トカラ列島の自然概況

以下は私の修士論文(1996)より「調査地の概況」を部分抜粋したものです。


1.地理的位置と地質

 トカラ列島は、南西諸島の北部、北緯28度50分〜30度、東経129度〜130度の間に位置し、屋久島の南西約60qの海上にある口之島(Kuchinoshima)を最北の島として、ここから南西方向へ中之島(Nakanoshima)、臥蛇島(Gajajima)、平島(Tairajima)、諏訪之瀬島(Suwanosejima)、悪石島(Akusekijima)、小宝島(Kodakarajima)、宝島(Takarajima)、横当島(Yokoatejima)と並び、これらの属島を併せて十余りの島嶼列から成る。この間の距離は約160kmにおよび、最南端の横当島は奄美大島の北西約70kmの海上にある。

 トカラ列島の島々はすべて火山起源の島嶼で、霧島火山帯に属する火山列島である。新生代の中新生〜前期更新世の火山活動によって形成されたとされる旧期の火山島(宝島、小宝島、平島、臥蛇島)と後期更新世から現在にかけての活動によって形成された新期の火山島(口之島、中之島、諏訪之瀬島、悪石島、横当島)に区分することができる。新期火山島は基質が火山砕屑物や溶岩から成り、島面積のわりに標高が高いという特徴をもっている。一方旧期の火山岩類よりなる島々では、火山噴出物の海底堆積層を主とし、地形は比較的平坦で、サンゴ礁地形によって囲まれている(塚田,1991,早坂,1991)。

2.気候

 気候については、年平均気温が名瀬と種子島と屋久島の中間にあたる20.1℃で、諏訪之瀬島の発電所(標高約100m)で観測された1994年の月平均気温から暖かさの指数(吉良1945)を計算すると181.7℃・月になり、亜熱帯気候に入る。

 表1.諏訪之瀬島における気温(℃)と降水量(o)(1994年)

 1月2月 3月4月5月 6月7月8月 9月10月11月 12月年平均気温(℃)
年間雨量(mm)
最高気温
14.714.616.521.9 25.227.334.931.9 28.724.522.317.2
23.3
最低気温
9.59.69.616.0 18.221.525.424.7 21.818.615.812.9
17.0
平均気温
12.112.113.019.0 21.724.430.128.3 25.321.619.115.0
20.1
降水量
69268140288 1643663139 1541388233
2115

 年降水量は、1994年が例年に比べ鹿児島県内の各地で降水量が6〜8割しかなかったこと考慮して比較すると、諏訪之瀬島では平均2800o前後と推測され、これは鹿児島市の平均2237mmより多く、名瀬とほぼ同じである。降水量の年変動パターンは4〜6月に年降水量の約半分が集中し、秋の台風は風台風でそれ程雨をもたらしていない。しかし、台風の通り道に位置し、島が小さいことから台風の様々な被害に遭う。島の植物は、強風による植生の損傷、海水飛沫による塩害、波浪による海浜植物の流失といった影響を強く受ける。
 11月から2月には強い北西の季節風が吹き、最大風速は25〜30m/sになるという。まれに、あられが降り、中之島の御岳山頂部には積雪を見ることもあるという。

3.各島の地形と植生の概況

 行政的には、トカラ列島すべての島を合せて鹿児島県十島村(としまむら)を構成している。中之島では縄文後期とされる集落跡や土器が発見されており、かなり以前から人間が住んでいる。十島村の人口は1952年には571世帯3394人であったが、過疎により年々減っており、1995年の国勢調査では402世帯776人と4分の1以下に減少している。交通機関は村営フェリーに限られ、1090トンのとしま丸が月8回ほど往復しているが、台風や時化のために欠航となることが多い。

表2.各島の概況

島名
面積
(km2)
周囲
(km)
最高標高
(m)
維管束
植物種数
人口
(1995年)
集落 本土との
距離(km)
口之島
13.2513.3628.3513 1772204.0
中之島
27.5428.0979.0691 1975222.5
平島
1.994.5242.9324 851252.5
諏訪之瀬島
22.3224.5799.0363 711272.5
悪石島
7.038.8584.0458 712292.5
小宝島
1.163.2102.7241 481327.5
宝島
5.9412.1291.9579 1271342.3
横当島
3.80-494.893 00 
口永良部島
38.04-657.0410 180  

*植物種数は川窪・田川(1991)による。

3-1)口之島

 口之島はその北端部が北緯30度線上にあたり、トカラ列島の最北部に位置する比較的新しい火山島である。島のほぼ中央に最高地点が628.3mの前岳、その南東に425mの燃岳があり、その中央部には噴気孔が存在する。これら二つの山体から南・西側に向かって海岸近くまで急勾配の斜面が続いており、海岸は周囲の3/4が急な海食崖で占められている。

