2009年サロマ湖100kmウルトラマラソン 〜8個目の完走メダル こんなサロマもありじゃないかと・・・
Lake Saroma 100km Ultra Marathon
今年のサロマ湖100kmウルトラマラソンは、終始、曇り空。ゴール後にちょっとだけ晴れ間がさしてきたものの、前半戦は前のランナーが霞むほどの深い霧に見舞われ、サロマ湖の湖岸へ出ても対岸の景色は全く見えず、霧に霞む摩周湖ならぬサロマ湖でした。サロマと言えば、サロマンブルーに、オホーツクブルーに、スカイブルー。青、青、青でそこに登場するワッカのエゾスカシユリのオレンジ色や、はまなすのピンク色が映えるものなんですが、今年はひと味も、ふた味も違った雰囲気でした。でも、これもサロマ。こんなサロマ湖100kmウルトラマラソンもありじゃないかと・・・ そう思える余裕が今年はありました。40歳となって初のサロマ湖100kmウルトラマラソンの個人的なテーマは、全てを受け入れる! このひと言を念じて走りました。











‘09サロマまでの道のり
2009年はこれと言って良くも無く、悪くも無く。年末の湘南国際、ホノルルではいずれも3時間10分台。年を越して3月の東京マラソンでも3時間10分台という現時点での実力相応の記録を残し、一時の絶不調ドン底状態からは脱していました。だからと言って明るい材料と手放しに喜べる訳ではなく、さらなる記録向上の糸口はつかめず、試行錯誤の状態が続いていました。練習量を増やすのは記録を伸ばす上で手っ取り早い方法のひとつなんですが、年齢によるものなのか?10年にわたるランナー歴から来る金属疲労か?、一時のように月間400kmも500kmも走れば確実に壊れる状態となっておりまして、この方法は選択できず。
では練習の内容を変えるか?となっても、これと言って有効な練習方法は見当たらず。そんな悩みを抱えていた時、ランニングの師匠とも言うべき方から、あるトレーニングを紹介して頂き、取り組んでみたのが、走法の改善。都内某所にあるジムの、ちょっと変わったマシンを利用して、大腰筋に刺激をいれ、これまでのような足先だけのチョコチョコ走りではなく、骨盤の上から動かすようなダイナミックな?フォームに改善していこう!!(実際はこんな簡単なもんじゃないんですが・・・)という取り組みをしてみました。
現在も進行中で、新鮮な感覚が日々生まれておりますが、10年にも渡り染み付いた悪癖はなかなか抜けず、レース結果という形ではまだ現れていません。でもこれに関しては、長く続けて行きたいと思ってます。
という事情はさておき、まぁまぁの状態で迎えられたのが今年のサロマでした。去年のような極端な減量もせず、これと言ってハードなトレーニングもせず、自然体で迎えたサロマでしたが、1年おきに好走しているという全く科学的根拠の無い結果と、友人に貰ったお守りが何となく、気持ちを楽にさせてくれました。そんなお気楽な気分で今年も北の大地へと旅立ったのでした。
今年も集まった仲間達・・・
今年も14名の仲間が集まりました。100kmの部に9名、50kmに3名、応援2名。合計14名。100kmマラソンというランニングをしない方にとっては、何それ?で片付けられてしまいそうな、ちょっと異常な種目にこんな多くの仲間が集まると言うのは、ある意味感動的でさえあります。でもこの辛さをお互い分かち合えるからこそ、絆が深まり、1年に1度のご対面でも、親友のような感情が湧いてくる訳で、一度ゴルフを一緒にやった!なんて程度の結びつきとはレベルが違うのです。そんな、勇者? 変人? の仲間達と今年、着陸した北の玄関口は、釧路空港でした。出発の羽田空港では、飛行機の出発を遅らせる!なんて大物もいましたが、ここで関門閉鎖に引っかからず良かったです。
本来なら女満別空港を利用したいところなんですが、ランナーが増えたからか、ツアー会社が買い占めたか、2月の先得先行予約開始日の予約開始時間数秒後には満席となっており、仕方無しに釧路空港を選択する事になりました。でもたくさんの仲間との移動は、たとえ長距離であっても、楽しいもので、レンタカー2台の車中はどちらも会話が弾んでいたようです。

