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02/08/13
ぶらり立ち寄ると、「宿泊ですか」と案内のじっさまが飛んできた。
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国道を折れ、藪のなかに切り開かれた一本道を進んでいくと、突然、視界が開ける。目指す猿倉温泉である。宿のとなりにペンションらしきものを二棟建築中で、いきなり、ダムの工事現場へでも迷い込んだかという、錯覚におそわれた。
宿泊客用の玄関は新館、日帰り客用の玄関は本館となっている。しかし、何しろはじめての訪問ゆえ、どっしり落ち着いた本館へ向かった。おかげで、小雨降りしきる中、クルマを移動させたり、バッグを持って右往左往。もう少し、親切な案内があってもよさそうなものだ。

玄関を入ると、旅館というより、ペンションという感じ。しかし、新館をぬけて通された部屋は、本館二階の角部屋。次の間つきの開放感を持たせる好みの造り。が、しかし、テレビがない、冷蔵庫がない、トイレがない、も一つオマケに部屋のカギまでない。 もちろん、利かないカギなら、サンフランシスコの場末のホテルや、あちらこちらで体験しているのだが、カギという設備すらないのは、これがはじめてだ。まぁ、ウチのお客さんに悪党はいませんよ! ということなのだろう。
ここの湯は十和田湖温泉に、毎分1000リットルも送られているという。散歩がてら、宿の周りを捜してみたが、源泉らしきものは、とうとう発見できなかった。
それにしても、十和田湖温泉には、かつて泊まったことがあるのだが、ここからお湯が送られていたとは・・・ そんなにいいお湯だとも思わなかっただけに落胆していると、宿の案内には続けてこうある。「・・・送湯していますが、ここ、猿倉温泉では最良の湯坪を利用・・・」 とたんにきげんが良くなった。

内湯は「ぬるい湯」と「熱い湯」の二種類。今回の旅では、宮城以北で、やけにこうした分類が目につく。「ぬるい湯」の方が白濁の度合いが強くて、よさそうなのだが、なにしろ、ぬるいのは苦手。「熱い湯」とサウナでたっぷり汗を流して、「アァ〜、スッキリした〜」と、冷たいビールを飲む。
露天は雨風が強かったせいもあり、ぬるくて入らなかった。
男性用には、もう一つ、露天の岩風呂があり、ダンナによると熱かったとのこと。さっそく、フロントまで走り、「朝方、男性用と女性用のお風呂は入れ替わるんですか?」と聞いてみた。「替わりませんから、ご心配なく」と、にこやかに答えてくれる。何とも珍妙な答えに、思わず首をかしげてしまう。
新館にあるお食事処は、天井が高く、窓とそこから差し込む光線は、まるで絵のよう、教会の中にでもいるようだ。しかも、BGMはバッハやテレマンのバロック音楽。テーブルに目を落とすと、何ともおしゃれなオードブル。ダンナとデートでもしているようで、何だか照れくさい。
おまけに、作務衣姿の仲居さんは英ペラである。しかし、日本語が少々不自由なようで、ワインといきたかったところ、母音を思いっきり利かせて「ツー ビア!」と頼んでしまった。

東北は本州最奥、秘湯の宿で、こんなシテュエーションに出くわすとは、思ってもみなかった。これで、都会生活への順応も一日早まったようなもの。
バイトの白人留学生の「アリガトゴザイマシタ」の声に送られて、お食事処をあとにした。窓の外には、ワタシが入りたかった岩風呂が、「ツカテイタラドダ」とでも言わんばかりに、ワタシに満面の笑みを投げかけてくれていた。
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