冬季シベリア横断自転車ツーリング報告書 Page 3
横断計画書での遠征目的
・日本人としては前例のないシベリア大陸の自転車による単独完全走破横断を冬季に完遂する
・日本の隣国であるロシアに住む各民族たち、シベリアの自然を理解し、友好への架け橋となる
・環境に最もやさしい乗り物である自転車で旅し、シベリアにおける近年の地球温暖化の影響を調べる
・シベリアにおける人々、自然、地理、動植物、等を観察し記録や体験を文章に残す
・日本では見られない寒冷な環境の中での自転車走行技術の向上を目指す。装備、気象、ノウハウ等検証
4.成果
計画書に記していた上記の目的別に成果を検証してみました。
4.1 自転車による冬季単独完全横断の達成
完全走破とは1ミリも他動力に頼らず横断を成功させることでした。様々な障害が立ちはだかりましたが達成することができました。詳細は後記「行動記録」参照。
4.2 国際交流活動
JACC日本国際自転車交流協会の最終目的は国際交流にあります。草の根レベルの交流こそ、本当の相互理解につながります。ロシアサイクルツーリングクラブ、村々の小学校での講演活動、現地政府関係者やメディアへの登場、なにより地元民とのふれあいにより、直接ロシアと日本との友好に貢献できたと思います。
またシベリアにはその自然のすばらしさのみならず、チベット仏教の世界や、日本人に似たヤクート人の世界など、あまり一般に知られていない多彩な文化も存在しており、こういった世界を日本に紹介していきたいと思います。
4.3 環境問題
欧米では自転車は環境によい乗り物であるという認識が、
ずいぶん前から言われてきました。自転車と環境の単語をあわせてバイコロジーという言葉があります。自転車での移動は化石燃料に頼らないため、資源の有効利用、環境汚染の影響が、内燃機関などの動力よりはるかに少ないのみならず、適度な運動により人間本来の運動能力の向上や健全な生活に貢献すると考えられています。バイコロジーに関しては多くの研究機関などで具体的な環境効果が検証されつつあります。西欧の自動車会社が自転車も開発してみたり、あるいは自転車のイベントに協力するなどの動きがあるのは、こういった認識によるものです。
ちなみに単純に今回の横断に要した総走行距離16000キロを、自動車で走るとすると、シベリアの悪路での燃費を8キロ/リットルとして約2000リットルの化石燃料ガソリンを必要とします。
また地球の温暖化の影響ですが、特別な調査は行ってはいませんが、現地で見聞してきた話を統合すると、いくつかの問題が見えてきました。極地であるほどその影響は深刻です。シベリアは人間の住む地としては世界最寒の地ですが、かつてほど低温度に下がることも減り、永久凍土にも変化が訪れています。また針葉樹林帯タイガの森林乱伐、それによるレナ川の大洪水、世界最高透明度を誇るバイカル湖の汚染などが進んでいることなども、自転車で旅していると見えてきました。
これらの環境に関する報告は、雑誌や著書のみならず、講演の機会などで提言してゆかれます。大学や高校などの学生を前に話すこともありますが、こういった環境問題にふれてゆくことになります。
4.4 記録や体験のフィードバック
4.4.1 新聞、テレビなど
横断達成のニュースは共同通信により世界中に発信され、日本、ロシアのみならず、ドイツやスイスからも新聞を見たという祝福が届きました。ウラジオストックでのプレスコンファレンスには新聞、TV、ラジオ、情報関連会社など十数社が集まりました。6月に帰国後も数々の新聞やラジオの出演、講演依頼、藤沢市長との対談などをこなし、日本人サイクリストの存在を世界にアピールできたと思います。
新聞: 共同通信による各紙への配信(5月8日付)
産経新聞、ジャパンタイムズなど、全国地方紙、英字新聞、スポーツ紙、
海外の新聞、ラジオ、WEB新聞、TVなど
全国紙: 読売新聞、朝日新聞、毎日新聞
地方紙: 神奈川新聞、東京新聞、日本海新聞(鳥取)、北海道新聞など
ロシア現地: 各訪問地域での新聞、TV取材多数
4.4.2 報告会、ラジオ出演など
