マイライフ・アズ・ア・ドッグ 9



一夜二夜の付け焼刃じゃ 守るもんが違うな 白旗を振りな

                     Hero's Come Back!! / nobodyknows+










「どうしてと聞かれたら」


男__火兒嶋武明は右手で私の顎を取り、左手で己の髪を掻きあげ囁いた。見降ろす視線はこちらを捉えた
まま、滑らかに光を弾く亜麻色の長い髪がさらりさらりと音を立てて羽織の上を流れる。『高子』と名乗る彼の
妹は何れ必ず私の身を引き渡すよう強く念を押すと、足音高く出て行ってしまった。


「人間いつかは死ぬ生き物だからとしか云いようがないな。人生は一度きり、となればより多くの歓びと快楽
を手にしたいのが人間の性だ。・・・違うかな?」


信じられなかった。『火』の一字を姓の頭に戴くことを許されるのは、火の国に於いて大名一族だけ__その
中でも火兒嶋家は、音に聞こえた名門中の名門だ。その名門名家の嫡男が、何故気儘な人攫いの真似をす
る。しかも明らかに忍崩れの賊を使い、里への無断侵入という罪を犯してまで__何故。


「貧しい生活の中で生まれおち一生底辺で這いずり続ける者、何不自由なく豊かに生涯を全う出来る者、統
べるものと統べられる者・・・確かに『不平等』などという言葉もあるがね、しかし死という現実の前では人は皆
一緒だ。今昔のあらゆる権力者が願った『不死』は未だ成し得られず、奴隷から大名まで誰にでも等しく死は
訪れる。逃れられない。結局は貧者も富者も同じ命運の元にあるのさ。そしてこうして君に物事の摂理を説い
ている間にも、私の砂時計の砂は絶えず落ち続け戻すことさえ叶わない__全く気が狂いそうになるよ、そ
の理不尽さを思えばね。・・・さて」


唐突に肩を押され喉を締め上げられた。酸素を得ようと開いた口の中にとろみのある液体を流し込まれる。吐
き出す隙も与えず口を手で塞ぐ素早い挙動__慣れている。一体これまで何人の人間に同様の仕打ちをし
てきたのか。喉の動きで飲み下したことを確認したのか、男は圧し掛かっていた身を起こし、にっこりと微笑ん
だ。

「そこで君の出番だ。時間に限りがあるのなら、その中で出来るだけの悦楽享楽を味わえねば損と云うもの
だ。何、君にはその手伝いを少々して貰うだけだよ。」

・・・何を、何を飲ませたんです・・・!!今私に、一体何を・・・ッッ

「大丈夫、苦痛は一切無いよ、この私が保証しよう。何しろ笙の国の後宮で使われている上物中の上物だ。
快楽を増幅させることはあっても痛み苦しみを感じることは無い。足りなくなったら遠慮なく云いなさい、幾らで
も注ぎ足してあげよう」


・・・催淫剤・・・!!


半透明の蚊帳の向こうに身を翻した男は軽やかな所作で上座に腰を降ろし、脇息に凭れた。じっとこちらを注
視する切れ長の眼、上がったままの口角__先ずはくの一の痴態を遠くから眺め、楽しもうとでも云うのか。
火兒嶋武明は思考を読んだかのように目を細めると、奥の間に向かい酒の用意を命じた。


「可憐な野菊の花が思うさま乱れる様も、酒の肴にはまた格別だろう・・・さ、遠慮はいらないよ、ここには私と
君しかいない。恥ずかしがらず好きなだけ自分を慰めたらいい」


男の言葉を聞いてはいけない、目を見てもいけない、これは誘導催眠であの液体は擬似薬である可能性もあ
る。だが投薬の所為かあるいは男による催眠効果なのか、身体は意に反し確実に生理的反応を催し始めて
いた__熱い、熱くて堪らない。頭頂から爪先まで隙間なく絶え間なく疼く熱に耐えかね、身を捩った。襦袢
の裾が肌蹴て太腿が露わになり、潤み始めたその奥の変化を悟られまいと、両の脚を擦り合わせる。汗の滴
る項に張り付く黒髪、上がる息。身体の中で急激に膨張する快楽の被膜は、いまにも針の一刺しで破裂しそ
うだ。乳房を触りたい。揉みしだきたい。今胸の尖りを指先で摘めたら、潤む秘所を中指で掻き回せたらどれ
程の喩楽を得られるだろう。

