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<HEAD><TITLE>AUSTRALIA CAIRNS</TITLE></HEAD>

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<H1><FONT COLOR="#FF8800"> オーストラリア </FONT></H1>
（ケアンズ）<BR>
1994/04/28 - 1994/05/06
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再びオーストラリアに来ることになるとは、やはり楽しい国ですなぁ。

神戸に転勤になって１年過ぎた時、海外旅行に行っていない自分に気がついた。
これは何処かに行くしかない。そう心に決め、選んだ先はケアンズ。
シドニーよりももっと馬鹿になれるのだぁ。

この旅は、出発から大変だった。まだ関西空港などない時だから、QANTUSも名古
屋からしか飛行機を飛ばしていない。

ところが前日になって、あの悲劇が起こったのだ。名古屋空港に飛行機墜落。

どうすればいいか分からないまま当日に至るが、この旅は、今は私のかみさんで
あり当時は旅行会社に勤めていた彼女に全権を委ねていたこともあって余裕をか
ましていたのだ。
一人は朝から床屋にいって帰って来ないし、一人は伊丹に出勤しているし。

昼になって、福岡に振り替えることができるとの連絡を受け、新幹線で向かうこ
とになるが、床屋にいった奴がタイムアウト直前まで帰ってこなかった時には冷
汗ものであった。なにせ、最悪は置いて行こうと思い、部屋のドアに間に合う新
幹線のリストを書いて、それをまさに貼って出かけようとした瞬間、帰ってきた
からだ。

おのおの、のぞみやひかりで福岡空港に集合し、なんとか出発時間に間に合った。

ケアンズのまちは非常に小さい。はじからはじまで歩ける距離だ。
巨泉のＯＫショップはあまりにも有名。

とりあえずは、国内から予約しておいたタリー川へのラフティングへと出かける。
なかなかの水量があり、すごい楽しかった。

インストラクターはリーダーの人に当たったのが運のつき。ボートはわざとひっ
くり返されるし、ぼけっとしてると落される。俺らは阿呆になりきった。 近く
のボートにオールで水をかけ、悪者に徹していたのだ。
ああ、なんでみんな笑顔なんだろう？

昼食はコアラバーガー。とはいってもコアラの肉の訳がない。

帰りはフリチンで着替えさせられるが、どうってことない。みんなフリチンだ。
日本人はすぐわかる。やけにケツだけ白いのだ。

ラフティングに気をよくした我々は、カタマランヨットでアウターリーフまで行
く、僅か＄４０のツアーに申し込んだのだ。店のおばちゃんがマイ・リコメンド
だというから。

死んだ。大揺れで気持ち悪くなり、昼飯もろくに食えなかった。しかし、スノー
ケリングは最高だった。目の前に魚が泳いでいる。連れの２人はファンダイブで
５メートル程下を潜水歩行している上を、スノーケリングで追った。
スノーケリングで十分なのである。帰りは疲れて寝ていたので、あまり酔うこと
はなかった。

懲りずにバンジージャンプをやろういう奴がいる。高い金だして、落ちるだけな
んてナンセンスだ。どうせならスカイダイビングがいい。流石にパスして、一人
だけバンジーに行かせた。残りの面子はキュランダまで車を飛ばす。
パンフレットで見た滝は、水量がなく期待はずれ。日曜じゃないのでマーケット
もやっていない。

そのあとは、少し北にあるシルキーオーク(Silky Oak)に移る。
ここは楽園である。山の中にあるロッジは外界から孤立しており、夜見上げた星
の数は、いままで見たこともないほど多く、黙ったままただ空を見上げる４人の
姿がそこにあった。

そんな中で、不幸なニュースが飛び込んだ。アイルトン・セナが亡くなった。
何か説明のできない不思議な気分になった。

ここに泊まるには、ちょっとお値段がはるのであるが、彼女のおかげで特別招待
客となり、宿泊料金はロハなのだ。食事代だけで、こんな優雅な生活が。。。

アーリーモーニング・バードウォッチング。なんてことはない、早起きして鳥を
見るだけのこと。でも、これがいい。

数日後、帰途につく我々は、口々にこう言う。
「凄かったな。あの星空」

もう一度行きたい。あのままの状態であるならば。。。

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