出 産 後 の 経 過

出産直後から退院するまでの私の体の調子などの記録です

      

2000年
2月24日

(出産当日)
はっきり言ってあんまり覚えてません。出血が多かったため座薬の痛み止めが使えず、筋肉注射での
痛み止めを2,3時間おきに打っていました。この影響で、意識が朦朧としてきました。
鼻に酸素吸入、指に酸素濃度を測る機械、お腹の上には子宮収縮のための氷枕&砂袋(1Kg)2つ、
腕に子宮収縮のための点滴、そして足には、血栓予防のためのマッサージする機械をつけて一晩中過ごしました。
氷枕と砂袋で3キロくらいあったと思うんですが、それまでと比べると、比べ物にならないくらい軽かったです。
上を向いて寝るのは本当に久しぶりでした。 NICUに運ばれた子供たちのビデオを見せてもらったりしましたが、
その他の会話などは本当にぼーっとしていて覚えていません。
パパの独り言
色々と話しかけても返事が上の空というかはっきりしなかったし、しんどそうにしていたので体のほうも大丈夫か
心配になった。あとで聞いたら産後の数日の記憶がはっきりしないと言うことで、がっかりしてしまった。

3人との初対面:

3人が生まれて数時間後、NICUに入った。
生まれた直後に少しだけ姿を見ていたが、改めてじっくり見るとやはり子供の小さいのにびっくりした。
腕の太さが自分の親指ほどで、体も手のひらに乗るくらいなので触るのが怖かった。
保育器の中に入っているので、横から手を入れて頭や体をそおーっと触っていた。
3人ともか細い声で泣いていたのでとってもかわいかった。
2月25日
 (産後1日目)
当日は絶食でしたが、今日から流動食開始です。でもまだ意識が朦朧としているし、お腹の痛みがひどいので、
私は起き上がることもできず今日も絶食状態。導尿の管をとってしまったのでトイレに行くのが一苦労。
夫に手伝ってもらってなんとか起き上がるんですが、体を動かす度にお腹の中に激痛が走ります。

                      [ちょっとドジな話]
                        みなさん、産褥ショーツの使い方ってわかっていましたか? 
                        あれって助産婦さんがナプキンの交換をしやすいように、前がマジックテープに
                        なってるんですね。私はそれを知らず、激痛をこらえてトイレに行った時、
                        「お腹痛いのになんでこんなはきにくいショーツなんだろ?」って思いながら
                        自分でテープをはずしてナプキンの交換をしていました。
                        別にわざわざテープをはずしてしなくっても、普通のショーツみたいにおろして
                        使えばよかったんですよね・・・・・。そのことを知ったのは2日ほど後でした。

この日は、肺に水がたまっていないかレントゲンも撮りに行きました。歩けないので、夫と助産婦さんに手伝ってもらって
車椅子に乗って行きました。結果は問題なかったけれど、とにかくお腹の中が痛い!!! 
帝王切開の後ってこんなに痛いものなの!? 
パパの独り言
色々な事をする為にこの日も会社を休んだ。
一番の大仕事は出生届を市役所に提出しに行く事だった。書き慣れない三人の名前を届出に書き込み、
何度も見直して、いよいよ市役所に向かいました。
提出する窓口はそれほど混んでいなく、自分の順番がきたので提出した。三つ子なので、窓口の人の反応を期待していたのに、
あっさりとしたもので、事務的に処理された。
(反応の例としては、『三つ子さんですか、おめでとうございます。頑張ってください。』など)
少しがっかりしながら病院に向かいました。

病院では、今日も妻はボーっとした状態で、市役所に行ってきた話をしても返事は昨日と同様上の空のような感じで、
いつまでこの状態が続くのかとっても不安だった。
2月26日
 (産後2日目)
この日の明け方、おっぱいが熱くて痛くて目が覚めました。ナースコールをして、助産婦さんに来て貰い、マッサージをして
絞ってみると、おっぱいがほんの少しですが出ました!!!
こんなに熱をもって痛くなるものなんですね。でも、なんだかうれしかったです。赤ちゃんにとって初乳はとても大事だと
聞きました。3人分いるのにちょっとしかでない。早く回復してたくさん食べておっぱい出さないと!
      
産後2日目にして、初めて赤ちゃんのいるNICUまで面会に行きました。お腹の痛みの為、歩けないので車椅子を
夫に押してもらっての面会です。 本当は、かなりの痛みのため、今日も面会は無理かなぁと思っていたんです。
でも、主治医の先生が助産婦さんたちに「無理にでも面会に行かして・・・。」って指示をしたらしくて。
実際、面会に行く前と後では私の顔つきが全然違ったそうです。面会に行って良かったです。
NICUに向かうときは、車椅子に座っているのもやっとだったのに、NICUに入って手の消毒をして・・・と準備をしていくうちに
緊張の方が大きくなって痛みが薄れていった気がします。 手術中は触ることができなかったので、子供達に触れるのは
初めてです。とにかく何もかも小さくて、でもちゃんと生きて呼吸して目を開けたり、小さな声で泣いたり。
本当に、3人おなかの中に赤ちゃんがいたんだ・・・って実感しました。 この子達も頑張っているんだ! 私も早く元気に
ならないと・・。


夕方、お腹の痛みがだんだんひどくなってきました。体を少しでも動かすと、お腹の中から刃物で切られているような、
頭のてっぺんに響く痛みになってきました。当直の先生がエコーで見てくださいましたが、異常はないとのこと・・・。
でも、本当に痛いんだってばー!!!
その後、説明を聞くと、手術時に出血が多かったので、その出血が子宮にたまらないようにするためにドレーンという管を
挿してあるので、子宮が収縮するにつれ、その管が子宮壁にあたって痛むのだろうということでした。

