神妙〜shinmeu〜激動編 7〜12

動揺



人目を避けて誰もいないデッキへでも行くのかと思ったが、先を行くゾロは客室の方へ歩みを進めていた。
その後ろをナミさんが何も言わずについて行っている。
どうやら、最初から宿泊する予定だったのか、船内に部屋を取ってあったらしい。
世界中を旅することの出来るこの客船は、巨大な上に客室の内装だけではなく、廊下などの細々した所にもこだわった豪華絢爛たる船だった。
そんな船に部屋を取るなんて・・・高いんじゃないんだろうか?

まさか!
ナミさんと同じ部屋だったりしないだろうな!

ゾロがキーを差し込んだのは、エコノミーのコンパートメントの1室だった。
エコノミーとは言っても、なかなか綺麗で、安っぽい所など全く無く、落ち着いた作りになっている。
俺は、まず気持ちを落ち着ける為に、常設してある湯沸かし器でお湯を沸かし人数分のコーヒーを入れた。

「インスタントしかありませんが、よろしければどうぞ。」

まず、応接セットに腰を下ろしていたナミさんの前にカップを置き、ゾロは座らずに小さな窓のある壁に寄りかかって外を見ていたので、ソーサーに乗せたまま手渡した。

俺は、ナミさんの向かい側に陣取り、コーヒーを一口飲んでから、まずは、さっき話していたレディの素性を聞いた。

「おいおい、じゃあ、あの ばあさん・・・いや、レディが世界屈指の財閥『桜花(おうか)』のトップだって言うのか?」

今の世の中『桜花』を知らないやつなんかいないだろう。
どんなジャンルにも手を出している大手二大勢力の一つなのだから。
自動車はもちろん、建築、土木、航空、TV、新聞、ラジオ、ファッション業界など。
スポーツでは野球やサッカー、ホッケー、バスケ、バレーボールといつも優勝するのが当たり前というチームを持っている。
電気製品、ゲーム関係など、「生活用品の全て」と言っても過言ではないくらい、全ての商品にこの会社のロゴが入っているのだ。

(そんなにすごい人だったんだ・・・あんなオーラを放ってるから、只者じゃないとは思ったけど。)

「で?そんなにすごい人に、何の話があるんだ?ってゆーか、そもそも、なんでゾロとナミさんが一緒にいるのか、そこから説明して欲しいな。ゾロにはまだまだ答えてもらいたいことが山ほど残ってるし!」

俺も、流石に堪忍袋の緒が切れるぞって感じにゾロを睨みつけた。

「ナミ」

ゾロは眉間に皺を寄せながら、またしてもナミさんに助けを求めている。

「ナミさんじゃなくて、ゾロ、お前に聞いてるんだ!」

別に意地悪で言ってる訳じゃない。
きちんとゾロの口から聞きたい

「俺は、人に説明するのは苦手だ。」

本当に苦手なのだろう。
あまりにも情けない顔をするので、なんだか俺がいじめているような気分になってしまった。

はあ

俺は、大きく息を吐くと、仕方なく、ナミさんに向き直った。

「ナミさん、すいませ〜んvvvお手数ですが、ご説明願えますか?vvv」

ナミさんは仕方ないわね。というような表情をして、イスに深く座りなおした。

「今は、あまり時間が無いし、何から話たらサンジ君に理解してもらえるのかわからないんだけど・・・」

そう前置きをして、ナミさんはすずやかな美しい声で語りだした。

「私たちは、ある共通の目的を持った仲間みたいなものなの。その目的っていうのは・・・・『鷹の目製薬』をつぶすってことなんだけど。」

『鷹の目製薬』って言ったらさっきのレディの『桜花』と肩を並べる勢いの2大勢力のもう片方じゃねぇかっ!!
そんな大手の製薬会社をつぶすだって?

ってすごい話をしてるはずなのに、ナミさんは笑いながら片目まで瞑ってみせた。

「常識で考えれば、冗談にも取られないくらい馬鹿げた話だって思うでしょ?」

俺は、感じたままに正直に頷づくしかなかった。
だって、今現在、世界中の病院や薬局で扱っている薬は、その『鷹の目製薬』の物しかないってくらい他の会社を寄せ付けない薬の効き目で、不治の病と言われていた病気のほとんどを、この会社の功績によって、治る病気へと変えられてきた。
その開発された薬の成分を分析しても、他の会社には同じ物を作る事ができないって不思議な現象が起った為に、競争する製薬会社はそのほとんどが倒産などで無くなってしまった。
そんなことから、この会社には、いつも黒い噂が絶えない。
人体実験をしている、とか、人としてやってはいけない実験の数々に手を出している、とか。
まあ、やっかみ半分で流れた噂だとは思うが・・・。

「あそこの噂って、もちろん聞いたことあるわよね?」

「ああ」

「あれ、嘘だと思ってるでしょ?」

先程までとは打って変わって真剣な眼差しに、俺は素直に頷いていいものか困って答えられない。

ナミさんはそんな俺の態度に、「やっぱりね」と言って悲しそうに笑った。
その悲しそうな表情は、絶望までは行かなくとも、期待を裏切ったのは明らかな悲しみに満ちていて、こんな顔を俺がさせてしまったのかと思うと、胸が苦しかった。

「いくら私たちみたいなのが声高に訴えた所でこの程度。ダイヤを叩いて壊そうとしても、素手では傷も付けられないってことよね・・・。」

「?」

「人体実験って、あれ、本当なのよ」

「!」

「なんでそんなことがわかるかって?それは、私もゾロも母親が実験体だったから。」

「えっ?」

ナミさんは、驚く俺の目を真剣な眼差しで見つめ返しながら、とつとつと語ってくれた内容は簡単に信じられるような物では無かった。







約20年前に行われた実験。
その実験体として選ばれたのは全部で50人強。
『鷹の目製薬』と裏で取引を行った大学病院が、患者に断りも無く妊婦に限定して行った実験・・・。
そして、本当の目的は、そうやって投薬実験が行われた妊婦達ではなく、その体内から生まれてくる子供にあった。
子供に出てくる影響と、その副作用による特殊能力。
それが本来の実験に必要な材料だったのだ。

もはや、その行為は人間を人間として扱ってはおらず、実験道具・・・物として扱っていて。
俺の中では、あり得ないことで。
ナミさんの言うことを信じたいけれど、それは簡単にできることではなくて。
俺は、助けを求めるように、ゾロの何かに耐えているような険しい表情の横顔を見つめた。

「どんな実験がされたのか・・・それは、自身の目で確かめて欲しいけど・・・あいつらにとっては、ゾロも私も仲間達も、今でも実験体のまま・・・観察されているのよ。そしていらなくなった親はポイ。調べられて裁判沙汰にならないようになのか、口封じのつもりなのか、一人残らず殺されちゃった・・・。」

そう話したナミさんの声は、少しだけ語尾が掠れて、今にも泣き出しそうで・・・でも、俺にはどうすることもできない・・・。

「たぶん推測でしかないけれど、ゾロの義理のお母さんは、そのことを調べたか何かで知ってしまい、口を塞がれてしまったんじゃないかと思うわ。あいつらは、それぐらいのこと平気でやるやつなのよ。」

泣きそうだけど、それでも、ゾロのことを労わるような眼差しを向けながらつむぐ言葉は真剣そのものだった。

「どうして私が、そんなことを知っているか・・・それは・・・両親が死んだ・・・・殺された後、親戚は誰も私を引き取ってくれなかった。そのこと自体がやつらの仕組んだことだったらしいけど、私は施設に行くことになったの。でも、その施設っていうのには『鷹の目製薬』の研究室が併設されてた。子供だった私は、それが普通で当たり前のことなんだと思わされ、毎日の薬やコードを繋がれたりする実験を苦には思っていなかった。だって、私には、実験するんでもなんでも、いつも一緒にいてくれたのは、この白衣を着た研究員の人達しかいなかった。すこしでも気に入ってもらえるように努力していたくらい。ただの、何も知らない好奇心旺盛な子供だった。入っちゃいけないと言われていた部屋に、どうしても入ってみたくなって、研究員に見つからないように冒険してるつもりになって、そして見つけてしまった・・・ガラスの筒のようなものの中に浮かんでいる人間を!子供と赤ちゃん・・・生まれてくるはずだった命・・・・新しい命を授かって幸せになるはずだった母体・・・・部屋いっぱいに並ぶケースの中に。何人も何人も!その中から訴えてくる声、声、声!!」

その時のことを思い出したのか声のトーンがどんどん上がって、最後には、訴えてくる声を聞きたくないというように、耳を両手でふさいで震え、叫ぶように声を絞りだす。
そんな彼女の背後からゾロが近づき、落ち着かせるように肩に手を置くと、興奮状態だったナミさんは、見る間に落ち着きを取り戻していった。

ああ、ただ、ゾロが傍に居るというだけで
震えが止まるほどの信頼関係が2人の間にはある・・・。
それだけの月日を共に過ごし、共に1つの目標を目指して。
そのことに気づかされ
改めて考えるまでもなく、自分とゾロの間には一方通行な自分の気持ちがあるだけで
何も無いことにも気づかされ
とても、二人の間に割り込む隙なんかないように感じて。
2人を見続けることが辛くて
俺は視線を下げ、手の中にあるカップを見つめた。
中に残ったコーヒーは、微かに震える指から伝わった波紋で揺れ続け、自分の心の動揺を表しているようだった。