月見が浜の湖畔道路が終わると再び、オホーツク国道に合流する。このあたりで、ゴールドゼッケン(サロマ湖100km20回以上完走者に与えられる称号、グランドブルーの証)へ声を掛けているランナーが居た。『20回完走か!大したもんだなぁ、若そうに見えるけど、いくつから走ってんだ? 幼稚園からか?(笑)』
グランドブルーのランナー:『いやいや・・・ 30歳からですよ。もう50です。(笑)』
“グランドブルー”滅茶苦茶あこがれるけど、これから連続完走していっても、52歳になってしまう。その頃には何人のグランドブルーメンバーがいるのだろ? ちなみに30回完走したら、何て呼ばれるんだろ? 30回大会が開催される6年後には誕生するのかな? そんな事を考えながら走っていた。
オホーツク国道を進み、計呂地の町中にあるエイドで、ストレッチをしているひらさんと遭遇した。竜宮台の折り返しで挨拶を交わし、その後トイレに行っている間に先に行ったと思われるのだが、トイレに行った事に気づいていない、ひらさんは『あれっ何で?』と呟いていた。竜宮台の折り返しで、皆それぞれが、誰が前へ居て、誰が後ろに居るかを把握しながら走っているので、予想外の遭遇があると『あれ?』って事になる。去年は、トイレでコースアウトする機会が多かったので、会うたびに『あれ?』と言われていたような気がする。今年は『あれ?』はこの一度きりだった。
計呂地の町を過ぎると、前半戦の山場を迎える。他のウルトラとは違い、サロマはほぼ平坦なのだが、50km地点前後の山越えと、54kmレストステーション前後の山越え、この2箇所に大きなアップダウンがある。どちらも致命的なダメージを受けるほど激しくはないが、それなりの疲労は蓄積していく。こういう上り坂こそフォーム改善の成果を試す時!! と言う事で、肩甲骨を使って、上半身と骨盤を連動させ、足の力を抜いて、リズム良く坂を駆け上がる。何か良い感じ? 無理しているつもりは無いのだが、自分だけペースアップしているような・・・ これまでは、ふくらはぎに力が入って、足が重くなっていたのだが、割と軽快に動いているような・・・
そんな事もあってか、あまりインパクト無く坂を上りきっていた。坂を上りきり、下りに入ると50km地点が現れる。ラップは59分52秒。ギリギリ1時間を切っていた。サブ10の貯金は、7分30秒。次の10kmを1時間以内でクリアできたら、いけるかも?そんな気がしていた。下り坂も骨盤を柔らかく使って、ブレーキを掛けないように軽快に!といきたいところが、足の甲の痛みが増し、ブレーキ・・・ 仕方ない。
坂を下りきると、コースは湖畔沿いになる。相変わらず霧はかかっているが、2kmほど先にある緑館レストステーションが微かに見えていたので、だいぶ解消されてきた模様。緑館が見えたら、ここが次の目標ポイントになる。最初の頃は緑館で休む!!というのがモチベーションになっていたが、ここでの休憩は後半のブレーキに繋がると言う経験則が成り立っていたので、余程の事がない限りは、給水・給食のみで離れるようにしている。ロスは5分以内で抑えたい。
コースが湖畔から離れ、上り坂が始まると、前方に赤い半被が見えた。カープさんだ!30km過ぎに抜かされてからの再会(まだ会ってはいないが・・・) 仲間の姿が見えると俄然元気が湧いてくる。(ような気がする)ちょっとづつ大きくなる赤い半被。そこへ意識が飛ぶと、足の甲の痛みも消える。心地よく走れている時間帯だった。
そう言えばK枝は? 42.195km地点で声援を贈られ、じゃ、次は緑館ね!!と言っていたが、その後、追い越していく車の中に、サムズアップのシートが張られているものは無かったような? 今回楽しみにしていた給食のひとつにあずきの缶詰があった。スペシャルエイドに預けようと思っていたのだが、ペットボトルには入らないし、できれば冷えたものを・・・と言う事で、K枝に託していた。レース前の打ち合わせでは、緑館あたりで欲しくなるかな?と伝えていたので、密かに楽しみにしていたのだが・・・