          [インターネットで調べました]
               ドレナージとは
                     体内にドレーンを置き、創傷部や体腔内に貯留する血液や浸出液などを
                     体外に持続的に誘導させる方法です。
               治療として行うドレナージ・・・・血液、消化液(胆汁や膵液など)、尿、膿、浸出液などの排除を目的

・・・・・・ということなので、現在の私のお腹には、帝王切開の傷の横に直径1センチくらいの傷があります。
ドレーンを挿してあった痕です。
それにしても、痛くて痛くてたまらなくって、涙が出てきます。次の日の朝、主治医の先生が来たらすぐに抜いてもらえる
ことになりました。 それまでの我慢!!!
食事もとらず、トイレにも動けないので飲み物も飲まないようにして、ただひたすら朝のくるのをベットの上でじっと待っていました。
1ミリでも体を動かすと激痛が走ります。一睡もできませんでした。
2月27日
 (産後3日目)
朝、8時。同じ部屋の方は朝食の時間です。でも、私はじっと主治医の先生が来るのを待ちます。
そうしているうちに、先生の声が聞こえてきました。「早く助けて〜・・・・」って思っていると先生が来てくれました。
先生の顔を見た途端、うれしくってうれしくって「先生〜〜。」って言って涙が出てきました。
本当に先生が救世主に見えましたよー。
そして、ドレーンを抜いてもらうと、痛みがすーっと消えていきました。この日は、帝王切開の傷跡を止めているクリップも
はずす予定の日だったので、ついでにクリップも取ったもんだと思っていました。
クリップを取ると帝王切開の痛みも楽になると聞いていたので、余計に体が楽に感じられました。

後で聞いたんですが、クリップは取っていなかったそうです。ドレーンとクリップをいっしょに取ったと思っていた私は、
調子を見に来る助産婦さんに「両方取ったらすごい楽になった♪」と話していたのに・・・・。

ドレーンを抜いてしまうと、本当に体が楽になりました。傷は痛むけれど、我慢できない痛みではなく、
補助なしで歩くこともできました。食欲も出てきました。
2月28日
 (産後4日目)
昨日取る予定だったクリップを取ってもらいました。その後、ナースステーションの前の部屋から産後の部屋に移動しました。
大部屋だったんですが、なんだかこの頃になると精神的に疲れてしまって、家族にも相談して個室に替えてもらいました。
長かった入院生活の疲れと、私は赤ちゃんにおっぱいをあげることができないのに、部屋の他の産婦さんはあげることができる
・・・というのが辛かったです。昼に大部屋に移って、その日の夕方に個室に移る・・ということをしてしまいました。
迷惑かけてごめんなさい。

血液検査の結果、かなりの貧血状態になっていたみたいです。鉄剤の点滴もすることになりました。
2月29日
 (産後5日目)
赤ちゃん達を産んでから初めて体重を測りました。出産直前と比べると、11.5kg減っていました!
おっぱいは、だいたい3時間おきにマッサージして絞っています。10ccから20cc出るようになりました。絞ったおっぱいは、
ビンに時間と名前と量を書いて、そのままNICUに持っていきます。
赤ちゃん達にあげるミルクに母乳も混ぜてくれるそうです。まだ口からは飲めていないけれど。
3月2日
 (産後7日目)
本当は昨日する予定だった抜糸を今日しました。シャワーもいいらしいけれど、なんだか怖い・・・。
順調に行っていたら、今日は退院できる予定の日だったけれど、貧血のためちょっと退院が延びそうです。
おっぱいは、毎回20cc近く出るようになってきました。
3月3日
 (産後8日目)
病院の産婦食って量が多いです。デザートも夜食もつきます。それぐらい食べないとおっぱいが出せないよーっ
てことなのかな。でも、この何ヶ月間、あまり食べることができなくなって胃が小さくなっている私は半分食べるのが
やっとでした。面会に来てくれていた夫や母が食べてくれました。けっこうおいしいです。
もうこの頃になると、私の腕は点滴や注射の針の跡でいっぱい! 血管も硬くなってしまって、助産婦さん達も針を
刺しにくそうで、何度も入れ替えたりしてました。早く点滴終わらないかなぁ・・・。
3月4日
(産後9日目)
明日、血液検査の結果次第で退院できることになりました! うれしい!!!
         
3月5日
(産後10日目)
朝、点滴をして血液検査。今日も鉄剤の注射は続いています。そして、お昼前、退院OKのお許しが・・・。
1月5日に入院して、約2ヶ月。やっと退院できることになりました。すぐに夫に電話をして荷物を持ってきてもらいました。
そして私は久方ぶりのシャワー。気持ちいい! でも、自分の傷のあるたるんだお腹をみてショック。何とも言えないお腹でした・・・・。

夫が来て、退院手続きをしてから、NICUへ赤ちゃん達に面会に行きました。そして、私は一足先に病室に戻り、着替えをして
おっぱいを絞って夫を待ちました。でも、いくら待っても夫は戻ってこない・・。 
荷物も用意したし、手続きも済んだし、病室を出るだけなのに。 
待ちくたびれてNICUに行くと、「今出るとこだったのに。」との返事。夫も赤ちゃん達に会うと、なかなか出られないみたいです。

先生、看護婦さん達、長い間ありがとうございました。みなさんのお陰で無事に3人を産むことができました。
入院中、色々あったけれど、いつも明るく支えてくれたこと感謝しています。
また、「産科病棟ナース一同より」とのお祝いカードを頂いたときは、うれしくって泣いてしまいました。
この病院で三つ子を産むことができて良かったと思います。

龍くん、なっちゃん、春ちゃん。ママは一足先に退院するけれど、NICUの看護婦さん達がついているので頑張って大きくなってね。
毎日おっぱいを持って会いにくるからね♪