「はぁ〜っ!」

ナミさんが、心を落ち着けるために、大きく息を吐き出した。

何やてるんだ
ナミさんが、こんなにも大切な話をしているのに、俺は、何を考えているんだ!
こんな時に自分の感情に流されるなんて、自分が本当に嫌になる。

俺は、頭を振って雑念を追い出すと、改めて、ナミさんに向きなおった。

「私には、あなたと同じように力があるの。」

視線が俺を真っ直ぐ捕らえ、揺るぐことなく自分の秘密を告白している。
何故、俺の力のことを知っているのか?そんなことは些細なことだと思える決意のようなものがその声にはこもっていた。

「有機物の声が聞こえる力。鉄とかコンクリートは無理だけど、かつて生きていた細胞達の声を聞くことが出来るの。この力をあの時は、制御することが出来なくて、悲しみの声は耳をふさいでも聞こえてきて。彼らが訴えることを最初は信じることができなかったけど、でも嘘じゃないってわかってた。彼らと同じようにはなりたくなかった。だから、私は、その日から1日でも早くあの施設を抜け出したくて・・・何年も頑張った・・・けど出来なくて・・・。心は悲しみで満ちて・・・。」

俯きそうだったアゴに力を入れて視線をあげ、更に話続けるナミさんのオーラは、大きく広がって、ゾロへと流れていく。

「でも、仲間たちが、私を見つけ出して救ってくれた!しかもそれだけじゃなくて、こんな力を持っているのが私だけじゃないってわかって、私、嬉しかった。施設には何人か子供もいたけど、力を持っているのは私1人で、いつもヘンな目で見られて遊んでもらえなかった。子供は異質な、自分と違うものには敏感に反応するから、いつも1人でいるしかなかった・・・でも、仲間がいることがわかって、1人じゃないってことが・・・こんなにも自分に勇気と元気をくれるとは思わなかった。嬉しかった。自分にもこんな感情があるんだと気づけて。そして、仲間を得たことで、初めて実験に対する怒りが沸いたわ。こんなにも沢山の人間を苦しめていることを何とも思わないで、実験を続けているやつらを許すことができないと改めて思うようになったの。たとえあの会社の薬で助かった人が大勢いて感謝しているとしても、それが、誰かの犠牲の上に成り立っているって皆が知るべきだと思うし、犠牲があっても疑問にも思わないなんて、おかしいと気づいて欲しい。そして、もっと違うやり方はなかったのか、私は聞いてみたいの、彼らに。私たちは、何のために生まれてきたのか。私は、私がこの世で生きている意味を見つけるためにも、決着をつけなきゃいけないと思っているの。」


話終えたナミさんの顔には、恨みとかじゃなく、そんなものは超越してしまっているような表情が浮かんでいた。
まるで、マリアのような・・・

だけど、すぐには信じられなくて・・・
いろんな情報が一気に流れ込んできたみたいで混乱して・・・


それじゃあ、ゾロも実験体だっていうのか?
ゾロの妹も?
ナミさんも?

俺には、大量の情報を整理する時間が必要だった。
ゆっくりと考えたかった。
だが、2人は『桜花』のトップとの会談へ向かわなくてはならない。
そして、俺も同席しなければならないように感じ、難色を示したゾロの背中も無理に押して、トップに相応しい豪華な部屋へと足を踏み入れた。
触れる指先が熱いことも、隣に並ぶナミさんへの気持ちがどういう種類のものなのかも、考えないようにして。
船上の涙





「だから、あの鷹の目製薬に対抗するだけの力と財源を持っているあなたに協力していただきたいんです!信じていただけますか?」

ナミさんは、俺にした話を更に事細かに目の前の女性に説明していた。

ただ、こんな途方も無い話、信じろっても難しいに決まっている。
特殊な力を持っている話だって、普通の人間からしたら途方も無い御伽噺で、いくら説明しても想像することすら出来ないだろう。
それでもナミさんは、根気良く丁寧に、そして決して諦めずに説明を繰り返す。

「仮に、その話を私が信じたとして、何で協力しなきゃなんないんだい?桜花にとってどれほどの得があるのかねぇ?」

豪華なフカフカのソファに身を沈め、目を閉じて話を聞いていた会長は、ゆっくりと瞼を開け、強い眼差しでナミさんを見つめると、無表情に問いかけた。
会長の正面に座るナミさんは、そんな彼女からのプレッシャーに負けることなく、姿勢を正してソファに座りなおした。

「桜花にとっては、市場が多少増えるくらいとしか申し上げられませんが、ドクトリーヌ会長・・・あなた個人にとっては得のある話だと判断しますが。」

「?どういうことだい?」

「お孫さんに関することで、我々はお力になれると思っています。」

「お前達?!」

「現在、病院に入院されているお孫さんがいらっしゃいますね?名前はトニートニーチョッパー君。」

「!!」

公には「桜花」の会長には、孫が生まれたことは世間に公表されていない。
だから、現在どういった状態で入院しているのかなどはもちろん公表される訳がなく、知っている者がいるなど由々しき事態なのだ。何を、そうまでして隠そうとしているのか。

原因不明の奇病で、生まれた時から目すら開けたこともない。
もちろん、話したり歩いたりしたことすらない状態。
本来こういった症状の場合は、自発呼吸もぜず、状態も安定せず死に至るケースがほとんどであるが、彼の場合は自発呼吸も出来、臓器などの働きにも異常は見られなく、何度検査を繰り返しても、意識がないだけの正常な健康体なのだ。
ただ息をしているだけの身体。
それでも、一人娘の忘れ形見だからという思いだけで大切にしてきた。
健康な身体を維持するだけでも、大変な苦労なはずだが、それをこの女性は、娘夫婦が亡くなってから、ずっと1人で続けてきていた。瞳を開くこともなく、話すこともなく、ただ大きくなる身体を孫の成長と喜ぶことしかできない歳月を、ただ、愛しい孫が、目覚めることを信じ続けて。

だが、このことは誰も知らない事実。
どうやって、調べたのか疑問に思わないわけがない。

「私たちは、偶然病院にいるトニー君と知り合いました。もちろん、口で会話をしたわけではありません。トニー君の身体に残っている意識と意識の会話です。それが、私たちの力を信じていただくことにもつながると信じていますが、彼は、私たちに協力してくれると約束しました。だから、今日、ここへ伺ったのです。」

「それぐらいのことは特別な力なんか無くとも、調べられる範疇のことじゃないかねぇ。」

驚きは隠せないものの、それでも、まだ、信じがたいのか、さらに試すようなことを口にする。

「その机の上にあるトナカイのヌイグルミ、それが、今のトニー君の身体ですよね?彼は、自分の意識を飛ばして物体に入り込み、それを動かすことができる力を持っている。植物人間同然の動かない自分の身体のかわりに・・・・でしょ?トニー君?」

ナミさんは、会長が座るソファの向こう側に置かれた机の上に座るように置かれていたヌイグルミに向かい話かけた。

「うん。」

「うわっ!!」

ナミさんが前ふりしていてくれたにもかかわらず、突然動き出したヌイグルミに驚いて声が飛び出す。
慌てて口を押さえて、頭を下げた。
人の力に過剰に反応するのは、結構嫌なもので、自分でも気分の悪くなる経験があったことを思い出す。
だから、すぐに頭を下げて謝った。
その姿を見てトナカイ・・いや、チョッパーが俺を見た。

「ああ、あなたが・・・・。」

そう、小さな声で呟くとナミさんに視線を戻した。

?俺のことを知ってるのか?

気になりはするものの、話は続いていた。

「何故トニー君が、このような状態になったのか、お調べになりましたか?それから、彼の身に、今日まで何も起こりませんでしたか?彼の両親・・・つまり、あなたの娘夫妻に何がありましたか?少しお考えいただければ、おわかりになるはずです。」

「・・・・全てが・・・そうだっていうのかい?」

「ええ。だからこそ、トニー君を直す方法をやつらが持っている可能性もあり得ると考えられませんか?やつらに接触すること。それが、未来に繋がると思えませんか?」

「・・・・」

「それから、トニー君は、たとえ会長の協力を得られなくとも、我々と行動を共にする約束をしてくれました。」

「おまえ?!」

会長は慌てたようにチョッパーが座っている机の方へ振り返った。
チョッパーは机の上に置かれていた小さなモバイルノートまでトコトコと移動すると小さなヒズメのある腕で1つ1つキーボードを打っていく。

「何でワザワザ打つ必要があるんだ?さっきみたいに話せば済むだろ?」

俺がそう言うと、会長は驚いたような顔をして、俺を見た。

「?」

ナミさんも少し驚いたように俺を見つめたが、すぐに納得がいったように頷き、仕方が無いわねという表情で、俺に教えてくれた。

「チョッパーの声は、私たちのような特別な力を持った人間にしか聞こえないらしいの。だから力のない会長とは、こうやってコミュニケーションをとるしか無いのよ。」

「そう・・・なんだ・・・。」

血の繋がった肉親がいるのに会話できないなんて、悲しいよな。そう思うこと自体が傲慢なことかもしれないけど、早く、この2人が会話できるようになればいいのにと思わずにはいられない。