 前岳の北側に主な集落や農耕地が分布している。前岳の北東斜面に肉牛の放牧場が形成され、島の南部には野生化した牛が生息している。
 島の南部はタブノキ、スダジイが優占する常緑樹林が広がっているが、凹地ではエゴノキ、モクタチバナが高い割合で優占する森林が特徴的に見られる。島の北部は、放牧地や耕地として開拓されており、リュウキュウチクに覆われている。

3-2)中之島

 中之島は口之島から南南西に約10kmの地点、北緯29度50分、東経129度53分にその中心部が位置する。長径9.5km、短径4kmでトカラ列島のなかで最も大きな島である。最高点は御岳の979mで、南西諸島の中では屋久島に次ぐ高さである。

 島の北部は円錐形の成層火山、御岳の山体で占められいる。現在山頂火口と東側山腹より硫気を噴出しているが、噴火の記録は特にない。南部は524mの先割岳を最高点に400m前後の山地が連なる。これら二つの山地の間には、標高200〜250mの比較的平坦な地形が広がっており高尾高原と呼ばれ、高尾の北東部には底無沼と呼ばれる湿原がある。河川は東側に大川、西側に宮川という渓谷流がある。海岸は高さ数10mから100m以上の断崖となっているところが大部分で、砂浜は東部の七ッ山海岸だけである。

 島の西部には集落と港があり、西海岸と高尾の集落付近には耕作地が開かれている。昭和30年台までは焼畑などによって耕地を広げてきたが、その後人口が減り過疎化するにつれて放棄されたり放牧地に代わってきている。キン岳南部の海岸沿い、ヤルセ灯台付近、ネガミ岳南部、御岳北部の海岸沿いなどは黒牛の放牧地になっている。高尾では、牛のほかトカラ馬が放牧されている。また野生化したヤギが局地的に生息している。
島の西部では昭和40〜50年代にパルプ用にクロマツの植林を行なっていたが、風害、虫害、手入れ不足で採算があわず、その後は中止している。また、昭和40年代からしいたけの栽培を始めており、島内のスダジイを切ってほだ木にしている。

 島の南半分の大部分はリュウキュウチクに覆われているが、所々に常緑広葉樹やビロウなどが混在する。御岳山頂付近はマルバサツキとハチジョウススキの群落、山腹の上部はリュウキュウチク林、中腹から下はスダジイ、タブノキが優占する常緑広葉樹林が成立している。特に御岳北部から東部にかけてはトカラ列島の中でもよく発達した二次林がある。底無池とその周辺では、湿生植生が見られる。

3-3)平島

 平島は島の中心部が北緯29度41分、東経129度32分に位置する。最高点は御岳の242.9mと背の低い小島である。北部の御岳から南へ山稜が連なっており、その分水嶺から東側へは急傾斜で、西側へはややゆるやかな斜面が形成されている。北部と南東部は急崖が形成され、直接海に没している部分もある。南東部分の比較的出入りの多い海岸を除き、周囲は低潮位サンゴ礁原に取り囲まれ、磯浜が多いのがこの島の特徴でもある。海岸には野生化したヤギが生息している。

 稜線西側のやや平坦なところに集落があり、その周辺に水田と畑が分布している。南ノ浜港周辺や、東ノ浜への道路沿いは放牧地になっている。
 植生は島の大部分がリュウキュウチクに覆われており、常緑広葉樹林は御岳の東側斜面と南西側斜面で部分的に見られる程度である。常緑広葉樹林の優占種はタブノキ、ビロウ、ガジュマルなどである。御岳山頂付近はクロマツが植林されているが、リュウキュウチク林に置き代わりつつある。

3-4)諏訪之瀬島

 諏訪之瀬島はトカラ列島のほぼ中央部、北緯29度38分、東経129度43分付近に位置し、長径8.5km、短径5kmと中之島に次ぐ大きさをもつ。最高点は中央部にある御岳の799mで、現在もストロンボリ型の活発な噴火活動を続けている。比較的粘性の低い溶岩や火山弾を周期的に放出するタイプで、1813年と1884年には大噴火して島の全域が溶岩や火山砕屑物で覆われている。御岳の北東側には712mの脇山、536mの富立岳(とみだちだけ)があり、南西には353mの根上岳などの山稜が連なる。島の周囲は東海岸の作地浜に小さな砂浜があるだけで、他は崩壊や海食による断崖となっている。

 1813年の御岳の大噴火では溶岩が流出し、住民は全員離島、以後70年間は無人島化したが、1883年から再び人が住むようになった。島の南部の台地に、集落や耕作地、牧場のほか、全長700mの小型民営飛行場があるが、現在は休止中である。面積の割に人口が少なく、南部以外はほとんど人の手が入っていない。水系は、谷筋に小さな沢があるだけである。また、野生化したヤギが山地に生息している。

 集落付近には植林されたクロマツ林が見られる他、放牧地や空港など開拓された所にリュウキュウチク林、ススキ草原が広がっている。御岳の南側は山頂から標高400〜500m付近までスコリア(岩滓、多孔質の火山砕屑物)に厚く覆われ、マルバサツキやハチジョウススキの群落が見られる火山荒原となっている。それより下の標高にはヒサカキ、クロキ、ヤシャブシ、ヒメユズリハなどの低木林が見られ、さらに下るとタブノキ、スダジイ、マテバシイなどが優占する森林が見られる。所々斜面の崩壊が見られ、コシダの群落となっている。