6月25日帰国早々に東京で行なわれた地平線会議主催の報告会では、思いのほか多数の来客がありました。モンベル直営店での講演のほか、登山、自転車、旅行系の組織で話をしてきました。今後の予定に、母校の鳥取大学の学園祭、福山市立高校で全校生徒への講演などがあります。
また、藤沢市長との対談や、ラジオ日本、FM東京、ベイFM、湘南FMといったラジオへの出演や、各地方ラジオ局への電話での出演などをこなしてきました。
4.4.3 雑誌への掲載
「月刊サイクルスポーツ」(八重洲出版)への連載
●自転車雑誌最大手、業界に強い影響力を持つ月刊誌
●連載タイトル「遥かなる白い道」
●連載内容 毎号カラー3ページ、紀行文、テクニカルレポート
●連載期間:2003年9月号より毎月一年間(12回)
写真を主体にビジュアルに連載を展開していきます。ちょうど1年遅れの季節的なタイムリーさで、冬のツーリングの魅力を紹介できます。これまで一般的だったツーリングの方法と異なり、より困難なルートで厳しい時期を舞台にした、新しい自転車の可能性を提言してゆきます。
山岳雑誌に自転車記事が取り扱われることは極めて異例です。山岳二大雑誌に、どちらとも表紙でネームが紹介されるほどのトップ記事扱いで、それぞれカラーページを含めて、8〜9ページもの大きな扱いとなりました。自転車旅行といったカテゴリーを越えて評価されたものと受け止めています。登山と自転車は極限の体力を使うという意味で、かなり似ているスポーツでもあります。
また、環境関係の雑誌にも記事を掲載できたことも、的を得られたと思います。
●「山と渓谷」9月号(山と渓谷社)
●「岳人」9月号(東京新聞出版局)
●「環境会議」秋号(宣伝会議別冊)
モンベルの会員誌「アウトワード」、ダイワ精工スペシャライズド社2004年カタログ、日本山岳会の英文での年鑑誌「Japan Alpine News」、日本国際自転車交流協会機関紙「ペダリアン」、地平線会議発行「地平線通信」などに、文章を提供してきました。その他の雑誌にも機会あるたびに私の旅の紹介をしていきます。またロシアの自転車雑誌など、日本語情報発信にとどまらず、ロシア語、英語でも発信してゆきます。
4.4.4 書籍
冬季チベット横断時の記録「チベットの白き道」(山と渓谷社1999年)に続いて、今回の旅も書籍化させるつもりでいます。経験してきたことを文章として出版し後世に残すことは、いわば旅の報告義務であり、最終目的でもあります。
チベットの本は帰国から出版まで3年もかかってしまいました。むしろこちらの方が遠征そのものより難しいくらいです。私の旅は空白の地図のキャンパスの上に横断という名の作品を完成させることでした。それは自分を表現できる何かを求めての旅でした。写真もたくさんとりましたが、文章こそ最大の表現方法。よってその表現を完了できなければ、この旅に意味はない、とまで言えるでしょう。出版時期の目標としては「サイクルスポーツ」誌での連載終了にあわせて出せればと考えています。
4.5 自転車走行技術の向上
今回は走行時最低気温で零下42度を記録しました。零下30度レベルはこれまでチベットやアラスカで経験してきましたが、零下40度は初めてであり、この10度の違いは予想を遥かに超えたものでした。このような低温でも自転車での走行そのものは可能で、つねに運動していると寒さにも耐えることができました。しかし、問題は夜間のキャンプ中にありました。詳細は後述の行動記録に記載しました。
ハイテクともいえる登山装備も、極限の荒野では通用しませんでした。登山の最高峰エベレストでもシベリアほどの低温になることはないので、それも致し方ないでしょう。今回のシベリアの経験を元にさまざまな装備のアイデアを得ることが出来ました。市販品には存在しませんし、量産にいたる需要もありませんので、今後はオリジナルの製品を製作して挑むことになるでしょう。
今回の旅でさらに低温の環境下での走行の可能性も見えてきましたが、未経験の零下50度ではこれまでの経験や常識を超えた障害が生じてくる可能性もあり、その寒さの怖さもまた見えてきました。