情報センター通信 No.10
2000.9.15発行

ひと・まち・くらしを考える市民講座

地方自治法大改正 『どう変わる、地方自治〜市民活動の新展開〜』報告

講師・村上 順さん(神奈川大学教授)

「情報センター通信」編集部

私たち、まちだ市民情報センターでは、昨年の連続講座『市民参加のしくみをつくるために』に続き、具体的市民立法につなげるための講座を企画しています。その前段階として、今年4月から改正となった地方自治法について学ぶ講座を6月3日に開催しましたので、その報告を掲載いたします。


■なぜ、いま「地方自治法の大改正」なのか
 新・地方自治法が今年(2000年)4月に施行された。これは、単に地方自治法の改正というだけでなく、日本における地方分権改革の一環という意味を持っている。従来、日本には(暮らしをめぐる)都市の「不満」と地方の「不安」という問題があり、これに応える形で分権化が進められてきた面がある。今日は、新・地方自治法と市民活動の関わりという視点にしぼって話をしていきたい。
 地方自治は、「住民自治」と「団体自治」という要素から成り立っている。「住民自治」とは、1)自治体の長を選挙で選ぶことができる「首長公選制」、2)条例制定請求や議会・首長の解散・解職請求などの「直接請求」、3)官官接待や談合事件などをめぐる「住民訴訟」などである。これらは、国にはない自治体固有の制度であり、住民の自治体行政に対する「参加」と「監視」のシステムである。これからの市民運動もやはりこの3つを大事にしていくべきだろう。
ではどうして、地方自治体に国にはないこうした制度を与えているのか。それは、住民が「参加」と「監視」のシステムを使って、地方自治体を住民の要望に応えるようにより良く変えていけるはずだ、という考えからである。市町村自治体が良くなれば、県自治体も同じ3つの制度を使って住民本位の行政になっていくはずだ。県が良くなればやがて国も良くなるだろう。市民が身近な自治体から政治や行政のあり方を変えていく、いわば直接民主主義的なしくみとして3つの制度がある。これらは、「住民自治」的な制度といわれる。
 しかし、これに対し「団体自治」には弱さがあった。住民が参加と監視のしくみを使って市町村を良くしていこうとしても、自治体にはそれに十分に応えるだけの人間や権限、財源のいわゆる「3げん」が不足している。自治体によっては、(地域と馴染みの薄い)中央官庁からの出向者が自治体の要職を占めるなどの「人間」の問題もあるが、何よりも大事だったのは「権限」と「財源」が不足していたということである。残念ながら、今回の地方分権改革では「財源」という面では、抜本的な税財源の委譲は実現できなかった。今回、脚光を浴びたのは、もう一つの「権限」の部分だった。従来、自治体から権限を奪い、住民自治を阻害する象徴とされてきた「機関委任事務」(の改革)である。

■諸悪の根源?「機関委任事務」
「機関委任事務」とは、国の主務(所管)大臣が国の事務の執行を県知事または市町村長に委任する制度のことであり、これを処理する場合、県知事や市町村長は国に対して下級行政機関の立場にたつことになる。これには、一部の例外を除き、質・量ともに大きな問題がある。まず、理念的には、県知事や市町村長は住民から直接、選挙で選ばれた立場であるにもかかわらず、機関委任事務を処理する場合、(選挙によらない)国の主務大臣の下級行政機関に位置付けられ、国の指揮・監督下に置かれるというおかしさがある。
もう一つは、「質」の問題である。1970年代、地方行政の大きなテーマとして「環境」「福祉」「都市計画」の3つが大きくクローズアップされた。これらは本来、住民に身近な自治体において対応するべきものであるが、実際にはすべてが機関委任事務にされた。たとえば、「産業廃棄物処理施設」の設置許可は県への機関委任事務であるが、水源地の近くに設置申請があった場合に、県知事としては住民や市町村から反対があれば、許可をおろしたくないと考えても、(県の意向が及ばない)国の事務であるために設置基準を満たしていれば許可せざるを得ないという状況にあった。本来、住民から選挙で選ばれ、住民の生命・健康を守る行政をおこなうべき県知事が、国およびその背後にある事業者のために行政を行わざるを得ないという矛盾した現象がある。
次に、機関委任事務の「量」の問題である。まず、事務処理に要した「経費」という面からみると、県は8割が、市町村の場合でも4割が機関委任事務の経費となっている。
(逆にいえば)県は2割しか県の事務をおこなっていないということになる。したがって、せっかく住民自治的なしくみのもとで住民が積極的に行政に働きかけても、市町村や県は法的(権限)、財源などの理由でそれに十分に応えることができないようになっていた。