奥歯を噛みしめ、次いで下唇を強く噛んだ。口の中に広がる鉄錆の匂い。周囲を覆う蚊帳に手を伸ばしすべ
てを引き千切り、薄ら笑いを浮かべて眺める男を睨め付けた。たとえ催眠眼の持ち主であろうと構わない__
お前のような、男に。お前のような、人間なんかに。それだけは目を見据えて云ってやりたかった。皺の寄っ
た蚊帳を手繰り寄せきつく握りしめ唇から滴る血を拭う。私と火兒嶋の視線が絡み合ったその時、襖の向こう
から淑やかな女の声がした。

『御酒をお持ち致しました』






大きく抜いた襟に柳帯、引き摺りの着物。火兒嶋の承諾に応じて入って来たのは、傍目にも玄人筋と分かる
女だった。高く結い上げた髪を飾る、真っ赤な玉簪が目を引く。膳を捧げ持ち傍ににじり寄る女を、火兒嶋は
静かに眺めた。


「・・・見ない顔だな、新顔か?」

「はい、本日よりお傍に上がらせて頂きます、揚羽と申します。肴蔵屋より参りました」

「蔵間が寄越したか」

「はい、こちらに主からの書状が・・・」


差し出された書面に目を走らせ放り投げるまで、僅かな時間だった。酌をする美貌の女の唇は、まるで熟れ
た果実のように赤い。


「お前の主が新しい女を寄越すのは、もう少し先の筈だったが?」

「私もそのように聞き及んでおりましたが、何でも今回はこちらで殊の外特別な趣向が御座いますとのこ
と・・・急遽主に呼ばれ、差遣わされた次第でございます」

「ふん・・・蔵間め、いらぬ気を回したか。相変わらず抜け目が無いな」

「私、主から一切を伺っておりますれば・・・肴蔵の名に懸けて、御心配は御無用にございます」

「成程」

「ときに若様、本日の特別な『趣向』とは・・・あちらのお嬢様ですの?」

「そうだ、お前のような廓の女にも珍しいだろう。女忍、くの一だ。それも忍崩れではない、木の葉の現役の忍
だ。いい加減商売女を嬲り殺すのにも飽きが来てな、変わり種が欲しくて連れて来た」

「・・・まぁ、左様でございましたか」

「取り敢えず薬を飲ませて、善がり狂わせてみようと思ったが流石に忍ではあるな。なかなかに我慢強い。ど
うだ?揚羽とやら、お前の技巧であのくの一を鳴かせられるか?」

「勿論でございますわ、私はその為に遣わされましたのに」

「フン、ならやってみろ。お前のような淫売に、野草が踏み躙られる様もまた見ものだろう。精々善がらせろ」

「畏まりましてございます」


片手で着物の褄を取り立ちあがった女が、上座から降りゆっくりと近づいてくる。力の入らない両脚を突っ張
り、後ずさってみたがそれは徒労に終わった。揚羽と名乗った女はいとも簡単に私の腕を捕え、胸に抱き込ん
だ。瞬けば風が起こりそうに長い睫毛と、通った鼻梁が間近に迫る。ぬらりと濡れた頬の感触が舌で舐め上
げられたものだと気付き、途端にパニックに陥った。


イヤイヤイヤッッ!!止めてッッ、触らないでッッ!!

「まぁ、なんて可愛いのかしら。愛らし過ぎて食べてしまいたいくらいだわ、頭から爪先まで一息に」

お願いッッ、お願いヤメテッッ、頼むから触らないで!!放してッッ!!

「大丈夫よ、直ぐに楽にしてあげる。我慢しないで感じて頂戴?その方があなたの為なのよ、ホラ」

あ、あ、アア・・・ッッ!!いやぁぁぁッッ、イヤーーッッ!!


突然の絶頂だった。既に肌蹴ていた裾を割った指が、しとどに潤む秘所に滑り込み粘膜を掻き回す。その衝
撃的な快感に一溜まりも無かった。仰け反った喉に這う舌に抗うことも出来ず唯涙を流していると、耳朶を柔
らかく噛まれた。赤く熟れた果実のような唇。蒼天を切り取ったような青い瞳。


「泣かないで」

いや・・・いや、放してお願いもう、私に・・・、私に触らないで・・・

「可哀想だけれど、薬の効果を少しでも減らすにはこうするのが一番なのよ。ね、身体の欲求に無理に逆らわ
ないで。口を開けて。これを飲んで?」

・・・え?


