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どこまでも続く青い空と白い雲・・・
そして、遥か彼方に目を向ければ、そこには地平線を境に、空も海も全てが青一色な世界が広がっている。
揺れる穏やかな波の上に船が1隻、帆をいっぱいに広げ、風をはらんで航行していた。
船の名はゴーイングメリー号。
メインマストの一番上には、麦わら帽子を被った髑髏の旗がバタバタと音をさせて、はためいている。
船の船首部分には羊の頭部が船の顔として付けられており、その羊の頭頂部は、この船の船長が座る特等席となっていた。
この日も例にもれず、自分の指定席に腰を落ち着け、海の獲物を吊り上げようと朝から飽きもせず釣り糸を海へ垂らしていた船長は、先程からひっきりなしにグウグウと鳴るお腹をなだめるように何度もさすっていた。
握り続けた釣り竿には、一度も獲物がかかる気配もない。
運動したわけではなくとも、じっと座っているだけで何故かお腹が空いてしまうのは人間誰でも同じことだが、この船長のお腹は常軌を逸している。
彼の胃袋は、常識では量ることが出来ないほど、底なしな上に消化が早い。
すでに1時間前に朝食と昼食の間に5人前以上の間食を済ませているのにもかかわらず、腹の虫がなるほどの空腹を訴える胃袋なのだ。
これを常軌を逸しているという以外に何と表現すればいいのか。
その、ある意味偉大な(胃袋を持った)船長は、これでもかという程、盛大に腹の音を響かせながら、この船のキッチンでクルー達の為に腕を振るっているであろう、専属シェフに聞こえるように大声で叫んだ。
「サンジー、腹減ったー、メシー!!」
その声の余韻が消えるよりも早く、ラウンジの扉が勢いよく蹴り開かれると、両手に皿を持ったシェフが船長に負けない大声で怒鳴り返した。
「うるせーっ!クソ麦わら!!俺はクソ忙しーんだ!!食いたきゃテメーで取りに来いっ!!
ナミさ〜んvv、ロビンちゃ〜んvv、お待ちどうさま〜vvvv。」
船長に向けた険しい顔はラウンジ内に顔を向けた瞬間にはメロメロのデロデロで、
いつものごとくサンジは、ラブコックの本領発揮で忙しく立ち働いている。
怒鳴り返された船長はと言えば
(取りに行きたい。でも、今この瞬間に獲物がかかったら・・・。)
とでも考えているのか、なかなか動き出せずにいるようだ。
更には、なにげにサンジの顔真似をしてブツブツと何事かをつぶやいている。
「うーん、どおすりゃいいんだ?」
こんなことしか悩むことがない、おめでたい船長モンキー・D・ルフィ。
そんな船長の姿を視界の端に写しつつ、見張り台で苦笑いを浮かべているのは、緑色の髪、腰には3本の刀を差した剣豪ロロノア・ゾロ。
いつもは寝てばかりの彼も、見張り番ともなれば真面目に起きて仕事をするようだ。
しかし、その頭の中では、海の先へ思いを馳せるよりも、最愛の恋人のことを考えることで忙しい。
夕べのサンジとのことでも思い出したのか、彼には珍しく苦笑いを深くした。
ゆらゆらと揺れる腰を支え、熱い内壁を擦りながら自らの腰を激しく打ち付ける。
「ん・・・・んっ」
目の前の白くて滑らかな背中の持ち主は、その激しさに耐えられぬように苦しげな声を艶やかに濡れた唇から漏らした。
「あああ・・・・・っ」
しかし、その声は苦しいだけではない艶が含まれていて、ゾロ自身に更に力を与える。
サンジの中は熱く蠢いてゾロを締め付け、もっともっとと誘い込む。
ドロドロの快感の中にいるサンジの腕からは力が抜け、自分を支えることが出来ない腕に額を押し付けるように上半身をテーブルに押し付け、更に自分の体重を支えることのできなくなった両足がガクガクと崩れ落ちそうで不安定な状態を、ゾロは軽々とサンジの腰を抱え、疲れを知らぬように自身の欲望で激しく抽挿を繰り返す。
「ク・・・・う・・・っ」
もっと、もっと
この身体を感じたい
もっともっと
際限なく
もっと、もっと
求める心は更に膨らむ
これ以上ない程相手を求めることなど、今までなかった。
ここまで、欲望を抑えられないこともなかった。
この男と出会うまで、自分は何も知らなかった。
どんなに与えられても、まだ足りないと思ってしまうことがあるなどと
大剣豪になる夢以外に夢中になれるものがあるなどと
好きだと自覚してから、身体をつなぐようになるまで、トントンと上手く行き過ぎて、今のこの瞬間が夢なのではないかと疑いさえする。
本当にこの目の前の人は自分のことを好きだと思ってくれているのだろうか?
男である彼が同じ男である自分に抱かれていることをどう思っているのだろうか?
『単なる暇つぶし』
とか言われたら、立ち直れそうもない。
恐くて聞けないなんて、他のクルーが聞いたら大笑いされそうで、特にあの女になんて絶対に言えない。
そんな暗い思いを誤魔化すように、更に激しく腰を打ちつけ、サンジの中に精一杯の思いを吐き出す。
サンジの全てを自分のものになど出来るわけがないのに、求める心だけは止められない。
身体だけじゃないはずだけど
もっと、もっと
この男の更に奥にまで、俺という楔を打ち込みたい
こんなこといつも考えてる訳じゃないが、心の隅っこに引っかかっていたことは確かだ。
「もう・・・・・、日付は・・・変わったか・・・。」
行為が終った後に、そう、荒い息で聞いてきたサンジの問いに、俺は月と星の位置を窓から確認した。
「ああ、もうとっくに変わってる時間だ。」
その答えを聞くとサンジは疲れてよろよろの身体をゆっくりと起こし、何かつぶやいた。
「ん?」
聞こえなくて無意識に聞き返す。
何故かサンジは顔を赤くして俺を睨みつけた。
その見上げるような潤んだ瞳が色っぽくて俺は、サンジの頬に腕を伸ばし、ゆっくりと唇を重ね、力いっぱい抱きしめた。
「何て言ったんだ?」
サンジの耳元で囁くように聞き返す。
情事の後で感じやすくなっているサンジの身体は、ゾロの艶めいた低音の声に耳をくすぐられて、我慢できずにビクリと震えた。
心地よくて、さんざん感じて体はクタクタなのに、また、身体が熱くなってきているのを悟られたくなくて、サンジはゾロの肩に額をつけるようにして触れ合っていた身体にすきまを作るようにして掠れた小さな声で再度言い直した。
「誕生日おめでとう」
「覚えてたのか?」
「何か食べたい物のリクエストは?」
照れ隠しなのか、俺の質問には答えずに、先を続ける。
「何でもいいっていうのは無しだ。」
俺が言いそうなことを先回りしてやがる。
こいつが作ったものなら何でもうまいから、特に食べたいものなんて思いつかないのに。
だけど
たったこれだけの心遣いが嬉しくてたまらない。
色々と余計な事まで考えてしまっていた後だったから、よけいに愛しくて、嫌がるサンジを朝まで離すことが出来なくなってしまった。
「来た来たっ!かかったぞーっ!!」
その時、大きく竿がしなって、ずっしりとした手ごたえがきたルフィの大声に、ゾロは幸せな夢の世界から現実に引き戻される。
下を見るとルフィはゴムの腕を伸ばしながらも、懸命に足を踏ん張り竿を引いている。
そんなに大物ではなさそうな手ごたえに、これぐらいなら助けに行かなくとも1人で簡単に釣り上げることができると判断して、ゾロは見張り台の上から傍観することにする。
1週間程前の大物はGM号の5倍はあるだろうってくらいの大物だったから助けに入ったが、あれに比べたら片手でもヘーキだろうとの読みのようだ。
「よっ!!」
勢いよく釣竿を引き上げると、獲物が勢いよくルフィの頭上を越え、背後の甲板におちた。
「んんんんんりゃっっっっ!!!ん?」
釣り上げた獲物をよく見てみる。
「なんだぁ?初めてみる海魚だ。」
と目を輝かせるルフィに、上から見下ろしているゾロは「おいおい」と突っ込みを入れている。
「すっげーっっ!!」
ルフィは満面の笑顔になると、皆がいるラウンジに走った。
「おーい、みんなぁー!、魚人が釣れたぞぉー!!いや、海人か?!」
肩に担いでいた珍しい獲物を得意顔で皆に披露する。
ゾロは、肩をすくめると、見張り台からグルッと360度海の様子を確認してから甲板へと降りた。
しばらく誰もコメント出来ずに固まっているのを、あまりの珍しい獲物に驚いたのかとでも思っているようで、
『俺ってスゴイ!』
と変な自信に胸を張ったルフィに、ラブコックサンジが一早く反応し、かかと落しをおみまいした。
「バカ!!おめぇそりゃ人間だろ!!しかも、レディじゃねーか!おい、チョッパーっ!!」
