砂の霧 〜 2 〜
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入国審査を難なくパスし、荷物をピックアップして人がごった返す到着ロビーへ出ると、「ABPご一行様」と日本語で書かれたボードを持つアロハにターバンを巻いた男が出迎えに来ていた。
「サンジ様にゾロ様ですね。私、今回、お二人のガイドとして派遣された、ムナイです。
どぞ、よろしく」
それぞれと握手した彼は、俺の荷物だけを受け取ると俺の肩を抱くようにしてうながし、外に停めてある車まで案内してくれる。
あきらかに俺にだけ親切な感じなのは気のせいではないと思うのだが
先ほどまでのゾロであれば、嫉妬の眼差しをムナイに向けていてもおかしくないのに、
今、後ろを歩くゾロはいくら振り返っても俺を見ようともせず、なんでもないことのように平然として何も言わずに自分の荷物を持って歩いていた。
まるで、俺のことなどなんとも思ってもいないかのように。
何だろう、この違和感は・・・・
あきらかに何かおかしい感じがするのに・・・・俺には、まだ何も見えていないから、迂闊に動くことはできない
早いうちにゾロには手持ちの札を全部見せてもらわなければ
俺たちは、いわゆる「便利屋」とか「何でも屋」って言われる仕事をしている。
「ABP」って言えば、その世界ではちょっとは名の知れた裏組織だ。
裏って言っても、悪いことをやってる訳じゃない。・・・・たぶん・・・・。
警察や国の機関にも手におえないと判断された事件を裏で動いて解決へと導いたりしてきた。
表向きは、もちろん警察の手柄で、俺達の活躍が知らされることはない。
だから、こんな組織があることを普通の人間が知ることは無く、気づきもしないだろう。
命に関わるハードな仕事は多いが、その分高額な報酬はもらっている。その中から自分たちの身を守るものをそろえなければいけな為に、残るものは少ないが・・・
もちろん、そんな事件ばかりをあつかっているわけではない。
表向きに普通に便利屋の仕事もやっているので、忙しい時には何年も休みなく働かされることもある。
表の仕事だけやってられれば平和でありがたいのだが、この国も本当の意味では平和ではないのだろう。凶悪な事件、悲しい事故はいつまでも尽きることはない。
それが仕事になるとは言え、悲しく思うのも事実だ。
国立博物館内にある研究棟へ案内された俺達は、長い廊下に並ぶ研究室のドアの1つに通された。
全てが石造りの建物の為、建物内部は案外涼しく過ごしやすい。
もちろん、室内の冷暖房は完備されているようで、暑さで火照った身体がいきなり冷やされて、逆に寒いくらいだ。
室内は研究室というよりも、司書室というような具合に本ばかりが雑然と積まれていて、スチール棚の本と本の間に何気なく遺跡から出土したらしい破片のようなものがいくつか置かれていた。
その棚と本に埋もれるように机がいくつか並べられ、そこに彼女は座っていたんだ。
まるで、暗闇の中で1輪だけ一筋の光を浴びて輝いている華のように。
「考古学研究員のクイナだ。」
ゾロが黒髪美人を俺に紹介してくれる。
以前からの知り合いなのだろうか、部屋に入るなり彼女の名を呼びながら、イスに座って背を向けていた彼女の肩をたたき、お互いの挨拶もなしにいきなり俺を紹介した。
彼女も彼女で、多少驚いた様子を見せはしたものの、そんなゾロをとがめることもなくイスから立ち上がり、ゾロを見守るように優しい微笑みを浮かべて見つめていた瞳を俺に向けて今度はニッコリと魅惑的に笑い、俺の方へと歩み寄ってきた。
「いつもゾロがお世話になってます。この頑固で無愛想を相手にするのは大変でしょう?」
「はあ・・・まぁ、あ、いえ」
俺が肯定しそうになって、ごまかそうとしたのがおかしかったのか、それとも、そんな俺の顔がおかしかったのか、良くわからないが、どうやら俺の何かが彼女の笑いのツボを刺激したらしい。
ぶっと吹き出した後、身体を震わせるように笑いっぱなしで止まらない。
何がそこまで可笑しいのか俺にはさっぱりわからない。
しかも、美人なお姉さんが、クスじゃなく、ぷっでもなく、ぶって吹き出したのもびっくりだし、更に、ゾロが何やら照れたように顔を赤くしているのにはもっと驚いた。
クイナさんがちらっとゾロを見て笑いを継続させている様子からすると、どうやら思い出し笑いのようなだ。
二人だけがわかる共通の話題
俺の知らない二人の過去を垣間見せられているようで・・・
ズキ
心臓が嫌な音をたて、ギュツと引き搾られる痛みに似た感覚を覚える。
ギシギシ
何度も感じた事のある痛み
ゾロを好きになってから何度も何度も
こんな事くらいで・・・・
本当俺ばっかりが好きみたいでなんかムカついてきた。
俺は彼女に握手を求め、しっかりと指の細くて綺麗な手を握り取り、そのまま彼女の手の甲に軽く口づけた。
「クイナさんのような素敵な方がゾロの知り合いとは驚きです。失礼でなければ、どのような御関係なのか教えていただきけませんか?」
俺が気取った調子で尋ねると、彼女は「ふふ」と自分の思惑通りの反応だと満足したように微笑んだ。
「あなたは素直な人なのね。誰かさんと違って、とっても付き合いやすそうで私、好きだわ。」
どちらかというと意志の強そうなキツめ顔つきなのに、浮かべる眼差しは慈愛に満ちていて、はっとさせられる魅力のある女性だと再認識する。
「私とゾロは幼なじみなの。オシメしてる頃からだから、いいところも悪いところも分かってるつもりだし、家族以外で一番気心が知れてる異性って感じかしら。だから、この人の恋愛遍歴にも詳しいわよ。知りたければなんでも聞いね。」
パチンと音がしそうなウィンクをしてみせる彼女に、ゾロは何も言わない。
ああ、この人にはかなわない。
ナミさんと同じで男女とか関係なく人間として魅力のあるひとなんだということが、これだけの邂逅でわかるのだから。
「ちなみに、今、ゾロと関係のある人の事をどれくらい思いっているのか聞きたくない?」
「え?」
俺は、まさかという思いで目を反らし続ける男の顔を睨みつけた。
「あのね、このゾロが、んっ・・・・」
ゾロが最後まで言わせずにクイナの口を大きな手の平で塞いだ。
何もそこまでしなくてもと俺が文句を言おうとしたその時、ゾロの視線が扉をみていることに気づいた。扉が少し開いている。
ゾロの瞳の険しさから、何かあると思い、俺はさり気ない様子を振る舞い扉に近づいた。
「すいません話の途中で。トイレに行きたいのですが、どう行けばいいですか?」
言いながら注意しつつ扉を開いて外の様子を伺うが、すばやく逃げられたらしく後姿を見ることも出来なかった。
念のため、教えられたとおりにトイレまで行って見るが、人とすれ違うこともなかった。
俺は、素早くもどり、部屋中に視線をめぐらせ、電話の位置と電源の位置を確認した。
これからどうするか確認しようとゾロに視線を送ると、俺達ABPのメンバーだけにわかる手話で簡単に意志を伝えてくる。
【どっちも盗聴器なし。確認済み。他にも可能性はある、要注意】
俺は了解の意志を伝え、怪しまれないように「発掘現場を見てみたいが一端ホテルにチェックインしてから連れっていって欲しい」と口にしてからクイナを連れて研究室を後にした。
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