蜘蛛巣城 前



天守閣より、城下町を望む。

吹き抜ける風が、入鹿の結い上げた髪を揺らす。先刻から立ち尽くしたまま微動だにしない入鹿の背に、紅
は厳かに声を掛けた。


「姫様、風が出て参りました、お身体に障りまする。そろそろお部屋の方にお戻り下さりませ。」


だが主からの返事は無い。焦れた紅は更に傍近くに躙り寄り、再度頭を垂れた。


「姫様、明日は大事な御輿入れの日なれば・・・・何卒」

「・・・・紅」

「は」


呼ばれた紅は目線を上げ、まだ年若い主の横顔を盗み見た。つい先程まで固く引き結ばれていた唇は柔ら
かく解れ、笑みさえ浮かべている。紅はその笑顔に胸が引き絞られるような痛みを覚え、慌てて顔を伏せた。


「妾は、知らなんだ」

「・・・は?」

「妾を慈しみ育んでくれたこの里が、これ程までに美しいとは・・・・今の今まで、知らなんだ。妾はつくづくと愚
かな人間よ。したが紅、妾は今日この日、ここから眺めた風景を生涯の宝にしようぞ。この美しい里の輝き、
波多卦の家に嫁いでも終生忘れぬ。・・・・紅?・・・・如何した?」


何の返答も返さず、顔を伏せたままの乳母の様子に、今度は主が不審を抱いた。


「・・・・姫様。無念にござりまする・・・・」

「紅?」


常日頃美丈夫で鳴らした乳母の肩が、細かく震えている。紅は入鹿の羽織る小袖の裾を押し戴くと、頬ずりし
たまま声も立てずに泣き始めた。


「姫様には木の葉の国の成人様、音の国の佐助様等、良縁がたんと御座いましたものを、むざむざとこのよう
なことに・・・・この紅、悔しさに胸を掻きむしりとうございます・・・・」

「・・・・今更それを申して何になる、紅」


固い入鹿の言葉に、紅の肩がビクリと張った。気まずい沈黙が落ちかけたその時、控えていた侍女の日菜多
が、か細い声を張り上げた。


「恐れながら、姫様。」

「何じゃ」


自分とそう年も変わらぬ侍女の顔に視線を移すと、その瞳にも涙が浮かんでいた。


「何卒、紅様のご心中お察し下さりませ!紅様は姫様を無事お育て申し上げる為に、全てを捧げていらっしゃ
ったお方。その掌中の玉と慈しまれた姫様を、十も年の離れたあのような男に差し出す無念・・・・どうか何
卒、お察し下さりませ!!」

「出過ぎた事を申すでないッ、日菜多!!」


入鹿が口を開く前に、紅の口から激しい言葉が飛んだ。だが普段から大人しい日菜多が珍しく顔を上げたま
ま、それを決然と受け止めた。


「いいえ!紅様。雷の国の国主、波多卦カカシは戦場では悪鬼刹羅、閨では色狂いと称されるほどの男!!
その姿は鬼にも似て、敵将の生き血を啜るとも言われておりまする!!そのような気狂いの元にお一人で旅
立たれる姫様の御身を、この城の者全て__いいえ、全領民が案じて居りまする事、紅様もご存じでござり
ましょう!!」

「おのれ日菜多、言葉が過ぎようぞッ!そこに直れッッ!!」

「止さぬか、二人とも!!」


主の叱責に、我に返った二人は平身低頭して額ずいた。日菜多の暴言と紅の怒りに怖れをなし、袂で顔を覆
い泣き出す侍女たちもいる。やはり己の婚儀がこれ程までに懸念と混乱を招いているのか。入鹿は重い息を
吐いた。


「皆の者、よう聞け」


室内に向き直り、居並ぶ侍女達を見渡した。どの顔も皆、入鹿にとって馴染み深いものばかりだった。


「この時世に、力弱きものが強きものに付き従わねばならぬのは当然のこと。相手が鬼と呼ばれる人間であ
ってもそれは変わらぬ。妾も一国の姫と生まれたからには、このような立場に立つこと、元より重々承知の
上。__何を悲しむことがある。この身を捧げることでこの国が救われると言うのなら、妾は喜び勇んで嫁い
でゆこうぞ。」