「お前さんは、トニーの声が聞こえるんだね?」

いつの間にか会長から1番離れた扉の前にいた俺の前まで彼女は移動してきていた。
驚く俺の目を覗きこみ、1度頷くと、ゆっくりと頭を下げる。

「孫を頼むよ。」

俺は、びっくりして両手を顔の前でブンブンと振り回した。

「い、いや、俺は・・・あの、違うっていうか部外者っていうか・・・」

そう言い掛けたものの、今、この場面でお願いされたのに断るってのはいけないような気がして
振り回していた腕を下ろすと深く腰を折り頭を下げた。


「とっとと行っちまいな。金が必要な時はいつでもこれで連絡してくれればいい。」

会長が何かを放り投げ、それをゾロが片手でキャッチし、そのまま何も言わずにポケットに入れると頭を下げた。
どうやら、会長へ直接繋がるホットライン用の携帯電話らしい。
それを見て、ナミさんも俺もチョッパーもゾロに合わせるように頭を下げる。

「トニーに何かあったら承知しないよ!」

部屋を出て行く俺達の背中に向かって彼女らしい最後のゲキが飛んだ。
俺達は、彼女の声に震えが混ざっていることに気づき、振り返らずに片手をあげるだけで答えた。






モバイルの画面にはチョッパーの打った文字が映し出されている。

『おばあさま、ごめんなさい。僕、ずっと知ってたよ、本当のこと。僕と同じような子供を増やしちゃいけないよね?だから、行くね。今まで、僕を愛してくれてありがとう。』

年輪の刻まれた頬を大粒の涙が伝い、零れ落ちてゆく。



自分だけになった部屋でドクトリーヌは机の引き出しを開ける。
そこには、とうにこの世には存在していない娘夫婦の写真が入ったフォトフレームが入っており、それを机の上に置くとイスの背に寄りかかり天井を見上げた。

「確かにあの子は、お前達2人の子供だ。強情で1度言い出したら聞かなくて・・・・誰にでも優しいところがね・・・」

悲しげだった顔に聖母のような慈しみの笑みが浮かんでいた。










          









「チョッパー、泣いてんのか?」

何故だか、チョッパーは俺の腕の中に納まっている。
全長30センチくらいのヌイグルミだから重いわけではないのだが、この年で大きなヌイグルミを抱えて歩くってのはどうなんだろう?
ちょっと恥ずかしくないか?
本当はナミさんが抱えている方が可愛くていいのだろうが、中身が生きた男だと思うと、それは俺が許せない!
かと言って、ゾロが引き受けてくれるかって言ったら・・・・やつがヌイグルミを抱える姿なんて想像できるか?
・・・笑える・・・ん?案外平気かも?

当のトナカイは。俺の腕の中でゲシゲシと痛くない足で蹴りを入れてくる。

「泣いてなんかねーぞ!バーカ!」

このクソトナカイが!料理に入れたろか!

ナミさんが、クスクスと笑って俺をなだめるように「まあまあ」と肩をたたいた。

「はい、サンジ君。トニー君の必需品!」

ナミさんは会長から預かったミニサイズのモバイルノートを俺の手の上に置いた。

「え?何で?」

「サンジ君、いつも持ち歩いてね。どうやら、この筋肉男君には彼の声が聞こえないみたいだから。電池切れしないように充電を忘れないこと!よろしくねvv」

左手を腰に当て、スラリと立つ姿も美しいが、その上ウインクまでされた日には目がハート型に飛び出すくらいに浮かれちゃうぜ


ん?よろしくねって言われても、俺、もう日本に帰らなきゃいけないし、その後にはフランス行きも控えてる・・・んだよな・・・
でも・・・・・
辞めとけ俺
こいつらと一緒に行くなんて考えるなよ
そんなことしたら、普通の生活に戻れなくなるかもしれない
俺は・・・

ジジィの顔を思い浮かべる

そう、俺は
ジジィの為に生きるって決めたじゃないか
だから
ここにとどまる訳にはいかない

「俺、帰らなきゃ・・・」

2人と1匹の目が大きく見開かれる。

「サンジ君?」

「ごめん、ナミさん。俺、皆の事情を聞いて、一緒に行って手伝いたい気持ちもあったけど、でも、やらなきゃいけないことがあるんだ。だから、ホントごめん。」

俺は、頭を下げながら、モバイルとチョッパーを前へと差し出した。

その視線の先に、ゆっくりと近づいてくるゾロの足が見える。
ナミさんではなく、ゾロが受け取ってくれるのか?
俺はさらに力を入れ、腕を前方へと差し出した。

俺から1つと1匹(?)を受け取ってくれるのかと思いきや、その力強い腕は、俺の両腕ごと掴んで引っ張った。
バランスを崩しそうになり、慌てて顔を上げると、ゾロの顔がすぐそばにあって、真剣に見つめてくる眼差しに、俺は身動きも出来なくなった。

「なっ?」

なんなんだ?と言おうとした口が、上手く動かない。
ゾロの深い緑の眼差しに引き込まれ、俺達以外の物が視界からシャットアウトされる。
心臓の音がうるさく響きだして、いつもよりも早くリズムを刻んでいる。

「・・・・」

何かを言いたげに瞳が揺れ
何かを言いたい口が開きかける。

すんなりと耳に心地よく響くゾロの声を聞きたくて、俺は耳を澄ませる。



なのに、ゾロは何も言わず、目を反らして首を振り、俺の手から荷物を引き取るとそのまま、背を向けて歩き出した。

「え?」

呆然と彼の背中を見つめる俺に、ゾロの後をついて歩き出したナミさんが振り返って叫んだ。

「私たちは、今晩ここに泊まって、明日には移動するの。サンジ君。もう1度よく考えてみて気が変わったら一緒に来て。待ってるから!」




明日・・・これでゾロと会うことが出来なくなる・・・・・











「ゾロ、サンジ君に本当のことを話さなくていいの?後悔しない?」

ナミは小声で呟いた。

「ああ・・・あいつには、監視の目が付いていない。ゼフのジジィのフォローで死んだことになってるからな。今更、蒸し返してあいつの人生を険しくする必要はない。あいつには、笑ってて欲しいから。」

最後の呟きは、あまりにも微かな吐息のようで、ナミには聞こえなかったが、チョッパーには充分届いていた。
迷い



 ゾロと、もう会うことはない

 その意味をよく考えてみなくても、心臓の軋みで自分の気持ちははっきりしていた。

 痛い

 この痛みは何だと迷うこともない

 痛い

 そりゃそうだ
 好きだと確信して
 一緒にいたいと思った相手
 その人との別れ

 自分で決めたこと

 でも、悲しみは消えない

 自分できめたこと

 でも痛みは消えない

 本当にこれでいいのか?

 自問自答を繰り返す

 本当にいいのか?

 後悔しないか?

 後悔なんかするに決まってる。
 どっちを選んだって後悔しない訳がないんだ。

 でも、よりどちらの方が後悔するか・・・

 それは

 このまま帰ってもきっと忘れることはできないだろう。
 時が傷を癒してくれる?
 そうだろうか
 この血の流れるような痛みが無くなる日がくるのだろうか?

 痛い
 寂しい
 悲しい

 この思いが薄れることがあるのか?








 「サンジ、どこに行っていたのですか?探しましたよ。」

 自分の考えに没頭して歩いていたサンジは、エリックの自分を呼ぶ声に我に返った。
 たぶん、ずっと探してくれていたのだろう、その額には汗が光り、表情は安堵の色が濃く、大きく肩で息をついていた。

 「すいません」

 素直に謝罪する。

 エリックは、何でもないというように笑いながら首を振ってくれる。

 「サンジには、今晩ここの部屋が用意されていますので、明日また、迎えに来ます。今日は、朝早くからで疲れたでしょう?ゆっくり休んでくださいね。」

 何も知らないエリックは俺の手を取り、その手のひらにルームナンバーの入った部屋の鍵を握らせ、俺のオデコに軽くキスをすると、にっこりと優しく微笑んでくれた。

 駄目だ。
 今、優しくされたら、俺はまた、同じことをくり返す。
 俺は頷くと、渡された鍵に記された番号の部屋へと急いだ。

 (ごめんエリック。挨拶も出来なくて。)

 声を出そうとすると泣きそうで・・・まともに顔も、見れなかった。

 頭の中がグルグルして
 悲しみに押しつぶされそうで

 今夜は眠れそうにない。











 「はぁ」

 溜め息を付きながらベットに横になる。

 用意されていた部屋は、ベットが2つあるツインの部屋で、豪華なスイートとは比べ物にならないものの調度品にはそれなりにこだわりがあるようで、気品がありながらリゾートホテルのように華やかだ。
 だが、そんなことを感じる余裕も無いほどサンジの心の中は1つのことでいっぱいになっていた。

 ゾロ

 強く、激しく、熱く、そして暖かいオーラを持つ男。

 俺の心を捕まえて離さない男。

 今もナミさんと過ごしているだろうゾロを思うだけで胸がうずく。

 離れる覚悟を決めたはずなのに、
 まだ、痛んで

 身体は疲れているのに眠ることができない。


 コンコン


 扉をノックする音が微かに聞こえる。

 「こんな時間に誰だ?まさか?」

 期待していたわけではない。
 それでも、扉の向こう側に立っているナミさんとチョッパーを見て、少しだけ肩を落としてしまった。

 「そんなにがっかりすることないじゃない?せっかく、いい話しにきてあげたのに」

 「いい話?」

 「あなた達ってハタから見てるとわかり易いのに、本人達だけが わかってないのよねぇ」

 「は?」

 「ちょっといい?」

 ナミさんは部屋の中へ視線を移す。

 「あ、はい、どうぞ。」

 ドアを大きく開け、ナミが通れるように端に避けた。



 「ふーん、この部屋も素敵ね。」

 部屋を見回しながら、奥の窓際に置かれた応接セットのイスに腰掛けた。
 イスは藤カゴのように編み込まれたようなつくりになっていて、身体をすっぽり包み込むようになっていた。
 1つ1つ手作りだからだろうか、木の暖かさが伝わってくる。
 それに、座り心地も悪くない。