ルフィの手から落ちそうになった女性の身体を寸前のところでサンジがキャッチし支えると、床に静かに横たえた。
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「おい、チョッパー、そいつ生きてんのか?」
海人とか馬鹿なことを言っていたルフィも、少しは心配になったのか船医であるチョッパーの後ろから覗きこむようにして治療する様子を観察していた。
「大丈夫だ。運良く、水も飲んでなかったし、そんなに海に落ちてから時間も経ってないみたいだ。」
普通なら、この広い海に投げ出され、漂流し、しかも意識を失ったりなんかしたら命が無いのがあたりまえ。
この船に救助されるなんて、本当に運がいい。
いや。
逆に意識を失ったから水も飲まず溺れずに助かったとも言えるのかもしれない。
「水を飲まずに意識を失っているということは・・・・意識を失っているのに海に放り出されたってことかしら?」
ナミが恐い事をサラっと口にする。
「まわりにゃぁ、それらしい島も船も見当たらなかった。」
後からラウンジに入って行ったゾロは、見張り台からの景色を思い出しながら、情報を入れる。
近くに島も船もないなら、いったい何処から、どれくらいの時間、流されてきたのか。
「なあ、この人、誰かに似てないか?」
チョッパーは頭を傾げると、ウーンウーンと唸りながら真剣に考え始めた。
「絶対誰かに似てるんだ・・・・・顔の形、髪の色、・・・・誰だっけ・・・・」
何もそんなに真剣に考えなくても、というぐらいの真剣さだ。
「うーん・・・・・・・・・、あ、サンジだ!!」
やっと、謎が解けたとばかりに、ポコンっと蹄の手を打ち合わせた。
名前の挙げられた当の本人は「そおか?」と一言だけで、かなりそっけない態度だ。
「あながち、的外れでもないようね。サンジ君がスタイル良し容姿良し(たぶん)の美人な女性を前にしてラブコックに変身しないあたり、似たもの同士の同族嫌悪の現れじゃないかしら。本来は、性格の似た人達にあらわれる傾向なんだけど・・・。まあ、普通じゃない集まりなんだから、それもありでしょ。」
ナミのもっともそうな意見に、チョッパーとウソップ、ルフィは、なるほど、うんうんと首を縦に振って感心している。
ゾロは、ナミの逆襲を恐れてか、顔を横にむけて『嘘くせ〜』と小さくつぶやいた。
「そおだよ。ほら、長い髪の毛で隠れててわからなかったけどよく見てみろよ。すっごくきれいな金髪だし、目を覚まして瞳の色まで一緒だったりしたら、たぶん双子よりそっくりかもしれないぞ。」
チョッパーは、患者の濡れて顔に張り付いた髪を綺麗に整えてあげながら、自分の考えが皆に認められたことが嬉しくて、更に観察を続ける。
「ふーん。あれ?そのそっくりなサンジは何処行ったんだ?」
顔を見比べようとしたウソップがサンジの姿が無いことに気づいた。
「女部屋に簡易ベッドを用意しに行ったわ。このまま、ここに寝かしとけないからって。流石、あんたたちと違って気が利くわよねぇ。」
チラリとゾロの顔を見る。
ゾロは『なんで、俺の顔見るんだ』というような顔で睨み返すが、ナミは『ホントあんたってばニブすぎ!』と心の中で呟いて、はあ〜と大きな溜め息をついた。
『今、サンジ君のそばに行かなくてどうすんのよっ!』と唯一2人の関係を察知している彼女は視線で伝えようとするが、ゾロにはさっぱり通じないらしい。
「でも、この人どこから来たのかしら?この服から察すると・・・・」
興味が無いような淡々とした声音でありながら、考古学者の観察眼で衣服などから推察を始めているのは、この船で一番の年長者と思われる女性、ニコ・ロビン。
「実はサンジと血のつながりがあったりしてな!」
面白そうに、はしゃいでいるのは、砲撃手のウソップ。
「本人に聞きゃ早ぇだろ。」
つまらなさそうにゾロは腕を頭の後ろに回して、視線をサンジの出て行った扉へと向ける。
「あんたねぇ。ひとりだけ関係ないような顔して。」
そんなゾロの態度に呆れている航海士ナミ。
いま、この船、ゴーイングメリー号に乗船しているクルーはこれで全員。
本人は言わないが、船長であるルフィの自慢の乗組員たちだ。
「う・・・・・ん・・。」
謎の女性の意識が戻ったようだ。
2,3度瞼が微かに動き、ゆっくりと瞳が開かれていく。
その瞳の色は空の青とも海の青とも違う、澄んだ藍。
その藍の瞳は珍しいけれど、皆は見慣れている色だった。
サンジの瞳の色と同じ綺麗に輝く瞳。
「確かに・・・・」
皆がそう思う程、瞳を開いた彼女は、どこからどう見ても、サンジに瓜二つだ。
「ゾ・・・ロ・・・?!」
彼女の美しい唇から最初につむがれた言葉は、乗組員の一人であるゾロの名前だ。
「あぁ?」
「なぁんだ。ゾロの知り合いかぁ。」
つまらなそうにルフィが呟く。
「あんたは、黙ってなさい!!」
クルー全員の拳が頭頂部に飛んでいた。
そんな漫才を見ることもせず、かの女は、ただ、1箇所、ゾロだけを見つめながら身体を起こした。
「ゾロ、やっと会えた!!ずっと探してたのよっ!」
「誰だ、お前。」
「イスカよ。忘れたの?」
どうやらゾロにはまったく覚えがないのか、眉間のシワを更に増やして考えているがさっぱりのようだ。
だいたい、元々、女の名前も顔も覚えるのは苦手だから覚えてる方が奇跡に近いだろう。
「村で一緒に剣術を習っていたじゃない。村を出る時、私も連れて行って欲しいって言ったら、『お前の剣が今よりもずっと強くなったら』って言ってくれたじゃない。だから、私、がんばって強くなって追いかけてきたのよ。偶然でも会えて良かった・・・。」
ゾロは大きく宙を仰いだかと思うと、少しだけ困ったように眉間にシワを寄せて
あきらめた様に小さく息を吐き出した。
「ああ、たしかに、そんな話をした奴がいたな・・・・・だが・・・・、いや・・・・。・・・強くなったら、勝負しに来いって意味で言ったつもりだったんだが・・・・・。」
「お願い、私も一緒に連れて行って欲しいの。結構役に立つと思うわよ?」
自信たっぷりにニッコリと笑顔で売り込むイスカの姿を、船長が面白いものを見つけた時の表情で見ている。
「決まったようね」
「決まりだね」
「決まりだな」
「決まりね・・・」
ゾロとこの場にいないサンジ以外のクルーの呟きが重なる。
新しい仲間の加わった瞬間、
ナミだけが、誰にもわからないくらい小さな溜め息をついた。 |
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昔話をする2人の姿は、なんだか遠くに感じて、自分の居場所がないように感じてしまった。
昔のゾロのことを知っているイスカ。
俺は何も知らない
何も聞かなかった事で、こんなにも不安になるなんて思いもしなかった。
俺だって、全てをゾロに話した訳じゃねぇし。
こんなの、俺らしくねぇよな・・・。
「ゾロを探す為に必要な旅の資金を稼ぐには、賞金稼ぎの仕事が手っ取り早く都合が良かったの。ロロノア・ゾロと言えば海賊狩りで有名だったから、そのうちきっと同じ獲物を追って出会う可能性も高いし。この仕事だと色々な情報も仕入れることが出来る
でしょ?」
そこで1度言葉を区切ると上目づかいにゾロを見上げ、いたずらっぽく微笑んだ。
そんなしぐさの一つ一つが自分とは違う女性なんだと認識させ、2人へと向いていた足が1歩も前に踏み出せなくなる。
こんなこと今までなかった。
女性に対して好意以外の感情を覚えるなんて。
なんだか、もやもやと暗い霧がかかったように心の中が気持ち悪い。
こんな表現できないような気持ちは、今まで1度だって感じたことはなかったのに。
自分が少しずつおかしくなっていくようで、早くこの場から立ち去りたい。
それでも、伝えることだけは伝えなければと2人の居るところへ向かおうとするのに、足は前に行かないし、喉は張り付いたように声を出すこともできない。
「でも、今回の獲物は手に余っちゃったみたい・・・・海にドボンだし。でも、おかげでゾロに会えたんだもの、あいつらに感謝しちゃうわ。」
少しウェーブがかった金色の長髪を風になびかせ、ゾロの腕に自分の腕をからめ、女性らしく喜びを身体全体で表現している。
いつもの俺なら、愛らしいその姿にメロメロのはずだし、いつものゾロなら、あんなにも女性を自分に近づけさせたりしない。
なのに・・・イスカなら・・・・昔の知り合いならば許してしまえるのか。
「イスカさん、食事の支度が整いました。ラウンジの方へどうぞ。クソマリモ!お前もだ。早く来やがれ!」
なんとか、いつもと同じように言えただろうか?