頭を垂れた侍女達の間から啜り泣きが漏れる。紅も色が変わるほどに拳を握り締め耐えていた。眉を顰めて
それを眺める入鹿の頭上から、声が降った。


『・・・・姫様。』

「おお、遊馬。如何した」


大方天井裏に潜んでいるであろう遊馬の声に、入鹿は慣れた風に答えを返した。


『殿がお呼びに御座います。本丸にお越し下さいますよう』

「相分かった、直ぐに参ろう。・・・・遊馬、丁度良い折りじゃ、そなたに頼みがある。」

『・・・・何なりと。この身は殿と姫様の御為に有りますれば』

「うむ・・・・礼をいうぞ、遊馬。頼みというのは他でもない、この我が乳母紅がことじゃ」


驚いた紅が、弾かれた様に顔を上げた。入鹿はそれに、屈託無く微笑んで応えた。


「妾は幼き頃父母を失って以来、兄上様と義姉上様の情けに縋って生きて参った。その妾に母代わりの愛情
を、惜しみなく注いでくれたのは紅じゃ。いいや、母そのものと言ってもよかろう。紅は__乳母と言う名の母
であった。その紅が今からこの荒れよう、妾が此処を去った後のことが思いやられる。どうか遊馬、明日よりそ
なたがしっかり紅を支えてやって欲しい。・・・・よいか、くれぐれも頼んだぞ。」

『・・・・・御意』

「──・・・・姫様ッ!!」


入鹿の言葉に、紅が堪らず抱きついて泣き声を上げた。一回りも年の違う紅が、入鹿に優しく掻き抱かれ慰
撫されている姿は一見すれば奇妙極まりないものだったが、それだけに余計周囲の涙を誘った。日菜多を始
め控える侍女達の間に、啜り泣きの声が満ちる。もうよい、もう泣くな。誰に向けるともなく呟いた入鹿の声
は、しかしよりいっそう紅の悲嘆を煽ったらしい。

入鹿の胸元に顔を埋めた紅の涙は止まる気配すら見せず、小袖の襟元を濡らした。






本丸の広間では、既に兄の玄馬が入鹿を待ちかまえていた。上座に座り脇息に凭れるその姿からは、何の
感情も伺えない。元々変化に乏しい玄馬の表情が、今日はより一層面を被った様に平坦だった。


「おお入鹿、来やったか」

「兄上様、ご尊顔を拝し恐悦に存じまする。」


型通りの挨拶を済ますと、入鹿はしみじみと兄の顔を眺めた。それほど豊かではない、有り体に言えば貧し
いとも言えるこの国で、入鹿がこの歳まで無事成長出来たのも、総て兄玄馬の庇護故だった。玄馬は口数が
少なく感情表現が豊かとは言えない男だったが、その心根は優しく、常に思慮深いものがある。だからこそ入
鹿は兄を心から慕っていたし、長年苦労を共にしてきた家臣達も皆同じだった。

しかし、その居並ぶ家老たちの表情が、一様に沈んでいる。理由は明白だ。先刻紅や日菜多が吐いた感情
を、此処にいる誰もが胸に抱いているからだ。事実数ヶ月前、音の国の佐助との婚儀が整いかけた時には、
この広間は沸き立つ様な歓声に包まれ、入鹿は馴染みの家臣達から次々と気の早い祝辞を受けた。
だがその縁談も雷の国の横やりで無惨にも破れ、そればかりか性格破綻者と名高い国主カカシの元に嫁ぐ
ことになってしまった。玄馬も苦渋の選択を迫られた挙げ句の決断だったが、佐助が文武両道、温厚な性格
で知られていただけに周囲の落胆も大きかった。


「・・・・いよいよ明日が婚儀と相成ったの、入鹿。」


玄馬が周囲に落ちる沈痛な空気など、気にも留めぬ調子で入鹿に語りかけた。当然、ここで嘆いてみせる様
では一国一城の主の器ではない。入鹿もそれを承知の上で、出来る限り明るく笑って見せた。


「はい。兄上様、義姉上様、長きに渡りお情けを頂きましたご恩、この入鹿どれ程の言葉を持ってしても、感
謝の心を表しきれませぬ。誠に・・・・誠に有り難う御座いました。」