緑館に到着したが、K枝の姿は無かった。後続の仲間達の応援で、間に合わなかったようだ。まっ、良いか。と気を取り直して、帆立お握りとアミノプロ、梅干を立て続けに口へ放り込みエイドを離れた。緑館前の坂は、ダラダラと長く続く。傾斜は緩くなったり、ちょっとキツクなったりを繰り返し、4km〜5kmに渡って続いていく。この上り坂が終わると今度は下り。今日の場合は、上りより下りのほうが辛い。でも走れないほどの痛みでは、ないので受け流す事にした。途中どうしても小さいほうがしたくなり、林の中へ駆け込んだ。
坂を下り終えると60km地点。ラップは63分31秒。ついに1時間を超えてしまった。、上り坂が長かった為、ペースが鈍った事と、緑館エイドでのロスが少し長かった事、トイレに行ったことが原因だと思われる。毎年50km〜60kmのラップは落ちるので、それほど気にしてはいないが、サブ10貯金が減ってしまった事が少し残念に思えた。出来れば70kmまでは、サブ10ペースをキープしたかったのだが・・・
コースの特性を考えると、50km〜60km間には緑館。60km〜70km間にはスペシャルエイドと白帆のオアシス。70km〜80km間にはお汁粉エイド。魅力的なエイドがこの30km間に集中しているため、ラップも落ち気味になる。肉体的にもキツくなってくるので、栄養補給をしっかりと!いう気持ちも生まれ、どうしてもエイドでのロスが長くなる。エイドでは給食を摂れば、それを流し込むために給水も必要になるので、食べてしまうと、2分くらいは簡単に消化してしまう。10kmで2回のエイドに立ち寄れば、合計4分。サブ10ペースをキープするには、56分で走らねばならない。ロスをカバーする為の走りが出来なくなり始めていた。
そういえば前方にいた筈のカープさんが見えなくなった。緑館でロスしている間に離されてしまったようだ。見えるところに目標がいるのといないのとでは随分と走りが変わってくる。精神的なものが大きく影響する後半は特にそう言えると思う。
60km地点を過ぎ、湖畔から離れると短めの坂を上り、国道を左折して、キムアネップ岬へと入っていく。ここで、でんでんむしさんに並ばれた。そろそろ来るだろうと思っていたら現れた。ここで引っ張っていってもらうと言う選択肢もあったが、足の甲の痛みが再び激しくなりはじめていたので、自重した。ここは我慢。自分に言い聞かせた。
キムアネップにある休憩所(トイレ付き駐車場)にはサムズの幟が立っていた。おー!いるいる!って事で、念願のあずき缶を補給。甘さが身体に染み渡ったが、たくさんは食べられず、コース復帰。1キロほど走るとスペシャルエイド。ここでは預けた補給食の中から、スニッカーズを取り、ソイジョイと羊羹は、エイドの高校生にプレゼント。『要らなかったら捨ててね』と声を掛けると、背後から『俺、ソイジョイ好きなんだよな』という声が・・・よろこんでもらえて良かったです。
スペシャルエイドを過ぎると通称:魔女の森が現れる。天気の良い日は、殆どが日向で強い日差しに見舞われるサロマのコースにあって唯一日陰となる、この魔女の森。上岡龍太郎氏が出場していた頃、この辺りには毎年、みかんを持ったおばあさんが現れ、そのみかんの皮を剥いている間に歩いてしまうという事から、この森に入ると、魔女がランナーを歩かせるという伝説?が生まれたとか。この逸話は別にしても、木陰で一息つけるこの辺りは、疲労も相重なって、ついつい歩きたくなってしまう場所のようだ。たしかに毎年魔女の森に差し掛かると、歩きたいという衝動に駆られる。魔女の森では、みかんならぬ、スニッカーズの皮を剥くのに苦労したが、何とか歩かずにクリアした。歩かずに済んだ要因のひとつは、前方に赤い半被が見えた事かもしれない。
魔女の森を抜けると、サロマンブルーメンバーでサロマの名物ランナーでもある漁師さんの家がある。ここも私設エイドをしてくださるのだが、そこで休憩しているカープさんを発見。ようやく追いついた。『どうですか調子は?』とたずねると、『もう脚が棒です』との事。ここまで来れば、どこかにガタが来て当たり前。あとはその痛みや疲労感を、どう受け止めて、どう対処するか? それに尽きる。カープさんに挨拶して、先にエイドを離れようとすると、『だいぶ復活しましたね』と言われ、少し元気になったような???
