなり喜ばれそうなレベルだよなー」

「ああ‥‥‥‥」





年に一度の社員旅行。
数ある保養施設の中で、今年は高原に建つリゾートホテルが選ばれた。
ゴルフ場やテニスコートを併設し、露天風呂を含む大規模な風呂が売りである。





「各課、社員同士の交流を深めましょうって意図は分かるんだけどよ…」

「‥‥‥」

「ランダムに決められた部屋割で、お前と相部屋になったって偶然も、
 まァ、認めてやらんでもない」


「‥‥‥」





到着直後、部屋割が発表された。

ホテル内の殆どがツインルームなのだが、数少ないファミリールームは事前希望制で、
若い女子社員がその殆どを占めているという。

そして、全てを幹事任せにしていたゾロとサンジであったが、偶然にも相部屋となった。
渡されたキーと荷物を持って部屋のドアを開けると、ホテルにありがちな造りの
細い通路の先に、やたらと大きいベッドが一つ――――――――――






「だからって、何で野郎二人にダブルの部屋が宛われるんだよっ?!」





ベッドに腰掛けていたサンジは立ち上がると、サイドテーブルに置かれている灰皿に
タバコを押し付けた。
部屋に入って数分、すでに4本目である。

一方的に文句をぶつけられているゾロは、窓際に置かれているテーブルセットの一画に
腰を下ろし、悠然と広がるゴルフコースを眺めていた。


「イヤなら他の部屋に入り込めばいいだろう。別に修学旅行じゃねェんだ。誰も咎めねェよ」
「‥‥‥!」

5本目に火を付けようとしていた手を止め、サンジの顔がパッと明るくなる。

「そっかー‥‥そういやァ、経理のナミさんがファミリールーム取ったって言ってたよなァ‥‥
 大部屋なら潜り込んでも問題ねェよな、きっと。
 ‥‥よし!メシが済んだら差入れ持ってお邪魔しよう!」


ようやっと機嫌が直った様子の相棒に、ゾロは見えないところで溜め息を付いた。










某大手広告代理店に就職してから3年目のゾロとサンジ。
配属の課はそれぞれ異なるが、仕事柄よく一緒に組まされる事が多い。

数ヶ月前のデキレース事件の時、二人で半日無断欠勤をした事から、
そのコンビ名は一部で有名になっていた。

まだまだ仕事では半人前とはいえ『二人一組』で扱われるのには、
お互い良い印象は無いのだが。




あの『事件』以来、サンジの見るゾロの印象が少しずつ変わっていた。



(経理のナミさん、カワイイよなァ〜‥‥今度はアナタと二人っきり、プライベートで遊びに
 来たいデス!ああ、秘書課のビビちゃんも清楚なイメージがたまんねェ!
 総務のロビンちゃんだって、大人の魅力たっぷりで‥‥‥)


今のサンジの頭の中は、ファミリールームでサンジを待っている(当然勘違いである)
美人社員達の事でいっぱいである。


しかし、一方では。

(そうだよな‥‥俺の周りにはかなりハイレベルな美女がたくさんいるんだ‥‥なのに、
 最近の俺ときたらどうだよ?!美女そっちのけであんなヤツのコト‥‥)


気が付くと視野に入れてしまう存在。
いつの間にか『相棒』と称される立場に置かれていたゾロ。


(相棒って何だよ‥‥勝手に決めんなよ‥‥『パートナー』だ?し、仕事の!だろうが‥‥
 妙な呼び方すんなよ‥‥‥『パートナー』とか言われると『人生の』とか
 付けたくなるじゃねェかよ‥‥)


『そう思うのはお前だけだ』というツッコミを、恐らく10人中9人はするであろう。
そう、あれ以来サンジはゾロを意識していた。
それまでケンカしかした事の無かった相手に急に優しくされ、調子を狂わされていたのだ。

(あまつさえ‥‥『あの腕の感触が心地イイ』とか、思い出してんじゃねェよ、オレ‥‥)