深く平服した入鹿の耳に鼻を啜る音が聞こえ、思わず身を起こした。玄馬も顔を顰め、肩越しに後ろを睨め付
ける。


「・・・・日も高いうちから涙とは不粋ぞ、静音。何を泣く必要がある」

「申し訳御座いませぬ、殿。なれど、なれど姫が余りにも不憫にて・・・・」


まだ幼い息子を膝に抱いていた御台所の静音が、感に堪えぬ様子で目元を覆っていた。その隙を突いて、一
粒種の影丸が母の手を振り切り、入鹿の元に駆け寄った。


「あねさま、あそんでくだされ」


年若い叔母をまだ姉としか判別出来ない甥の頭を、入鹿は優しく撫でた。


「義姉上様、そう御案じ下さりますな。あちらの家には舅様も姑様も身罷かられ、気楽な身分に御座ります。
ずぼらな入鹿には、ぴったりの嫁ぎ先で御座いましょう?それに雷の国の城下町は商いが栄え、唯ならぬ賑
わいと聞いておりまする。入鹿は早う、その町が見とうございます」


入鹿の言葉に、静音は落涙しますます顔を背けてしまった。今日は不本意ながら、つくづく人を泣かせてしま
う日だ。苦笑いを零す入鹿に向き直った玄馬が、静かに言葉を継いだ。


「雷の国は我が隣国にして、その国力は強大にして随一。これ程の国を統べる国主の元に嫁ぐ、入鹿の幸運
を祝わずして何とする。・・・・入鹿、愛されることだ。それより他に、波多卦の家でおのが生きる術は無いと心
得よ。」

「・・・・承知仕りまして御座います」

「どれ、杯をとらそう。近う」

「有り難きしあわせ」


まだ声を上げ纏わり付く甥の手を引いて、入鹿は兄の傍に寄った。杯になみなみと酒をつぎながら、玄馬は
誰にともなく呟いた。


「何度咎めても柿の木によじ登るお主を、ようも叱ったものよ・・・・」


冷徹に徹していた玄馬の表情に、僅かの揺れが覗いた様に見えた。入鹿が兄の瞳を見返した時には既にそ
の影は跡形もなく消えていたが、驚きはやがて暖かな波となって入鹿の胸を満たした。

おそらく余程のことが無い限り、これが今生の別れとなるだろう。__その手向けに、良い土産を貰った。入
鹿は心の中で、手を合わせた。

静音の喉が、もう一度鳴った。入鹿は杯を頭上に頂いた後、思い切りよく飲み干した。








その永久の別れから一日半の後、入鹿は豪華な夜具の隣で石と化していた。

入鹿は今の今まで、夫となる男の顔を見ていなかった。雷の国の国主カカシは入城した入鹿を出迎えなかっ
たばかりか、祝言の席にまで姿を見せなかった。

常識の通じない男とは聞いていた。優しく出迎えられる筈も無かろうと、諦めてはいた。だが婚儀の席まで反
古にされると、誰が考えるだろう。入鹿は粛々と流れる祝詞を一人上座で聞きながら、きつく末広を握り締め
た。カカシは既に、数多の側室を持つ身だと云う。入鹿は正室として迎えられたが、それは故郷不知火の国を
北方の盾代わりとする、その代償として与えられた身分に過ぎない。十を越える年の差、体の良い人質と云
う身分。そこに情などというものを最初から求める程、入鹿は幼稚な精神の持ち主ではなかったが、これでは
余りにも__余りにも、自分の身が不甲斐ない。


見届け役の青葉と雷道のこめかみには、怒りのあまり青筋が浮いていた。だがこの城の家臣達は勝手知っ
たる主人の奇行と、大して気にした風もない。まるで旧知の間柄の様に気安く入鹿一行を迎え入れ、宴も酣
になると御台所の存在など忘れた様に皆浮かれ騒いでいた。

あの二人は、国に帰って何と報告するだろう。
精一杯の気遣いで送り出してくれた兄に対し、如何ともし難い申し訳なさで胸が塞いだ。いや、兄はまだい
い。常に冷静沈着な兄が、どんな話を聞かされようとそうそう感情を乱すことは無いだろう。問題は紅だ。あの
気の強い乳母が、憤怒で卒中でも引き起こしたら何としよう。それではあまりにも、遊馬に申し訳が立たぬ。