無理やりに口づけられた口内に、錠剤が落とされる。くねる女の舌先で溶かされたそれは、喉奥に抵抗無く
滑り落ちた。


「これ神経毒用の解毒剤なんだけどね、ま、飲まないよりは大分マシだと思うから」

・・・あ、あなた・・・あなた、は・・・?

「あーもうホンッットこのまんま犯っちゃってもいいんだけどねー、つーかモーレツにヤりたいんだけど、さーてど
ーすっかなーー」

「おい、揚羽・・・!?」

「ねーイルカ先生、どうする?もうちょっと擦りっこして楽になっちゃう?でも約一名邪魔者がいるしね、下衆に
見せる見世物じゃないしイルカ先生のイキ顔見れるのは一生オレだけだしあーでもこんな可愛いイルカ先生
前にして据え膳だけってのも犯罪ってもんだよねーもーどーしよ!?」


豊満な胸、青い瞳と赤い唇、涼やかに通った鼻梁に彩られた凄みのある美貌。立ちあがった火兒嶋が大声
で近侍を呼ぶのと同時に、意識が覚醒した。


__か、か、呵々子さん!?

「んふふ、イルカ先生、やっと気付いてくれた?」

ど、どうして、どうしてこんな処に!?

「もー何マヌケな質問してんの、クスリ頭に回っちゃった?どうしてって、そりゃイルカ先生を助けに来たに決ま
ってんじゃない」

だって、そんな格好で!!

「まったく人生とは驚きの連続だな、あの写輪眼の女装が見られるとは」


まだ上座にある火兒嶋の前に、音も無く数人の男達が立ちはだかっていた。中央の男の左頬にまだ真新し
い傷。__頭、とあの時呼ばれていた男!!その横には確かキタかタタリだったか、不意打ちの手刀を打ち
込んでくれた手下達もいる。


カカシさん、あいつらです、私、私あいつらに・・・!!

「あー、成程ね。横の下っ端は知らないけど真ん中でふんぞり返ってるアンタ、確か雨隠れの抜け忍アララギ
でしょ。・・・アレ、アダタラだっけ?」

「お初にお目に掛るな写輪眼。これから殺す相手にことさら名乗る必要もないと思うが、如何にも俺はアララギ
だ。雨隠れとは縁を切って久しいがな」

「それはアンタの都合の良い思い込みってもんじゃないの、アンタの里じゃ未だに追い忍部隊が出てるって話
よ?まーけどいくら探しても見つからない筈だよね、まさか火兒嶋のバカ息子のとこにいるとは思わないでしょ
雨隠れも」

「下郎、口を慎め!!」

「アララギ、この始末どうつける」


後ろから静かに問うのは火兒嶋だった。アララギが肩越しに振り返り、腰を落とす。


「御心配には及びません、若様。木の葉の犬一匹ごとき、私の部下だけで十分事足ります」

「フン、ならすっぱりと首を落とせ。この膳に乗せた首の前で、その女を抱いてやる」

「御意。ですが若、女の始末も急がねばなりますまい。写輪眼自らが乗り込んで来る事態となれば、木の葉
から何某かの接触も必ずやあるでしょう。その点是非考慮に入れて頂きたく」

「問題無い。飛んで火に入る夏の虫とはこのことだ、骨の欠片も残らぬよう始末すればいいだけの話さ。証拠
が無ければ何一つ立証出来まい?」

「御意」

「さ、こちらへ来るがいい、イルカ殿。君の情人が私の部下に嬲り殺しにされる様を、ここで共にとっくりと眺め
ようじゃないか」

カカシさん、逃げて!!


思わずの叫びだった。ここは云わば敵陣の真ん中、後衛にもどれ程の忍がいるのか分からない。他国にまで
『写輪眼』の名を轟かせるはたけカカシと云えど、たった一人で人質を庇い戦うなど無謀だ。__せめて、せ
めてこの身体が、まともに動いたなら。まだ血の滲む唇を噛んだ、その時だった。


『オイオイオイ!!馬鹿云ってんじゃないよお宝前にして逃げろって!?』


轟音とともに天井が抜けた。もうもうと上がる土埃の向こうに立つ長身の影。カーキ色のベストに顔の下半分
を覆う口布。左目を隠した額当て。掲げたクナイに映る、紺碧の右目。