 俺がコーヒーを小さな丸いガラステーブルの上に出して向かいの席に着くと、ナミさんは俺の目を見つめながら、いきなりな質問をした。

 「ダイヤを壊すにはどうすればいいか知ってる?」

 「ダイヤって、宝石のダイヤの事だよね?」

 「そう、車のタイヤでもなければ、洗剤の名前でもなくて、キラキラ光ってる頑丈な石の事。」

 えーとこの場合、笑った方がいいのかな?
 と一瞬息を飲んだだけで、ジロリと睨まれてしまった・・・。

 「え・・・えっと・・ダイヤにはダイヤでしか傷をつけることが出来ないんじゃなかったっけ?」

 「そう、傷だけならそれでいい。だけど、何も残らないくらい粉々にするためにはどうすればいいのかは?」

 「?」

 「ダイヤを粉砕するには、真上から振り下ろすハンマーが1つあればいいの。」

 「え?」

 「あんなに頑丈な石はないだろうというくらい、切ろうとか傷つけようとすると苦労する物なのに、粉々に破壊しようとしたら、案外簡単なものなのよね。」

 何故か、少し悲しそうな表情をしている。
 俺は、ちょっといやな感じがして訪ねずにはいられない。

 「それって、どういう意味ですか?」

 ナミさんは何かを決意したように、膝の上に乗せたチョッパーをギュッと抱きかかえるようにした。

 「ダイヤのように頑丈な組織を粉砕する為に、ゾロは、自分がハンマーになろうとしているの。」

 「?」

 「つまり、ハンマーである自分が一番頂点にいるやつを上から叩いてつぶせば、組織自体は崩壊すると考えていて、それを実行するつもりでいるってこと。死を覚悟した特攻ってやつ?」

 「な!」

 「俺達はそんなこと望んでいないよ。皆で幸せになる為に戦っているんだから。でもゾロは考えを変えようとはしない。」

 ナミさんの後を引き継ぐようにチョッパーが説明を始める。

 「なんで?」

 「なんでだろう?俺達仲間を危険な目にあわせない為かもしれないし、逆に信頼してくれていないのかもしれないね。」

 「・・・」

 「今は皆で力を合わせてやってるけど・・・でも、最後の最後は自分1人だけで戦うつもりでいるみたいなんだ。だからかな?サンジを仲間にすることに積極的にならないのも多分、危険に巻き込みたくないのと同時に最後まで守りきる自信がないからだと思うんだ。」

 「今までは、ゾロを1人にしないようになるべく誰かが一緒に行動するようにしていたけど、彼を止める自信は無かったの。」

 「でも、そのゾロを止める力がサンジにはあると思う。ゾロの妹のビビにも、そして僕達にも彼を止めることはできないけど、サンジにはできる。そんな確信があるから、ビビは、サンジに仲間に加わって欲しいと望んでいたし、ゾロの側に居て欲しいと本気で願っていた。それが、ゾロの幸せにもつながるって。」

 過去見や予知の能力を持ったゾロの妹が俺を?
 俺が、ゾロのそばにいることが幸せにつながるって言うのか?

 「何で俺にだけゾロを止めることができるなんて思う?俺にはそんな力はない・・・」

 とても、俺にはそんな力は無いと思う。俺は自信家だが、自惚れやでは無い。自分の力量は自覚しているつもりだ。

 「ゾロってね、母親と妹のこと以外は、人にも物にもあまり執着しない人なの。執着しないってことは、他に愛せる物がないってことで、唯一愛せる者達の為に自分を犠牲にすることを苦にしない傾向が見られた。自分自身の為に何かを欲っする事が今までは、全くと言っていいほど無かったの。それがよけいに彼を破滅の道に向かわせそうで、私はずっと恐かった。でも、ゾロは、あなたに出会って変ったわ。何故なのか、サンジ君にだけはこだわっているように感じるのよ。だって、今までは仲間以外の人間には、1度でも関われば二度と出会わないように注意していたし、ましてや同じ部屋に泊まったり、作戦中に行動を共にすることなんてあり得なかったわ。」

 窓の外を無意識に見ていた瞳が俺へと戻ってくる。

 「それは、俺の力が必要だったから・・・。」

 「あなたに力があるから?あぁ・・・そうかもしれない。でも、仲間の中には、あなたほど力が強くなくても、同じ様な力を持ったものもいたのだから、あなたに頼る必要は無かった。何故、あなたを巻き込んだのか?こう考えられないかしら?『力に頼る必要はなかった。でも力を持っていたのがあなただったから頼った。』たとえ同じ力を持っている人がいても、あなたでなければ意味がなかった。そして、今までは仲間にすることに躊躇することは無かったのに、『あなただったから』少しでも傷つけることが恐くなって、今度は遠ざけようとしているって。」

 本当に?
 ゾロがそんな風に思ってくれているのか?
 いや
 そんな言葉を真に受けて信じたら、絶対に後で傷つくことになる。
 そんな都合のいい解釈が通る訳がない。

 「・・・・」

 何の反応も示さない俺にナミさんは綺麗な眉を曇らせ、膝の上のチョッパーとなにやら目で会話をすると頷いた。

 「本当は知らない方が幸せなこともあるから言わないように口止めされてたんだけど・・・私は、知ることで選べる道もあると思うから・・・・今から話すことをサンジ君が聞いて、知らない方が良かったと恨むのなら私だけを恨んでね。」

 そう前置きしておいて、意を決したように更に表情を引き締める。

 「サンジ君、あなたも私たちの仲間で、あなたの両親はヤツラに殺されたって言ったら信じる?」

 え?・・・仲間?殺された?

 「あなたの両親が死んだのは、車での事故だということになっているけど、本当は違う。それは、あなたの育ての親であるゼフに聞けばわかるはずよ。だって、彼は当時裏の世界で有名な守り屋だったから。ボディーガードとでも言えばいいのかしら。表の世界でもそれなりに有名な格闘家だったけど、それでも足を洗わずに裏の世界に居続けた不思議な男。命を狙われている人を守るっていうのは生半可な技量では出来ないことなのに、それをずっと続けていた男。その彼の最後の仕事になったのが、『あなたを守る事』だった。」

 何だって?・・・ゼフのおやじが・・・・守り屋?

 「調べたことからの推測でしかないから、実際は当事者にしか真実かどうかわからないことだけど・・・サンジ君の両親は『鷹の目製薬』の研究所で働いていた研究員だったの。研究所と言っても様々な研究がされていて、研究者同士でも他人がどんな事をやっているのかわからないくらいの部屋数だったし、研究者と呼ばれる人間も200人以上いた。だから、サンジ君の両親は知らなかったんだと思う。実験の材料にされているなんて・・・子供が元気に健康に生まれてくる治療だと言われて診察を受け続けただけだった。自分達が所属している機関なら安心だと。子供が生まれた後も検診の回数が多かったけど、気に止めずにいた。だけど、子供が言葉を話し始めた時、不思議な力があることに気づき、そのことを同僚に相談した。その同僚は、通常なら信じられない話を疑いもせずに実験を始め、自分の息子を実験動物のように扱う姿を見て、初めて疑念がわいた。同じ治療を受けていた妊婦から生まれた子供に対する周りの反応も、あきらかにおかしいことで更に疑いが深くなっていく。そして父親は調べて知った事実に驚愕した。自分の妻と子供を使い実験が行われていたこと。その目的。実験に使われた母体の死亡率の高さ。妻の身の危険を感じ、研究所を辞めて身を隠すことにした。この時、親を亡くして研究所で引き取っていた何人かの子供も一緒に消えていることから、たぶん、1人でも多く助けたかったサンジ君のお父さんが誰かに子供達を託したんじゃないかと思う。その時に動いてくれていなければ、ゾロやビビは生きていなかったかもしれない・・・。そして、全てをやり遂げて、やっと自分達が逃げる段階になった時、すでに追っ手が迫っていることを知っていたのか「万が一の時には子供の命だけは守って欲しい」と守り屋を雇った。でも逃げ切れずに、事故に見せかけて殺された。守り屋ゼフは子供を守りきり負傷。依頼内容だけは果たしたが、仕事自体は失敗に終わったと言わざるをえない。子供の命をこの後も守っていける両親を守ることが出来なかったのだから。その責任からかゼフは子供を引き取った。感心するのは、その時にサンジ君の本当の戸籍に死亡届けが出されていること。あなたは、捨て子として施設で育ち、養子としてゼフに引き取られたという形で別の戸籍が作られているから、どこからもヤツラが追う子供だというつながりを見つけることが出来ない。だからこそ、今まで無事に過ごしてこられた。もし、ゼフが途中で仕事を投げていたら今頃私と同じように研究所に連れて行かれて、見張られ実験される対象になっていたはず。・・・・だからこそ、ゾロは、サンジ君を仲間に引き入れることを恐れているんじゃないかと思うの。だって、あなたの場合、力の制御さえ出来てヤツラに気づかれなければ、このまま、普通に暮らすことが可能なんだから。」

