「秘湯の宿」のちょうちんが出ていなければ、行き過ぎてしまうような、ごくごく普通の田舎家。玄関で声をかけると、女将が丁寧に風呂場まで案内してくれる。
帰り際にもわざわざ奥から出てきて、日帰りのワタシたちを見送ってくれたくらいだから、泊まったときのもてなしにも期待がもてようというもの。
客はほかには誰もおらず、内風呂、露天と独り占め。「秘湯の宿」ならぬ「ひと〜りの宿」なのであった。熱いの、ぬるいの、泉質がどうのこうのと色々あるが、お湯を独り占めする幸せ。これ以上のぜいたくが果たしてあるだろうか。
ほのかに硫黄臭の漂う内風呂も、今回ばかりはそこそこに、露天に大いに時間を割いた。
最近、新たに造られたばかりなのだろう。木枠の湯船が初々しい。乾いた28度の大気も手伝って、洗い場には水滴一つついてない。ぬる目のお湯なので、長い時間つかっていられる。湯船のへりに頭をのせて、森に溶け込む自分を楽しむ。
キラキラ輝く山の緑が、今にも覆いかぶさらんばかりに迫る。さわやかな風薫る五月を満喫しつつ、ぼんやりしていたちょうどそのとき、汽笛が山にこだまする。「ボーーーッ!」 秩父鉄道のSLが走り抜けていったのだ。これが「ポッポッポー」なら、さすが「鳩の湯」ということになるのだけどね・・・。
このあと、雁坂トンネルを抜け、山梨は三富温泉へとクルマを走らせた。埼玉とはいえ、奥秩父は何とも山深い辺境の地であった。都内では想像もつかない荒川の、懐の深さを確かにワタシは見たような気がする。
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