たかがこれだけを言うだけなのに、
ものすごくエネルギーを費やしたような気がする。
深夜、足音をたてないように倉庫に向かう。
奴と肌を合わせる為に毎夜のようにしてきた事。
今までだって同じようにやってきたのに、なんだろう、この罪悪感に似た重い感情は。
彼女、イスカに隠しているというだけで気が重くて、だけどこの関係を説明することができるか?
君が幼い頃から好きで追い続けてきたゾロは男を抱いているんだ。
しかも、コックであるこの俺を。
そんな事言える訳がない
倉庫に入ると、ドアの脇に立っていたゾロに待ちかねていたかのようにすぐに腕を取られ引き寄せ抱きしめられる。
ゾロの強い筋肉で覆われた広い胸の中にすっぽりと包み込まれる。
昔は抱き合うというより、包み込まれてしまうその華奢さが自分の嫌いな所だった。
でも、「しなやかな筋肉に包まれたこの抱き心地がいいんだ」とゾロが言ってくれたから、いくら運動しても細いまま変わらないこの手足も好きになれた。
停泊する島々での珍しい食べ物も、ゾロが旨いと言えば、レシピを聞いて作れるようにレパートリーに加えた。
日々自分の中はゾロで染まっていく。
でも、それが幸せだった。
いつもゾロの事を考えられてゾロに包まれているようで。
壁に両手をつくように立たされ、ゾロは背後から包み込むように腕をまわして、ズボンのベルトをはずしファスナーを下ろす。
キスだけで熱く火照った身体の中心でサンジ自身が固く姿を変えている。
下着ごとズボンを下ろされると勢い良く立ち上がり、浅ましくゾロの手のひらに包まれることを望んで震えていた。
熱い吐息を耳に噴きかけ、首筋にキスを落とすと、しゃがみ込み、後ろの蕾にためらいもなく舌を這わせた。
「あ・・・・・っ・・・・・・はぁ・・・・・ぁ・・・・・ん」
声を出さないようにかみ締めても、押さえられない喘ぎが漏れていく。
ぴちゃぴちゃと音がするほど入り口の中の方まで充分に湿らされると、ゾロ自身をきついズボンから解放しサンジの滑らかな双球の間にあてがい身を沈めていく。
「ん・・・・・く・・・・・・ん」
きつそうなサンジの声が漏れると、すぐにサンジ自身を握り込みゆっくりと上下に動かす。
胸の蕾へも柔らかく揉み解すように摘み押しつぶすと喘ぎ声に比例するように硬くなってゆく。
「あぁ・・・・・・はぁ・・・・ぁ」
痛みではない声がもれ始め、ゾロはゆっくりした緩慢な腰の動きから激しい動きへと変化させる。
「あっ・・・・あっ・・・・あっ・・・・」
2人のいつものリズムを刻み解放の時へと近づいていく。
ずっとこのままつながっていられればいいのに
心臓の音が重なるくらい1つに
「お世話になるので今日から色々やらせてください。とりあえず、朝食から作ってみました!どうぞ召しあがれ。」
翌朝、いつも通りに朝食の支度をしようとしたサンジは、すでにキッチンで立ち働くイスカの姿をとらえて、声もかけずに男部屋へと引き返していた。
そんなことを知らないクルー達はお互いの顔を見あわせた後、サンジの様子を伺った。
サンジは特に気にした様子もなく、彼女が作ったゾロのふるさとの味を 黙々と口にしている姿は、逆にウソップとチョッパーの背筋を凍りつかせていた。
「なんで、こんなにゾクゾクするんだ?」
「聞くなチョッパー!命が惜しいならな。」
そんな二人を無視してナミはニヤリッと口元を歪めた。
「うふ。波乱の予感?」
「お、おまえっ」
「だって、恋に波乱は付き物だし、何にもないんじゃ面白くないじゃない?」
((やっぱ、ナミって怖え〜っ!))
しっかりと心の中だけで叫び、絶対この人だけには逆らうまいと誓う二人だった。
「船だ〜!海賊船が近づいて来るぞーっ!!」
ラウンジや各部屋でくつろいでいたクルー達は見張り台からのウソップの叫び声を聞き、甲板へと飛び出した。
「かなりデカイ船だ。旗は・・・ぎゃ〜っ、あいつら撃ってきやがった!ルフィーっ!!!」
「まかせろっ!!」
ウソップが見ている方向、右舷側に回ったルフィはGM号に直撃しないように砲弾をゴムゴムの風船で弾き飛ばしていく。
そうして、派手に開戦したその反対側から音もなく3人の海賊がデッキに降り立った。
どうやら、小さな船をこっそりと横付けしていたらしい。
大きな海賊船に意識を向けているメンバーは気づかなかった。
まさか、船内に潜伏しようとするなんて考えもつかなかったから。
そしてまんまと敵船への侵入を果たした3人は倉庫へ潜り込み、静かに自分達の出番を待つ。
「なんだったんだ、あいつら?」
「しばらく砲撃しただけで引き上げってった・・・」
「このおれ様が恐ろしかったんだろう。なんてったって、俺は無く子も黙るキャプテーンウソッ」
「はいはい、冗談は置いといて、ちょっとおかしいわよね。なんかあると思って、しばらくは注意をしておいた方がいいかもって、あんたたちちゃんと聞きなさいっ」
ウソップの大嘘話に盛り上がっている馬鹿3人組みと居眠りを始めたゾロに向かって怒鳴りつける。
「はーい、ナミすわ〜んvvvてめーらっ!きちんと聞いてろっ!オロすぞコラっ!馬鹿どもには注意しときましたナミさーん」
「ありがとうサンジ君・・・・はぁ・・・こいつらに真面目に考えろったって無理か・・・ロビンはどう思う?」
「そうねぇ、何か目的があったから近づいたけど、それも済んだから引き上げた。っていうところかしら。」
「目的・・・どんな?」
「さあ?」
ロビンは魅惑的に微笑むと、スリムで長く美しい腕を大げさに広げ肩を少しだけあげた。
「イスカはどう?」
「さっぱりね。」
「考えてもわからないものはわからないか・・・じゃ、見張りを強化するということでいいわね?眠らないように2人で組んでもらうけど・・・今夜はゾロと・・・」
「私が行くわ」
「ああ、イスカありがとう。でも、夜の見張りなんて男どもにまかしておけばいいの。サンジ君お願いね。」
ニッコリとお願いしするナミに、サンジは勢い良く両手を挙げて答えた。
「は〜い、ナミさぁ〜ん。喜んで〜vvv」
そんなサンジの舞い上がった返事を聞きながら、ナミは身体ごとイスカに向き直った。
「ね?この船ではレディの扱いは特別なのよ。」
イタズラっぽく片目を瞑って優しい笑顔を向ける。
「フフっ、航海士さんの魅力よね。」
「いやあだ、ロビンったら、そんな本当の事!」
「素敵vv」
女性3人に笑顔の華が咲く
「魅力っていうより魔力?」
そう小さく呟いたウソップの声はナミの耳に運良く届かず、命拾いしていた。 |
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行為の終わった後、脱力したようなゾロの全体重を身体の上に感じるのは、この瞬間だけ。
離れてしまう前にギュッと一瞬抱きしめくれる。
ゾロが何も言わないですぐに眠ってしまったとしても、離れがたい気持ちでいてくれるんだと感じる事が出来る瞬間。
これだけで幸せだ
そう
今思えば、この時の俺は
そう思い込んでいさえすれば
きっとこの幸せが
ずっと続くものなのだと
信じたかったんだろう
自分の心の中に生まれた闇を見ないように
壊れていく自分を見ないように
後で破裂して修正できなくなるなんて思いもしないで
俺は、無意識のうちに
自分の心の風船を、無理に押さえつけ、ねじ伏せていた
深夜、微かな物音が聞こえた気がして、真っ暗な甲板に視線を落とす。
今夜の見張りに指名され、ゾロと共にずっと暗闇の中にいたおかげで、闇に慣れた目には容易に甲板を移動する人物の姿を捉える
事が出来た。
(あれは!)
