でりばりぃ


ソイツは、ある日突然俺の前に現れた。




「グランドライン・デリバリーでーす!ウソップ様のご依頼でお伺いしましたー」

特にやるコトもなく、寝心地の良いベッドが半分以上を占める部屋でゴロゴロしていた休日、
胡散臭い名乗りを上げて見覚えのある女が俺の部屋の前にいた。


「おま‥‥!なんでココに‥‥」
「あら、ご挨拶ね。社長自ら出向いてあげているっていうのに」

営業スマイルは浮かべているものの、その物言いは『感謝しなさいよ』という脅しにも似たオーラを
俺に向けて発していた。


『グランドライン・デリバリー』とは、この女、俺の同級生だったナミが始めた事業で、
依頼があれば何処へでもどんなモノでも届けるというのを謳い文句にした、いわゆる『宅配業』だった。
癪だがナミには類い希なる商才があったらしく、始めてから数年で全国規模の展開を遂げ、
今では長者番付に載ってしまおうという勢いだ。


但し、あいにく俺はそんなモノを利用したこともないし、しようとも思わない。
だが、この女はそんな俺にお構いなしにビジネスを進めたいらしい。

「ウソップ様から、ロロノア・ゾロ様へ。バースディ・デリバリーで『恋人』のお届けを…」
「‥‥はッ?!」
「だから、貴方に『恋人』を届けて下さいって、ウソップから頼まれたの」
「‥‥‥はァ?!!」

ウソップの野郎、何てワケの分からねェ依頼してやがる!
『恋人』って‥‥まさか‥‥この女が‥‥‥‥?
不審そうな目でジロジロ眺めていると、俺の気持ちを察知したのか、
これでもかと言うくらい迷惑そうな顔付きでナミが言い放った。


「やァねェ。私が『恋人』なワケないでしょ?私は届けるのが仕事なの!」

その言葉に一安心したものの、その後に「こっちから願い下げよ」と小さな声で付け加えられたのを、
俺は聞き逃さなかった。




「で、改めてソッチの希望を聞きたいの。どんなタイプが良いかしら?
 具体的な個人名を挙げてもらってもOKよ」

「好み‥‥?」
「顔付きとか、体付きとか。髪型とか性格とか特技とか、細かく言ってもらった方が探しやすいんだけど」
「性格‥‥」
「優しいコとか?」
「いや、ただ優しいだけじゃつまんねェな。自分の目標をしっかりと持って、
 ハッキリ意思表示出来る方がいい」

「ふ〜ん‥‥じゃあ、容姿は?」
「‥‥そうだな‥‥背は高すぎず低すぎず。細身だが芯のある身体だな。
 顔は‥‥まァ、良いに越したことはねェが。あと、メシが上手く作れるヤツがいいな。
 ああ、髪はサラサラのストレートが‥‥」




‥‥って、ちょっと待て!俺!!
何でこの女の術にかかってペラペラ喋ってんだ?!俺、何かされたのか?!
大体『何でも届けます』とは言うが、人間を届けるってのはどうなんだ?!
幾ら今の時代でもそんな人身売買みたいのは許されるとは思えないぞ!!




などと、混乱している間に話は終わってしまったようで。

「では、3日以内にお届けしま〜す!お楽しみに!」

と言って、ナミ社長は軽やかに帰って行った‥‥‥‥‥‥










そんな信じられない出来事も『何かの冗談だったんじゃないか』と思えてきた2日後。
仕事へ行く支度をしている最中に、それが現実だったと知らしめる訪問者が現れた。

「グランドライン・デリバリーです!お待たせ致しました!ご依頼の『恋人』のお届けで〜す!」
「‥‥‥!!」

マジか‥‥!!
ドアを開けると2日前に来た社長様が、またしてもニコニコと営業スマイルで立っていた。

「おい、ちょっと待て、恋人って‥‥‥‥」
「お客様のご依頼条件にピッタリの子がいたのよ!」

ヒトの話も聞かず、連れてきた恋人とやらを俺の眼前にズイっと差し出す。

俺と同じくらいの高さで視線がバチッとぶつかる音が聞こえるようだった。


『恋人』って‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥おい!!



「サンジくんで〜す」

男じゃねェかッ!!!





