それは朝、家を出るときに予兆があったのかもしれない。
家を出ようとドアを開けた瞬間、私は思った。 「休もかな・・・。」
「バケツをひっくり返したような雨」とは、よく使う比喩だが、このときの雨の降り方というのが、まさにそれだった。
それでも結局、出勤することにしたのだが、このときの「休もかな・・・。」と言う直感が正しかったというのに気づくのには、家を出て3分もいらなかった・・・。
私はスズキ・アドレスというスクーターで通勤している。
普段からバイクに乗ってるので、少々の雨風は平気なのだが、今日の雨は一味違う。
雨のせいでたった10mほどの視界しかないのだ。
それほどスゴイ降り方なのだ。
愛用のナンカイ製レインウェアはその能力を超え、ところどころで雨が染み出し、靴はあっと言う間にずぶぬれになり足元の気持悪さを演出している。
しかも豪雨のせいで、いつもよりもかなり車が多い。
この渋滞にまともに付きあってたら遅刻してしまうので、車の間を擦り抜けて行った。
豪雨を降らせる厚い曇のせいで朝だというのに辺りは薄暗い。
そのうえ、雨で視界が悪いというのに、スモールライトひとつ付けていない車の多いこと。
これを付けてるか付けてないかで、相手側からの視認性が全然違うというのに。
何度か対向車に気づかず恐い思いをした。
スモールひとつ付けたくらいでバッテリーが上がるワケでもないんだから、付けりゃあいいのに。
こんな天気のときはスモールくらいつけんかいっ!!
と、まあ、散々な通勤の末、ようやく会社にたどり着いた。
ホッと一安心した私だったが、本当の悲劇は帰宅途中にあった・・・。
日中、雨は止まなかったので、通勤路の水がつきやすいところで、ある程度、水がついてるだろうとは予測していた。
・・・が、その予測が超甘いモノだったのに気づいたのは、会社を出て3分ほどした頃だった。
普段なら大雨が降っても、せいぜいデカイ水たまりが出来る程度の場所があるのだが、今日は違った。
なんとひざ下10cm近くの深さの洪水になってしまっていた。
スクーターのフットレスト付近まで水はやってきていて、フロントタイヤが巻き上げた水しぶきが自分に向かって降り注ぐという状況。
そのしぶきのかかり方たるや、遊園地などにある急流すべりなどの比ではない。
「こりゃ、エンジン止まるかな・・・。」と思いつつ、私の前をホンダ・ディオに乗ったお姉さんが走っていたので、「まあ、前のディオが走ってるってコトは大丈夫やろ。」と思った瞬間、エンジンが止まってしまった。
慌ててアドレスを路肩の水のついてないところへ上げようと降りたら、ほとんど膝の辺りまで浸かってしまった。「げげっ!こんなに深いんかい!」と思わず声をあげる。
エンジンがパーになってたらシャレにならんと思いつつ、セルをまわす。
かからない・・・。
この場所から家まで6kmほどある。押して帰るにはあまりにも遠い・・・どうしよう。
祈るような気持ちで、ひたすらセルを回し続けてたら、エンジンが息を吹き返した。
なんとかエンジンをかけ、水の少ないところを走っていたのだが、またしてもエンスト・・・。
今度はすぐかかったものの、目の前に広がるのは果てしない大洪水。
次にエンジンが止まったら、またかかる保証はどこにもない。しかし、このままここで待っていても雨が止みそうな気配もない。ってコトで強行突破。
フロントタイヤが巻き上げる水しぶきをヘルメットのバイザーに受けながら、走ること数十m。
今度は車が渋滞していて動けない。あいかわらず、洪水の深さは変わってない。
ふと隣りを見ると、この豪雨の中、レインコートも着ずにスクーターに乗っている女子高生がいた。
どうやらエンストしたらしく、スクーターが水に浸かったままセルを回していた。
だんだんその様子が必死になってきたので、見かねた私が「エンジン止まったんか〜?」と声をかけたら、「あかんね〜ん!」と即答。
一度、路肩にスクーターを上げてやり、エンジンをかけてあげた。
たまたま、近くに整備工場があり、そこのオッサンに後をまかせ、その場を去った。
しかし、この豪雨の中、雨具もなしにスクーターに乗るとはたいしたものだ。
これが若さか・・・!?
この女子高生、濡れたブラウスから紫色のブラジャーが透けていたのはナイショである。
で、必死の思いでこの洪水を抜けて、家まであと数十mのところで、またしても洪水。
今度は、田んぼの用水路が氾濫している。
まったく次から次へと難関が押し寄せてくるものだ。
もちろん強行突破!
まあ、ここは深さがたいしたことなかったので、らくらくクリヤ。
・・・って、アドベンチャーゲームやないっつーに。
ようやく家にたどり着いたのは、会社を出て40分くらいしてから。
いつもなら15分程度の通勤時間なのに、である。
なんでたかが通勤にこんな苦労せにゃイカンのか!?
玄関先でレインウェアを脱ぎながら私は誓った。
「明日も雨なら休もう・・・。」
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