至近距離で見た優しい目が忘れられない。
その後見せられた事などないから、余計にその印象は美化されつつ、
サンジの頭から離れなかった。


(もう一回、あの目しねェかなァ‥‥そうしたらきっと幻滅して俺は正気に戻るはずだ)

すでに後ろ向きの思考である。










一方で、そんな風に思われているとは微塵も気付いていないゾロも、
実はあれ以来気持ちの変化が起こっていた。


(何でこんな時に社員旅行なんだよ‥‥相部屋なんだよ‥‥ダブルベッドなんだよ‥!!)

サンジから見れば外を眺めてボーっとしているだけのような様子でも、
その頭の中ではもの凄い勢いでグルグルとある考えが渦巻いていた。


(さっさと女部屋にでも何にでも行っちまえ!)

別にそれはサンジを嫌っての事ではなく。





自分達が心血を注ぎ込んで成し遂げた仕事がデキレースだと知らされた時、
まず始めに出掛けに見せられたサンジの笑顔が頭に浮かんだ。

会社を飛び出して夢中でその姿を探し、天性の方向音痴のお陰で会社を半日サボる羽目に
なったのだが、サンジを見付けたときにまず彼がしようとした事は。




きっと、彼が話し掛けてこなければ後ろから抱き締めていただろう。



(間違っても女と勘違いできるようなヤツじゃねェのに…)

頭を撫でた時に触れた髪の感触がいつまでも掌に残っている。
抱き寄せた肩の幅を、今ここで再現できる自信がある。
フワリと漂ってきたコロンの香りも、女性に対して感じるような嫌悪感はなかった。
むしろ――――――――――

(今は‥‥てめェでなにしでかすか分からねェ‥‥‥)

その気持ちが、池にいる観賞魚と同じ名前のモノであるという事をゾロ自身も
薄々気付いているのだが、認める段階までには達していなかった。


(てめェから踏み越えちまったら‥‥シャレんなんねェだろうが)

血気盛んな20代。『その時』が近い事も薄々感じていた。










「そうと決まればまずは風呂だー!!」

静けさに覆われていた部屋に、サンジの叫び声が突如響き渡る。
窓の外を眺めている振りをしながら考え事をしていたゾロは大きく肩を震わせた。

「せっかくデカイ風呂があるんだから入ってみようぜ!」

窓ガラスに反射して見えるサンジは、明らかにゾロを誘っていた。

(‥風呂‥‥?‥‥‥い、‥‥‥一緒に‥‥?!)

恐る恐る振り返ると、サンジは既にベッドの上に荷物を広げて準備を始めている。
先刻までの機嫌の悪さは何処へ行ったのかと思うほど、上機嫌に鼻歌を歌いながら。


「お前も早く支度しろよ」

バスルームへ行くと、二人分のタオルを持ってきて一組をゾロに放り投げる。
それを何とか受け取ったゾロは、あからさまに困惑気味な表情を浮かべていた。
明らかに先程までの思考が影響している。


「‥?行かねェの?」
「あ‥‥いや‥」

(こ、ここで断る理由もないよな‥‥けど、一緒に風呂ってのはァ‥‥‥)

しかし、不思議そうにゾロを見るサンジのキョトンとした目に負け、
俯き加減で支度を始めるゾロであった。











「流石、風呂自慢を唱うだけのコトはあるぜー」

ゴルフ場の大浴場は豪華な物と相場が決まっているが、
ここも例に漏れずなかなかの規模であった。

7つ程ある内風呂はジャグジー、打たせ湯、寝湯の他に、サウナも2部屋あった。
外には見事な日本庭園に囲まれた露天風呂があり、扉で仕切られた家族風呂や、
足湯も用意されている。

