祝福と幸せ
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午前一時も大分過ぎた頃。
やっとサンジは自宅のドアにたどり着いた。
今日の接待は長かった。
最近初孫が産まれたという、相手先の部長の機嫌の良さから開放されたのは終電の時間を過ぎた時だった。
途中で電源が切れてしまった携帯を充電器にほうり込むと風呂場に向かった。
ざっとシャワーを浴びると、キッチンに行き冷蔵庫を開けた。
ゆっくり湯船に浸かりたいが、浸かったら最後その場で寝てしまうのは目に見えている。
ポカリのペットボトルに直に口をつけ、一気に飲んだ。
アルコールの身体に、冷えたポカリが嬉しい。
「ふう!」
がしがしと頭を拭きながら、テーブルの上のさっきポストからとって来た郵便物を手に取った。
何通ものダイレクトメールのなかに、写真入りのハガキを見つけ手を止めた。
昔からの友人からの『子供が生まれました』ハガキ。
産まれてからそう日が経っていないその子供の顔は、明らかに友人の奥さん似。
「あいつに似てなくて良かったな。」
笑みを浮かべ、ポツリと呟いた。
それから思い出した様に、充電器の中の携帯に手を伸ばした。
メールを確認すると、未読は一件。
開くと恋人からの明日のデートの待ち合わせの確認。
返信しようと思ったが、時計を見て止めた。
二時をとっくに過ぎている。
もうこんな時間では、恋人は寝てしまっているに違いない。
あくびを一つしてから、明日の為にとベッドにもぐり込んだ。
次の日、サンジは待ち合わせの駅前の広場の植え込みの脇に腰掛け持ってきた本を読んでいた。
約束の時間は十時。
しかし今はもう十時四十分。
いつものことだから、デートに本はかかせない。
「わりぃ。」
本の上に影が出来たと思ったら、少し申し訳なさそうな声が上から降ってきた。
顔を上げると額に汗を滲ませたゾロ。
「ったく。てめぇはいつもいつも。今日は寝坊か?迷ったか?」
別に怒っているわけではないが、わざと厭味っぽい声で言ってやる。
「…両方。」
「かー!この駅で何回迷えば気が済むんだ。」
「地下鉄の駅は出る所がわからねぇ…」
「だいたいお前。昨日は定時に上がったろ?なんで寝坊すんだよ、この寝腐れマリモっ。」
部署こそ違うが同じ会社に勤めている。
昨日五時過ぎに帰宅するゾロと、会社のエントランスで会ったのに。
「朝方まで持ちかえった仕事してたんだよ。」
あくび交じりで答えるゾロの頭に寝癖を見つけ、小さく笑った。
「そりゃゴクローなこった。」
「それより朝飯食ってねぇんだ。あそこで食う。」
ゾロが指差したのは、コーヒーが美味しいので有名な店。
「げっ、あそこか!」
コーヒーにこだわりを持つその店は、香りを損なうとして全席禁煙でも有名だ。
サンジもあそこのコーヒーは好きだが、ヘビースモーカーには辛い。
「おう。」
歩き出してしまったゾロのあとに、サンジも渋々ついていくしかなかった。
ゾロの遅い朝食が済むと、いつもの公園へと向かう。
都心にしては珍しく大きなその公園で、のんびりしながらその後の予定を立てるのがお決まりのコースだ。
唯一灰皿のあるベンチに腰掛けると、やっと吸えるとサンジはタバコを咥えた。
「おい、やめとけ。」
いつもはそんな事を言わないゾロを、サンジは睨んだ。
「なあんでだよ。」
「あれ。」
ゾロが指差した方へ目を向けると、二つ向こうのベンチに一組の親子。
4〜5歳くらいの女の子がベビーカーを覗きこんで、中の赤ん坊に摘んできたらしい花をみせてる。
喜んでいるのだろう、中の赤ん坊の「あう、あう」という声が時折が聞こえる。
そんな二人をベンチに腰掛けている父親と母親は、楽しそうに見ている。
「……。」
サンジは無言で咥えたタバコを元に戻すと、暫しその親子を眺めた。
幸せそうな親子に、こっちまでほこほことした気持ちになってくる。