 一気に話して、ふう、と一息はいた。

 「これは、あくまでも、私たちの推理でしかない。だから、サンジ君が信じるか信じないか、どう考えても自由。でも、私個人は、あなたはゾロの傍にいるべき人だと思ってるの。」

 優しく語りかけるように俺を見る。

 「でも、ナミさんはゾロのこと・・・」

 「?」

 「2人の間には入れないって絆っていうか信頼感って言うか・・・・」

 あたふたと話す俺を不思議そうな顔で見ていたナミさんが何かに気づいたように身を乗り出した。

 「あぁ・・・・もしかして私がゾロのことを好きだとか思ってる?」

 真面目な目で覗きこまれて、俺は胸が引き裂かれそうに痛かったけど、先程の光景が目に浮かび、頷かないわけにはいかなかった。

 「そっか。うふふ・・・私、他に好きな男がいるわよ?」

 「?!」

 「確かにゾロは仲間として信頼しているけど、男として魅力は感じないわね。同じ戦う男でも、私は『無鉄砲だけど自分を絶対に犠牲にしない男』『自由奔放に見えても絶対に仲間を裏切らない男』『少年の心や夢を忘れない男』が好き。ちょっと馬鹿だけど。」

 そう語るナミさんの顔は、少女のようにきらめいて、可愛くて、その馬鹿な男のことが本当に好きなんだということが伝わってきた。
 先程までの胸苦しさは、いつの間にか消えていて、扉の向こうに俺自身の進む道がわずかに垣間見えた気がしたが、俺自身がその事実を知るのが恐くなってむりやり扉を閉めてしまった。

 「でも、俺はもう決めたんだ。ゼフの所に帰るって。過去に何があったとしても、俺が今あるのはオヤジのおかげだから・・。」

 ナミの膝の上にチョコンと座っていたチョッパーが、ピョンとそこから飛び降りると、トコトコとサンジ足元へ向かって歩いてゆく。
 抱き上げて欲しいのか、短い腕をサンジに向かって伸ばし、つぶらな瞳で見上げていると、サンジは何も言わずに抱き上げ、自分の膝の上に座らせようとした。
 チョッパーはそのまま膝の上に立ち上がり、サンジの方を向くと頬に手を伸ばし、優しくなぜた。

 「もう決めたって言うなら、どうしてそんなに悲しそうな顔をしてるの?本当は自分がどうしたいかわかってるんだよね?」

 俺は、ビックリして横にある鏡台の鏡を見た。
 そこには、今にも泣き出しそうな、情けない表情の男の姿が映っていた。

 (・・・自分で決めたことだから、もっと割り切れると思っていたのに・・・こんな情けない顔で帰ったら、オヤジに蹴り飛ばされちまうな)

 『後悔しなようにやれ!じゃなきゃ生きてる意味がねぇ!自分のやりたいこと、やるべきことを見つける力をつけろ!』

 オヤジの言葉がよみがえる。
 俺が、何も見つけられなくて、生きがいのない虚ろな日々を過ごして荒れていた時に、そう言って見守ってくれていた。
 なあ、オヤジ。
 今、俺が後悔しないで生きる為には、どちらの道を選ぶべきなんだろう?
 どちらを選んでも後悔するかもしれない。
 それでも、どちらかしか選べないのなら、
 俺は・・・・

 「ナミさん、チョッパー。俺ちょっと・・・行ってくる!この部屋使っててくれて構わないから!」

 膝の上にいたチョッパーをガラスのテーブルの上に、そっと降ろすと、上着も羽織らずに駆け出していた。












 「サンジ君って素直〜vvv思ったとおりに行動してくれて助かっちゃうわね。」

 ナミは嬉しそうにチョッパーにウィンクを送る。

 「こんな状況だからこそ、2人には少しでも幸せになって欲しいよね。」

 お返しとばかりにトナカイがウィンクをする。

 「ませたこと言って!」

 ナミの美しい指でピンとオデコをはじかれる。

 「エヘヘヘヘ。」

 「クフフフフ。」

 2人の楽しそうな笑い声が、しばらくの間、海の上の1室から聞こえ続けた。

 2人の男の未来を信じて。
選択


 (この扉の向こうにゾロがいる・・・)

 自分を拒んでいるような気がして、引き返しそうになる弱気な自分を叱咤し、拳を握り締めて大きく息を吸い込むと、彼がいるはずの部屋の扉をノックした。

 「はい」

 心地よく響くかすれた低音。
 胸に響く声。
 間違いなく、俺の心を縛り付ける男の声。

 「俺だけど・・・・ちょっと話したい事があって・・・いいか?」

 ドクドクと高鳴る心臓の音がうるさくて、自分の声が大きくなってしまいそうで。

 「・・・・」

 返事が聞こえなくて不安がつのる・・・。

 ガチャっと鍵が開く音がし、扉がゆっくりと内側に開かれる。

 「!!」

 目の前に現れたゾロは、まさに、今の今まで運動していたのか、上気した裸の上半身からは汗が玉のようにふきだしている。

 「トレーニング中だったのか?」

 「いや・・・・」

 「?」

 「身体を動かすと何も考えなくて済む・・・。」

 流れる汗をタオルで拭きながら、小さな声で呟いた。

 「考えたくない事が・・・あるんだ?」

 「・・・・・」

 答える声はなく、背を向けると部屋の中へと入ってゆく。
 どうやら、部屋に入ってもいいらしい。
 無駄の無い筋肉に覆われた背中を見つめながら廊下を歩くと、その先に俺の部屋くらいはありそうなリビングが広がり奥にある扉から寝室へ行けるようになっているようだ。

 「いい部屋だよな。2間ある部屋借りるなんて、結構、金はあるんだな。」

 「いや・・・この船で2部屋取るよりは安い。俺がソファで寝れば済むことだし。ナミのやつはベットじゃなきゃ寝れねぇってウルセーし、俺は番犬がわりらしいからな。」

 自嘲ぎみに笑いながら、視線でイスを勧められる。

 俺は、ゆっくりとソファに身を沈めると、いつまでも座ろうとしないで今来た廊下へ続く壁に寄りかかるゾロを振り仰いだ。

 「あのさぁ、そこに立たれてると、さっさと話してとっとと帰れって言われてるみたいなんだよな。確かにこんな時間に押しかけて来たんだから大歓迎されてるとは思わないけど、もし、迷惑ならはっきりそう言って欲しいし、そう思ってないなら、ここに座ってもらえねーかな。」

 俺は自分の正面にあるイスを指差しながらゾロを上目づかいに見上げた。
 ゾロは何故か俺から視線をそらし、横を向いて一番離れた場所に座り、こちらを向こうともしない。

 「・・・・」

 こんな態度をとられると、勇気を出して来た気持ちが、だんだん自信がなくなってしぼんでいくような気がする。
 それでも、話さないで帰ることなんてできない。

 (大丈夫。俺は、話をするだけなんだから。前に進むために。)

 ふう〜
 と息を吐くと、心を落ち着けて、まだ、まとまりきっていない自分の気持ちを考えながら、話はじめた。

 「ナミさんとチョッパーから、聞いたよ。俺の両親のこと。ゼフのこと・・・」

 俺は、ゾロの気持ちを少しでも感じたくて
 見落とすことがないように瞬きもせずに彼の表情を見つめ続ける。

 「あいつらっ!!」

 舌打ちをした後、ドンっとこぶしを肘掛に打ち付けて怒りをあらわにする。

 「巻き込まないで済むはずだったのにっ!!」

 そう、声を荒げる彼の姿に、俺は・・・なんだか不謹慎にも嬉しくなってしまって

 「巻き込むとかじゃなくて・・・もともと俺の問題で、俺自身が知らないなんて変だろ?だから、2人を怒らないでくれないか?」

 「!」

 ゾロは、はっとしたように俺の目を見つめた。
 深緑の瞳が何かを探るように。
 俺の心の奥まで覗かれそうな勢いですごくドキドキして
 やっと正面から向き合ってくれると思った。
 なのに
 すぐにまた、視線は外れ、
 深くて力強い彼の瞳の色を見ることができない。

 何故、ちゃんと俺のことを見てくれないんだ?
 そう思う気持ちを押さえつけて、今、自分の考えていることを、何とか伝えられるように気持ちを切り替える。

 「正直言って、まだ、ちょっと混乱してるし、どうするか答えを出した訳じゃない。・・・ゼフのオヤジには、今まで育ててもらった恩返しも出来てない状態だから帰らない訳にいかない。」

 「・・・・ああ。だろうな。」

 「・・・・・だけど・・・オヤジのところにはいつでも帰れる・・・んだよな。確かに少しでも早く有名になって経営の手伝いをしたいし、時間はいくらあっても足りない・・・・けど・・・今すぐでなくたっていいんじゃないか・・・・って思おうとしてる自分がいることも確かなんだ。」