まだ日の出ている時間帯、利用客はそれ程いないようだ。

「メシの時間までゆっくり入れるなァ」

『その後の事』を期待してか、引き続き上機嫌なままでサンジはさっさと服を脱いで
風呂場へと入っていく。
その後ろ姿を無意識にチラッと見てしまったゾロは、数秒間動きを奪われた。


後ろ姿とはいえ、腰にタオルを巻いただけのセミヌード。
薄っぺらい一枚の布から伸びる白く細い脚。
フェイスタオルが余裕で巻き付いてしまう程の腰。
そこから首筋までのスラリとしたライン。


今のゾロにとっては『目の毒』でしかなかった。

(い、いや‥‥一緒に風呂に入ってチンコでも見ちまえば頭も冷えるはずだ‥‥
 アイツも歴とした男なんだから)


男湯で他人の股間を確かめるような怪しい行動を取る人物も珍しい。
しかし、ゾロにはそんな自覚を促すような余裕はこれっぽっちもなかった。





浴室へのドアを開くと、充満した湯気が程良く妄想を掻き立てる―――ような気が、
ゾロはしていた。

壁沿いに並ぶ洗い場を一通り見るが、サンジの姿は既にない。
内風呂を見渡すとジャグジー風呂に金髪が浮いているのが見えた。


(ま、別に仲良く並んで入る必要はねェんだし‥‥)

空いている洗い場で軽く身体を流し、いきなり露天風呂へ向かった。
そこにゾロ以外の客はいなかったが、塀の向こう側からは女性の声が聞こえてくる。
ゾロは少し肌寒い外気に身体を晒しながら、岩風呂の縁に腰掛けて溜め息を付いた。

(どうすんだ‥俺‥‥‥)

言い様のない絶望的な気分が沸いてくる。
サンジの事を避けたいのか、それとも近付いてハッキリとさせたいのか、
自分の気持ちにすら整理を付けることが出来ない。

自分がこんな事で悩んでいるのを知ったら、サンジはきっと軽蔑するであろう。
恋愛云々以前に、男同士なのだから。


(でもな‥‥)

それくらいの事で諦めがつくほど、ゾロはこの気持ちを軽く見てはいない。
自分の気持ちに比べたら男同士という事は『このくらいの事』なのだ。






「なァに一人で黄昏てんだよ」
「‥‥‥!」

後ろから声を掛けられて振り返ると、ほんの儀礼程度に股間をタオルで隠したサンジが
そこに立っていた。


「随分と広い露天風呂だな」

固まったゾロなど気にもせず、そのまま湯船へと身を沈める。
この温泉は単純泉。
無色透明の湯の中に、サンジの身体が揺らめいている。
日の光がその鮮明さに拍車を掛け、ゾロは思わず向けていた視線を逸らした。


「お前‥そんなトコに座ってて寒くねェの?コッチに入ればいいのに‥‥」
「あ‥?ああ‥‥寒かねェけど‥‥」

しかし、サンジの声に導かれるようにフラフラと湯船へ入っていった。
肌が冷え切っていた為、妙に熱く感じる。


「‥はぁぁぁ〜‥‥気持ちイイなァ〜‥‥‥」

縁に寄り掛かり、両腕を広げて空を仰ぐ。
その指先が僅かにゾロの肩を掠っていった。






(やっぱ‥コイツの筋肉って固ェよな‥‥‥)

わざとではなかったが、指先に触れたゾロの感触を手に握り込んで反芻していた。

(デスクワークのクセになんでこんなに良いガタイしてんだよ‥‥)

サンジは常々同じ男として、ゾロの逞しい身体を羨ましいと思っていた。
体質の所為か、サンジはどんなに鍛えてもあんな風に筋肉を付けることが出来ない。

以前は悔しいと思うだけだったのが、最近は違う想いが生まれてきていて―――――

(‥‥なんだって、こんなのに触ってみたいとか思うかなァ‥俺‥‥)