ふと、隣を見るとやはりゾロも同じ気持ちなのだろう、柔らかい笑みで親子をみている。
「ん?」
サンジが見ていることに気がついたゾロが、少し目を見開いて何だと尋ねた。
「なんでもねぇ。」
「そうか。」
「いいな、ああいうの。」
「あぁ、いいな。」
暖かく照らしていた日差しが少しかげると、幸せそうな親子は立ちあがり公園を出ていった。
その姿が見えなくなると、ゾロもベンチから立ちあがった。
「行くか。」
「おう。」
先に歩き出したゾロについて、サンジも立ちあがった。
ゾロの後ろについて、公園内の散歩道に入った。
涼しい木陰の道を、さっきのほこほことした気持ちのまま無言で歩く。
いつからだろう、こんな気持ちになれるようになったのは。
誰かの幸せが、自分のことのように嬉しくなったのは。
自分達はこのままいくと、ああいう幸せはやってこない。
何故ならお互い男同士なのだから。
少し前なら決して祝福されないこの関係を、後ろめたく思ったのだが
今は後ろめたくもなんともない。
人からの祝福がない代わりに、自分が祝福できればいい。
自分達は小さな命を、産み育むことはできないけれど。
その分誰かの幸せを祝福しよう。
さっきの小さな女の子や赤ん坊が、ずっと幸せに過ごせればいい。
昨日の接待した部長の孫や、生まれたばかりの友達の赤ん坊も。
みんなみんな幸せになりますように。
その幸せに触れることで、自分達も幸せをわけてもらえる。
(あいつもきっとそうなんだろうな。)
前を歩くゾロの背中を見て、サンジは小さく笑った。
それから駆け出すと、そのままどんとゾロの背中へと体当たりをした。
「おい。ウソップからハガキきたか?」
「あぁ、産まれたんだってな。」
「奥さん似で良かったよな。」
サンジがそう言うと、ハガキの写真を思い出したのかゾロは少し笑った。
「あぁ、そうだな。」
「これからお祝い買いに行こうぜ。」
「あぁ。」
「なにがいいかなぁ〜。やっぱ服かな?」
「お前赤ん坊の服、わかんのかよ。」
「…わかんねぇ。」
「やめとけ。」
「でもよー。子供服売場には綺麗なお嬢さんがいるだろ?」
「…いたらなんだ。」
「お近づきになるに決まってるじゃねーか。」
サンジの言葉にゾロは眉間に皺を寄せた。
「…おもちゃにするぞ。」
「おっ?妬いてんの?」
「うるせぇ。」
「そおかぁ。妬いてんのかぁ。」
「てめぇ、黙れ。」
さっと赤くなったゾロに、サンジは楽しくなる。
「やぁなこった!」
そう叫ぶと、サンジは走り出した。
「ヤキモチまりもー!」
「っ!てめぇっ待ちやがれ!」
「あっはっはーだ!」
走りながら振りかえると、真っ赤になったゾロが追いかけてくる。
息を切らせながらサンジは、前を向きまた笑う。
あぁ、この幸せがずっと続きますように。
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2003年の夏、私が出産した時にきゅーさんが書いて下さった作品です!
私にとってはタイムリーすぎて、サンジが幸せを願う気持ちに
めちゃくちゃ感動しちゃいました。
きゅーさんはこの少し前にお話を書き始められたそうなんですが、
ゾロやサンジの台詞回しがとても自然で、
二次創作作品としてもとても違和感無くすんなりと、
その世界観へ入っていくことが出来ると思います。
…なんか、偉そうで恐縮なんですが…
多分、私が持っているゾロとサンジのイメージが、
きゅーさんの描かれる彼等と一致するんでしょうね〜。
赤ちゃんが可愛くて、ゾロとサンジが仲良しvv
ホントに「この幸せがずっと続きますように」と願わずにはいられない、
理想的な世界です。
きゅーさん、温かい幸せをありがとうございましたvv
とらい晶
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