■国と自治体、上下関係から対等なプレイヤーへ
今度の地方分権改革は、この「機関委任事務」にメスを入れることになり、(新・地方自治法では)これが廃止され、「法定受託事務」として新たに整理された。つまり、従来の「機関委任事務」が国と自治体を上下関係に置いていたのに対し、今度は「契約」に近い関係、つまり国と地方を対等な関係として捉えなおそうということである。
また、これまで国の事務であった「機関委任事務」は今回の改正で、自治体の事務となった(新・地方自治法98条)。これは、例えていえば「養子縁組」のようなものである。「国野太郎」という国野家の子どもが、「神奈川」という家に養子に出され、血筋は「国野」のままだが、「神奈川太郎」と名前を変えて生活することになった。この「国野太郎」を機関委任事務と考えていただきたい。神奈川県に受託された場合は、「神奈川太郎」、山梨県に受託された場合は「山梨太郎」ということになる。同じ「国野」の血筋を引いていても、養子に出された先の家風やしつけでそれぞれ異なって育てられる。養子を受け入れた家は、血はつながっていなくとも、この子どもをもともとの自分の子ども(自治体の固有の事務)と同じように育て上げるのである。
 国と自治体の役割分担を定めたことも、今回の改正の大きな特徴である。これまでは、両者の事務は形式的な区別であり、明らかに自治体の事務と思われることでも法律に拠りさえすれば国の事務とすることができた。今回はこうしたことをやめて、国が本来やるべき仕事について判断基準(国家の存立に関わる事務、全国統一的基準の設定事務、全国的規模での施策・事業)を設けることにした。こうした事務を自治体に委任する場合が、「法定受託事務」となるのである。したがって、これ以外の事務が自治体固有の事務(自治事務)ということになる。国・自治体の役割に基準を設けることにより、「法定受託事務」の拡大を防ぐことができるようになったわけである。(この整理によって)従来の機関委任事務561本が252本となり、事務量の面でも半減したことが特筆される。
また、従来の国の自治体に対する「指揮・監督」が、「関与」という表現に改められ、かつ基本類型を「助言・勧告」「是正の要求」など数項目に限定して定められた。このうち、「許可・認可、承認」「代執行」などは自治体にとって強い関与なので、別に個別法律上の根拠が必要とされることになった。さらに、「関与の基本原則」が設けられ、国が自治体に関与する場合は、必要最小限のものにしなければならない、また、自治体の自主性・自立性は十分尊重しなければならない、とした。また、関与に対して「公正・透明の原則」もつくられた。関与の書面主義、勧告等に従わなかった場合の不利益取り扱いの禁止などである。したがって、法定受託事務であっても、自治体の事務となったことにより、国(または県)の構成自治体に対する関与はかなりの節度が要求されることになった。

■試される「住民本位」の自治体行政
 さらに、国と自治体、県と市町村の間に事務をめぐる争いが生じた場合、これを処理するために前者のために「国地方係争処理委員会」、後者のために「自治紛争処理委員」が設置され、審査の申し立てができるようになった。国は自治事務、法定受託事務のいずれにおいても、市区町村に指示を出す場合は都道府県を介しておこなうことになるので、市町村が国の指示の是非を争う場合でも、都道府県の態度次第(国と同じ立場をとるか、市町村に理解を示すか)で、市町村が審査の申し立てをおこなう先が変わってくる。(都道府県が国の指示に従わない場合は、国が市町村に直接指示を出すことになる)
また、「国地方係争処理委員会」「自治紛争処理委員」の勧告・調停内容に不満がある場合、指示を受けたほうは第三者である高等裁判所に訴えることができるようになった。このことの意味は2つある。
一つは、法廷闘争への道が開かれたということは、自治体が本当に住民本位の自治体行政を貫くかどうか、試されることにもなる。国や県からの指示に対して住民を代表する立場からきちんと意思表明できるのか、また、「処理委員会」などに異議を申し立てたり、裁判所に訴えるだけの気概をもっているかどうかが問われるのである。
二つ目は、市町村や県に「法務能力」が求められるということである。自らの施策が法令に適合しているか否かの判断を、自らおこなうことのできる能力を持つ必要がある。これまでの「中央照会型法務」、つまり中央官庁に伺いを立てて判断を仰ぐことから脱却し、主体的に法令を解釈できる能力を獲得していかなければならない。新しく施策を展開する場合も、法令の裏づけを持った「政策法務」的視点が必要となる。これからの分権時代に自治体に求められるものは、自治体職員の法務能力、自治体住民の法的な力量ということになる。

■ 市民活動の行方〜「都会の不満・地方の不安」を越えて〜
 1995年に「地方分権推進法」ができ、これを受けて1999年に改正地方自治法を含む「地方分権一括法」が制定された。地方分権は、産業の機能集積が進んだ都市部と有力な産業を持たない農村・漁村では、その受け止め方は大きく異なる。
 国税収入の3割を東京都内に事業所を持つ法人が納めている。しかし、国が東京都に還元しているのは3パーセントに過ぎない。残りの大部分は、農村・漁村の公共工事に使われている。産業力に乏しい農村・漁村にあって比較的有力な産業というのは、建設業くらいのものである。しかし、建設事業は山を削り、海を埋め立てる作業であり、環境資源を収奪する。しかし、地域産業全体としては展望がなく、これが「地方の不安」につながっている。これに対し、都市部では朝・晩の「開かずの踏み切り」解消などが大きな課題になるが、(地方への投資に予算が割かれ)そこまで財源が回らない。当然、都市住民には「不満」が生まれる。したがって、地方では「地域経済政策」が、都市部では環境・福祉などの「公共政策」が必要になる。日本の地方分権の課題は、いかにして地域経済を活性化し、国土の均衡ある発展を実現するか、ということにある。
 地方分権推進法ができた1995年は、市民オンブズマンが(全国規模で)政・官・財のいわゆる「鉄の三角形」に切り込み、「官官接待」「空出張問題」を取り上げた年であった。そこで、分権改革の前倒し適用という形で、1997年に「外部監査制度」が導入された。背景には、従来の内部監査制度への信頼が揺らぎ始めたことがある。これは、都道府県・政令指定都市・中核市は必置、それ以外の自治体は条例で定めて導入することができる。都内では、豊島区が導入しており、近隣の自治体への波及効果が期待される。
 また、さまざまな問題を抱える国の自治体に対する補助金制度も、自治体の自主財源を充実させる方向に変えていかなければならないのではないか。住民が支払った税金を自治体が上手にやりくりして、浮いた財源がまた、住民に跳ね返ってくるようなシステムにしていかなくてはならない。
 身近な自治体の中で、外部監査制度、情報公開請求、住民訴訟など、住民の側から提起・行動するテーマはいくつもある。

以 上
★質疑応答部分は、紙幅の都合で省略させていただきました。

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