30km過ぎでは『大丈夫ですか?』と心配され、70km手前では『復活しましたね』と励まされた。こういうひと言が結構、効くもので、その気になって身体が動き出す事もある。後半戦に進めば、進むほど、いかに気分良く走るか!これが大切になってくる。
キムアネップを抜けると国道に合流し、白帆の町に入る。待ちに待った白帆のオアシス、斉藤商店の登場だ。今年も黄色いTシャツを着た子供たちが、素早く動き回り、ランナーにお絞りを配ってくれる。このお絞りで汗を拭うのがとても心地よい。エイドでは麦茶を頂き、ランナーズ大賞を獲得した名物おばちゃんから元気をいっぱい貰って出発。このエイドを出るとすぐに見えるのが、旅人宿さろまにあん。今年も屋根の上で旗を振ると言う応援スタイルは顕在。大きく手を振って応えた。
そしてまた国道を離れ、70km地点を迎える。ラップは1時間6分40秒。1時間を大きく越えてしまった。自分なりの分析では、走るペースは1km6分。それにあずき缶を食べた事、スペシャルエイド、ホタテ漁師さんの家、白帆のオアシスと魅力的なエイドでのロスが合計6分程度。そんな感じだと思われる。理由はどうあれ、70kmの通過はネットでちょうど7時間。きっちりサブ10ペースとなり、貯金は全て使い果たした。
ここで選択肢が2つ。無理矢理ペースを上げてサブ10ペースを取り戻すか、もしくはこのままの流れで、気分良く?走り続けるか・・・ 前者の選択はありえなかった。
エイドでのロスを考えれば、1kmあたり30秒くらいペースを引き上げないと、サブ10ペースは維持できない。そこまでの余裕は無かった。むしろさらにペースを落とし、体力温存に掛けたいくらい。脚の状態は悪くはないが、足の甲の痛みはピークを迎えていた。
着地の度に痛む右足。(ちなみに脚は太ももから下、足は足首から下の事を言うそうだ)この痛みを受け入れるのもこれが限界。これ以上の負荷を掛けるのは危険だと思った。そういう訳で、後者を選択し、リズムを変えずに走ることを心がけた。とりあえずはお汁粉(74km付近)を次のミチシルベに・・・
サロマのコースを思い浮かべた時、もっとも辛い場所は?と言われれば、70km〜お汁粉までと即答する。次に辛いのはお汁粉〜ワッカ(80km)。70km〜80kmは自分にとって最大の壁。前を見るとはっきりと鶴雅リゾートの緑の屋根が見えるのに近づかない。だから毎年、このエリアは下を向いてひたすら耐える。耐える、耐える、耐える。時計を見て、70kmからの経過時間をチェック。まだ5分。まだ、まだ、まだだ・・・
そしてまた視線を落とし、耐える、耐える、耐える。再び時計を見る。まだ10分。時計を見ていたら気が滅入るので、それも止める。鼻歌を歌いながら、走る。曲名は、『大空と広い大地の中で』♪生きる事が辛いとか苦しいだとか言う前に、野に育つ花ならば力の限り生きてやれー♪ 1曲終わって前を見たら、随分と鶴雅が近づいていた。電信柱にはお汁粉エイドの文字。心の中で、お汁粉、ソーメン、お汁粉、ソーメンと繰り返しながら、走った。
お汁粉エイド到着。お汁粉が入った紙コップとソーメンを受け取り、流し込む。甘さが身体に染み渡る。ソーメン汁のしょっぱさが、これまた美味い。汁まで飲み干した。お口直し?に麦茶をゴクリと飲み干し再出発。またここからの5kmが長いんだなぁ・・・
お汁粉エイドからワッカまでの道のりは、これと言った見所がなく、その上微妙に上り。応援は殆ど無く、さらにワッカを走っているランナーがはるか彼方に見えるため、あそこまで行くのかぁと思うと嫌気がさしてくる。そんな悪条件が重なり精神的に辛くなってしまう。もっとも辛くなるのは気持ちの持ちような訳で、コースが悪さをしている訳ではないのだが・・・ 辛いと思うと、そこから逃げ出したくなってくる。逃げようとすると、距離が長く感じられる。だから今年は覚悟を決めて、ずーっとここに居るんだ!と思う事にした。どこまで行ってもこの景色。ずーっとずーっとこのコース。そう思ったら、この苦手なエリアの中で、見所を探すようになってきた。道端に咲くハマナスの花。緩やかな坂道を点々と行くランナー達の後姿。かき氷の私設エイドがあったり、りんちゃんの応援も・・・ 限られた環境の中でも、楽しい事を探そうと思えば何か見つかる。(うーん、これは人生の教訓にもなるかも?)
