喜多方から米沢へ向かう国道を走っていると。とつぜん、県境近くのトンネル手前で、右へ折れた。「重曹泉で顔を洗うと、よくなるかも知れないから、ひなか温泉に寄ろう」とダンナが言う。
広大な谷が広がり、草原のようになっている。ダムのすぐ下流側に建つ、何とも奇妙な一軒宿。宿の前には石積みのダム(ロックフィル式というそうだ)が100mもあるかと思わせる高さでそびえ立ち、うら手には小川のせせらぎならぬ、ダムの放水路が勢いよく雪解け水を流している。しかし、設備や手入れは行きとどき、快適そうである。今回の旅では、笹倉温泉にも驚かされたが、ここも同様、秘湯とは思えない都会的センスにあふれた宿だ。
露天には二つの湯船があり、丸いほうは、ぬるくてぬるくて、すぐに出てしまった。四角いほうは「わかし」であるが、ぬるいよりはマシだ。ちょっと赤みがかったお湯は、肌にやさしく、カサカサになったお肌がだいぶうるおった。強いお湯でゴシゴシやるのも考え物だなと、少しだけ反省した。
風呂上りに、館内に展示してある昔の写真を見た。なるほど、ダムができる前は、小川が流れ、木々の緑につつまれた、ひなびた温泉宿だったのだ。そのころ、一度訪ねたかった宿である。
帰り道、ダムサイトにのぼった。宿が谷底に小さく見える。案内板から流れる説明では、「ニッチュウ」ダムと言っている。だから、この温泉は「ひなか」温泉ではなく、「ニッチュウ」温泉なのだ。ダンナは、国境のトンネルを、黙々と何本も抜けて走り続けた。
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