__か、カカシさんッッ!?ええッッ!?

「頭ッッ、か、影分身だッッ!!」

「怯むな!!どんなに分身を出したところで本体は一つだ!!戦力に大した差は無い!!」

「あらー、失礼しちゃう、あんなこと云ってるわよどうするの?」

「お前いい加減にしなよ?いつまでネチっこくイルカせんせに触ってんのよ。つーか誰が勝手に人の女イカせ
ていいっつったよ?」

「えーいいじゃないどうせ元に戻れば五感の経験値は共有出来るんだしさー、大体こんな可愛い子前にして
善がらせないのが罪ってもんでしょ?ねーせんせお願い、もう一回だけ指入れていい?」

「一遍死ぬか?ド変態」

「あらドSのアンタに云われたくないわー、アタシの癖に。男の嫉妬ってホント醜いわねー」

ちょ、ちょっとッッ、止めて下さい二人とも何云ってるんですかこんな時に!!現実見て下さい!!

「悪ィなうみの、そいつはカカシと書いてバカと読むんだ、今のは俺の顔に免じて許してやってくんな」

「写輪眼と書いてバカとも読むのよ、ごめんねーイルカ、暇だからくっついて来ちゃった」

猿飛上忍!!夕日上忍!!


晴れた土煙りの向こうに、更に二人の忍が立っていた。その額当てに刻まれた木の葉の刻印。__火の意
志。胸の震えはすぐに全身に伝わり、私は自分で自分の身体を強く抱かなければならなかった。


「・・・下郎共が。この信じがたい非礼、万死に値するぞ。これは木の葉の総意か?」

「ほほう、あんたが噂の放蕩息子か。ツラを拝めて光栄だな」

「そう?ちょっと面白いネタになるってくらいじゃない?」

「まぁそう云ってやるな紅、ボンボンにはボンボンなりの矜持ってもんがあるんだろうよ」

「・・・若、お下がりを。ここは我々で始末をつけます。女はお諦めを」

「まぁ総意って云われちゃ確かに辛いもんがあるな。俺たちは私事でここに来てる。」

「・・・何!?」

「二日前だ、とある忍が入れ込んでる大事な女が里から忽然と消えたって大騒ぎになってな。ま、俺らも追跡
のプロだ、大体のアタリはすぐに付いたがどうやら相手が悪い。火影はともかく上層部がぐちゃぐちゃと揉め出
して待てど暮らせどゴーサインが出ねぇ。とうとうトサカに来た件の忍は私費で俺とこの紅を雇って、里をおん
出たって訳さ。笑えんだろ」

「ホント笑えるわよねー、私たちの主がそこにおわします写輪眼様だなんてさ。一生にあるかないかの珍事だ
わー」


ちゅ、と頬に口づけられ唖然と身を寄せる美女を見た。それは、それでは、今ここにいる貴方は、貴方の立場
は。


「ハ、ハハハハ!!」


響き渡った笑い声につられ、部屋に居るすべての人間が火兒嶋を注視する。邪気を突き抜けある種の屈託の
なさすら感じさせるその笑い声は、まるで変声期前の少年のそれに似ていた。


「愚かな、なんと愚かな生き物だ、忍とは!!いやお前たちがと云うべきだな!?全く何たる愚かさだ、女へ
の執着のみで里を出ただと里あっての忍がか!?ならお前たちは今木の葉の抜け忍である訳だ、確かに木
の葉の総意も何もないな、ハ、ハハハハ!!馬鹿め!!愚か者め!!ならお前等のその愚かな脳味噌から
全身全て、切り刻んで鯉の餌にしてやろう!!抜け忍であるなら木の葉から感謝されこそすれ、恨まれる筋
合いはなかろう!?ハ、ハハハハハ!!」

「だってー、バカボンボンがあんなこと云っちゃってるわよアスマ、いいの?」

「まあそう云うな紅。コイツはカカシの反吐が出るって程の小狡さを知らねぇのさ。まぁ見なよ、若様」

「何・・・!?」


猿飛上忍の武骨な指が伸び、遊女の白銀の髪にささっていた玉簪を引き抜く。それはあっと云う間に燃える
ような赤い羽を持つ、一羽の鳥に変わった。


「俺の忍鳥、『唄い鳥』だ。写輪眼様がガイではなく俺を雇ったのはこの所為さ。コイツは攻撃能力はほぼゼロ
に等しいが、半径二キロの如何なる音も全て拾い記録・再生出来る特殊能力がある。俺達がここで隠れんぼ
してた間は勿論、今アンタがつらつら垂れたご高説も全部コイツの腹の中だ、火影の元に帰りゃさぞかし綺麗
な声で鳴くだろうよ。いけるな?唄い鳥」