呆気に取られていた俺に知らんぷりでナミは『受領証・控』を置いていき、
『1週間はお試し期間なので、キャンセルも受け付けるわよ!』と明るい口調で告げながら去っていった。

残された俺達に、会話などあるワケもなく‥‥‥
とにかく仕事に遅れるわけにも行かないので、部屋は自由に使って良いし、
帰りたければ帰って貰って構わないとだけ言い残して、俺は家を出た。




あの『サンジ』とかいう男―――――――――確かに背は高からず低からず―――俺と同じ位で。
細身ではあるがしっかりと鍛えられたような体付き、サラサラストレートの金髪―――――と、
俺の出した条件を満たしている。


が、

男の客に男の恋人を宛うってのは、一体どんな会社だ?!





そして俺は仕事先で、今回のコトの発端であるヤツに詰め寄った。

「お?!ホントに行ったのか?デリバリー」
「てめェは冗談のつもりであんな依頼してくれたのか‥‥?」
「い、いや‥その‥‥俺っつーか‥‥ルフィなんだけどよ」
「ルフィ?!」

遊び仲間というか、悪友というか‥‥掴み所のない男の名前を聞いて、
少しだけこの奇想天外な出来事も納得できそうな気がしてきた。


「いや、ホラ、ナミが2〜3年前に会社始めたっつったろ?で、たまたまこの前チラシ見付けてな、
 何でも届けてくれるっつーから人間でも良いのかって問い合わせたらOKだって言われてさ。
 自分で試すのも恐ェから、じゃあゾロにって話になって‥‥」


そこで何で俺に回すよ‥‥
諦め半分、やりきれない気分になって頭を抱えた。

「で?どんなんが来たんだよ」
「‥‥‥‥‥‥男だ」
「‥‥‥は?」
「確かに条件には合っているが、お・と・こ・だッ!!」
「‥‥‥‥‥‥‥ッ」

他人事だと思って、ウソップの野郎は盛大に噴き出しやがった。
握り締めた拳の持って行き場を、どうしてくれようか。


「おまッ‥‥お前ッ‥!!性別の指定、しなかったのかよ‥‥?!」
「指定‥って、『恋人』って言われたら普通女だと思うだろうがよ!」
「いやァ、今時分かんねェって!それにあそこのデータバンクは膨大らしいからな。
 絞り込みも大変だったんじゃねェの?」


『ねェの?』って‥‥‥お前‥‥‥
そのまま逃げるように席を立ったウソップを、俺は追い掛ける気力もなかった。








仕事を終えて家に帰れば部屋の灯りが点いているのが外からでも確認できた。何でいるんだ、あの男。

「‥‥おかえり」
「‥‥‥!」

初めて聞いた声は不機嫌そうに憮然としていたが、
部屋へ入った俺の目に信じられない光景が広がっていた。

脱ぎ散らかした服は全て片づけられ、これまでにない程広い床があった。
そして申し訳程度に置いてあった小さなテーブルの上には、パズルを並べるようにギッシリと
皿に盛られた料理が。


「これ‥‥お前が‥?」

驚いて男―――サンジっつったか―――の方を向いて尋ねると、
フイッと顔を逸らしながらもコクンと頷いた。

腹が減っていたのもあるが、迷いもなく俺はテーブルの前に座り、箸を持ちながら手を合わせていた。

「イタダキマス」

一口、また一口と箸を進める度に驚く。
こんな旨いメシは喰ったコトがない。
そういえば『メシを旨く作れるヤツ』という条件も出していたか。
それに関しては満点を出してもイイ。

夢中になって喰っていたが、ふと気付くとコレを作った男は部屋の隅で俺が食べる様子をじっと見ていた。

「‥‥お前は喰わねェのか?」
「俺は‥‥‥いい」

またしても視線を逸らされる。俺‥‥嫌われてんのか?
逸らした横顔を何となく眺めてみると、長い前髪で気付かなかったが、切れ長の目に通った鼻筋、
眉毛は笑いが取れそうな珍しい形をしているが、全体的には『美形』な部類に入るだろう。

小さな顎から首、鎖骨にかけてのラインは女性的なしなやかさを思わせる。
腰回りもほっそりとしていて、足もスラッと長い。かといって、なよなよしいイメージではなく。


ああ、やっぱり男は男だよな‥‥と、ため息をついた。
これが女だったら、文句無くココに置いてやってもイイんだが。

そんなコトを考えながら、俺はかなり長い間ソイツを眺めていたらしく、振り向いた途端に一瞥された。



だから‥‥‥‥
そんな不機嫌そうなら何で出ていかなかったんだよ‥‥‥






続いちゃいます