「秘湯の一軒宿」などという耳当たりのよい言葉がもたらすイメージばかりを追っかけていると、ちょっと裏切られてしまう宿。
お盆に田舎へ帰ってみた。「晩ごはんの支度ができるまで、阿部さんちのお湯でも、ひとっ風呂いただいてきな〜」と家人から言われる。タオル一枚引っかけて、クルマで(なにしろ一軒宿)訪ねていく。そんな感じかな〜。
玄関の横にはテントが張ってあり、日帰り客がワイワイやっている。部屋に通されたところ、これがまた、秘湯の宿「狭い部屋部門」ベスト3に堂々ランクイン。まだ、日も高いので、小安峡まで行くことにした。温泉の流れる川、そんな感じだったので、お湯につかろうと「立ち寄り温泉グッズ」を持参したことは言うまでもない。
名物、大噴湯までの下りは、地獄にまで続くのではないかと思わせるほどの長い階段。その昔、ツェッペリンの「天国への階段」なんて曲がはやっていたころは、遠足でもためらうことなく、みんなでアップダウンを楽しんだっけ・・・。下るということは上らねばならない。上るということは下らねばならない。この当たり前の理屈が、瞬時に脳裏をよぎるものだから、ワタシは登山家にはなれない。
結局のところ、小安峡は温泉ではなく、単なる観光地であったのだが、大汗かいて宿にもどり、お風呂へと一目散。
こじんまりした内湯で、まずは髪を洗おうと、お湯をかぶったとたんに、お尻にチクッ! あわてて湯船に飛び込んだものの、時すでに遅し。露天に続く扉には、「アブに気をつけて下さい。アブは水の清らかなところにしか生息しません」と、誇らしげに張り紙がしてあった。露天なら夏油温泉でも経験済みなので用心するのだが、果たしてこの内湯が清流か? 何とも、とんでもないストーカーにつきまとわれたものである。
ダンナによると、男性用露天では、ハエたたきでたたきつぶすオヤジ、虫取り網でアブ採集に励むオヤジと、さまざまいたそうだ。ちなみに、ダンナは、「アブは黒が好きである」という学説を信じて、髪の毛をタオルで覆って、じっとしていたそうだ。いずれにしても、アブが多いことだけは間違いない。
あんなに賑やかだったにもかかわらず、日帰り客が帰ったあとの夕食の座敷には、たった3組、5人だけ。お膳には山菜、お刺身など、すきまなく並べられている。「さぁて、どこから箸を」と思っていたそのとき、香ばしさとともに、ジュージューうなりを上げている奴がいる。何と、お膳の下に隠れるように、ぞうりほどの大きさの皆瀬牛のステーキが、その巨体を恥ずかしそうに鉄板の上に横たえていたのだ。
ここ数日、山菜中心の老人食しかいただいていないので、さっそく一口。何ともやわらかく、ジューシーなステーキ。ビールをガンガンやりながら、お肉に集中攻撃をかけた。しかし、お膳の上のものもいただくと、お腹いっぱいでステーキが食べ切れない。二人でやっと1枚だけいただいた。残りの1枚は、網戸にへばりついてこちらをうかがっていた、秋田犬の夕食にきっとなったことだろう。
翌朝、人もいないので、男性用露天風呂「かじかの湯」にて、写真撮影とあいなった。このお湯、46〜47度はあったのではなかろうか? 熱さをこらえ、笑顔をつくろっていられるのも、3分が限度。この絵は、来年の年賀状に使わせてもらうことにした。
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