だが故郷を思うだけで頬が緩む自分に、愕然とした。国を出てまだそう長い時間は経っていない。もう里心が
ついて、どうするのか。入鹿は自分の頬を叩くと、その指でそっと夜具をなぞった。
正絹だった。
自分が着せられている、白い夜着も同様だ。故郷では考えられぬほどの贅沢。だがそれが一体何の慰めに
なるだろう。来るのか来ぬのか分からぬ夫を座して待ちながら、紅と最後に交わした会話が頭にちらついた。
払っても払っても、彼の人の面影が浮かんでしまう。


あの方ならば。


音の国の佐助様ならば、如何様に自分を扱ってくれただろう。少なくとも、これ程些末に扱われることはある
まい。入鹿は一度だけ相見えた佐助との思い出を、後生大事に胸に抱えていた。

音の国の国主、大蛇丸の書状を持って佐助が不知火に入ったのは夏の暑い盛りだった。
玄馬は佐助と長時間の密談の後、入鹿を呼び寄せ庭を案内させた。今から思えばどう考えても見合いの為
の散歩だったが、当時の入鹿にはとんと合点が行かなかった。だが佐助は初対面の男に緊張する入鹿の心
を、上手に解した。気付けば貪る様にお互いを語り合う二人がいた。入鹿も随分と語ったが、佐助も衒い無く
自分を晒した。
自分は大蛇丸の実子ではないこと。父母を実の兄に殺害されたこと。今もその兄の行方を追っていること。仇
は必ず取ると、固く心に誓っていること__聞いている入鹿には胸の痛くなる話だったが、語る佐助の瞳の凛
とした輝きに、大いに感じ入った。それを正直に告げると、佐助は入鹿の美しさを庭に咲く桔梗に喩え、入鹿を
赤面させた。

『勿体ないお言葉。顔にこれ程大きな傷を持つ私が、あのような可憐な花に喩えられては身の縮む思いで御
座います。』

『何を仰る。こちらへ来て、ようくこの花をご覧なさい』


佐助は入鹿の手を引いて誘った。


『この紫の花弁の中央に力強く走る、葉脈をご覧なさい。一際濃い色で走るこの線があるからこそ、紫の花弁
の美しさが映えるのではありませんか。入鹿殿、何を恥じ入っておいでです。その鼻梁を跨ぐ傷こそが、貴方
という方を美しく主張する、一本の葉脈ではありませんか』


ここまで直接的な賛辞を、異性から受けたのは初めての経験だった。羞恥と感動で顔が上げられず、心臓は
早鐘の如く鳴り響いている。そんな入鹿の手を取ったまま、佐助は余裕の笑みを浮かべた。


『入鹿殿、桔梗の花言葉をご存じですか』

『いいえ、生憎不調法にて、何も・・・・』

『清楚、気品、です。まさに貴方そのものだ』


入鹿は今度こそ首筋まで赤く染まって俯いた。これで佐助が自分より一つ年下というのは、本当だろうか。
まるで大人の男の如き包容力で入鹿を包み、捉えて放さない。朱を掃いた項に何か柔らかいものが掠めた気
がした。慌てて顔を上げると今度は佐助に耳元で囁かれた。


『入鹿殿。次回は是非、我が城でお会いしたい』


それが佐助の唇だったことも、求婚の言葉だったことも、随分と後になってから気が付いた。


__だがその記憶に胸を熱くして、何になるだろう。自分は今雷の国の御台所として、此処に座している。
佐助の切れ長の瞳を思い出して、落涙しそうになる自分を叱責した。紅や日菜多達の前で、あれ程の啖呵を
切って出てきたのだ。今更おめおめと、泣いて帰ることなど出来ようか。こうなったら、死ぬ気で受けて立って
やる。鬼でも蛇でも、何でも来い。だが日菜多の言っていた、カカシが人の生き血を啜るという言葉が頭を掠
めた。・・・・幾ら何でも、それは嘘だろう。でももし、もし万が一それが本当だったら?

__やはり少し、恐い。

沈思に耽っていた入鹿が、その足音に気付いたのは襖が開けられる直前だった。勢いよく開け放たれた音に
驚いて見上げると、ひょろりと痩せた人間が自分を見下ろしている。すっきりと通った鼻梁、薄い唇、尖った
顎、月光に照らされた白銀の髪。男とも女とも取れる整った容姿が、夜の闇の中にすら見てとれた。


__何と美しい。まるで月の精のような・・・・・


両手に生首をさげ、躰に蛇を巻き付けた鬼に追いかけ回される夢想に浸っていた入鹿は、夢見心地でその人
物に見惚れた。


「お前が入鹿か」

「・・・え」


自分と同じ白い夜着。男の声。


──・・・・ッ、殿!!


