呼ばない理由

呼ばない理由
ある晴れた昼下がり。
 海はとっても穏やかで。
 海と同様にゴーイングメリー号のクルー達も穏やかに過ごしていた。
 あの空島でのサバイバルが嘘のようだ。
 ウソップはスケッチブックを片手に船尾へとやって来た。
 いつもの様に大の字になって寝ているゾロの横に腰を下ろすと
 おもむろにスケッチし始めた。
 そこへ薬の調合を終えたチョッパーがやってきた。

 「ウソップ、なにやってるの?」
 「おう、チョッパー。終わったのか?」
 「うん。スケッチ?」
 「おう!後でチョッパーも描いてやるよ。」
 「うぉ!いいのか!?」
 「皆に描かせてもらってんだ、ほら。」

 パラパラとめくるとルフィやナミ達が描かれていた。
 その一枚一枚にチョッパーは歓喜の声を上げた。

 「…なにやってんだ、お前ら…」

 チョッパーとウソップの騒ぎ声を間近で聞かされたゾロは、面倒くさそうに起きあがった。

 「おう!ゾロ!」
 「あ、ごめん。起こしちゃった?」
 「別にいいけどよ…何、騒いでんだ。」
 「ゾロ!ウソップ凄いんだ!!皆、そっくりだ!」
 「そういやこの頃、手紙出してねぇもんなぁ。」

 差し出されたスケッチブックにちらっと目をやり、ウソップにニヤリと笑いかけた。
 誰に、と言わなくともウソップが手紙を出すのはただ一人。
 色の白い優しい笑顔のお嬢様。
 大方ウソみたいな冒険談と共に送るのだろう。

 「べ、別にカヤに出すんじゃねぇぞ!」

 ゾロの意味ありげな笑みにウソップは慌てて否定した。

 「ほう。あのお嬢様に出すのか。」
 「〜〜〜〜!そ、そう言えばよっゾロ!お前、ロビンの事認めたんだな!」
 「はっ?」

 話を逸らそうとしたウソップの発言に、ゾロは片眉を上げた。

 「だって今まで“あの女”だったのに、名前呼んでたじゃねぇか。」
 「そうなのか、ゾロ!」

 そう言われれば空島でロビンの名を口にした気がする。
 未だに得体の知れないところはあるが、悪意の物は感じられない。
 あのルフィが認めたヤツだし、グランドラインについて唯一知識がある。

 「まぁ…認めたっつーか、特に怪しい気配もないしな…」
 「エッエッエッ。ロビンも仲間だぁ〜。」

 何時の間にかロビンと仲良くなっていたチョッパーは嬉しそうに笑った。
 ウソップもスケッチブックをパラパラめくりながら、笑った。

 「あ、これサンジ!」

 チョッパーの目に止まったのは、樽に腰掛けじゃがいもを剥いているサンジ。
 垂れた前髪で表情は見えないが、きっとタバコを咥えた口元は笑みを浮かべている。
 そんな事を想像させる柔らかい雰囲気が漂っている。
 その絵を見ながらウソップは、ある事を思い出した。

 「そう言えば、ゾロがサンジの名前呼んだの聞いた事ねぇなー。」
 「は!?」
 「そういえばオレも聞いた事無い。」

 二人に何故だ?という視線を投げられたゾロは、何故だか焦って見えた。

 「そ、そんな事ねぇだろ!」
 「いーや、いつも“アホコック”とか“エロコック”じゃねーか。」
 「あ!あと、妖怪ラブラブマシーン!」

 腹を抱えて大笑いするウソップ達からこっそり逃げようとした。

 「ゾロ、何で呼ばねぇの?」

 もう少しで脱出成功する所で、ウソップが振り返ってしまった。

 「何でって…一度くらいあ、あるぞ!」
 「聞いた事ねェよ?」
 「お前らが聞いてないときだったんだろ?」
 「そうなのか?」
 「あぁ。」
 「でもなー。」

 ウソップが首を傾げたとき、船首のほうからナミのウソップを呼ぶ声が聞こえた。
 ウソップ当てのカモメ便が来たらしい。
 嬉しそうに走っていった二人を見送り、ゾロはほっと安堵の溜息をついた。

 しかし、ゾロは気が付いていなかった。
 みかん畑から、紫煙が立ち昇っていたことに。


 その日の夕食のテーブルを見て、ウソップとチョッパーは青くなった。
 メインの載った皿の上にはキノコとレバーが山の様に盛られている。
 昔毒キノコの当たったウソップと、やはり昔下処理が上手くいかないレバーを
 食べてから食べられなくなったチョッパー。
 サンジが作るものだから毒はないし、下処理は完璧なのはわかっている。
 わかってはいるが、この量は一体どうしたものか。
 いつもなら嫌いなものは、少量が気づかない様に皿にのっているのに。

 「残さず食えよ。」

 と、にっこりと言われてしまった。

 「あんた達、一体なにやったの?」

 ナミがこっそりとウソップを突っついた。
 何と言われても二人には心当たりはない。

 「サンジ君のあの顔は、怒っているわよ。」

 青筋を立てて怒るサンジも怖いが、あの笑顔はもっと怖い。
 笑顔の下には、マグマのような怒りがフツフツと煮えたぎっているはずだ。

 「心当たりないの?」
 「ねぇよぉ〜。」
 「ナミさん、デザートをどうぞ。」
 「あ、ありがと。」

 ナミは差し出されたデザートを、少し引きつった笑顔で受け取った。
 今日のデザートは、ふわふわのみかんムース。
 スプーンで一口食べると、いつもより甘味が強い気がした。
 でも、甘すぎるわけではなく十分美味しい。

