ボクが生まれた日

ボクが生まれた日



 「寒い…」

 ロロノア・ゾロは遅い残業を終え、帰路を急いでいた。
 12月初めだというのに、日本各地で大雪が降った。
 めったに降らないこの街でも雪が積もり、ほとんどの者は早めに家路についていた。
 しかしゾロは明日の会議に使う資料作成の為、一人残業させられた。
 かろうじて電車が動いていたのが幸いだった。
 薄いコートの襟を合わせ最後の角を曲がった時、道の真中に大きな白いものが横たわっていた。

 「なんだぁ…?ガキがダルマでも作ったか?」

 近くに寄ってみてゾロは驚いた。
 横たわっていたのは羽毛のような毛布を羽織った、一人の人間。
 気を失っているのか、ピクリとも動かない。

 「おい、あんた…」

 起こそうと手をかけたとき、羽織っていた毛布がずれゾロはまた驚いた。
 白い肩が剥き出しに見えている。

 『なんなんだ…コイツ…』

 関わらない方がいい。
 そう思って立ちあがると、家に向かって歩き始めた。

 『……ちぃ!』

 くるりと振りかえると、毛布ごと男を抱きかかえ自分のアパートに飛び込んだ。


 取りあえずベッドに下ろし、エアコンをつける。
 白い毛布から素足が覗いている。
 そっと毛布の中を覗き、ゾロは3度目の驚きを味わう。
 毛布に包まれているのは、全裸の男。
 この冬に全裸とは、正気の沙汰とは思えない。
 とにかくあるたけの布団をかけてやり、エアコンを『強』にする。

 『なんか…へんなの拾っちまったなぁ…』

 着替えもせずどっかりと座り込んだゾロは、頭を抱え込むしかなかった。




 「帰ったぞ。」

 玄関で靴を脱ぎながら返事がない事に、ゾロは顔を顰めた。
 ずんずんと部屋に入ると、薄いシャツを羽織ったサンジ―――12月に拾ったあの男―――
 が、ベランダで降り積もる雪を眺めていた。
 ほっと溜息をついてから、またしかめっ面に戻った。

 「そんなカッコで出るなと言ったろう。」

 ガラリと窓を開け腕を取ると、サンジは一瞬驚いた様に振りかえりそれからふわりと笑った。

 「おかえり、ゾロ。」
 「いいから入れ。風邪ひくぞ。」
 「大丈夫だよ、オレは。」

 そう言いながらサンジは、笑いながら部屋へと入ってきた。

 「ん、いつも通りの時間だな。サムかったんだろ?風呂出来てるから入ってこいよ。
  アッタマッタ頃には夕飯食えるからさ。」
 「…あぁ。」

 ゾロはサンジが台所に入るのを見ると、コートを脱ぎ風呂場へと向かった。


 すっかり暖まったゾロが風呂を出るとテーブルの上には、もう夕食所が所狭しと並んでいた。
 ふと顔を上げると、ベランダのカーテンはまだひかれておらず
 音もなく降り続く雪が見えた。
 眉間に皺を寄せ、乱暴にカーテンをひく。
 それを見たサンジは苦笑した。

 「雪は嫌いか?」
 「別に…嫌いじゃねェけど…」
 「けど?」
 「音が無くて、何時の間にか消えて無くなるのが嫌だ。」
 「…消えるのが嫌か。」
 「・・・」

 黙り込んだゾロに、サンジは銚子を差し出した。

 「立ってねェで座れよ。飯、喰おうぜ。」
 「あ、あぁ。」
 「こんな日は、アツカンがいいんだろ?」
 「そうだな。…って、今日はなんの日だ?」

 猪口を手に取ったゾロは、目の前の料理に目を見張った。
 豪華とまでいかないが、テーブルの上はゾロの好物で埋まっていた。

 「別に、何の日でもねぇけど…」
 「すっげぇ、ご馳走じゃねぇか!」
 「こんなんでご馳走なんて、お手軽なヤツだな。」
 「うるせぇ。」

 口では悪態を叩きながら、ゾロは嬉しそうにいそいそと箸を手に取った。
 それをみてサンジは苦笑しながら、自分も箸を取った。

 「…ま、最後の晩餐…ってとこか。」
 「ん?なんか言ったか?」

 右の頬をモゴモゴさせて顔を上げたゾロに、サンジは少し目を細めた。

 「何にも言ってねェよ。」

 そういって、ゾロの空の猪口に酒を注いだ。


 食事を終え、いつものようにだらだらとテレビを見た後、
 二人は布団に入った。
 ゾロはベッド、サンジはその隣に布団を敷く。
 灯かりを消して、ゾロの鼾が聞こえた頃、サンジは起き上がった。
 そうして暗がりの中、ゾロを覗き込んだ。