弾かれた様に姿勢を正した入鹿は、慌てて三つ指をついた。


「ご、御無礼を、殿!!不知火の国から参りました、入鹿と申します。不束者ではござりまするが、御台所とし
ての責務、精一杯務めて・・・・・え・・・・・ッ・・・・!?」


床に額ずいていた筈なのに、天井が見える。背中に柔らかな寝具の感触。


「・・・・あ」

「ふうん。本当だ、傷がある」


あっという間に臥所に転がされた入鹿の顔を、男が覗き込んでくる。関節の張った指が顔の傷をなぞった。
緊張で声も出ない入鹿の姿が可笑しいのか、男はクツクツと喉を鳴らした。


「俺と同じだな。俺にも傷がある。・・・・見るか?」


男が左目を覆っていた髪を掻き上げると、確かに瞼から頬にかけて、痛々しい程に縦に引き攣れた傷が走っ
ていた。しかし入鹿を更に驚かせたのは、その瞳の色だった。


──・・・・・赤い瞳・・・・!!


これ程までに不可思議で美しい物体を、入鹿は目にしたことがなかった。紅から聞いた、紅玉という宝石の話
が蘇った。それは石でありながら深く透明な赤い光を放ち、見る者を得も言われぬ心持ちで魅了するという。
紅の名の由来でもあるその石の話を聞いたとき、入鹿は俄にそれを信じることが出来なかった。だがもしそれ
が本当なら、きっとその石はこの赤い瞳の様な輝きを持つに違いない。それほどまでに、男の瞳は美しかっ
た。


「俺の眼が珍しいか」


正直に頷いた入鹿に、男は鼻を鳴らして身を起こした。


「俺の母親は、異国の人間だったのさ。この近くの浜に虫の息で打ち上げられていた所を、俺の親父様が拾
った。城で介抱されたその女を親父様は見初めて、孕ませた。そうして生まれたのがこの俺さ。
しかし髪の色はお袋様譲りだが、眼の色は決して赤くは無かったらしい。何故俺がこんな眼を持って生まれつ
いたのか未だに分からないが__まぁいい、そんなことはどうでも良いことだ。ただこれを気味悪いと云う人間
も多いからな、昼は眼帯で隠している。それだけさ。」


親を過去形で語るカカシの言葉に、自分の境遇と重ね合わせて痛みを覚えた。しかし実際口にした言葉は、
自分でも思いも掛けないものだった。


「・・・・普段は、隠されていらっしゃるのですか?」

「ああ」

「何と勿体ない、これ程に美しいものを・・・・。闇夜でもこの輝き、お日様の下で眺めたら、どんなにか綺麗で
しょう・・・・」


入鹿の言葉に面食らっていたカカシは、やがて大笑を始めた。その大声に、入鹿も我に返り自分の不遜さに
青くなった。


「お日様の下、か。お前、面白いことを言うな。そんなことを言われたのは初めてだ」

「も、申し訳・・・・」


青い顔で縮こまる入鹿をカカシは暫く人の悪い笑みで見下ろしていたが、不意に真顔になると静かに訊ね
た。


「お前、年は幾つだ」

「・・・・こ、今年で十五に相成りまする」

「ふうん」


男は言うやいなや入鹿の襟元に手を掛け、一気に引き下ろした。驚いた入鹿が反射的に晒された胸を庇おう
とすると、両手を頭上で纏められ臥所に縫い止められた。開いた片手が大きく裾を割り、太股を這う。悲鳴を
上げる間もなかった。口内を、何か生温い、滑ったものが満たしている。それが男の舌だと気付いたとき、入
鹿の心に爆発的な恐怖心が広まった。


「──・・・・ッ、あ、あ・・・・ッ」


膝を上げようにも、長時間の正座で感覚の抜けきった足には一片の力さえ入らない。せめて身を捩りのし掛
かる身体を押しのけようと試みたが、薄いと見えた男の胸板は鋼鉄のように固くささやかな抵抗を跳ね返す。
男の息が首筋にかかり、その瞬間悪寒と悲哀の入り交じった感情が、入鹿の背筋を駆け昇った。


初めて嗅ぐ男の体臭に、眩暈がする。


後はもう、嵐だった。




〈 続 〉





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