【第9回・学科一般 問2】

 断熱性と気密性の良い透明なシリンダーとピストンでできた装置に、湿潤な空気を封入して霧を作る実験をすることを考える。それぞれの実験直後のシリンダー内の空気の温位の大小関係として、次の(1)〜(5)の記述のうち正しいものを一つ選べ。
 ただし、実験に先立ってシリンダー内に封入する空気の体積、温度及び湿度は、いずれの実験においても等しいものとする。

 【実験1】ピストンを押し込んで湿潤空気の体積を半分にしたところ、霧は発生せず、温位はθ1になった。
 【実験2】ピストンを引き出して湿潤空気の体積を1.5倍にしたところ、霧は発生せず、温位はθ
2になった。
 【実験3】ピストンを引き出して湿潤空気の体積を2倍にしたところ、霧が発生してシリンダー内は白く不透明になり、温位はθ
3になった。

(1) θ1 > θ2 > θ3
(2) θ1 < θ2 < θ3
(3) θ1 > θ2 < θ3
(4) θ1 = θ2 < θ3
(5) θ1 = θ2 > θ3

 

 

解説:

一見ややこしそうに思えるかもしれませんが、答を求めるだけならとてもやさしい問題です。

実験1と実験2: 凝結が起きていない → 乾燥断熱変化 → 温位は一定
実験3:     凝結が起きている → 湿潤断熱変化 → 凝結の潜熱放出により温位は大きくなる

 ∴ θ1 = θ2 < θ3

 

 答:(4)

 

 

 ほら簡単でしょう。でもこれだけではよくわからない人もいるでしょうから、きちんと説明してみます。

 

断熱圧縮・断熱膨張

 問題文中の「断熱性がよい」というのは、ピストンの内側と外側とで一切熱のやりとりがないということです。シリンダー内の空気は外から温められることはないし、逆にピストンの壁を通して熱が逃げることもありません。このような外部との熱(エネルギー)のやりとりのない状態で空気を圧縮したり膨張させたりしたときの(体積)変化を断熱圧縮断熱膨張といいます。
 また、ピストンを引き上げて体積を膨張させることは外へ仕事をするといい、逆にピストンを押し下げて体積を圧縮することは外から仕事をされるといいます。

 以上のことを熱力学の式で表すと、

  ΔU = ΔQ + PΔV、  断熱過程では ΔQ = 0 なので

∴ ΔU = PΔV

となるのですが、かえって説明が難しくなるのでこの式は置いておいて、なにか身近な例で考えてみましょう。

 自転車のタイヤに空気入れで空気を入れたとき、空気入れはかなり熱くなります。このとき空気入れの中で断熱圧縮が行われています。また、スプレー缶を噴射すると、噴射された液体は非常に冷たく、また缶自体も冷たくなるのは誰でも経験していると思いますが、このときスプレー缶の中で断熱膨張が行われています。
 このように急激な体積変化によって気体が断熱圧縮・膨張をするときには、密閉容器内部の気体の温度変化が伴います。なぜかというと、

断熱膨張 → 膨張するという外部への仕事に、気体のもつ(内部)エネルギーが使われるので、気体の温度が下がる。

断熱圧縮 → 外から圧縮するという仕事のエネルギーが気体内部のエネルギーとして取り込まれ、気体の温度が上がる

ということなのです。断熱過程では、熱エネルギーのやりとりはないですが、仕事のエネルギーのやりとりは行われるということに注意してください。

 

温位 θ

 ではスプレー缶や空気入れの話がこの問題の話とどう結びつくのでしょうか。
 地表付近と比べて上空へいくほど空気は薄くなるので気圧(空気がまわりからおされる力)は低くなります。するとスプレー缶を噴射したときの内部の気体と同じように、空気は膨張して温度が下がります(断熱膨張による冷却)。逆に、地表付近ほど空気は濃くなるので気圧は高くなります。すると空気入れで空気を押し縮めたときのように、空気は圧縮されて温度が上がります(断熱圧縮による昇温)。

 このように、ある高さにある空気を上昇させたり下降させたりすると、断熱膨張・圧縮によって気体の温度は下がったり上がったりするのですが、もとの高さに戻せば最初と同じ温度になります。ですからこの問題のように、【実験1】で気体を半分に圧縮して温度を上げたり、また【実験2】で気体を膨張させて温度を下げたりしても、もしピストンをもとの位置に戻せば最初と同じ温度のままなのです。
 
1000hPaの気圧下に気体をもっていったときに、その気体の温度はいったい何℃になるのだろうかと考え、それを温位θといっています。つまり、断熱膨張や断熱圧縮によって見かけの温度は変化しても温位はまったく変化しないのです(温位保存。 

ですから【実験1】、【実験2】において

θ = θ1 = θ2

ということになります。

 

 

湿潤断熱変化

 【実験3】で体積を2倍にしたときに霧(水滴)が生じていますが、同じ断熱変化でもこのような場合には温位は保存されません。なぜでしょうか。
 気体フ液体フ固体 という状態変化には熱の出入りが伴います(潜熱)。この問題の場合、水蒸気(気体) → 水(液体)の変化に伴う凝結熱が発生し、この熱が気体を温めてしまうために気体の温位はもとの状態よりも大きくなってしまいます。つまり
凝結が起こるような断熱変化(湿潤断熱変化)では、温位は保存されないのです。これに対し先に述べたような凝結の起こらない断熱変化を乾燥断熱変化とよんでいます。 以上から、

θ2 < θ3

となり、この問としての答は、

 θ1 = θ2 < θ3

となります。

 

 

相当温位 θe

この問題では問われていませんが、もし相当温位θe はどうなるかと聞かれたとすれば、答は

θe 1 = θe 2 = θe 3

となります。これは相当温位は実験を通して変化しないということを意味します。
 相当温位とは簡単に言えば、水蒸気の持っている潜熱を最初から含めて計算した温位のことです。ですから凝結によって潜熱が放出されてもされなくても、その分をもともと見積もって表されている相当温位の値は、乾燥断熱変化、湿潤断熱変化いずれの場合においても変わらないのです。

 

 

 温位も相当温位もきちんと式で定義されていますが、このような学科試験の問題を解くにはその意味だけわかっていれば十分です。ただし、実技試験ではこれらの式そのものが問われ計算もさせていますから、いずれはきちんと覚えなければいけません。

 

 

 


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