3-5)悪石島

 悪石島は北緯29度27分、東経129度36分付近に位置し、最高点は御岳の584.0mである。島の北西部に御岳があり、その山頂に隣接して旧火口の凹地がある。この斜面の北には、西から東にかけて標高約200mの台地状の平坦面がありオオムネと呼ばれている。南東部分と港のある湾入部には細長い浜があるが、全体として急峻な海食崖に囲まれた島である。

 集落は標高180m付近の上村と港周辺のやすら浜の集落の2ヶ所にあり、上村の周辺には畑と小さな水田、放牧地が作られている。
 悪石島でもリュウキュウチク林の占める割合が高い。常緑広葉樹林は御岳の南側斜面と中岳の西斜面、ビロウ山の南から東側に見られ、タブノキ、ビロウなどが優占する。野生化したヤギによって、林床植生が荒らされているところも見られる。

3-6)小宝島

 小宝島は北緯29度13分、東経129度19分に位置し、全島が隆起サンゴ礁からなり、有人島では最小の島である。この東方1kmには小島と呼ばれる属島がある。小宝島の最高点は竹の山と呼ばれ、山頂部分が平坦な石灰岩の台地である。石灰岩が全島を占め、所々に侵食から残った岩塔状の岩山が吃立している。これらの、古い時代に隆起した山体を幅300〜600の標高10mに満たない礁原が裾礁となって全体を取り囲み、他の島では見られない特異な自然景観を呈している。

 集落は冬の北西風を避けるように東側に位置し、平坦な礁原に畑や牧場が作られている。
 竹山山頂はその名のとおりリュウキュウチク林が広がっており、所によりススキ草原になっている。平地ではアダン群落、マルバニッケイ群落、ビロウ群落などの海岸植生が見られる。

3-7)宝島

 宝島は、奄美大島名瀬市の北北西86km、北緯29度9分、東経129度12分に位置する。二等辺三角形の形をした島で底辺4km、他の二辺が3kmである。最高点のイマキラ岳は安山岩質の火山起源の山塊で、この山を中心にして島の北東端の女神山から荒木崎まで、ほぼ直線的に稜線が延びている。この山地を取り巻いて海岸段丘状の平地があり、北東部には砂丘とそれを取り巻く隆起サンゴ礁が発達している。島の外縁は、荒木崎付近を除き、500m前後の幅で平均3m高の隆起サンゴ礁に縁どられている。

 島の北側の段丘上に集落がある。集落付近の段丘は湧水帯で水田がつくられており、さらに高位の面に畑地が分布している。北西端の大瀬崎や南東端の荒木崎付近は牧場として利用されている。水系は島の南西側に何本か小さな川があるほか、砂丘と集落の間に大池と小池があるが、現在はほとんど干上がっている。

 イマキラ岳はリュウキュウチク林におおわれ、部分的にリュウキュウマツやタブノキなどと混生した林をつくっている。女神山は山腹がビロウ優占群落、山頂がケウバメガシ群落と特徴的な植生をしている。広い礁原にはアダン、クサトベラ、オオハマボウの低木林、ツキイゲ、スナヅル、オキナワハイネズ、オトコヨモギ、ハマゴウなどの様々なタイプの海岸植物の群落が点在している。

3-8)横当島

 トカラ列島最南端にあたる横当島は、名瀬市の西北西66km、北緯28度47分、東経128度59分付近に位置している。最高点は東山の494.8mで、西山の259.0mが連結してひょうたん型をしている。面積が狭小のわりに海抜高が高いため、その斜面は極めて急である。東山の山頂には筒状に約200m程落ちこんだ火口が残っている。島の周囲は、くびれた部分以外は10〜30mの海食崖となっている。水系はなく乾燥しているが、東山の火口の中には水溜りが干上がった跡が見られた。火山の噴火年代は不明であるが、植相・植生が貧弱であることから、かなり新しい火山島であると推測される。

 この島は無人島で人の住んだ記録はないが、釣り人が時折上陸している他、1988年から奄美大島の業者によってビロウの採掘が行われており、そのための小屋とケーブルなどが西山にある。また、この業者によって1990年頃に入れられたヤギが野生化している。

 西山の山頂付近はビロウ、クロキ、リュウキュウマツなどが優占する低木林が成立しているが、山腹はクワズイモやハチジョウススキなどの草本群落が部分的に見られる他、東北に流れた溶岩に覆われている表面では大部分が裸地になっている。東山も、火口内のビロウ、モクタチバナの低木林、山腹のリュウキュウマツ林、草本群落などの他は火山岩礫地が広がっている。植物種数は面積の割に少なく、トカラ列島の他の島には分布しているブナ科、リュウキュウチク、マルバサツキが分布していない。


Copyright(C)1996:Meri Kobayashi

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