声を出さずに隣で寝入っているゾロを起こそうと身体を揺するが、全く目を覚ます気配がない。
先ほどまでの、この狭い空間での濃密な時間を思い浮かべ、サンジは一人頬を染めた。
疲れてるから仕方ないか・・・って俺だってかなり疲れちゃいるが、2人で眠り込むわけにはいかない。
本当は朝までだってゾロの体温を感じていたいのに、あいつが朝まで起きていた事なんてない。
俺との時間を少しでも長くする為に、起きてようなんて思いもしてないかもな。
ロビンちゃんが近づけば、すぐに目を覚ますクセに、何だって俺が近くにいると起きるどころか眠り込む上に反応が無いんだ?
(本当は俺の事、何とも思ってなかったりして・・・・)
自分で考えておきながら、その自虐的な思考にどんどん凹んで深みにはまってしまう。
確かに俺が先にゾロの事を好きになったし、身体の関係だって俺から誘わなければ今もただの仲間だったかもしれないし・・・・
俺って、こいつにとってどんな存在なんだろう?
飯を用意するコック?
溜まった性欲のはけ口?
だったら
飯だってイスカにも作れるし、彼女次第とは言えオッケーなら身体を重ねることだって出来るだろう。
イスカと俺
いったい何が違うのか
ゾロの性欲の深さに答えられる体力?柔軟性?
そんなものはイスカにも答えられることじゃないのか?
もしかしたら
ゾロの相手はイスカの方が相応しいのではないかとさえ思えてくる。
ゾロの本心が、やることやれれば男でも女でもオッケーとか思ってる訳じゃないって信じたい
信じたいけど・・・・
(はぁ〜っ。どうも最近ネガティブに物事を考えやすくなってるな。)
サンジは思いっきり頭を横に何度も振った。
(ゾロを信じられなくなったら終いだろーが。アホか俺っ)
頭を冷やす為にも、今は目の前の出来事に集中するべきだと思いなおし、サンジは見張り台から1人で甲板へと降り立った。
(本当は、あんまり2人きりで会いたくないんだが・・・・仕方ない)
レディの行動を覗き見するようで気は進まないものの、この深夜に倉庫へ入る理由がわからない。
これが、ルフィなら隠れて盗み食いしているのだろうとわかるから、蹴りを入れて阻止すればいいだけのことなのだが・・・。
皆はもうすっかり仲間として認めているようだが、自分は何故か素直に認める事ができずにいる。
何かが信じきることをさせない。
単なる嫉妬かもしれないから確信は無いものの、レディに対しては働かないはずのカンっやつが発動してやがるみたいで。
だから、この場面で動くのは正当なんだと自分に言い聞かせる。
自分が疑わないと、あのお人よしな連中は疑うってことを知らないから。
いつも自分も、そのお人良しの中に入っているのに、自分では気づけないのも彼らしいというところだろうか。
サンジは足音を立てないように倉庫の扉へと近づくと、少しだけ開いた扉の隙間から中の様子を伺うことに成功した。
暗闇の中で動く人影に意識を集中すると、それは綺麗なプロポーションを持った女性の柔らかいラインだとわかる。
「上手く隠れているようだけど、そこにいるのはわかってるわ。出てらっしゃい。」
サンジは一瞬バレたのかとドキリとしたものの、その声は木箱や樽が積まれた一角に向かって発せられたものだった。
小さな、でも凛と力強く発された声はイスカのものだった。
「自分から出て来れないのなら引きずり出して差し上げましょうか?」
その声の調子は自分の力によほど自信があるのか、余裕すら感じられる。
倉庫の奥の闇が微かに動く
「上手くもぐり込んでんじゃねぇか、おじょーちゃん」
少し太めで背の小さい男がガラガラの聞き苦しい声を発しながら立ち上がる。
その後を追うように2人の細身の男達がへへへと下品に笑った。
「あんたからの連絡が無えから、頭は作戦を変更したぜ。」
「でしょうね」
「この船の情報を渡しな」
「何故?」
「作戦変更なんだ。仲間ぁ助けるのは当たり前だろーが?」
「仲間?私があなた達の?冗談じゃない。私は最初からあんた達の仲間だなんて思った事なんかないわ。」
「あぁ?」
「悪いけど、アンタ達の記憶をちょっとだけいただく。今は、まだこの船から降りる訳にはいかない。もう少しこのままでいたいから。」
イスカの最後のセリフだけは小声での呟きで、男達に聞こえてはいなかった。
「そんな事しても船長は誤魔化されねぇぜ。ヘタなことしたら、あんたの弟がどうなるかわかってんだろう?」
「えぇ、わかってるわ。弟がもうあんた達のところにいないって事がね!」
「ほぉ、知ってたのか・・・まあいい。だったら、このままあの世に行って あんたの弟に詫びでも入れちゃどうだ?助ける事ができなくてごめんとさ。」
後ろに控えていた2人は、何が可笑しいのかゲラゲラと笑い出した。
「静かにしろっ!見つかりてぇのかっ!!」
小太り男に一括されて静かになった。
「お前も馬鹿だよなぁ?15年以上、頭に騙されてるのに気づかないで、よ〜く働いてくれたよなぁ」
「くっ!!」
イスカの背が微かに揺れた。
「お前を騙すのなんか簡単だったぜ。ちょっと元気にやってるって言っときゃぁ信じるんだからなぁ。お前らをあの島からさらった後すぐにお前の弟は海に投げられたとも知らずにな。ククククッ、頭は子供の泣き声が大嫌いだから仕方ねぇわな」
「4歳にもなってない子供に、よくも そんな事っ!」
「そういやあ、海に落とす前に頭が一太刀浴びせてたから、あの傷じゃあ運良く生き延びてるってこともねぇだろうよ。まあ、すぐにお前も後を追わせてやるさ。15年前じゃ昔すぎて追いつけないだろうがな。ヒェヒェヒェ」
イスカはギリと美しい唇をかみしめ、爪が手のひらに食い込むほど固く握りしめた。
「許せない」
小さくそれだけ呟くと、目にも止まらぬ素早さで男達に近づき、次々に首筋へ触れていく。
すると触れられた者達の瞳から力強さが消えていくように虚ろな表情へと変わり、最後には悪夢でも見ているような恐怖の表情を浮かべて座り込んでいた。
なのにその口からは、一切叫び声は上がらず、ヒューヒューと喉から空気が出入りする音だけが聞こえるだけだった。
「記憶をいただくだけじゃなく、恐怖の記憶だけを新たに移植した。私がどれだけの物を抱えていたのか思い知ればいい…」
怒りは徐々に悲しみへと変化し、呟きは小さくなる。
弟が死んだと聞かされて
悔しくて悲しくても泣く事ができない。
涙の出ない自分は、もうどこかがおかしくて 人間ではなくなっているのかもしれない。
狂えるなら感じる心などわからない程狂ってしまえればいいのに!
それなのに、
自分はいつまでも正気を保っているのか!
いつまでこんな思いをしなければいけないのか!
