渋川ぞいを奥へ奥へと入っていくと、渋御殿湯のすぐ先に、このホテルはある。名は体を表すとはいうものの、八ヶ岳登山口に建つこの宿は、入口看板の「ホテル」というカタカナだけが、これがそうだと教えてくれる。
外観はどうあれ、館内には一つや二つ、旧き良き時代の調度品など、あるはずなのに、高度経済成長期のものと見られる家庭用のシャンデリアが2基、ロビーを照らす。どうにも、あの時代の製品は、欧米の物真似だけで、薄っぺらくていけないね。文化的なバックボーンが感じ取れないのだから。
女将さんから温泉の正しい入り方の講義を受け、今にも抜けそうな、きしむ廊下をおもむろに、風呂場へ向かう。
源泉そのまま、冷たいお湯をたたえた湯船と、8枚ほどの木の板でふたをした、加熱のお湯を大切そうにかかえこむ湯船の二つが迎えてくれる。流れ込む湯音は、「私はお湯じゃない」とばかりに密やかである。
女性用「姫の湯」は男性用ほど広くない。途中で、造るのに飽きちゃったのかな〜。
熱い湯、冷たい湯と、交互に浸かると効能著しいのだそうだが、熱い湯好きのワタシにとって、模範的な受講生にはなれそうもない。
しかし、いよいよ源泉そのまま、27度のお湯にトライする、熱い湯から来た渡来人。両腕を脇に固め、歯を食いしばり、肩までゆっくり沈め込む。滝に打たれる修験者までとはいかないが、握りしめてた両手がなかなかほどけない。湯船の底には、ざらついた細かい砂粒状の沈殿物。
そこに漂うゆで卵臭。金縛りが解けるがごとく、全身がお湯になじんでいってしまうのだ〜。とはいえ、タオルを頭に乗せ、「極楽極楽」とつぶやくまでには至らない。
何度も何度も、2つの湯船を行ったり来たり。けっこう楽しんでいるワタシがいたりする・・・。冷たいお湯には見向きもしなかった高峰温泉でのことを思えば、ずいぶん進化をとげたものだ。
ちなみに、酸性硫黄泉ブラス硫化水素臭とくれば、熱々のお湯というのがワタシの常識。だからというわけでもないが、加熱による影響は殆どなさそう。
憑かれたように2つの世界を行き来する、めずらしいお湯に浸かれて、さすが疲れた。
標高2000mになりなんとする蓼科は、源泉100%の高原ホテル。ちょっと勘違いして、お洒落な彼女なんか誘って行ったら、きっと帰りの助手席に、彼女の姿はないだろう。
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