情報センター通信No.10
2000.9.15発行


蟹は甲羅に似せて穴を掘る?

桜井朋広

やくし台住宅の20年
そこは新興住宅地というより造成地そのものだった。マス目状に整理された区画の空き地の目立つ中に一部のみ家が建っている。一軒だけの孤立したスーパーが寒々しくたたずむ。
やくし台住宅はバブル景気さ中の1988年、31.6ヘクタールの区画整理による造成地として分譲が開始された。開発前は、この地域は金井・関山から薬師池まで連なる丘陵で、尾根に続く雑木林の道はハイキングなどで近所の住民に親しまれてきた。
1980年頃より本格的な工事が始まり、現在のような大規模なひな壇が造成された。計画戸数は674戸、約2,700人が住む計画であった(平均4人/戸とする)。
しかし、1989年のバブル崩壊とそれに続く不景気、それに伴なう住宅需要の減少で計画は弾けた。整理された敷地への住宅供給は年に20戸程度に抑えられ、2000年1月現在、埋まった区画は全体の3分の1程度に留まっている。住宅価格も下がり続け、現在平均6,500万円と、この2年間で1,000万円近く安くなった。
区画が埋まらない中、住民が利用するはずのスーパーOXは撤退を余儀なくされた。現在は安売りを行なう生鮮食品店に変わり、遠方からの車利用の客などに毎日午後11時まで営業を行なっている。この地区は、バスならば町田駅まで25分、または鶴川駅まで10分程度(但しスムーズに行けば)など、条件は悪くはない。にもかかわらずこのような状況を招いたのは「供給過剰」が一因と聞いた。聞くところによると、ここの不動産会社は、近隣の分譲地の販売を優先したが、そこもまだ売れ残っているという。
市内では、現在至る所で区画整理などによる開発が行なわれている。何年か前には忠生区画整理において保留地の売却に失敗し、市から予算の追加を受け大きな問題となった。
やくし台住宅の今の風景は、未来の町田の姿なのだろうか。

町田市の人口計画
筆者が町田市に越してきた1978年当時、市内の人口は27万人程度で周囲には見渡すばかりの緑の林が広がっていた。2000年の現在、人口は37万人余に増大し、かつての緑のほとんどは住宅地などに変わっている。1994年に町田市の長期計画が策定され、その中で将来人口は45万人(2013年)とされた。しかし、バブル不況の長期化に伴い、1999年春に長期計画の中間見直しが発表された。そこでは町田市の将来人口は40万人(2013年)と大きく下方修正された。
だがこの見直しには大きな矛盾がある。今回の人口計画の見直しによる5万人の減少にかかわらず、人口増加を見込んだ住宅建設などを主とする区画整理などの開発計画の見直しは一切行われていない。このため現在(1999年9月)施工中の鶴川第二団地、能ヶ谷東部、野津田東部などの多くの開発の計画人口を併せると、住宅地などはすでに40万人分が確保されている。しかし市内にはさらに5万人相当の人口に見合う開発が、小野路西部、上小山田などに計画されている。
町田市がこうした人口拡大策ととれる開発を立てた理由として、ひとつに高齢化に伴う将来の福祉予算の増大が挙げられる。すなわち、就労人口の減少を人口増加による税収で補うというものである。さらに、この地域で必要な都市施設(インフラ)の整備を市が先送りにしてきたことも関係している。すなわち、都の『生活都市東京構想』による計画を受けて『多摩の心にふさわしい都市施設』としてここに建設される"副次核"の開発と絡めれば、市は予算をかけない区画整理としてのインフラも整備できる。しかし、こうした過剰な開発に伴い、市内の環境は大きく変化する。
今後開発が予定されている北部丘陵地域には、市内に残された自然林(面積約16%)の大部分が含まれる。この地区の緑や水源は町田市のみならず、近隣の環境も安定化させていることは明らかである。たとえば温度について、自然林は蒸散作用などで気温を下げる効果が知られる。
実際1999年4月策定の『緑の基本計画』中にも、夏期にこの地域が原町田市街よりも5度も温度を下げられている図が示されている。また林床や土壌は雨水を吸収し、ろ過することで、水源の機能や水質浄化にも関与する。こうした効果が失われるなら環境の悪化のみならず、水害の恐れもある。さらに、無理な計画は市内の交通の混乱も招く。この北部丘陵地域には北側への公共交通の強化、および地域の足を謳った鉄道が計画されている。たとえば小野路西部には多摩都市モノレールの導入が、また上小山田には小田急多摩線の延伸が計画されている。ところがこれらの大量輸送機関の建設は沿線の開発と一体化している。すなわち、開発による大量の乗客を確保できなければ経営が成り立たない。実際モノレールの既設区間でも、沿線開発の遅れから経営難となっている。[1999年9月11日読売新聞]もしもこうした無理な計画により鉄道建設が中座すれば、沿線では交通を車に頼るしかなくなる。さらに、鉄道用地のために道路が拡幅されるため、市内の通過交通が増大し、新たな交通問題を招きかねない。
確かに高齢化の進む中、福祉予算確保などの問題は重くのしかかってくる。しかしそのために無理のある開発計画を立てても、結局開発負担のしわ寄せは将来の福祉に影響する。なおかつ、『都市計画マスタープラン(1999年策定)』でも"町田市の財産"とされているこうした緑と自然環境を失うことはなんとしても避けなければならない。
右上がりの成長の時代が終わった今、町田市もこれ以上の成長を望むべきではないといえないか。市内至る所を空き地の目立つ住宅予定地にしないため、今はこの町田市の現状に見合う適正人口と管理を見据えた計画が何より必要と思えてならない。

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