ワッカヘの曲がり角が見えてきた。左へ曲がってワッカへ入っていくランナー。そして左から出てくるランナー。出てくるランナーは残り2km。入っていくランナーは残り21km。この差は大きい。でも不思議とこのままゴールへ行っちゃいたい!とは思わない。
ワッカを見ずして帰れるかぁ! ワッカ原生花園を走ってこそのサロマ湖100kmウルトラマラソン。いよいよメインステージに突入だ。
ワッカの森ヘ入る手前のスペシャルエイドでは、補給食セットの中からチョコバーをチョイス。羊羹とソイジョイは、例の如く、高校生にプレゼント? チョコバーを齧りながら、坂道を駆け上がった。たしかに脚に疲れはきていたが、それ以上に腹筋が張っていた。攣りそう・・・? 坂を上りきると80km地点。ラップは、1時間10分31秒。あらら・・・
エイドでのロスもさることながら、走るペースも落ちてきたようだ。1km6分もキープできていなかったんだと思う。まっしょうがない。歩かなかっただけ良しとしよう。ワッカに入って気分転換!これに期待しよう・・・
80km地点の通過が8時間13分(グロス)となり、サブ10を諦めざるを得ない状況になったのは仕方ない。しかしながら明確な目標が無くなってしまうのは、ちと拙い。どのくらいのペースを・・・というガイドラインが決まっていないと、ただズルズルとペースを落とし、挙句の果てには歩き出してしまいかねない。最低ラインくらいは決めておかないと! という訳で1km7分を切れるように頑張って、10時間30分を目標に決めた。1km6分30秒なら楽にクリア、でも1km7分掛かってしまうと3分オーバー。状態を考えれば絶妙なラインだと思う。
ワッカの森を抜けて、オホーツク海が目に飛び込んできた。薄曇状態で、青い海ではなかったが、開放された風景に心が躍った。今年も来たなぁ・・・ 完走は恐らく確実。躓いて転んだりしなければ、時間的には余裕がある。あとは今年のレースをいかに締め括るか!こういう状態で迎えられるワッカは、本当に心地よい。エゾスカシユリや、ハマナス、エゾカンゾウを眺める心のゆとりもある。相変わらず足は痛いが、レースが終わるまで治らんと腹を括って受け入れてからは、嫌な気分ではなくなっていた。
しばらく、ワッカの風景や、すれ違うランナーに視線をおくっていたら、ケソさんが現れた。ニコッと笑いながらも、集中している感じ? 狙ってるなぁ〜という雰囲気が醸し出されていた。さらに暫く進むと、でんでんさんが現れた。折り返しの距離から算出するに距離差は3km程度。時間にして20分くらい。60km越してからの差がここまで開いた。でんでんさんは、残りの距離からしてギリギリサブ10といったところだろうか? 60kmを越してこちらはサブ10を断念し、あちらはサブ10へ向かって突き進む。これもサロマだ。
湖と海とがつながっている湖口に掛かる橋を渡ると間もなく折り返し点。そして90km地点が現れる。ラップタイムは1時間7分ジャスト。通過タイムが9時間20分。残りの10kmを1km7分ペースで行けば、目標の10時間30分となる。見えた!!
折り返すと、一緒に参加している仲間と立て続けにすれ違った。まずは50kmのK久野さん、続いてA子さん、みよんさん。ハイタッチを交わしながら笑顔を振りまく。身体は辛いがすれ違う時くらいは気分の良い顔を取り繕う。しばらく行くとカープさん、ひらさんとすれ違う。
出発
ファンファーレが鳴り響き、気がつけばスタート1分前。特別な緊張感は無い。高ぶるような高揚感も無い。ちょっとワクワク。でも不安。小さな波に心が揺さぶられているだけ。100km先のゴールは、この時点では全くイメージできていない。頭に描いたぼんやりとした青写真では、1km5分30秒ペースに早く乗せ、それをいかに維持するか。50km、60kmでトラブルが無ければ、そこからの10km〜20kmを踏ん張る。80kmのワッカに入れば、身体が勝手に動いてくれる。そんな成功のシナリオを毎年、持ち合わせているが、そのとおりになったのは1度だけ。大抵は、どこかでトラブルが発生し、または気持ちが萎え、ズルズルと・・・ だからあまり深くは考えない。成り行き任せ!これが一番。
AM5:00、スタートが切られた。仲間達と別れ、100kmの長い長い旅路へと歩を進める。
それにしても、濃い霧だ。畑の角を曲がっていくランナーの姿は、色を失い、影だけが動いていく。腕に生えている毛を見ると、細かい水滴がついている。ミストサウナのような感じ? 気温は思ったほど低くなく、勿論暑くもない。呼吸はしやすく、この状態が長く続くなら、記録狙いには最適の条件と思えた。うまく噛みあえば!の話だが・・・
レース前日
レース前日の行程をさらっとご説明致しますと、釧路空港を10時過ぎに出発。一気に常呂町へ向かい、そこでオホーツク塩ヤキソバというご当地メニューが昼食。ゴール地点へ行き、サロマンブルーの足型に完走祈願。コースを下見しながら逆走し、42.195kmポイントで記念撮影。スタート地点の受付会場で、ナンバーカードを受け取り、紋別プリンスホテルへチックイン。こんな感じでした。前夜祭?は、紋別の魚屋さんが経営する、『よってけまるとみ』という食堂。どう考えてもヤケクソ?じゃないと思うくらいの量が振舞われます。焼き魚定食800円は特大ホッケが2枚(1枚はみりん干し)。嬉しいけれど、魚の身をほぐすだけで、腕が腱鞘炎になりそうでした。ちなみに煮魚定食は、カレイが5枚くらい?凄すぎます。 食事が終了し、ホテルへ戻り、急いで風呂に入って10時就寝。起床は2時を予定しているので就寝時間4時間也。もう慣れました。
では、また来年!!