 「ぐぇ!」
 「どしたの、ゾロ?」

 カエルがつぶれたような声に隣を見ると、ゾロが少し青くなって口を押さえていた。

 「な…なんでも、ねぇ…」
 「ふ〜ん…?」

 ゾロはデザート皿に残っていたみかんムースを一気に平らげると、
 「ごっそさん…」と小さく言ってキッチンから出ていった。
 ナミは首を傾げながら、また一口食べた。

 『あぁ、なるほど…』

 このみかんムースは、ゾロには甘すぎたのだろう。
 自分が気がついたくらいだから、辛党のゾロには超がつくほど甘かっただろう。
 どうやらウソップとチョッパーとゾロは、コックのご機嫌を損ねるようなことをしたらしい。
 それが何かはわからないが、航海士は自分に火の粉が掛からないのを見ると、
 それきり気にする事はなかった。


 「…終わり!」

 シンクの蛇口をキュッと閉めると、サンジは溜息をついて腰掛けた。
 いつも綺麗なシンクが今日は鏡かと思うくらいに輝き、
 鍋と言う鍋は、銀食器の如く光っている。
 それを見てまた溜息が出た。
 こんな事をしても何が変わる訳ではないというのに。


 昼間、デザートに使うためのみかんを、ナミの許しを得て採っていたとき。
 ふと聞こえた3人の会話。

 『ゾロがサンジの名前を呼ばない』

 あの時、ゾロは一度くらい呼んだ事があるといった。
 ウソツキだと、思った。
 ゾロだけには、呼ばれた事は一度も無い。
 ロビンも『コックさん』と名前で呼ぶわけではないが
 彼女は全員名前では呼ばない。
 しかしゾロは名前で呼ぶのだ、自分以外は。
 アラバスタの砂漠でチョッパーを呼び、空島ではあれだけ警戒していた
 ロビンの名を言ったらしいのに。
 未だ仲間とは認められていないのだろうか。
 それとも名前を呼びたくないほど、嫌われているのだろうか。

 一番、名前を呼んで欲しい人なのに。

 男同士だし、あれだけ喧嘩ばかりなのだから好きになって欲しいとは
 願ってはいないけど。
 せめてこの船のクルーとして、皆と同じように名前を呼んで欲しいと
 思うのは、贅沢なのだろうか。


 短くなったタバコを灰皿に押し付けようとして、山盛りになっている
 それを見て、また溜息が出た。
 グジグジ考えていても、仕方が無い。
 明日の仕込みでもしよう。
 今日の夕食はヤツ当たりなメニューに、なってしまった。
 お詫びにチョッパーの好きなコーンたっぷりのスープと
 ウソップの好きなピザトーストにしよう。
 そう考えて倉庫へと降りていった。


 (え〜っと…コーンはここで…トマトは…ん?)

 ナミ達が寝ている時間なので、極力音を立てないように食材を探していると
 何かが聞こえた。

 『…ジ………サ…ジ』
 (…誰だ?)

 入ってきた時には気がつかなかったが、誰かが風呂場にいるらしい。
 風呂場のカーテンの隙間から覗くと、緑頭の剣士。
 夜の鍛錬の汗を流したのだろう、首にタオルをかけて
 洗面台の鏡を覗いていた。

 (…なに、やってんだ?)

 驚かしてやろうと、ドアを叩こうとした時。

 『…サンジ…』
 (!!)

 低い声だったがハッキリと聞こえた、剣士の言葉。
 思わず腕を上げたまま、固まってしまった。

 『言えるわけ…ねぇよ…』

 鏡の前でゾロは、口元を押さえがっくりと項垂れた。

 『毎晩、練習してこれだぞ…言えるわけねぇだろ…』

 ゾロのピアスがついている耳が、異常に赤い。
 耳どころか、日焼けした腕もうっすら赤く見える。
 不意にゾロが顔を上げ、慌てて倉庫を抜け出した。
 キッチンに戻り、後ろ手でドアを閉めそのまま凭れかかった。
 タバコを取りだし、火をつける。

 「…プッ…クククッ…」

 我慢していた物が、ついに耐えきれなくなり
 とうとうサンジは吹きだした。

 あの強面の剣士は、毎晩何をやっていたのだろう。
 いつから赤い顔で練習をしていたのだろう。
 そう考えると益々顔が緩んでくる。
 明日の朝食は、予定変更だ。
 がんばっている剣士の好物にしてやろう。
 米を炊き味噌汁を作って、卵焼きを付けてやろう。
 牛蒡もあった筈だから、キンピラもいいかもしれない。
 あとは何が良いだろう。

 「仕方ねぇから、もうちょっと待っててやるよ。」

 にやりと思わず呟いてしまう。
 でも、自分は気の長いほうじゃないから。
 そっちが来ないなら、こっちからいってやる。

 「覚悟しとけよ、クソ剣士。」




 おわり



きゅー様から戴きました!!ステキSSっ!!!
何ですか、この爽やかすぎるほどの初々しさはっ!!!(大興奮)
鳥肌立つくらい、サンジに感情移入しちゃいましたわよっ!!!(激興奮)
耳に止まらず、腕まで赤くなってしまったゾロに感動しちゃったりして!!!(もう止まりません)

「ゾロがサンジの名前を呼ばない理由」って、
ゾロサニストにとっての拘りの一つですよね〜。
私も、パラレルではポンポン呼ばせちゃったりするけど、
原作ベースでは極力呼ばせたくない!
をだっちが呼ばせるまでは!!‥‥とか考えてますものvv

恋しちゃってるゾロが可愛くてたまりまセンっ!!
いや〜ん!このまま年下攻めってほしい!!(大暴走)

きゅー様!!
またしても荒んだ心を癒してくれるステキなお話をありがとうございました!!
きゅー様は私の心の救急暴走車でございますvvv(誉め言葉になってナイ)

               とらい晶