とイスカは怒りとも悲しみともつかない思いに囚われる。
近くにあった荷物を固定する為のロープで3人共縛りあげ、倉庫を後にする。
明日の朝になったら、皆の前に引き出すのだ。
こいつらなど知らない振りをして、「トイレで起きたら物音がして。」とでも言えば、この船のお人好しの乗組員達は信じてくれるだろう。
3人共、記憶を無くしている事を怪しまれないように、その時にはヤツラの自分に関する情報だけ消した記憶を返しておけばいいだけなのだから。
それくらい自分には簡単な事だ。
そう思いながらイスカは星空を見上げる。
全ての記憶を奪う為には命を絶たなければならない。
何故なら一番大切な記憶を奪うというのは容易な事ではないからなのだろう。
生きていく為に必要な一番根底にある母親の胎内での愛された暖かな記憶が。
その部分を切り取るのは、さすがに容易く出来る事ではないのだ。
その大変な事を自分はいったいどれだけ繰り返してきたのだろう・・・
あんなヤツラの言いなりなって、引き返せない・・・取り返しがつかないくらい血にまみれてしまった・・・。
視線を降ろすと目の前に人影があることに気づく。
「サっ・・・ンジさん・・・」
サンジはイスカに顔だけ向けて欄干に背もたれたまま、ゆっくりとタバコの煙を吐き出した。
「お茶でも飲みながらゆっくり事情を伺いましょうか」
イスカは誤魔化しきれないサンジの瞳の色に、覚悟を決めてサンジの後をついてラウンジへと歩きだした。 |
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『頭ぁ、墜空族の血を引くガキを手に入れやしたっ!』
『よし、引き上げるぞ。金目の物を見逃すな。邪魔するヤツは始末しろっ』
それぞれが機嫌よく返事を返しながら下卑た笑いを張り上げる。
『とうさぁーんっ!!かあさぁーんっ!!』
『とぉーっ!エッ・・・かぁーっ!!あぁあああ〜んっ』
2人の子供を担ぎあげていた男は船に乗り込むと2人を甲板に放り出した。
『うるせぇから猿轡でも噛ませとけっ』
命じられた貧相な男が、手早く動きながら年長の女の子にささやきかけた。
『命が惜しかったら、言うことを聞いた方がいい。泣き喚いてうるさくしたり反抗的な態度を取ったらすぐに殺されてしまうよ。いいね。』
気の弱そうな男だったが、彼はそうして生き残ってきたのだろうとこがわかり、少女は素直に頷いた。
『こいつは話してもわからないだろうから、可哀相だけど』
そう言いながら、小さな男の子の口に布を押し込みその上から布をあて頭の後ろで縛った。
『苦しいだろうがごめんよ。殺されないように我慢してくれよ。』
ずる賢そうな顔の中にほんの少しの優しさが見えた気がした。
自分達の生まれた島が遠ざかって行く。
涙で霞んでいた景色を今でも覚えている。
もう2度とここに帰ってくることは出来ないかもしれないのに、絶対に帰ってくると誓った。
生きて弟と2人で必ずと。
優しい両親と幸せに暮らしていたのに、突然引き離され、まだ3歳になったばかりの幼い弟と2人、海賊に誘拐された。
これからどうなるのか恐怖と不安で身体の震えが止まらなかった。
子供だった私達は人質としての価値もあったのか、殺されることなくしばらく航海につき合わされた。
両親から引き離され泣いていた幼い弟は、航海の足手まといになるからと、奴らのアジトへ連れていかれ、すでに10歳になってい
た私は少しは役に立つだろうと海に出され、色々な事を覚えさせられた。
弟とはそれ以来、会う事が許されなかったけれど、元気にしているのかと問えば、元気にやってる、と返してきたし、プレゼントを渡して欲しいと言えば何も言わず受け取っていたから疑いもしなかった。
邪魔で手のかかる人質を面倒見るような船長なんかじゃなかったのにこの事に関しては疑いもしていなかった。
私には信じる事しか希望が持てなかったから。
主に仕事を教えてくれたのは、最初に優しくしてくれたネイと呼ばれる青年だった。
見た目はやつれて中年のおじさんくらいに見えたが、本当は20歳だと教えてくれた。
一緒にいる時間が長ければ長いほど、身近な存在になり、いつの間にか何でも相談するようになっていたのも自然の成り行きだったかもしれない。
幼いが故の過ちとも知らずに・・・・
少女には、両親から人に話してはいけないと言われていた力があった。
それでも、その力を上手く使えば、この海賊の中にいても生き残っていけるかもしれないと思った。
最初は少しずつ
成功が続くと、さらに多く
そうやって使っていくうちにそれが当たり前になり、子供の自分には何故両親に止められていたのかさえわからなくなっていた。
ネイに誉められると嬉しかった。
ネイが喜んでくれるならと仕事を頑張った。
だから・・・
『ネイにだけ、私の秘密を教えてあげるね。』
『イスカ。やつからお宝を積んだ船がどのルートを通るのか情報を取りな。』
『え?』
いかにも金持ちそうなこぎれいな格好をした男が柱に縛り付けられている。
一段上になったお頭の部屋の前に大きな専用のイスがいつものように置かれ、いつも尋問をかける手下の一人が、その横にニヤニヤと笑いながら立っていた。
縛られた男をアゴで示しながら、お頭からこういった命令を受けたのは初めてで、目を見開いて立ち尽くす。
今まで情報提供できたのは偶然を装ってきたのだからお頭が自分に力のある事を知るわけがないのだ。
なのに何故?
『早くしろ!力ぁ使えばすぐできるんだろうがっ!!』
イライラとした声音には確信が込められていた。
信じられない。
私にはそんな力は無いというように首を横に振るが、威圧を込めた視線で睨まれるだけで。
何もせずに許してもらえる訳ではない。
『弟の命が惜しけりゃ、さっさと力ぁ使えや。』
振り向かなくても誰の声かなんてわかった。
お頭が知っているというのなら、彼しかいないだろうけれど
自分は、まんまと騙されたのか。
信じていたから、自分の事を打ち明けたのに。
けれど、ネイにはそんなことは関係なかったのだろう。
お頭に気に入られたいが為に、私の力の秘密を?・・・・
ショックでどうにかなってしまうんではないかと思ったけど、そんな事なかった。
私は幼い怒りに支配され、怒りに任せるままネイの首筋に手を当てた。
『そう、私のことなんてこれぽっちも・・・ネイ、あなたにも話さなかった事がある。それは・・・』
人の頭の中にあるもの全てが見えてしまうことをこんなにも悲しいと思ったことはなかった。
『記憶を全て奪ったら命を奪うこともできるけど、忘れていた記憶を戻す事だってできる・・・・それを増幅することもね』
恐怖の表情を張り付かせたままバタリと倒れ付す彼の姿を見て、何も感じないかと思ったけど、不思議と涙が頬を伝っていった。
ひどい男だったけど、それでも自分には優しかった。
自分が今までこの船で生きてこられたのは確かにネイのおかげだったのに。
自分にこんな力があった為に、知らなくていいネイの思いや感情までもが自分の頭の中を犯して悲しみが増していく。
ブルブルと震えるだす身体を両手で抱きしめるが、衝動が押さえきれない。
『あ・・・・あ・・・・あああああああああっ!!』
喉が裂けて血が滲む程に悲痛な叫び声は、誰の心にも届かず、広い海に吸い込まれていった。
10年も経った頃だろうか、ある程度自由に動くことを許されるようになった時、最初にしたことは、両親を探す事だった。
幼い頃の記憶をたどり訪ねた先に両親はおらず、そこで得たのは「昔誘拐された子供達の身代金を受け渡す為に出かけたままもどらなかった」という情報だった。
ある程度予想はしていた。
あいつらの目的が最初から私の能力だっただろう事。
そう簡単に解放するわけが無い事。
私を思い通りに動かす為には弟の存在が必要なこと。
だから、両親を殺して身代金だけ奪ったのだろう。
記憶の薄れてしまった両親の顔を思い出しながら島を後にし、弟だけは絶対に助けるんだと誓った。
そしてそのまま、弟を助ける為に怪しまれないように少しずつ記憶を集めアジトを見つけ出した。
だけど、弟を見つけることはできなかった。
そこにいたほとんどの人間に、弟の記憶が無かったのだ。
それだけ長い間弟の姿を見たものがいないということは・・・
ああ、そうか・・・
やっぱり弟はとうの昔に人質ではなくなっていたのだ。
それでも真実が知りたくて、お頭に近い者から記憶を奪おうとしたが、そいつの中には「殺された」という言葉があるだけだった。
お頭には近づくことさえ叶わなかった。
それでも、私を縛るものは、もう何もなくなった現実を受け止めるしかない。
だから、いつでも、あいつらのところなんて出ることができた。
けれど、今更海賊を抜けて自分に何が出来るだろう。
この自分の手は人の血を流し過ぎている。
だったら、このままこの一味に残り、両親と弟を殺したアイツらに復讐することは出来ないだろうか。
自分本位な考えだろうけれど、そうする事でいままでの罪の償いとならないだろうか。
そうだ。
これからも生きていく事を許される為には、人々に害をなす海賊どもを葬り去らなくてはならない。
そして自分の過去に決着をつけなければならないんだ。