記念撮影しまーす!!
この一杯がたまらない!!
このひとときがたまらない!!
完全に放心状態・・・
完走メダル
3年連続完走、ミーゴさん
サロマ初完走!MARUさん
差されたかなぁ・・・
ゴール前のデッドヒート!!
50kmの部(A子さん)
tuduku
今年もサロマの神様に足の甲の痛みや、お腹の急降下など、ちょっとした悪戯をされましたが、何とか8回目の完走を果たす事ができてよかったです。完走できたことを幸せに感じます。ゴールタイムはグロスで、10時間28分9秒(ネット:10時間25分24秒)上がりの4kmは、1km5分15秒ペース? これが火事場のクソ力というやつでしょうか?
今年のサロマも終わりました。前年のような大波は無く、割と平穏だったと思います。右足の痛みは、後半かなり強烈だったように思えますが、終わってみれば、それ程でも、なかったようにも感じられます。ゴール直後は、完走の喜びと開放感に満たされ、痛みや疲労は吹き飛んでいましたが、暫く休み、着替えに動こうとしたあたりからダメージが噴出し、足の裏が猛烈にだるくなり、関節は固まり、全身が疲労感に襲われました。そして激しい空腹感。。。 でも、これも少しづつ和らぎ、3日も経つとレース中に味わった苦しい記憶と共に、いつしか消え去り、楽しかった思い出だけが残るのです。自分の頭脳は、とても都合よくできているものだと我ながら感心します。
レースが終わり、仲間のゴールを出迎え、感動を分かち合い、会場を離れました。打上げの場所は、前年と同じ、紋別の創作居酒屋『蔵』長かった1日を仲間と共に振り返るこのひとときは最高に楽しいものです。その場に居た者にしか分からない思いがあるのです。冷えたビールと共に、楽しい時間はあっという間に過ぎていきました。


折り返して、多くの仲間達とすれ違っていたら、ペースが上がってきた。これなら楽勝!!と思った矢先、突然の差込が・・・ お腹が急に膨れたようになり、連発するガス爆発。もはや、ガスの放出だけでは収まらない状態になり、トイレを探す。500mほど先にトイレ発見。2台ある仮設トイレのドアに手を掛けるも、開かず。隣も・・・
使用中だった模様。結局ここでのトイレに要した時間は約8分。まぁ大事に至らず、ほっとしたものの、10時間30分を切るのはかなり難しくなってきた。残り4km、急な上り坂を上った時点で、残り時間23分。1km6分で走ってもアウト・・・
ここまで頑張ったんだから、小さなこだわりに固執しなくても良いのだが、何か悔しい気がして、ここから急激にペースアップ。大急ぎでワッカの森を抜け、ラストエイドを走りぬけ、ゴール前の長い直線へ・・・ あと2km 残り時間は12分。
いつもなら、ゆっくりと終わり行くレースを振り返りながらのウイニングラン?を楽しむところなんだけど、そんな事は言ってられる状態ではなく、10時間30分を切りたいではなく、絶対に切る!!に変わってました。残りの2kmは時計も見ずに、ただひたすら、ムキになって前を行くランナーを追い越し続けました。そしてゴールがある常呂スポーツセンターに到着。残り100m、ゲートに掲げられている時計は10時間28分・・・
あー間に合った。ここからはペースを落としてゆっくり!と思ったら、後ろから凄い足音。まずいここで抜かされると、ゴール写真が被ってしまう。ここは引けない!!ってことで再加速。しかし一度緩めたスピードは素早くは加速せず、結局並ばれてゴール。まぁ前後に重ならないでよかったです。写真を見るとぴったり並んでます。タイムも一緒。でも順位をみたら私のほうが上でした(*^_^*)
Run友に貰った勝守りが効いたかのかも?