 「暢気な、顔だな・・・」

 クスリと笑い、俯いた。

 「これで、見納めか・・・まぁ、『思い出』にはできねぇなぁ。だって・・・オレ、消えちゃうからよ。」


 身元不明のサンジの正体・・・それは雪の精だった。
 あれは何時だったかの冬、サンジは雪を降らせながら下界にいた。
 サンジは雪を降らせながら、人間達を見るのが好きだった。
 ほとんどの建物が硬く閉ざされている中で、扉が開きっぱなしの建物があった。
 その扉に興味を覚え、覗き込むと。

 一人の男が雪が吹き込むのも構わず、白い胴衣を着て座っていた。
 目を瞑り姿勢を正し、ただ座っている。
 それでいて、隙など一分ない。
 その男の気に呑まれ、サンジはただ見つめていた。
 男は突然カッと目を開くと、傍らに置いてあった刀を抜き空を切った。
 ただ刀を振り下ろしただけなのだが、その場の空気は確実に切られていく。

 その男の姿にサンジは魅せられてしまった。

 サンジが第一級天使のロビンの下を訪れたのは、それから間もなくの頃だった。
 神の次に力を持つというロビンは、サンジの顔をみるとため息をついた。

 「あまり・・・歓迎できないようだけど。」
 「・・・あなたには、お見通しのようですね。」
 「人間になりたい・・・そうでしょう?」
 「はい。」
 「・・・妖精にあるまじき行為・・・そう言っても無駄のようね。」

 無言のサンジにロビンはため息をついた。

 「人間になりたいという妖精は、みんなそう。すでに聞く耳を持っていないわ。
  これは、愚かなことよ。なんの力を持たない人間になりたいだなんて。」
 「・・・」
 「いいわ。あなたを人間にしてあげましょう。これを飲むといいわ。」

 そう言ってロビンは小さな瓶を手に取った。

 「これを飲むだけで人間になれる。と、いうと語弊があるわ。これは人間の形になれるもの。」 
 「形・・・」
 「あなたは・・・人間に恋をしたわね。」
 「・・・はい。」
 「その人に愛されなければ、本当の人間にはなれないわ。
  私はこれを使いあなたを人間の形にして、人間の住む世界に下ろして上げられる。
  でもそれだけよ。下りたところがどんなところかは判らないし、その人がいないかもしれない。
  もし偶然出会えたとしても、その人があなたを愛するかはその人次第。
  人の心は誰にも動かす事が出来ないわ。例え神であっても。
  あなたが愛を言い出すのは許されない。あなたから言ってしまえば、あなたは雪になり消えてしまう。」
 「き、える?」
 「えぇ、それも時間は無限じゃないわ。人間界の単位で90日・・・約3ヶ月で叶わなければ
  そのときもまた、雪になって消えてしまうわ。」
 「・・・」
 「それでも、これを飲みたい?」

 大抵の妖精はここで怯んでしまう。
 しかし、サンジは力強く頷いた。

 「はい、もし消えてしまうことになろうとも、私はあの人の元へ行きたいのです。」

 そう言い切ったサンジにロビンの瞳が、優しく緩んだ。

 「そう・・・あなたと別れるのは悲しいけど、それがあなたの幸せなのね。
  では、これをお飲みなさい。そして、幸せになるのよ。」

 サンジはロビンから小瓶を受け取り、一気に飲んだ。
 紫色の液体が喉を通ったと思った瞬間、サンジは気を失った。

 そうして次に目を覚ましたとき、サンジを覗いていたのは他の誰でもないあの男だった。


 ゾロと名乗った男は、サンジに色々な質問をした。
 名前やらどこからきたのか、どうして道端で倒れていたのか。
 しかし本当のことを言えないサンジが答えたのは、名前だけ。
 ゾロはサンジのことを、記憶喪失になったヤツだと勝手に解釈した。
 そうして居たいだけ、ここに居ていいといってくれた。
 サンジは初めての幸福に、微笑んだ。

 しかし、そう幸せな気持ちは続かなかった。
 まず、自分が男になった事に気がつく。
 妖精だったときは、男女の区別などなかった。
 人間界では、男と女が恋人になれるのだ。
 男同士では結ばれ無いコトを、知った。

 自分は形だけの人間だということも知った。
 どんな日でもどんなものに触れても、『温度』を感じない。
 『アツサ』も『サムサ』も判らない。
 それがゾロにばれては、自分の正体を怪しむだろう。
 だから、その辺はゾロに合わせて、適当に答えていた。

 それと、ゾロが女の子にモテるコトも知った。
 ゾロのところに来て『クリスマス』というものがあった。
 その日、会社から帰ってきたゾロは沢山のプレゼントを持って帰ってきた。
 休みの前の日には、大抵女の子から誘いの電話があった。
 しかしゾロがそれに乗ることはなかったが。