あの時、私は、そう思い込む事で正気を保とうとしていたのかもしれない。
ヤツラがそう簡単に自分を手放すはずがないと知っていたのに。
そうやって、あいつらを一網打尽に葬ってくれる人物を探した。
自分の手でなんとかしたかったけれど、ヤツラは自分の能力を知りすぎていた。
この力には弱点がありすぎる
だからこそ、自分を救ってくれる人物を探す事に必死になった。
そうして偶然たどりついたのが、海賊狩りのゾロ。
彼が見方についてくれればあるいは・・・そう考えて、彼について調べ始め、彼を知る人物から記憶を奪った。
そうやってゾロについての記憶が増えるたびに彼に対する気持ちは膨れ上がるばかりだった。
彼を追うようにお頭に情報を提供し続けるのは大変だったけど、なんとかこのグランドラインまで追いかけることに成功し、麦わ
ら海賊団ならば、と期待に胸を振るわせた。
だけど、その全てをこの目の前の男に語って何になるだろう
ゾロに力を貸して欲しい。
もちろんそれが最初の目的だった。
けれど、この船で過ごしてみたら、目的を忘れるほどゾロの気持ちが欲しくて欲しくてしょうがなくなってしまった。
だから、サンジの存在が邪魔だったのは確かで、
わざと彼の存在意義をなくすように振舞っていたのだ。
サンジとゾロの関係を知ったときは、ショックが大きかったけどラッキーだとも思った。
だって、自分の容姿はサンジと似ていて、それがゾロの好みなのだと思ったから。
彼の好みを知るために力を使えば簡単だったかもしれないが、そんなことは恐くてできなかった。
だから、いつもサンジを見ているゾロの心を自分に向けたくて、あえてサンジの行動を真似るようにしていた。
女性であるという武器を最大限に利用して。
なのに、ゾロは一向に自分に振り向いてはくれない
そんな私をあざ笑うように、お頭はシビレを切らせて次の手を打ってきたようだ。
これが、現実。
こんな気持ちはいらないのだというように。
お前に自由はないのだと。
こうやって、お頭の影は自分に付きまとう。
ここにいたいと思っていても、
自分が望まなくてもあそこに戻らなくてはならない。
あいつが生きている限り、自分に自由はないのだ。
だけど自分の自由の為だけにこの船を危険に晒すことはもう辞めよう。
期待をしたら自分が傷つくだけ
自分が戻れば済むことなのだから
全てあきらめればいいだけのこと
「お願い!ゾロにはこの力の事は言わないで!私が能力者だなんて絶対に!剣の力じゃなく、この能力で戦って生き抜いてきたん
だと思われたくない。剣の力を磨く為に自分の後を追ってきたんじゃないと思われたくないの。お願い!」
必死にサンジの腕にすがりつく彼女の真剣な表情を見て、何も言うことが出来ない。
サンジは倉庫の中で起こったことの一部始終を覗ていた。
本来のサンジならば、イスカが男達に囲まれた時点で飛び出している所だが、不思議と空気を乱す事もせず、じっとしていた。
彼女なら絶対に大丈夫だという確信のようなものがあったような気もするし、これぐらいなんとか出来るようでなければゾロのそ
ばにいる資格は無いと思っていたような気もする。
単なる醜い嫉妬心だったかもしれない。
そんな自分の気持ちへと考えが及ぶのをふりきるように、必死なイスカをラウンジのイスへと座らせ、自分もテーブルを回って正
面のイスに座った。
事情を話してもらわねば、納得できないことも多すぎる
何故、倉庫に男達が潜んでいるのを知っていたのか
あきらかに倉庫に向かう彼女の足取りは確信に満ちたものであったから
「話は聞かせてもらったわ」
だいたいの話を聞き終わり、お茶でも入れようかと立ち上がった所でラウンジの扉が開いた。
「「ナミさん!!」」
腕を組みながらナミが扉から入ってくる。
「ちなみに、皆もいるけど」
ナミが扉の前から移動すると、その後方からルフィ、ウソップ、ロビンと順番に部屋へと入ってきた。
最後には寝ていたはずのゾロの姿まである。
「どうして・・・」
「ごめんなさい。皆にも聞いてもらったほうがいいんじゃないかと思ったものだから。いけなかったかしら?」
腕を交差するしぐさをすることで、悪魔の実の能力を使ったことを明かす。
「いや、俺はいいけど・・・」
「別に私はかまわないわ。いつかは話さなきゃいけないと思ってたし」
イスカはあんなにゾロに力の事を知られたくないと言っていたのに、その顔は逆にスッキリして見えた。
ここから追い出されても仕方が無いと覚悟を決め、イスカはこの船で一番の権力者であるナミの顔を静かに見つめた。
「じゃ、そーゆーことで、やりますか。船長?」
「当たり前だ」
「では、決定ってことで」
皆の顔を見回すナミの顔もそして皆の顔も決意を込めたいい顔で笑っていた。
「あの・・・?」
「もちろん、イスカには一番頑張ってもらいますからね」
「え?」
「ヤツラをおびき出してもらわなきゃ」
「それって!」
「もちろん、ヤツラが溜め込んでるお宝はいただくわよ」
「あ!・・・・・・ありがとう・・・・・・」
それ以上言葉を続けることができなくて頭を下げるイスカの肩をナミがパシっと勢い良くたたいた。
「さ、明日は忙しくなるわよ。夜明けまでまだ時間があるからもう一寝入りしましょ」
なんでもない事のように欠伸をしながらラウンジを出て行くナミに皆も続く。
同じようにイスカの肩を叩いてから。
まるで、元気を分け与えるように。
「痛いなぁ・・・もう・・・」
イスカは肩を押さえながらポトポトと涙を零した。
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あの時、彼女を追って倉庫になど行かなきゃよかった。
事情なんて聞かなきゃよかった。
こんな話を聞いてしまったら、もう、俺には彼女に冷たく接することなんて絶対に出来ない。
例え、大切なものを奪われそうになったとしても。
それが、ゾロの選んだことなら・・・・
自然の流れには逆らえない・・・
俺の家族と言えば、バラティエいる皆だ。
本当の家族の事は記憶にない
幼い頃、海に漂っていたところを客船に拾われた。
怪我をしていて生死の境を彷徨ったらしく、気がついた時には今までの自分に関する記憶は全く無かった。
怪我は刀傷で、記憶を無くしたのもよっぽど恐い目にあったからだろうとその船の船長は言った。
彼が俺の名づけ親だ。
俺を発見したのが3月2日の3時だったから『サンジ』・・・あまりにもそのままなネーミングセンスだが、俺はこの名前が結構気に入っている。
船長は俺を船に置いてくれ、コックの修行をさせてくれた。
ただ、ひとつだけ覚えていた記憶が「オールブルー」だったからだろうか。
その船も沈み、乗り組み員もどうなったのか。
命を助けてもらったのに薄情かもしれないが、あの後の俺にとって大切なのは、じじぃとバラティエだけだった。
他には何もいらない。
本当にそう思っていた。
オールブルーの夢だけは、どうしても捨てることができなかったが、あのクソゴムにさえ出会わなければ、封印しておくことが出来たはずなんだ。
あのクソゴムと・・・・目の前でバカな死闘を演じてくれたクソマリモが・・・俺の人生を狂わせた。
こんなイカレタやつらにかかわったばっかりに、自分の一番がなんなのか気づかされてしまった。
こんなやつらと一緒に行きたいと思うなんて、俺の一生の不覚
全く、このサンジ様がレディに惹かれるのではなく男に惚れるなんてありえないってのに。
ホント俺ってば、クソマヌケだよな・・・・
だから、今俺の家族は・・・この船の皆だ。
こいつらが人質に捕られるなんてそんな馬鹿なことがある訳がないが・・・もしも、そうなったらどんな気持ちになるだろう。
もしも、ナミさんが・・・いや、ゾロがいなくなるようなことになったとしたら・・・
想像もできない。
やつにとって、死は隣り合わせ。
いずれ大剣豪となるために鷹の目と決闘することもわかっている。
けれど、いなくなるかも知れないなんて、以前から考えそうなことなのに、一度もそんな心配をしたことはなかった。
何故?
一度、さんざんにやられるところだって見せられているのに、また同じことがおこるなんて考えもしなかった。
ヤツはもう負けない
敵を倒し剣豪の頂点に立つことを疑いもしない
信じているから
だが・・・・そのほかのことを信じきることができないのは何故なのか
特に自分に対するゾロの気持ちってやつが一番信じられなくて
馬鹿みたいに何度も何度も過ちを繰り返す
ゾロはいつだって俺を見ていてくれていたのに
それに気づけない程、あの時の俺は余裕をなくしていた
「ヤツラの本体は忍者海賊団なんて気取っているけど、コソコソ隠れているだけの卑怯な不意打ちを得意としているの。お頭の能力以外大したヤツはいないわ。お頭は消え消えの実の能力者。カメレオンの能力を受け継ぎ、どんな場所でも同化して姿を隠すことが出来る。だから、私も今まで近くに近寄ろうとすると姿が見えなくなって近づくことさえ許されなかった。」
少しでも知っている限りの情報を与えようと、イスカは朝食の後のラウンジで話し出した。
「忍者・・・かっけぇ」
「忍者海賊団・・・・すごいネーミングセンスだな・・・」
ルフィの悪趣味はいつもの事だが、ウソップに同情されるってかなり可哀相かも?