 「!」

 「この俺の力でも役に立つのなら・・・今は一緒に行っても、最後にオヤジの元に帰れればいいかなって・・・思うんだけど・・・どう思う?」

 「そんなに早く事件解決って訳にはいかないかもしれないんだぞ?」

 「わかってる。それでも、お前らと・・・・いや・・・・お前と一緒にいたい・・・と思う気持ちも本当なんだ。」

 そう。
 言葉にしてみて、はっきりと自分の気持ちに整理がついたような気がする。
 俺はゾロと一緒にいたい。
 役に立つとか立たないとか、そんなこと関係なく
 今、この『瞬間』もこの男と共にありたいと望んでいる。
 その気持ちがあふれ出して、
 ゾロにこの気持ちをわかって欲しくて
 俺は、顔を背けるようにしていたゾロの正面に移動し、思いを込めてじっと見つめた。
 それに勢いがついて、前に乗り出しすぎて、ゾロに詰め寄る形になっていることには気づかずに。

 ゾロは、思いがけず近くにあるサンジの顔に驚いたようだったが、その綺麗な濡れたような瞳に魅入られ、視線を外すことが出来ず、そのまま、引き寄せられるようにサンジの頬に手を伸ばしはじめた。
 そんな自分の行動に驚いたように途中で我に返り、出しかけていた腕を引き戻そうとした。
 そのゾロの腕を咄嗟に掴んで引きとめ、サンジはそのまま自分の心臓に押し当てていた。
 さっきからゾロを思ってドキドキとウルサイ心臓の速さから、自分の気持ちを読み取ってくれるといいと思いながら。

 「わかるか?」

 緊張で声がかすれる。

 「・・・・離せ」

 「お前にとって俺のこの気持ちは迷惑かもしれないけど・・・・俺はお前と・・・・」

 「離せ!」

 腕を振り払うようにとり戻され、その力のこもった拒絶ぶりに、わずかな希望と勇気を打ち砕かれる。

 もう、これ以上、自分からは何も言うことができない。
 悲しさというよりも、自分という存在自体を否定されたくらいのショックで
 頭の中が何かを考えることも拒否して、空っぽになってしまったように感じる。
 いや、「感じる」という感覚すらもなくしてしまいたくて
 しばらくボーっと脱力してしまって・・・・

 目の前で眉間に皺を寄せ、俺を睨んでいるゾロの顔を
 それでもまだ見つめてしまう自分・・・・
 馬鹿だよな・・・ホント・・・・
 なんで、こんなに辛いのに・・・・
 まだ、好きなんだろう・・・
 なんで、諦められないんだ?

 考えたくなくたって
 考えずにはいられない
 そばにいれば、見つめずにはいられない

 ホント・・・・・救いようがない馬鹿だ・・・・




 その俺の目元を拒絶していたはずのゾロの太くて大きな指が拭っていく。

 「!」

 そのゾロの指先が濡れてるように見えて・・・・

 情けなくも、俺は・・・・涙を流していたらしい。

 (ああ、それで、さっきから視界がぼんやりしてたのか)

 なんてどうでもいいことを考えて、現実逃避したりして・・・・

 「お前は、俺が何を考えてるか知らないから!」

 そんな俺の目を睨みつけてゾロが地を這うような低音の声吐き出す。

 「な・・・に・・・?」

 何を怒っているんだ?

 「お前に触れてしまって俺がどうなるか!」

 先程よりもだんだん声が大きくなって

 (俺に触れて?)

 ゾロの声を荒げる姿に驚きながらも、その口から吐き出される内容に一筋の光を見出す。

 「俺に触れるとどうなんだ?」

 「抑えられなくなる!」

 「何が?」

 細くなっていた目を更に細くして俺を睨みつけ、間にある小さなテーブルに構うことなく俺の着ているシャツの首根っこを掴み引き寄せ、もう片方の大きな手のひらで俺の後頭部を押さえると、そのままゾロの顔が近づいてきて、俺の口をヤツのそれで塞がれた。

 「んっ」

 激情にまかせるように、そのまま唇を割り、歯列を舐めあげられ、背中がゾクリとする。
 息苦しくて開きかけた唇の隙間から口腔内に侵入し、舌を絡めとられ、深く深く貪られ、
 苦しいくらい執拗な口づけに俺の身体はだんだんと熱くなり、全身を血液が駆け巡る。

 ボーっとして何も考えられなくなってゆく。

 ガクリと膝の力が抜け、ふわふわとする頼りなさに、急に恐くなって、ゾロの首へ腕を回し、すがりつく。
 ゾロは、そんな俺の体重を簡単に片手で支え、抱き上げた。

 「すまん。」

 飽和状態にあった俺の目に、苦しそうな顔をしてゾロが謝る姿が映る。

 何で?
 何で謝ったりするんだ?
 これが、ゾロの本当の気持ちなら、俺は、謝ってなんか欲しくないのに!

 「謝るな!」

 そう怒鳴ってやりたいけど、声に力が入らない。

 「もう一度、やり直させてくれ。」

 耳元で囁く。

 「なに・・・・・を?・・・・」

 ゾクゾクして
 熱い吐息で言葉が途切れる。


 ゆっくりと、大切な物を扱うように、抱き上げていたサンジの体をゾロは支えながら自分の前に立たせた。

 先程までの険しい表情は消え、迷いのない穏やかな顔がサンジの目の前にある。
 あの激情はどこに行ってしまったのか?という変貌ぶりだ。

 「お前の両親の事故がどうして起こったのか、何故こんなことを始めたのか直接本人の口から聞き出すために、そして俺達が幸せに暮らす為に、俺達と一緒に戦ってはもらえないか?」

 大きな手のひらがサンジの頬を包み込み、引き寄せる。

 「そのためには、お前が必要だ・・・・いや・・・『俺』に『お前』が必要なんだ・・・一緒に来て欲しい。」

 真摯な眼差しで見つめられ、
 心臓はドクンドクンと悲鳴を上げそうなほどフル稼働して
 頭に血が昇って、答えられない。

 ゾロかジジィか今すぐ決めなきゃいけないのか?って、そんな状況だったはずなのに
 俺の気持ちなんて最初から決まってたんじゃないか・・・。

 そんなサンジの表情を読み取ったのか、ゾロは返事も待たず、目の前の愛しい人に引き寄せられていく。

 サンジの頬にあった手は後頭部へと回り、唇をあわせる。
 先程とは全く違う口付け。
 やさしくくすぐるように唇を舐めあげ、サンジは嬉しさと快感にゾクゾクと背中震わせる。

 スルリと口腔内に進入した彼の舌が、中で蠢き、上あごを舐められると、ゾクリと俺の中の何かを目覚めさせた。

 「ふ・・・・」

 鼻から抜けるような自分の声
 甘く切なげなその声が他人の声のように遠くに聞こえる・・・・

 ゾロの片腕が腰に回り、さらに引き寄せられ、
 彼の腰の高ぶりを直に感じる。

 俺も同じように高ぶりを示していることに気づくと
 彼の目の色が更に深く、妖しく変わっていく。

 耳に息を吹きかけられ、首筋を舐められ
 膝に力が入らなくて自分を支えることが出来ない。

 ゾロは軽々と俺を片腕で支え、息ができないくらいの深い口付けを続けながら、隣の寝室へ運んでゆく。
 柔らかなセミダブルのベットの上へ、やさしく横たえられ
 筋肉に覆われた大きな身体が覆いかぶさってくる。

 シャツ裾から直に肌に触れ
 胸の蕾を摘み、捏ね上げられ

 「う・・・ん、や」

 口付けの隙間から甘い喘ぎがこぼれる。

 ゾロの膝が足を割り開き、押し上げ、サンジの高ぶりに関節的に刺激をあたえる。

 「は・・・・あ・・・・・」

 シャツのボタンが全て外され、サンジの真珠のように真っ白な肌があらわになる。
 しばらく、その美しさに目を奪われたように見入っていたゾロだが、濡れたサンジの瞳に刺激を受け、すぐに愛撫を開始する。
 片手で身体を支えながら顔を胸に移動し、濡れた舌でその赤い蕾を軽く舐めた。

 「あ・・・・ん」

 はずかしい声がもれる。

 歯を食いしばって声を我慢しようとしても、我慢できない。

 濡れて赤く尖った蕾が白い体に妖しく映えて、ゾロは更に高ぶり、押さえが利かなくなっていく。

 ズボンが脱がされ直に高ぶりに触れられただけで、高みへ上り詰め
 擦り揚げられながら後ろの入り口から指が進入したころには
 ただ、この身体と1つになりたいとだけ望み。

 あまりの太さに受け入れることができないと思っていたゾロの高ぶりを自身に受け入れ

 揺すぶられ

 痛みよりも快感に翻弄されて

 ほとばしる声は意味を成さず


 望みが叶ったと思う間もなく
 更に俺を翻弄し続けるゾロによって
 何度も意識を飛ばされていた

 「俺についてこれないのなら足手まといだ。」

 冷たく突き放したような深緑の瞳が俺を見る。

 感情のこもらない口調で、
 夕べは俺の耳元で囁き続けた低音の甘い吐息と同じ声で、
 そんな訳のわからないことを言われるなんて考えもしなかった。

 昨夜は、気持ちを通じ合い、
 何度も身体を重ね、互いの熱を感じあった
 なのに、何故、今さらそんなことを?

 背を向けて歩み去ろうとするゾロの背中を追いかけて走ろうと思うに、足が動かない。
 いや、動いてはいる
 だけど、水の中を歩くみたいに重くて、自分の足なのにうまく動かすことが出来ない。

 嫌だ!