100km走って、そんな順位にこだわらなくても・・・と思うのですが、こんなこともたまにはアリかなぁ〜っと。ということで、ゴール目前のこみ上げてくる感情を噛み締めて・・・なんて事は味わえずに終了したサロマでした。








オホーツク国道へ出る手前でカープさんに追いつかれた。足をかばって走っている様子が見て取れたのか『大丈夫ですか?』と心配されてしまった。『まぁまぁです。こんな感じでボチボチ行きます』と答え、カープさんを見送った。霧は相変わらず濃い。締め付けられるような右足甲の痛みも相変わらずだが、今日はこの痛みと、とことん付き合おうと決めたので、心の霧は晴れていた。
国道に出ると、ランナーは路側帯を通行する事になる。水はけを良くするために道路には必ず傾斜がつけられているものだが、路側帯はその傾斜がさらにキツイ。左側通行していれば、左側が下がっている。痛みのある右脚は自然と親指に加重がかかる。親指の痛みが増してきた。できるだけ傾斜の緩そうなところを選んで走るのだが、狭い路側帯なので、選んだところで、たかが知れている。『痛みと付き合おう!』この言葉を心に念じ、痛みを味わう事にした。(かなりM?)
いくつかの緩やかな丘を超えると芭露の町に入り、40km地点を迎える。去年はこのあたりでリタイヤを決断していた。マイナスオーラ出しまくりの呟きオヤジに影響され、収容バスが現れたら、もしくは応援のK枝の車が近くに止まったらリタイヤする!そう決めていた場所だった。結局収容バスも、K枝の車も現れず、リタイヤには至らなかったが、気分的には最低の心境だった。今年は違う。足は痛いが、気力は充実。ペースダウンは避けられないが、ゴールへの意欲はみなぎっていた。40kmのラップは57分58秒。1時間を切っているので上々。自己記録更新の為の目標設定1km5分30秒という目論みは崩れてしまったが、サブ10の望みはまだ残されている。
40kmを過ぎて緩やかな坂をひとつ越えると月見が浜の42.195kmポイントが現れる。国道から一旦離れ、湖畔沿いのロードがコースとなるのだが、ここは大会当日、車両進入禁止となっているので、好きなところを走れる。晴れていれば真っ青に輝くサロマ湖を対岸まで見渡せるのだが、この日は曇り。しかも霧がかかっていて、遠くまで見渡す事はできない。灰色の空、白い霧、景色は全てモノトーンで、水墨画のようだった。幻想的な雰囲気に気が向いていたせいか、路面の傾きが緩やかになったせいか、足の痛みは和らいでいた。42.195kmのポイントは、4時間5分39秒。このポイントをサブ4で通過できなかった事を少しだけ残念に思いながら通過した。







4kmほど走るとスタート地点に戻る。応援参加のK枝は幟を持って声援を贈っていた。幟があると非常に目立つし、サムズアップの幟をみると、それだけで勇気が湧いてくる。あの幟の元に集まった仲間達がいると思うと、それだけで心強い気持ちになるようだ。
スタート前
予定通り2時起床。おにぎり1個、メロンパン、バナナを立て続けに口にします。朝起きてすぐの食事は得意中の得意。目覚めた瞬間から大抵お腹が空いています。というかお腹が空くから目が覚めるのか? でも食べ過ぎに注意。過去に何度か食べ過ぎた物が消化しきれず、スタートしてからお腹がゴロゴロなんて事がありました。いつもと同じような量の食事を摂る。足りない分はレース中に補えばOK。特別な事をしようとすると、去年のような痛い目にあうのです。(もう悟りの境地?)
例年通りホテル出発は3時15分。雨は降っていませんが、かなり濃い霧。スタート地点へ近づくにつれ、霧は益々濃くなっていき、ついに前の車のテールランプが見えなくなってしまいました。慌てて窓を開けてみると、意外とクリア??? もしやと思って、窓を触ってみると、内側が曇っていたのでした。(笑)それでも視界は100mは無く、霧深い朝でした。
スタート地点へは、4時前に到着。身支度を整え、スペシャルドリンクを預け、トイレを済ませて、スタート前の談笑。今年はサロマ仲間のカープさんがサロマンブルーメンバー入りしたということで、憧れのブルーゼッケンを借りて、写真撮影。3年後は・・・
そうこうしているうちに時間は、あっという間に過ぎていき、スタート15分前。
このスタート前の時間って結構好きです。このあとスタートしてしまうと、すれ違う事はあるにせよ、会話をするのは、ゴール後だから、早くても10時間以上あと。なんか別れ別れになってしまうのが寂しい気がするのです。中間地点行き、ゴール地点行きの荷物を預け、最後の全員集合で、気合を入れます。『全員完走するぞー! オー!』
会場では、太平サブローさんがスピーチをしていました。『フルマラソンの感動は1日。でもウルトラの感動は1週間続く』 うーんその通り。完走後1週間は、ちょっとした事を思い出しただけで、涙ぐんじゃったりします。特に辛かった年のあとは・・・