・・・そう思うナミだったが、あえて口に出さなかった。
「カメレオンって何だ?」
「トカゲみたいなものかしら。自分の身体の色を周りの色に同化して姿を隠すことができるの。」
「不思議トカゲだな」
「ま・・あ・・」
緊張感の無いルフィの態度に免疫の無いイスカは、しばらく絶句しつつも注意を続けることを懸命にも思い出す。
「お頭は消えるだけじゃなくて、そこそこの戦闘力もあるから不意打ちに気をつけて」
拘束していた男に自分達の船へとデンデン虫で連絡を取らせることは簡単にできた。
たいして待つことも無く船影が現れ、無人を装ったGM号にヤツラは警戒もせずに近づいてきた。
「さぁて、戦闘開始と行きましょうか」
ナミの声を合図にそれぞれのクルーが動き出す。
GM号内での戦闘を思いっきり反対したウソップの意志を尊重し、戦闘班であるルフィ、サンジ、ゾロ、ロビン、イスカの5人が敵船へと移り、ナミ、ウソップ、チョッパーがGM号の守りといざという時の砲撃と援護を受け持った。
ルフィが先頭を切って飛び出すのを追うように、一斉に全員がぞれぞれ隠れていた場所から飛び出した。
軽い身のこなしで5人が敵船の中へ飛び移る。
油断していた敵船では戦闘準備をしていない者たちばかりで、いくら人数が多くても5人の相手にはならなかった。
5人の手によって次々に倒れ、あっという間に人数は数えるほどに減っていた。
「お頭が見当たらない・・・・皆気をつけて!」
イスカは見事に手入れされた細身の刀で敵の攻撃を受けながら叫び、相手の剣を跳ね上げ横になぎ払った。
これくらいの相手なら自分でも簡単に勝つことが出来るが、そんな者達ばかりでもない。
まわりに誰もいなくなったので、どこかに加勢に行こうと4人の位置と状況を確認する。
一番広い船の中心に陣取って闘っている2人が、まず真っ先に目に入る。
ゾロとサンジの無駄のない息の合った戦闘ぶりは、まるで舞踏を見ているような見事に洗練された攻撃だ。
芸術としかいいようがない。
背中を守りあえる同志。
そこには自分の入る場所は無いように感じた。
少し悲しい気持ちになりながら、ロビンを探そうと視線を移動しかけた。
その時、突風が吹きぬけ、いつもサンジの顔の左側を被っている髪の毛がふわりと舞い上がった。
「ん?」
一瞬だけ、
ほんの一瞬だけサンジの素顔がイスカの目に晒された。
(あれは・・・・まさか・・・・)
そして、その素顔を見てしまったイスカはしばらく固まり、サンジから目を離すことが出来なくなった。
だから、気づくことができた。
ほんの少しだけ、サンジの近くの景色にズレが生じていることに。
姑息に2人へと近づいていくお頭の姿を見る事ができた。
「危ないっ!」
ゾロとサンジのどちらを助けようとしたのかわからない。
それでも、突き飛ばされたサンジが立っていた位置にかわりに入ることになったイスカの背中が服ごと袈裟懸けに切られ、そこから噴き出した液体が服の色を真っ赤な血の色に塗り変えていく。
「「イスカっ!!!!」」
薄れいく意識の中で彼女は懸命に腕を伸ばす。
自分と同じ金色の髪を持つ青年へと。
イスカを切られた瞬間
ゾロは姿を消して見えなくなっていたお頭の殺気を感じ取り、素早く動いて回り込み、手になじんで自分の手と変わらない刀で切りつけていた。
だが、ほんの少しだけ遅れを取った。
もう少し早く動いていれば、イスカが切られることは無かった。
そして、イスカが気づかなければ、一番大切なものを失ったかもしれなかった。
もしも、自分の目の前で失うような事があれば・・・
自分自身を許すことができなかっただろう。
腕を切られて血が流れ、その血は景色と同化することができず、皆にその存在を晒す結果になったお頭は、このまま力を使っても無駄なことを悟ったのか、姿をあらわし命乞いを始めた。
その命乞いの材料に使った内容に衝撃を受けるはずだったイスカ本人の意識は、まだもどらない。
なんで 俺をかばった?
イスカの考えている事がわからない。
彼女の立場からすれば、俺は邪魔な存在だったんじゃないのか?
イスカは、明らかにゾロ狙いで、だけどゾロだけにベタベタするような女って訳でもなかった。
特にチョッパーとは息が合うのか、気づくといつも一緒に何かやっていた。
イスカが薬の作り方を教わっている事もあれば、反対にチョッパーが剣術を教わっている事もあって、なんだか仲のいい姉弟に見えるくらい、彼らの周りに漂う空気は穏やかで、今ではもう何年も一緒に旅をしてきたかのように彼女がいる事が皆にとっては当たり前になっていた。
今、考えれば、チョッパーに弟の姿を重ね合わせていたのかもしれない。
本当の弟のように接していたから、あんなに暖かく見えたのだろうか。
だけど、俺にだけは態度があからさまに違っていたような気がする。
ゾロから遠ざけようとしていたし、俺の仕事を無くしてこの船での存在理由すら奪おうとしていた。
それほど邪魔だと思われていたはずなのに、何故イスカは俺の事を?
「今日は止めないか?」
イスカの事が気になってそう提案する俺の腕を強く握り
「駄目だ」
と情熱的に抱き寄せられる。
愛している、と言葉にして言われたことはないけど
ゾロは毎夜、俺を広い胸に抱き寄せる。
熱い吐息
身体がとろけるような口付け
顔に似合わないほど、繊細で優しい愛撫
熱い吐息を肌で感じるだけで
全身が熱くて
ゾロが欲しくてたまらなくなる
貪欲な自分の身体をどうしていいかわからなくて
助けて欲しくてゾロの首に腕を絡める
毎夜のように慣らされた身体は
すぐに太くて硬くなった情熱的なゾロを受け入れる準備が出来上がる
欲しくて誘うように蠢く蕾にゾロの情熱が押し当てられただけで、その先の快感を思い出して中心に血液が集中する。
早く
早くゾロをこの身体で感じたくて両腕に顔を埋めながら膝を立て腰を高く持ち上げた。
背後から身体を重ねるように覆いかぶさったゾロは、俺の身体の中心で触って欲しくて震えている熟れた果実を大きな手のひらで優しく包み込み、ゆっくりと擦りあげる速度に合わせて、入り口に押し当てただけだったゾロの情熱を俺の中へと突き入れた。
「あ・・・・ぁ・・・・」
ほんのちょっとの痛みの後に最奥まで押し進んだゾロの情熱の先端が、我慢できない程の快感を生み出すポイントを擦っていく。
「はぁっ・・・・・あぁ」
あまりの良さに背中がしなり、ゾロへと快感の波を伝える。
そうなるともう、その波を追いかけることで精一杯で、もっともっと感じたくてゾロを締め付ける。
それが更にゾロを喜ばせた。
これがゾロの全てだというように俺の身体はゾロでいっぱいになり
翻弄され続け、身体の一番深い所に叩きつけられた思いを逃がすまいとゾロを包む自分の内部が蠢き続ける。
何度も
何度も
気を失いそうになりながら
身体のあちこちにゾロの熱い唇の感触を感じる
それが、ゾロなりの愛情表現だってわかってるから
俺は無言のままに体勢を変え、
ゾロの上に跨るように乗り
腰を振ることを躊躇わなかった
「も・・・う・・・あぁぁっ」
全てを受け止め、
全てを吐き出したその瞬間に
真っ白な世界のはずだったゾロだけが済むその場所に
少しだけほころびができ
そのほころびの隙間から
疑心という魔物が顔を覗かせる
「男の身体なんかより、女の方がいいはずだ」
「この気持ちがずっと続くはずがない」
くだらないぐらいほんの小さな隙間が
少しずつ広がっていき
俺の心の扉は鍵をかけることもできず
絶えず生まれてくる悪魔の囁きを止める事ができず
くだらない
そう思うのに
イスカが目覚めるまで彼女のベットサイドから動こうとしなかったゾロ。
あの面倒くさがりなヤツが彼女の介護を買って出、忙しく動きまわっていた。
そんな今までではあり得ない光景が
ゾロの心変わりを裏付けているようで
信じたいのに
少しずつ
くだらない
そう払いのけても
大切に思うがゆえに
少しずつ
蝕まれていく
自分では気づかなかった
ここまで大きくなるまで気づけなかったものが
どんどん膨らんで
俺を嫉妬深く疑心暗鬼で嫌な人間に変えていく・・・ |
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あれからゾロは気づくとイスカのそばにいつでもいるように見える。
何故そこまで?と問いたくなるほどに。
ほら、今もトイレへの往復を手助けしようとチョッパーが人型になったのに、それを左手で制して自分がイスカへと近づき、
肩に上着までかけてあげるという気配りまで見せて。
戻ってきてからも、うつ伏せになったイスカの背中の傷に響かないように静かに掛け布団を掛けてあげている。
ここまで気配りをするゾロなど、見たことない。
全くキャラクターが違ってしまったみたいじゃないか。
男がここまで変われるのは、
・・・好きな相手が出来たからなのか?
じゃあ、俺達の関係はなんなんだ?
何もなかった事になんかできるのか?
何もなかった頃に戻れるというのか?