 何で?

 何で背中を向けるんだ?

 訳を聞かせてくれ!

 どんどん小さくなる背中に無理だとわかっていても手を伸ばさずにはいられない。



 ゾロ
 待ってくれ
 ゾロっ!!

 届かない
 どうやっても届かない!
 手だけではなく、この俺の叫ぶ声までもお前には届かないのか?

 ゾロ!


「待って!」

 俺は自分自身が発した声に驚いて目が覚めた。

 目の前には白い天井。

 寝汗で体中がグッショリしている。

 「俺・・・は・・・」

 そうだ、夕べは、ゾロの部屋にそのまま泊まったはず・・・・

 「夢じゃ・・・ない・・・よな?」

 俺は、恐る恐る横に眠っているはずのゾロの顔を確認しようと視線を向けた。

 けれど

 そこには誰もいないくて

 「まさか・・・夢オチ?」

 やっぱり、あの出来事は夢だったのかと、ショックで、一気に血の気が下がっていくのがわかる。

 あの、自分の中からあふれ出た激しい想いも

 ゾロからの涙が出るほどの嬉しい告白も

 その全てをぶつける様に熱く溶け合ったことも

 ゾロの熱い吐息も

 したたる汗も・・・・・



 全てが夢?

 あまりの空しさに心臓が痛む。

 「なんなんだよ、いったいっ!」

 悔しくて悲しくて、瞬きすら忘れた瞳からツーっと一筋の涙が流れた。

 夢に翻弄されて、一喜一憂する自分が情けなさ過ぎて。
 あまりに幸せすぎたから
 その時間が終ったことに耐えられそうもない

 そんな弱った自分の心が嫌で

 こんなの俺じゃない
 こんなに俺は弱くなかっただろうがっ

 「馬鹿か俺は!」

 そう吐き捨て、弱い自分を断ち切る為に勢いよく立ち上がろうと下肢に力を入れた途端、
 下半身に激痛が走り、あまりの痛みにその場にうずくまってしまった。

 「くっ・・・・・・・・・・!」

 じっとして、痛みが遠のくのを待つその目尻には、涙が滲む。

 この痛みは偽りじゃない。
 こんな痛みの原因なんて、いくら考えたって他に思いつかない。

 じゃあ、昨夜の出来事は夢じゃなかったのか?
 俺は、本当にゾロと?

 しかし、ベットに彼の姿はなく、シーツに彼のぬくもりは残っていない。
 行為の後、俺が眠りについてから、すぐに出て行ったってことか?

 俺は裸の腰にシーツを巻きつけると続き部屋のリビングへ重い足を引きずりながら移動した。

 バスルームとトイレをのぞくが、そこに彼の姿はなく、部屋を見渡してみて、その変化に気づいた。
 昨夜は置いてあったはずの小さなボストンバックが、影も形もない。
 荷物だけではなかった。
 何もかもが無くなり、ゾロがいた形跡は、一切残されていないのだ。
 まるで夢だったと思わせるかのように・・・。

 何故?

 いまさら姿を消す理由が思い当たらない。

 俺は、痛みに負けそうになる動かない体にムチ打って、ナミさんとチョッパーのいる自分の部屋に急いだ。

 そうだよ。彼女達と一緒にいるに決まってる。
 もし、ゾロがいなくても、2人と一緒にいればいいんじゃないか。
 こんな簡単なことも思いつかないなんて俺も馬鹿だな。


 大丈夫

 こんな不安な気持ちなんて、すぐ吹き飛んじまうさ




 なのに、開いた扉の向こう

 そこは

 同じように彼女らのいた形跡はなく

 俺が飲んだコーヒーカップだけが残され

 この身体の痛みが無ければ、全てが夢だったと思えるぐらい完璧に、彼らは消えてしまっていた。




 真っ白になった頭の中

 夕べのゾロの顔が浮かんでは消える

 夢じゃない

 あいつは夢なんかじゃない

 俺は騙されない
 諦めも悪いんだ

 そう。

 必ず、お前の元に辿りついてやる

 だって、俺の体が目当てだったなんて考えられないし、
 あいつは、そんな人間じゃない

 何か理由がなければ、こんなことあるわけがない

 そこまで、付き合いが長いわけでもないのに
 この思いには確信がある。


 大丈夫

 あいつは信じていい

 俺は

 待ち続ければいいんだ


 「『俺』に『お前』が必要なんだ・・・一緒に来て欲しい。」


 あの言葉は嘘なんかじゃない

 それを信じられるから
 だから必ずお前と会える

 そう。
 あせる必要なんかない

 ただ信じて
 会える時を待てばいい

 そういうことだよな?

 俺は、窓から見える海を見つめながら
 緑色の髪の愛しい男の姿を思い浮かべる

 俺の中の愛すべきやつは、イメージなのに、ムカつくくらい平然とした顔でゆっくり頷いていた。






















 コンコン

 部屋をノックする音が響く

 俺は、待ち人かと、勢い良く扉を開いて・・・・溜め息をついた。

 「そんなに残念そうな顔をして・・・・誰かを待ってたんですか?朝食のお誘いにきたのですが、もう少し待ちましょうか?」

 いつも、にこやかな顔を崩さないエリック。
 いつも、俺に優しく気を使ってくれる。

 「いや、何でもな・・・い・・・です。すいません、すぐ用意します。」











 メニューを見ていると自分の背後に誰かの立つ気配がする。

 「ご注文はお決まりになりましたでしょうか?」

 ん?

 何かが俺の感覚を揺さぶるようだ

 「私はスクランブルエッグにベーコンをカリカリに焼いたものをつけて、サラダとコーヒー。あとは、厚めのトーストにバターを。・・・・サンジはどうしますか?」

 「うーん・・・・同じもので」

 「コーヒーはやめて、絞りたてのオレンジジュースにされてはいかがですか?」

 注文をとっていた背後のボーイが腰を屈めて俺の耳元で囁いた。
 更に小声ですごいことを付け足して

 「身体の調子はどうだ?傷が痛む時に、刺激物は辞めた方がいい。」

 「!!」

 耳元で囁きかけてくる男の声は、聞き覚えのある低い艶のある声

 驚いて振り向く俺の目の前に、俺を傷つけることも喜ばすことも容易にできる唯一の男の顔があった。

 「おっ・・・おまえっ」

 俺は、もう少しで指差して立ち上がり、大声で叫ぶところだった。
 ヤツが「シッ」と口元に手をかざさなければ

 「何で・・・・?」

 「こういうところに潜り込むには、スタッフとして入ったほうが楽だからな。」

 「は?」

 「昨日のばあさんとの接触の為に、あの日から住み込みのスタッフとして働いてた。」

 あの日って、コンドミニアムの部屋に帰ってこなくなった日か。
 俺が悩んでた間、ずっとこの船にいたんだ。

 「ナミさんも?」

 「ああ。あいつは、今回はゲスト。どっかの金持ち垂らし込んで同伴させてもらったらしい。だから、トンズラして、先にチョッパーと帰った。俺の仕事ももうすぐ終わりだ。迎えに行くまで待ってろよ。」

 俺の耳元でそう囁いてきたヤツに、俺は気が抜けるのと同時に怒りもフツフツと沸いてきて我慢できずに叫んだ。

 「このクソ馬鹿!それならそうと一言いっとけっ!!」

 朝から涙した俺が馬鹿みたいじゃないか!

 「サンジ?」

 怪訝そうに俺を見るエリックと乗客たち。

 うー、完璧に浮きまくっている

 「お知り合いですか?」

 「知り合いっていうか・・・・」

 訪ねてくるエリックに、俺はどう答えればいいのか戸惑い、ゾロに視線を向ける。

 「夕べ、お客様が、なかなか寝つけないので、アルコールをご注文になりまして、その際に色々と話し相手をさせていただきました。同じ年だったこともあり、話が合いましたので、プライベートでもおつきあいさせていただくことになりました。鈴木と申します。今後ともよろしくお願い致します。」

 綺麗な立ち姿から45度に折られる礼はスラットして印象のよい感じで
 エリックは、なんの疑いもなく「そうですか。よろしくお願いします。」と微笑み返していた。

 この変わり身の早さっていうか化け具合っていうか・・・感心するぐらいで

 しかし、鈴木って・・・
 ありがちな名前だけど・・・あんまりじゃ

 (おっ、左胸に付けられているネームプレートには[A.SUZUKI]ってなってる!誰だよ[A.SUZUKI]って!しかも、ゾロと接客・・・絶対ありえない組み合わせだと思ってた・・・・案外、似合っててビックリだな。)

 注意して周りを伺ってみれば、ゾロへと視線を向けているご婦人方が多くて、彼の魅力は本物なんだと改めて思えて
 そんな魅了ある男と思いが通じた自分が嬉しくて、幸せで、顔が緩んでくる。


 ご婦人達の視線を奪っていたのは、半分は自分の存在だということにも気づかない本人なのであった。
これから

 豪華客船なんて、今度はいつ乗ることができるのだろう?
 朝食を済ませたら、すぐに下船し、一度コンドミニアムに帰って荷物をまとめ、本来の予定なら夕方には日本に帰る飛行機に乗らなければならない。
 けれど、ゾロたちと共に戦う決心をした俺は、ゾロが迎えに来てくれるのを待って、一緒に行くことにしたから、予定通りの飛行機に乗る必要はないのだが、ゾロがああやって正体を明かさないようにしているのなら、自分も自然な行動をしているのがベストなのだろうと思うから、とりあえずは、予定通り動いていようと思う。
 それをエリックにも話しておきたいんだけど、どこまで話していいのかわからなくて
 ギリギリまで迷って、コンドミニアムまで送ってもらった今も、まだ、何も話すことが出来ずにいる。

