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3DAYS             

ロザリーの張り手の型をくっきりと頬に残したスタンが、大人しくリビングで
待っていると、キッチンの方から何やらいい匂いがしてきた。
(ふむ、美味そうな匂いだな。一応料理は出来るのか…。まぁ、余のき…)
そこまで考えてあわてて否定する。別に彼女が自分の『妃』になる訳ではないのだ。
彼女は恐らく死ぬまで『勇者』たらんとするだろうから。
こうやって一時的に馴れ合う事があろうとも、決してそうなる事などないのだから。
「馬鹿馬鹿しい」
何故あんなタンスの角で小指をぶつけたような女などに心を乱されねばならないのか。
自分は大魔王なのだ。こんな事で動揺してどうする。
そう自分に言い聞かせているうちに、パタパタと足音がしてきた。
「出来たから食べに来なさいよ。…?どうしたのよ。キャラに合わない難しい顔して」
「ぶぇっつにー。では、そう美味そうでもなさ気な食事を食ってやるか」
「嫌なら食べなくてもいいのよ?」
額に四つ角を浮かべ気味なロザリーに気付く事無く、スタンはキッチンへと移動するのであった。

「あーあ。何でアンタなんかとこうしてご飯食べてるのかしら」
食事中にかれこれ6度目のため息をつきながら、ロザリーは目の前で無心に食べてる男を
じっと見つめた。散々不味そうだとか何だと悪態をついておきながら、食べ始めたら
何も言わずにひたすら食べている。
「不味そうだの何だのと言ってくれた割には、がっついてくれてるわね?」
「ふあ?」
「飲み込んでから喋りなさい…」
これじゃあ子供のお守りだ、と心の中で呆れかえる。
「…まぁ、不味くはない」
「アンタの口からそれだけ言わせれたら上出来ね。おかわりは?」
「うむ」
何か大きなトラブルが起きるわけでもなく、こうして昼食は過ぎていった。



「ヒマだ」
ロザリーが後片付けを終えて、リビングに戻った途端にスタンが言ってのけた。
「昼寝でもしてれば?仮にもアンタ魔王でしょう?夜行性じゃないの?」
「余をコウモリ扱いするな!余は最近子分の生活サイクルとほぼ同じようにしてるから、
夜に寝るようになってしまったのだ」
「ルカ君も災難よねー。アンタみたいなのに未だに付き纏われて」
「ルカは最初は驚いてこそいたが、嬉しそうにしておったぞ」
スタンのこの言葉に嘘は無い。ルカはスタンが再び自分の影に戻って来て、
『お前は一生余の子分だと言ったであろうが!』という言葉を聞いた時、
『スタン!?あっ、えっと…お帰り』と困ったような嬉しいような表情をして見せた。
皆の気付かぬうちに友情を育んでいたのは事実なのだから。
「まぁ、アンタにしてみればこの世でたった一人の『トモダチ』だものねー」
嫌味をたっぷりと含んで言ってやったのに、スタンからの反撃はなかった。スタンは
ただ黙ってソファーに座っていた。それが何故かは解らないが、ひどく寂し気にロザリーには
見えてしまった。
「いずれはルカとも別れる事になる。…余のような魔族とお前たち人間では時間の流れが
違いすぎる。いずれルカは、いや、あの旅で出会った総ての者は余を残して死んで行く」
そう言ってソファーから立ち上がり、ロザリーの前に歩み寄る。
「…お前もいずれいなくなる。残酷なものだな、時間とは」
その瞳が余りにも悲しげで、ロザリーはただ何も言えずに目の前のスタンを見つめていた。
だが、そのスタンは次の瞬間には、いつもの彼の表情に戻っていた。
ぴしゃりとロザリーの額を叩き、
「まぁ、お前達が死んでからの方が世界征服は簡単そうだな。それまでは馬鹿をやって
やるとするか」
口の端を上げ、意地悪く笑う。そう言って再びソファーに座ろうとするスタンの腕を、どうしてかは
解らないがロザリーは掴んでいた。
「…何だ?」
理由などないので返事のしようが無い。どうにかして考えついた言い訳を口にする。
「悪いんだけど、えっと、アタシの家にちょっと連れて行って頂戴」
「はぁ?」
「この格好のままで寝る訳にもいかないのよ。寝巻きや、普通の服とかを取って来たいのよ」
理屈的にはおかしくないので、スタンも特に疑う事も無く、ロザリーを連れて転移した。

ロザリーの家は、世界が外界と一つになってからはその外界にある。小さいがセンスの良い
アパートに住んでいる。
「…おい、まだ準備は出来ないのか?」
扉近くの壁にスタンはもたれ、苛ついた態度でロザリーを見てる。そのロザリーはあれこれと
小物などを鞄につめていた。
「女は自分専用の小物を持ってるのよ。もうちょっとだから待ってなさい」
「女とは難儀な生物だな」
する事も無いので、ロザリーの部屋をうろちょろしてしまう。可愛らしいぬいぐるみや小物の
ある部屋は、いつもの自分の知っている彼女とはかけ離れていて、ちょっと戸惑ってしまう。
「お待たせ。…何ぬいぐるみを見つめてるのよ?ひょっとして欲しいの?」
「んな訳あるまいが!準備が出来たなら行くぞ!」
ロザリーの返事を待たず、腕を掴んで再びルカの家へと戻るのであった。