そんな事が本当に出来るのか?
ぐるぐると決着のつかない考えに囚われて
答えなんかでるわけがない。
はっきりとゾロに聞けばいいことじゃないか
そう思うのに、そんな簡単なことも出来ず、
ただ、二人の様子を目で追うだけしか出来ない。
例えゾロの気持ちが、既に自分の上にはなかったとしても、
身体だけの関係だったとしても
このまま、今の関係を続けていく事が出来るのか出来ないのか。
よく考えて
自分はどうしたいのか、気持ちをはっきりさせないといけないのだろう。
好きだ
こんなに好きだと思う人が出来るなんて思いもしなかった。
自分には料理さえできる腕があれば充分なのだと思っていた。
そんな自分が、胸が苦しくなるほど人を想うなど・・・・
だけど
人を好きになるのは楽しいことばかりではなく、辛くて苦しいことも同じようについてくることだなんて思いもしなかった。
レディ達との恋は楽しいばかりで、歌い踊るウキウキとした幸せな心地だった。
それは、それまでの自分が真剣に人を愛そうとしていなかったからだと今ならわかる。
愛してる
ヤツの姿を思い浮かべるだけで幸せで、苦しい。
この胸のど真ん中が痛くて悲鳴を上げてる。
同じだけ愛して欲しい。
そう思ってしまうのも正直な気持ちだ。
だから、身体を繋ぐことができた時は幸せだった。
同じだけ愛してくれているのだと思えて。
だけど
人は、愛がなくても抱き合うことができるのだと気づいた時、
幸せだったのと同じだけ苦しくて
息が出来ないんじゃないかと思うくらい胸が痛くて
愛してると言って欲しかった。
言葉が欲しかったのに
あいつは
一度も言葉にしてはくれない
ああ、こんなウジウジとした自分が許せないと
過去の自分に出会ったなら、何度蹴り飛ばされていることだろう。
こんないつまでもはっきりしない自分はあり得ないと
どこかでそう思っている自分もいる。
そうだな
ヤツを愛している自分を知った上で
俺は
決断しなければいけないんだ。
夢を見ていた。
幸せな夢
幸せだった頃の記憶が甦る。
「父さん、いつか皆でオールブルーに行こうね」
私が父の背中にしがみつきながら甘えれば、あの子は同じようにマネして
「こーね」
と無邪気な笑顔で可愛らしく首をかたむけながら父の足にしがみついた。
「そうだな。めずらしい魚を採ってお前達にご馳走を作ってやる。」
「じゃあ、お母さんはデザート担当ね」
いつも優しく微笑む母が横に寄り添うように立ち、父も笑顔の絶えない優しい人だった。
弟も今はもうボンヤリとしか顔も思い出せないけど母譲りの綺麗な黄色い金髪が風に揺れていた。
触った人の記憶を読んだり奪ったり出来る力。
4歳の頃に突然できるようになった。
その事を知ると、母は少し悲しそうな顔をし、「あなたはお祖母ちゃんに似たのね。」と言って小さな私の身体を強く抱きしめた。
一族とは全く関係ない祖父との間に生まれた父にはそういった力は出なかった。
母も一族とは懇意にしていたから事情には詳しいものの全く血のつながりのない人間だったから、更に血が薄れ、力はなくなってしまったものと思っていた。
が、隔世遺伝で、父の一族の力が私に受け継がれてしまった。
必要のない力
こんなものを持っていたから幸せな時が止まってしまった。
こんな力のせいで
いくら疎ましく思っても、消すことは出来ない。
記憶を奪えば、その人が生きてきた人生そのものが全て頭の中に流れ込んでくる。
嬉しい楽しい記憶も、そうでないものも
そんな気が狂うほどの膨大な記憶の海の中に1人の男の子の記憶が漂っていた。
よほど大切な記憶だったのか、鮮明で明るく、そこから目を外すことが出来なかった。
ゾロの幼少の頃の記憶
過去に殺した人間から奪った記憶。
手配書でゾロの写真を見たときに、すぐにあの記憶の中の男の子だとわかった。
だから、その記憶を利用した。
素早く上手にゾロの心の中に入り込めるように。
でも・・・いつでも計算外のことは起こるもの。
誤算だった。
こんなにも1人の男に執着するとは思ってもいなかった。
彼の横にいるだけで幸せだった。
こんな気持ちになれるなんて、もう絶対にないと思っていたのに。
だけど、ゾロの心の中には、もう入り込める隙間なんてなかった。
本当は初めて会った時からわかっていた。
私に割り込むことはできない、彼の心を変えることはできないと。
それでも、諦めることができなかった。
そして、更なる誤算
ここが、こんなに居心地のいいところだなんて思ってもいなかった・・・。
つい長く居すぎてしまった・・・。
皆の優しさに触れ
ゾロと一緒に過ごし
あの人のそばに
あの人のいるこの船に
ずっとここにいられたらいいのにと思ってしまう。
でも、これは私自身の気持ちじゃないと思うしかない。
ゾロの記憶を持っていた人間の記憶に飲まれてしまっているから
だから、こんな馬鹿なことを考えてしまうのだ。
そうとでも思わないと、ここを離れる事はできない
でも・・・・わかってる
それは許されないこと・・・
あの時
あの風が吹いた瞬間
切れたはずの希望という糸が、また繋がったような
そんな力の沸いてくる衝撃
あの子の幸せを考えるなら自分がここにとどまってはいけない
いくらゾロの事が気になっても
それよりもあの子の幸せを・・・
だから・・・
ラウンジの簡易ベットに横になっているイスカのそばには、やはり看病しているチョッパーの為のベットが並んでいるが、
何故かゾロもその近くの壁に寄りかかり あぐらをかいて眠っていた。
男部屋に戻って来ないゾロを探す名目で部屋を出て来たサンジは、その姿を見た瞬間に、身体の力が抜けて
「ああ、もう駄目だな」
という思いが強くなってしまった。
理屈でなく、何か絆のような物が見えてしまって、自分にはどうにもならくなったのだ。
ならば自分に出来るのは、もう…
自分がこの船に乗っている意味
コックが必要だとルフィに誘われたから
夢のオールブルーを探すため
答えるとすればそれだけのこと
でも
GM号のクルーとして過ごした日々が
それだけの理由ではなくしてしまった
そう、
自分には必要な場所
とても大切な場所として大きな位置をしめてしまった
一度覚えてしまったこの気持ちを
押さえる事は難しい
知らなければそれで何の支障もなかったのに
知ってしまってからは記憶を失くすことは難しい
そして
同じように
あの男の記憶を消す事も難しいこと
だから
イスカの能力を利用する
触れた人間の記憶を奪う能力
あれならば
自分の中を埋め尽くすこの感情を消してくれるだろう
何も知らなかった頃の自分に
カラッポの自分に戻って
ただ、
じじぃの為に生きていたあの頃に戻って
ウマイ料理を作り続ける
きっと大丈夫
昔にもどるだけだ・・・
自分の居場所が無くなる事を確認する勇気はあるか?
この自分の価値
料理を作る以外に
自分に価値があるのかどうか
自分のどこを好きなのかもわからない男
いや、好きかどうかも怪しいものだ
ただ、
身体をつなげる相手が欲しかっただけかもれない
自分が丁度都合がよかっただけかもしれない
はたして自分にあの男に思われる価値があるのかどうか
こんな関係、俺がやつの事を信じられなくなったらそれで終ってしまうぐらいの物
俺には信じ続ける勇気がなかった
たったこれだけの波で漕ぐのを諦めてしまえるほどに
俺の気持ちは思っていた程強くなかったという事なんだろう
俺なんかより
イスカ・・・彼女とゾロはお似合いだ。
男の俺なんかよりずっといいに決まってる。
二人で並んでいる風景を見るだけで心臓が痛くなるのも今だけだ
こんな気持ち
彼女にかかれば
すぐに無くなってしまうだろう
サンジはゾロに対する大きくなりすぎた気持ちを制御することが出来ず、
苦しみから目を反らし続けてしまった事で、ふくらみすぎた心の風船の限界が近づいていた。
これ以上ここにいたら
俺はどんどんいやな男になっていく
そんなのはごめんだ。
この気持ちに決着を付けられないのなら
忘れるしかない
そう
この船を降りる事が出来ないのなら、忘れるしかない
そうすれば、もう苦しまなくて済むんだ
すぐに
今夜・・・いや、明日にでも彼女に頼んでみよう
たとえ彼女の能力を知っていたとしてもヤツにはどうすることもできないだろう
今までの記憶が無くなれば
船を降りることも簡単に出来るかもしれない
そうしたら
ヤツの事を好きな自分を捨てて
忘れる事ができれば
きっと
皆が幸せになれるのだから |
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