レース翌日は、恒例の?朝風呂からスタート。疲れているので、いつまでも眠れそうな気がするのですが、時差ぼけが発生していて、5時にはパッチリ目が醒めてしまいます。動かない身体をどうにか動かして、大浴場へ行き、ひんやりした空気の中で浸かる露天風呂。思わず出る、あ゙―というため息。まさに至福の瞬間です。空を見上げ、レースの事を思い出します。
あっちがダルくて、こっちが痛くて、このしんどさが永遠に続くかのように感じられ、早く終わらないかなぁ〜と思っていた、1日前の出来事が遠い日の思い出のように思えてきます。あんなにしんどい思いをしてても、僅か1日でこんなに心地よいひとときを味わえるのだもんなぁー。ちょっとの辛抱で、味わえる大きな幸せ感。トータルで差し引きすれば、やっぱりサロマって楽しい!って事になるのです。
朝食は紋別プリンスのバイキング(1000円)手ごろな値段の割りに、ホタテのお刺身があったり、かに汁があったり、おこっぺの牛乳が飲めたり・・・ 北の幸を満喫できます。これも頑張ったご褒美!!とばかりに食べまくりました。体重が増える事なんて、この日ばかりは、お構いなし。だって大したものも食わずに100kmも走ったんだもんね。
朝食が終わると、いよいよ2009チームサロマも解散です。女満別から帰るグループ、旭川から帰るグループ、そしてもう1泊するグループ。3つに分かれて紋別プリンスホテルをあとにしました。また来年よろしくねー!!の言葉を残して・・・
5km地点が過ぎ、10km地点を迎えた。ラップタイムは56分40秒。悪くない。むしろ良い調子だ。昨年はこの付近で早くも、お腹が危険シグナルを送っていた。それに比べれば、上々の立ち上がりだ。特にトラブルが起きそうな気配はなかった。気になっていたのは、ウエストポーチ。暑くなった時の給水対策で空のボトルを差していたのだが、無駄な気がしてきた。無駄だと思うと無性に邪魔になってくる。『外したい』そんな衝動に駆られていた。
竜宮台を折り返すと仲間達とのすれ違いが始まる。まずひらさん。続いてケソさん、カープさん、でんでんさん・・・ なんか楽しい。もう暫く仲間達とのすれ違いを楽しみたかったのだが、小さい方を催してきた。大抵、この付近で行きたくなる。だからトイレも調査済。空いているトイレへ駆け込み、ロスタイムは1分ちょっとで復帰。この間にひらさんに抜かれる。
あまりにも順調な立ち上がりに不安を感じていたら、トラブルが起きた。実は大会2週間前に右脚甲の親指側に痛みが現れていた。単なる疲労と判断し、練習量を落とす事で調整していたのだが、ちょっとペースを上げると痛み再発を繰り返していた。大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせていたのだが、本番でもやってきた。この痛み、道路の傾きも影響するようで、傾きの強い路面になると痛みが増す。(歩道の上だと少しマシ)
堪えられないほどの痛みではないので、コースを選び、ペースを調整する事で対応した。走り続ける事に問題はないのだが、1km5分30秒は、ちと出しづらくなってきた。気持ちが少し逃げに回っていたのかもしれない。そうこうしているうちに、ケソさんに追いつかれた。ケソさんは妙に楽しそう。自然と上がってきたペースを抑えようかどうしようか迷っているような雰囲気。羨ましいー 『先行ってくださいね』と告げると、すぐに見えなくなってしまった。
20kmのラップは56分54秒。トイレに行ったので、実質は1km5分30秒ペース。足の甲の痛みが無ければ、このまま行きたいところだが、やはり弱気の虫がうずきだす。この辺りでは他に気になる箇所がないので、意識が一点に集中してしまう。そうすると大した痛みじゃないかもしれないのに凄く痛い気がしてくる。『さっきより痛いんじゃないか?』、『まだまだ先は長いゾ』、『疲労骨折?』考えなくて良いことまで考える。でも、ここで1つサロマから学んだ教訓が生きてくる。『全てを受け入れなさい!!』
痛みから逃げても駄目。この痛みは当たり前のものだと思い受け入れることが肝要だ。サロマの神様は悪戯好きだから、今年もこういう悪戯をしてるんだ。楽には完走させてくれんなぁ〜と開き直って走る事にした。こうなりゃ何でも来い!だ。
30kmのラップは58分26秒。本来ならベストラップを叩き出しても良さそうな区間で早くも失速。でも良い。今、出きる走りをしていればOK。30km過ぎのスペシャルエイドで受け取った給食類の中から羊羹とチョコバーを食べ、残りはその先に待ち構えていたK枝に渡した。ついでにウエストポーチも外した。身軽になって、サロマの環境に身を委ねることにした。

