一種異様な『恋人』が来た日の夜、ソイツは当然のように俺の部屋に泊まることになった。
とはいえ、この部屋にはシングルサイズのベッドが一台。
とてもじゃないがガタイの良い男二人が並んで寝られるスペースなどではない。

‥‥‥もっとも、その広さがあったとしても、並んで寝る気などサラサラないが。

「俺は‥‥床で寝る」

そう切り出したのはサンジの方だった。
まあ、この部屋の主は俺なんだし、突然押し掛けてきた形のコイツに気を使うのも変な話だから
それに同意して、取り敢えず何年か前に買ったシュラフを押入の奥から引っぱり出す。

客用の布団セットなんてあるわけがない。
とはいえ、冬も目前の夜は冷え込む。無いよりはマシだろうと、更に上から夏掛けで覆った。

いつもなら寝転がって数秒で眠りに入る自信はあるのに、
今夜は部屋に流れるいつもとは違う雰囲気になかなか寝付けなかった。

この狭い部屋に自分以外の気配がする。
そのヌシは寝ているのか、耳を澄ますと規則正しい呼吸音が聞こえてくるだけ。
男である俺に対して『恋人』として紹介され、ココに送り付けられた男。
コイツは何を考えてココにいるのだろう。

女には不自由しそうにない容姿を持っているクセに、何で男の俺の所になんか‥‥

まさか‥‥‥‥

ナミに何か弱みを握られているとか。

有り得る話だけにゾッとし、そのまま考えを打ち切って寝ることにした。










翌朝の目覚めは、近年稀に見る爽やかなもので。
食い物の匂いで目が覚めると、こんなに朝が気持ちよいものかというコトを知った。

サンジが寝ていたシュラフはキレイに片付けられ、
そこに置かれたテーブルの上にはまたしても朝から目に鮮やかな朝食が用意されていた。

一応軽い挨拶を済ませて顔を洗いに行き、食卓へ着く。
相変わらずサンジの反応は薄かったが、
何となく昨日のような緊張感は少しだけ薄れていたような気がした。

そして用意された朝食はやはり非の打ち所がなく。

「お前‥‥‥料理上手ェんだな」

無意識にそんなコトを口にしてしまうと、心なしかサンジの固かった表情が崩れた。

「一応‥‥ソレが仕事だからな‥‥」
「仕事‥‥?」

そういえば、俺と同じくらいの歳に見える男が一日中家でブラブラと‥‥と思っていたら。

「昨日は定休日だ」

成る程。

聞けば、俺には縁のない有名フレンチ・レストランの厨房を任されているんだとか。
それならこの料理の腕にも納得がいく。

店の開店は昼近くだが仕込みがあるというので、この日は俺の出勤に合わせて家を出るらしい。

「夜は遅くなっけど‥‥」

そして、やはりココへ帰ってくる気らしい‥‥
それでも昨日ほどの違和感がないってのは不思議だ。
短絡的だけど、コイツの雰囲気は嫌いじゃない。
最初の緊張感でこそ、続けば不快なモノではあったけど―――――これはなんだ、その、『餌付け』?
そんな感じで、俺はサンジという男にたった一日で飼い慣らされて(俺の家だけど)いたような気がする。

ああ、でも、嫌いじゃないぜ?
好きかと言われれば‥‥‥俺の定義に、男に対するその感情は存在していないから何とも言えない。
始めに『恋人』なんて言われなければ、もうちょっと違った関係になれていたかもしれないのに。










その夜は真っ暗な部屋に俺が明かりを灯した。
これまでと全く同じ『日常』なのに。物足りない気がするのはナゼだ。
たった一度だけの用意された夕食が、ナゼ俺の中でこんな存在感を占めているんだ。

もちろん自分でまともな夕食など作るわけもなく、かといって外食する気にもなれず。
腹は減っていたのにビールと簡単なつまみだけで済ませてしまった。

なんなんだ、この虚脱感は‥‥

見もしないテレビをつけっぱなしで六本目のビールを開ける。
こんな時に酔えないっつーのは何となく虚しい。
酔っ払ってそのまま寝ちまいたい心境なんだが、生憎自他共に認めるウワバミってヤツで。
時計を見ると、日付が変わってから既に数時間が過ぎていた。
明日も仕事だ。いい加減寝ねェと‥‥‥

―――と、重い腰を上げようとしたところで、玄関の扉を開ける音がした。
帰ってきた――――――――――アイツが。

「なんだ‥‥まだ起きてたのか」
「‥‥まァな」

部屋に入ってきたコイツのちょうど正面に当たるベッドに背を預け、
グデグデな様子で座っている俺を見て少しだけ表情が――――――――――


「店の残りモン、少し持ってきたけど‥‥喰うか?」

『さっさと寝ろ』とか『何してんだ』とか、そんな当たり前に投げかけられる言葉じゃなくて、
多分、今俺が一番望んでいた一言を、コイツはくれた。

それも、あの無表情を先に見ていたからこそ気が付いた、フワリとした笑顔を添えて。










その次の朝、俺がまともな時間に起きられるはずもなく。
『体調が悪いから病院へ行く』という、一秒でばれそうなウソの言い訳をして午前中の時間を手に入れる。
しかしサンジはやはり仕事だからと、昨日と同じ時間に家を出た。
体がそのリズムに慣れているのか、よくあれだけの睡眠時間で働けるモンだと少しだけ感心した。

俺はと言えば、手に入れた時間を有効活用しようとかいう考えはなく、
ただダラダラと支度をしてそのまま出勤。

いつもとは違う時間帯で、ヒトの流れもまばらだった。


だから、
普段は気にしないような所に目が行ってしまったんだろうか。


会社の最寄り駅出口。
地下通路を上がりきった、ちょうどその反対側。


見慣れたものになりつつある金髪がいた。
コレを偶然だと認識するよりも先に、その隣の存在に気付く。


黒髪の――――――スラッとした立ち姿の、目が印象的な美人。
その隣で、俺が見たこともない表情で何かを話しているサンジ。


途端に、腹にこれまで感じたことのないような疼き‥‥というのだろうか、知らない感覚が沸き上がる。
マジで体調悪いのか‥‥でも病院の世話にはなりたくねェ‥‥
二人から視線を外し、目的地へと足を進める。
いや、あんなのは気のせいだ。いつも通りに進んでいける。あんなのは‥‥‥‥‥





これまで俺が一度も感じたことのなかったモノ。

だから始めはコレがなんなのかも分からなかった。

気付くのにも時間がかかった。

どうして良いのかも‥‥‥‥‥‥‥‥‥分からなかった。

あの光景を見て、初めて知ったこの違和感。



そう、コレは――――――――――――――――――――――――――――『嫉妬』‥‥だ。







も、ちょっと続きマス

ロロノアさんか、みょ〜