プロフィール

 
 私のプロフィールというほど、たいしたものではありませんが…私の自己紹介です。

  1. 1959年7月22日、兵庫県明石市に生まれる。 
  2. 4〜5才の頃、メンデルスゾーンの協奏曲をLPで聞き、バイオリンに目ざめる。 
  3. バイオリン演奏を習いたいと両親にせがむが、ド田舎には先生がなく、代わりに?ピアノを始める。 
  4. もともと好きでなかったピアノは小学校2年で、あえなく先生から見放される 
  5. 小学校5年の時、たまたま滝昇先生が近所で教室を開かれ、いそいそと入門。上達は割と早く、我ながら大した才能だと思い上がる 
  6. 折悪しく、両親が次々と病気/入院するなど、どさくさが重なり、本人の不真面目も手伝って、わずか1年でレッスンを中断 
  7. 折りからのフォークソングブームに乗り、フォークギターに浮気、中学/高校を通して、井上陽水のコピーに没頭する。 
  8. 無量塔蔵六さんの「ヴァイオリン」を読み、バイオリン製作にあこがれるが、高校受験からの逃避であることを、簡単に見破られ、真面目に高校を受験し、奇跡的に合格。 
  9. 大学受験。同じ町から、同姓同名赤の他人が東大に入学するも、本物の私自身はあえなく落第、浪人生活に入る。 
  10. 浪人して通いつめた図書館で、小学校時代の友人と再会、バイオリンを弾く男として記憶されていることにショックを覚え、練習を真剣に再開する。 
  11. 不真面目な受験生であった割には、運良く工学部電子工学科に入学。入学祝いをすべてつぎ込んでバイオリン一式を購入する。 
  12. 懸命に練習するも、あまりの下手さに、自分自身辟易するが、持ち前のしつこい性格から、練習用にサイレントバイオリンを自作し、練習にさらに熱を入れる。 
  13. 講座の同級生はみな学部4年で卒業する中で、一人“何がなんでもバイオリン”を念仏のように唱え、学業そっちのけでバイオリンを弾きつつ、修士課程を終了する。 
  14. 就職先は、電子楽器関連と決め、現在の会社に入社。社員寮では練習ができず、入社1年めにして社員寮を出て練習のためワンルームマンションへ引っ越し 
  15. 薄給なのに、高い家賃を払い、その上、残ったお金をほとんどつぎ込んで、イタリア製の中古バイオリン(現在の愛器で愛称はEva)と弓を購入する。 
  16. この頃から、音楽にそれほどうるさくない人を相手には、それなりに演奏と呼べるぐらいは弾けるようになり、宴会、披露宴など事あるごとにバイオリンを抱えて出かけるようになる。 
  17. 宴会どさ回りから、足を洗い、真面目にレッスンを受けて見ようと思い立ち、レッスンに通い始め、折りよく設立された桜の宮弦楽塾に入塾、基礎をたたき直し始める 
  18. 生まれたばかりの長男を両親に預け、イタリアが縁で、前年に出会って3日目にしてプロポーズ結婚した相棒と、イタリアに新婚旅行、クレモナを訪問。 
  19. 10年めの長期休暇でドイツに2週間旅行、ミッテンバルトを訪問、9日間滞在、製作に必要な道具を調達して帰国する。 
  20. 帰国後、バイオリン製作会社や心あたりに手紙やFAXを送りまくって、用材を入手、バイオリン製作を開始する。 
  21. 弦楽塾で稲岡先生の特訓を受けた結果、“カンツオネッタ”(チャイコフスキー)を、辻久子先生に“あんた上手や“とほめてもらって舞い上がる 
  22. 練習時間の制約が大きく、意欲も萎えてきたのでバイオリンの演奏上達は、もうこれ以上は無理と観念、楽器製作に打ち込みはじめ、40才にして1台目のバイオリンを完成 
  23. 長女にバイオリンを教え始める。娘の成長に合わせて分数バイオリンの製作に取り組もうと思案中。 
  24. 2000年2月現在、大阪府に在住 


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