ルカの家へと戻って、ロザリーはいつもの服から、ワンピースのような服へと着替えていた。
「じゃあ買い物に行ってくるわ」
「一人でか?」
意外そうな顔をするスタンに、ロザリーは半ば呆れて
「アタシはアンタと違って一人で買い物くらい出来るのよ」
と手の平をひらひらと振って、テネルへと出かけるのであった。

「晩御飯用と明日の朝食用に…、アイツ馬鹿みたいに食べるから、パンは多めに買っておかないと…」
そう言いながらテネルへの道を行く。なんだか自分達が新婚夫婦のように思えてしまう。
「ばっ、馬っ鹿みたい!」
誰に言うでもなく大声で叫んでいた。だが、本音では『それはそれでいいのかも知れない』と思ってる
自分がいる。
「アタシは勇者なのに」
だが、最近は自分が勇者らしくしていないという事もわかっていた。ただスタンを追い掛け回していただけだ。
人助けや悪人退治なんてこの一年半、とんとやっていない。ただただスタンのための一年半だった。
「でも結局は、アタシ一人で空回りしてただけだったわ」
スタンはルカの元へと戻っていた。結局ルカを選んだのだ。自分の事など記憶の片隅にも無かったに違いない。
「都合のいい時だけ人の事を捕まえて…。最低ね」
ならば放っておけばいいのに、こうして健気にも明日の食事の事まで気を使っている。
何だか自分が馬鹿のように思えてきた。
「もういいわ」
これ以上考えを巡らせるのは止めよう。これ以上は自分が惨めになりそうで。
「さあて、パン屋さんに行かなくちゃ」
そう言ってテネルの門をくぐるのであった。

「あら、見かけない顔だねぇ?引っ越してきたのかい?」
パン屋のオカミはまさかロザリーがルカの仲間だったとは思いもしないので、ごく当り前の
質問をしてきた。正直に言うわけにもいかないので、ルカの家の留守を預かっている、とだけ
言っておく事にした。
「課長さん達はあいも変わらず元気だねぇ!ええと、パンはいつものヤツでいいんだね?」
そう言って棚にある大きなパンを袋に詰め始めた。その時、後ろから声がした。
「おい、それとそこにあるクロワッサンもだ」
「ス、スタン!アンタなんで付いて来てるのよ!?」
正確にはロザリーがパン屋に到着する頃合を見計らい、転移してきたのだが。スタンは驚いている
ロザリーなどお構いなしにパン屋のオカミに指示を出す。
「それとそこのべーグルもだ。おい、貴様はどのパンがよいのだ?いつものパンなぞ食い飽きたわ」
「あーに言ってんのよ!!アンタはいつものパンで十分でしょう!馬鹿みたいに食べるんだから!」
そんな二人を見ていたオカミは、ぷっと吹き出し、
「おやおや、なんだいなんだい!あんた達そういう仲なのかい?課長さんたちも粋な計らいだねぇ!
スタン、あんたもスミに置けないね!こんな可愛らしいお嬢さんとー」
とかなりの誤解をしてみせた。
「なっ…!あ、アタシ達そういう仲じゃないです!!ほらスタン、アンタからも言いなさいよ!」
慌てて否定すると、スタンは妙に不服そうな顔をして見せた。そして、
「ほほう、やはり解ってしまうか。誤魔化せぬものだな。なぁロザリー?」
わざとらしく棒読みで言った後、ぐいと肩を抱き寄せる。
なんかスタン様が色事師のような顔をしてるNE!
「熱いねぇ!これはアタシからのサービスにしとくよ!」
スタンが注文したパンを更に袋に詰めてもらい、ロザリーはあたふたと店の外へと出るのであった。

「…何考えてるのよ!!あんな誤解されて!アンタも何ノってるのよ!?」
店を出てから少し歩いたところで、ロザリーはものすごい剣幕でスタンに詰め寄った。
「…嫌か?」
「嫌に決まってるでしょう!?ああもう、どうすればいいのよ!」
ぶんぶんと頭を振るロザリーが、スタンの問いかけがいつもとは違った調子である事に気付く筈も無かった。
「そうか。ならば他の店は一人で回れ。余は家に戻っておく」
そう言って一瞬にして姿を消した。何だか怒ってるような気がしたが、それは恐らく自分の気のせいだろうと
思うロザリーであった。

〜管理人猛省中〜
恐ろしく途中!!今日中にUPしたかったので…。
楽しい(?)入浴編は次回です。

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