 いくつかの事を知り、サンジの望みは叶わないと知った。
 期待をするだけ、無駄なのだ。
 時折、ゾロが見せる優しさだけが救いだった。


 しかし、それももう終わり。
 ロビンがあの時言った期限は、今夜だ。
 日付が変われば、サンジは消えてしまう。
 だから、その前に。
 サンジはこの部屋を出る決意をした。
 ホントはゾロに別れを言ってから、出るつもりだった。
 今までありがとうと。
 こんなわけの判らない自分を置いてくれて。
 そう言うつもりだったのに。
 ゾロの顔を見たら、何も言えなくて。
 このまま、ゾロの顔を見ながら消えちゃおうかとも思ったが。
 そんな勇気もない。

 こっそりと、服を脱ぎ始める。
 サンジが着ているのは、全部ゾロのものだから。
 それを持って行くわけにはいかない。
 きちんと畳むと、サンジの唯一の所有物の羽毛布を羽織る。
 多分これは、妖精だった時の羽。
 ふんわりとそれを羽織っても、サンジには『アタタカサ』がわからない。

 「ゾロ・・・」

 ほとんど、声にならない声で呼びかける。

 「今まで・・・本当にありがとう・・・サヨナラ。」

 そっと立ち上がる。
 音を立てずに動けるのは、音も無く降る雪の精だから。
 ドアへ向かおうと向きを変えたとき、ぎゅっと手を掴まれた。

 「どこへ行く。」

 驚いて振り返れば、少しだけ身を起こしたゾロが睨んでいた。

 「・・・あ・・・」
 「そんな格好で、どこへ行く。」
 「あ、えと、・・・離せよ。」
 「どこへ行く?」

 低いゾロの声に、サンジは震えた。

 「サヨナラって・・・なんだよ。」
 「それは・・・」

 サンジの頭の中で、いろいろな言い訳を考える。
 しかしどれも上手く言えそうにない。
 早くしないと消えてしまうという思いに、サンジはただ焦る。
 答えないサンジに、ゾロが身を起こした。

 「行くなよ。」
 「・・・なんだよ。」
 「行くな。」
 「・・・」
 「思い出したのか?」
 「・・・あぁ。」

 ゾロが勘違いをしてくれるなら、それでいい。
 そう思って答えると、急に身動きが取れなくなった。

 「でも、行くな。ここに居ろよ。」
 「な、んでだよ・・・」

 ゾロに抱きしめられたことに驚いた。
 ゾロは力を緩めようとせず、続けた。

 「お前が、好きなんだよ。・・・自分でもおかしい位に。
  お前を、離したくない。」

 サンジは目を見張った。
 ゾロはいま、何て言っただろう。
 サンジは俄かには信じられない。

 「サンジ、お前が好きだ。お前が雪みてぇに消えちまうんじゃないかって、いつも不安だった。
  お前は俺の前に降ってきたようなもんだからな。俺もお前も男だけど・・・好きなんだ。」

 ゾロが言葉を紡ぐ度に、サンジはじわじわと何かを感じた。

 「あ、ったけぇ・・・」

 ポロリとでた言葉に、自分で驚いた。
 ゾロから伝わるものが、暖かさなんだと初めて気がつく。

 「あったけぇよ・・・ゾロ。」
 「泣くなよ・・・ん?」

 頬を拭われ、伝う熱いものが涙だと知る。

 「お前は?どう思ってんだよ、出て行くのか?」

 不安を滲ませたゾロが、覗きこんできた。
 喉の奥がきゅうっと苦しくなったが、きちんと伝えたい。
 今までの自分の想いを。

 「オ、レも好きだぜ、ゾロ。ずっと好きだった・・・」
 「行くなよ、どこにも。」

 そっと唇を重ねられる。
 そこもまた、暖かさを感じた。

 「思い出したって言ったな。お前の過去は何でもいいけどよ。
  誕生日くらい教えろよ。」

 ゾロの質問に、サンジは慌てて時計を見る。
 デジタル時計は、3月2日PM11:58を映していた。

 「今日だよ。3月2日。」
 「何!?」

 ゾロが慌てて時計に目を走らせ、天を仰いだ。

 「もう、終わりじゃねぇか・・・早く言えよな、そういうことは。」

 がっくりとするゾロが可笑しくて、サンジは声を立てて笑った。

 「笑い事じゃねぇ。とりあえず、祝いは明日だ。来年は覚えとけよ・・・」

 そう言ってゾロはまた、サンジの唇に自分のを重ねベッドへと倒れこんだ。


 3月2日。
 そう、ボクが生まれた日。




きゅーさんより2005年のサン誕にいただきました。

くぅ〜っ!!
素敵すぎる!
パラレルファンタジーですよ。パラレルファンタジー!
キラキラのフワフワな感じっ(言ってる事わかります?)で
綺麗すぎて言葉で感想が書けません。
上手く表現できないんですよ。きゅーさんの文章の感想って
この読んだ後のホンワカさ
さすが、きゅーさんです〜(感涙)
文章が優しくて癒されます〜
力出てきた〜!よーしオイラも頑張るぞ〜!(龍谷)

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