『是』

「殺せ!!その鳥と男、諸共だ!!」

「行け!!唄い鳥!!」

『知道了,主人遊馬』


振り上げた腕の動きに合わせ急上昇した赤い火の鳥は、高く一声鳴き落ちた天井の裂け目から飛び立った。
追って放たれたクナイを、別方向から飛んだクナイが撃ち落とす。


「・・・なんか勘違いされちゃ困るんだけどさぁ、この出入りオレのヤマよ?見せ場持ってかないでくれる?」

「おーおー、分かったってそう怒んなよ。・・・しかしあんたらご大層なことしてくれたなぁ、ここまでトサカに来て
るコイツは俺も初めて見るぜ」

「カカシ!!抜け忍はどうでもいいけどボンボンは生け捕りって約束よ!!うっかり殺っちゃダメよッッ」

「殺せッッ!!忍も女も皆殺しにしろッッ!!この屈辱血で贖ってくれるッッ!!」


火兒嶋の叫びで戦闘が始まった。頭アララギと写輪眼が、手下二人と猿飛・夕日両上忍が激しく刃を交わし
始める。武器一つ持たず身体の自由すら効かない切なさに襦袢の裾をきつく握りしめると、額に柔らかな口づ
けが落ちた。ちょっと待ってて、その言葉が終らぬうち、遊女姿の影分身が逃走を図ろうとした火兒嶋の背後
を捕えギリギリと拘束具で締め上げた。火兒嶋の口から、悲鳴交じりの苦悶の呻きが漏れた。


「情けない声出してんじゃないよ大名家の血縁ともあろう者が。つーかひとの命に気安く触れた覚悟、きっちり
出来てんだろうな?あ!?」

「若ッッ!!」

「ド変態!!イルカせんせの傍から離れんなってあれ程云ったろうがッッ」

「えーだってコイツ生け捕りにしなきゃ意味無いじゃない。大丈夫よー護衛もコイツの妹もあらかたフン縛って
あるんだから」

「若ッ、若ッッ!!お気を確かにッッ!!」


主を解放しようと迫るアララギと影分身との間で、クナイの火花が散る。振り乱される長い銀髪、柳帯、裾に散
る波と千鳥。その刃をふるう姿は、さながら美しく舞う一羽の蝶だった。


「せんせ、ごめん、辛い思いさせて」


身体が軋む程に抱き締めるのは本体だった。やっと触れた__微かな震えすら帯びる声に、胸が締め付けら
れた。


「アスマの忍鳥に証拠を吹き込みたくて・・・ごめんね先生、あんなに先生が苦しんでたのに・・・、何も、何も
出来なかった」

いいんです、私は大丈夫、大丈夫だから・・・


あとは言葉にならなかった。きつく抱きあい、互いの髪を弄る。このケリつけたら親父んとこ行こうね。唐突に
云われた意味が分からず、目を見開いた。


「分かってる?これ、プロポーズだよ」

え・・・?え、だって、あの、『白い牙』は・・・あの・・・

「実はさ、生きてんの、親父。霰の国と雨の国の国境辺りでさ、あっちこっちフラフラしながら草やってんだけ
ど」

ええ・・・ッッ!?

「ま、あんな親に挨拶なんてホントはどーでもいいんだけど、添い遂げたい相手が出来たらちゃんと連れて行
けって、子供の頃からの四代目との約束でさ」

「ちょっとそこのドS!!いつまでもせんせとイチャイチャしてんじゃないわよッッ」

「何よー、元に戻ったら経験値共有出来るとかほざいたのお前でしょー?」

「キーーッッ、ムカツクッッ!!ちょっとは手伝ったらどうなのよ、ボンボンの綱くらい引っ張っときなさいよッッ」

「ったくキャンキャン煩いったらないねぇ、もう面倒だし一発カタつけちゃおうか?」

カカシさんッッ!!

「せんせ、丁度良いからそこで見ててよ、オレがお仕事するとこ。惚れちゃうよ?」


口布越しにキスを落とし『写輪眼』の異名を他国にまで轟かせる忍が立ちあがる。響き渡る幾つもの金属音を
バックに、その右手が青白く鋭い光を帯び始めた。




__惚れる、ですって?・・・馬鹿云わないで。だって、私はもうずっと、ずっと。


ずっと


前から


貴方のことを




眩い光が真昼の太陽よりも強く大きく周囲を照らす。その鮮烈な青く白い光は、そっと閉じた目蓋の裏でも輝
き続けた。



<了>



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