今となっては充分手の届くところにいるゾロ。
上を向いていた顔をゾロに向け、伸ばしていた手をそのままゾロの肩に置いた。
湿り気を帯びた肌同士がペタリと吸い付く。


「‥‥‥?!」

触れた瞬間、掌からゾロの身体が緊張したのが伝わってくる。

「お前って‥‥見た目、バリバリの体育会系だよな」
「‥‥は‥?」
「デザインなんて仕事してんのに、何でそんな逞しい身体してんの?」
「は‥‥あ‥いや‥‥‥」

何故かしどろもどろなゾロの肩をペシペシと叩いてみる。

「‥技術屋は体力勝負だからな‥‥」
「なァるほどねェ。ま、それを言うなら俺達営業も体力勝負だけどな」





サンジから振ってきた他愛のない会話をかわしながら、
肩に置かれた手からその振動が伝わってしまうのではないかと思うほど、
ゾロの心臓は早鐘を打っていた。


(いいいいいきなり触ってくるなんて反則だろうが!!俺も触っちまうぞ‥‥って、
 流石にソレはヤバイか‥)


一体何処を触ろうというのか。
決して至近距離で見つめ合っている訳ではないのだが、
向かい合って話をしている内にゾロの冷静な思考を少しずつではあるが、
確実に磨り減っていた。

手入れの行き届いた、触れた手に気持ちよい金色の髪はしっとりと湿って、
束になった先から透明な雫を肩に落としている。
脱衣所で真っ白だと感じた肌はほんのりと赤く色付き、
そこから漂ってくる色気は崩壊寸前のゾロの神経を逆撫でしていた。


(あー‥‥俺、もう‥‥ダメ、か‥‥‥?)

ゾロが心の中で白旗を掲げようとしたその時、
突然サンジが立ち上がって浴室へと向かい始めた。


「―――!!」
「悪ィ‥‥ちょっと逆上せてきたみたいだから、先に上がるな‥‥」

目の前を通り過ぎるサンジの尻を、ゾロはただ口を開けて見送った。










(つ、ついてた‥‥確かに俺と同じモノが‥‥‥そうだよな‥‥
 ついてなきゃ男湯になんか入れねェ‥)


さっきからどうも論点がずれていることに、ゾロ自身気付いていないらしい。
あれからゾロは何とか自力で部屋に戻り、
先に戻っていたサンジから差し出されたビールを飲んでいた。

風呂上がりにビールなんて最高なシチュエーションなのだが、
この時ばかりはそんな事は言っていられない。


何しろ、目の前には湯上がりに浴衣姿でくつろぐサンジの姿。
それもかなりいい加減な着方で、前は帯の部分までだらしなくはだけさせ、
更には椅子に片膝を立てて座っているものだから、裾からは下着が丸見えなのである。

そして、そんなあられもない姿のれっきとした男に、
ドギマギと視線を所在なさ気に漂わせるゾロが居た。


(お、おかしい‥!!見るからに男の姿なのに、何で鼓動が治まらねェんだ?!!)

その体制だけでも冷静さを奪われつつあるというのに、「あ、垂れた」などと言って
手首に着いた雫を舐め取る仕草なんかを見せられては―――――


(煽ってんのか?!いや、むしろ挑戦か?!!俺に対する挑戦なのか―――?!!!)

入社当時『寡黙で凛々しい』と女子社員に噂されたロロノア・ゾロの姿は、
もう何処にもなかった。



to be continued.


44444をゲットして下さった「ALL BLUE PLANET」の龍谷サマからリクエスト頂きました、「URBAN BEAST」の続編。
前回からちょっと進展していただこうと‥‥

思って、邪仕様で頑張ろうとしたら、
ゾロが怪しいヤツになってしまいました(爆)
タツヤ氏はゾロファンなのにィ〜。
ああっ!モノを投げないでくだされ〜!!

‥‥というワケで、真の(?)邪仕様は後編に続きます。

でも‥‥ゾロのヘンなのは治らないかも‥‥‥





2003.3.23.up


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