 「どーすりゃいいんだ。・・・うーん・・・どうせ、日本には帰らなきゃいけないんだから、このまま空港までは予定通り行って帰ったように見せかければ何も問題はないのか?でも、オヤジには連絡しなきゃ心配するよなぁ。そうだよ。ゾロはいつ向かえに来るかなんて言ってなかった。もしかしたら、日本に到着してからかもしれないんだよな。ってことは、予定通りの飛行機に乗った方がいいんだよな?・・・・でも、そんなんでいいのか?ってか、それぐらいのこと言っとけっつーの!」

 ブツブツと独り言を呟きながら、寝室にまとめて置いてあった荷物をきちんと詰め直し、しばらく世話になった部屋の掃除をする。

 宿泊したのは何日もなかったのに、とても長い間お世話になっていた気がするくらい、この部屋には愛着がわいてしまっている。

 この俺がゾロへの気持ちに戸惑い苦しんだ部屋。
 ゾロが、俺の作った料理をおいしそうな顔をして残さずに食べてくれて、幸せな時間を過ごせた部屋。
 ゾロという人間を少しだけど理解できたし、かけがえのない人だと気づかせてくれた思い出の部屋。
 その部屋とも今日でお別れしなければならない。

 荷物を手にして玄関の扉を開ける手を止め、一度室内を振り返る。
 目の前に広がる一面ガラス張りの窓は、初めてこの部屋に入った時と変わらず、キラキラと眩しいほどの光りが踊り、最高の景色を提供してくれていた。

 また、このコンドミニアムに来ることが出来ればいいな。

 そう心の中で呟いて別れを告げた。


 「お待たせしました。すいません、最後までご面倒をおかけして・・・本当にありがとうございます。助かります。」

 「何を言っているんですか?私があなたと一緒にいたいから、送らせていただいているのにお礼なんて必要ありません。」

 建物の前ではエリックが車をつけて待っていてくれ、そのまま空港まで送ってくれることになっていた。

 運転席から降りて助手席に周り荷物を受け取り後部座席に置いてくれ、更に助手席の扉まで開けてくれる。

 「ありがとう・・・」

 ここまで、徹底してレディ扱いってのもどうかと思うけど、優しい笑顔を見ると、こういう扱いはやめてくれなんて文句も言えない。
 いい人だけど、俺はやっぱり男だし、守られてばかりでは満足できないというのが正直なところだ。

 一緒に並んで
 一緒に戦える
 そういう人間にこそ惹かれる

 その魅力ある待ち人は、まだ迎えに来ない。

 (待ってろよって言われたって、限界があることわかってるのか?あいつは!このままじゃ、日本に帰っちまうぞ。早くしないとマカデミアンナッツチョコレートのお土産まで買っちゃうぞ。)

 ブツブツと心の中で呟きながら車窓の外を流れる景色をなんとなく眺めていた。

 海岸沿いの道を走っている為、真っ青な海がところどころ建物で邪魔されながらも見ることができる。
 海面が光りを反射して、キラキラと光っていて、まるで小さな妖精が踊っているように綺麗だ。

 (そういえば、ハワイまで来てるのに海で泳がなかったなぁ。今度来た時にはノースシェアでサーフィンもやりてーなぁ。あ、あのお嬢さん、美しいvvvやっぱ、ヤロー見るより、美しい女性を見たほうが目の保養だよなぁ。)

 信号待ちの間、道端の通行人に目が行く。
 青に変わり車が走りだしてからも、なんとなく入れ替わる人の流れをぼんやりと眺めていた。

 日本人よりプロポーションの良い外国の女性の中でも更に美しい女性を発見して気分が少し浮上する。

 (やっぱり食べ物が違うからかなぁ。いい体してるんだよな、女性だけじゃなくヤローもいい体格してんだよなぁ。骨格からして違うんじゃねぇかと思うよなぁ。たとえば、あそこにいるあの男も・・・)

 !!

 「エリック止めてっ!」

 俺の叫びに慌てて路肩に車を寄せて停車する。

 俺はきちんと停まるまで待ちきれずに外に飛び出した。

 その俺の視線の先には、いかついアメリカンバイクの代表のようなハーレーに跨った緑の頭をした男。
 厚い胸板がはっきりとわかる白いピッタリとしたTシャツからは、無駄の無い筋肉で覆われた腕がスラリと伸び、怪物と呼ばれるバイクに引けを取らない存在感をかもし出している。
 真っ黒いサングラスをしていても、身体から発する眩しいほどの金色のオーラが変わるわけではなく、視界いっぱいに俺を包み込むように暖かく広がっている。
 まるで、『俺の存在をお前は無視できないだろう?』って言われてるみたいだ。

 こいつ、迎えに来るって言っときながら、こんなところで待ってやがったのか。
 俺に見つけさせる自身があるってこの態度がムカつく!
 もしも気づかないで通り過ぎていたら、どうするつもりだったんだ?

 「このクソマリモ!来るのが遅せーよっ!日本に帰っちまうとこだろーがっ!」

 「すまん。」

 「・・・ってそれだけかよ!」

 「じゃ、行くぞ。後ろに乗れ。」

 「は?」

 「日本に帰る前に、1件別の用事を片付けなきゃならなくなった。」

 「で、俺の荷物は、このバイクの何処に積めって?」

 「・・・・・じゃ、すぐそこの港だから、そこまで車でついてきてくれ。」

 そう言って、バイクのエンジンをかけ、思い車体を支えていたスタンドを蹴り上げる。

 俺は慌てて車にもどると、エリックにバイクについていくように頼んだ。

 「あれは、今朝お会いした船のスタッフのミスターSUZUKIですよね?何かあったんですか?」

 「えーっと・・・ちょっと約束したことがあって・・・すいません。」

 「わかりました。後を追えばいいのですね?」

 「はい・・・・」

 苦しい・・・これ以上、この優しい人に甘えたまま、何も話さずに消えてしまっていいのだろうか・・・
 罪悪感が生まれて、胸が少し痛んだ。









 港に到着した途端、ゾロは桟橋につなげてあったクルーザーに乗り込んだ。マリーナの係りの人だろうか、係留していたロープを
 外している。

 「サンジ!」

 ゾロがボーっと眺めていた俺を手振りを入れて呼んでいる。

 俺は、後部座席から自分の荷物を取ると船に向かって歩き出した。

 「サンジ?」

 エリックが何故荷物を出すのか、不思議そうに俺の名前を呼んだ。

 俺は、振り向かずに、なるべく行けるところまで進んで・・・・桟橋までは、まだまだ、この高い道路のある地面の位置から細い板の坂道を下って行かなければならない。
 だけど、だんだん俺を呼ぶ音量が大きくなっていくエリックの声に耐えられず、振り向いてしまった。


 エリックは何かを感じているのかもしれない。
 だから必死で呼んでいるんだ。

 「サンジ!こちらへ。早くこっちに来なさい!」

 そう言って手を差し伸べてくれる。

 俺は海上から見上げるゾロとエリックを交互に見た。

 うん、確かに、あっちに行ったら、もう、もとには戻れないかもしれないな・・・

 俺は海との境にある安全柵の上に立ち上がり、エリックに正面から向き直った。

 エリックは、俺が何をしようとしているのかわからないながらも、不安そうな表情をして俺を見つめている。

 「エリック、お願いがあるんだ。ジジイに・・・・ゼフのおやじに、『しばらく帰れそうにもない、ごめん。』って伝えてください。」

 「サンジ?!」

 駆け寄って来ようとするエリックを手を上げて制する。

 「運命とか天命とか信じてなかったけど・・・俺には、もう、これしか選べないから」

 「サンジ!」

 もう、俺の名前を呼ぶことしか思いつかないとでも言うように、繰り返し俺の名前を呼んで呼び戻そうとしてくれる。

 「『きちんと事情を話せるようになったら連絡するから・・・・必ず帰るから』と。お願いします。」

 深く深く頭を下げる。

 「待てサンジ!行ったら駄目だ!キミの夢を捨てる気か?」

 そのまま、後ろへ1歩下がった。

 「サンジ!」

 「最後まで心配してくれてありがとう。」

 俺は、ニィと笑顔を作るとそのまま5メートル以上ある高さから、下に待機していた船へと飛び降りた。

 「ゾロ!ちゃんと受け止めろよ!」

 まさか飛び降りるとは思っていなく、ビックリしている彼の元へ
 俺をくれてやる
 もう、恐いものなんかないから



 大切なものを受け止めるように俺の体の下敷きになった男。

 「お・・・お前、無茶しすぎだ!」

 慌ててるゾロが珍しくて俺は大笑いしてしまった。
 だから後ろを振り返ることなんてしない。
 手だけは振ってしまったけれど

 「さあ!何処にでも連れて行け!どこまででも一緒に行ってやろーじゃねぇかっ!」


 真実を求めて
 新たな旅が始まる


             激動編 終



長い間、お付き合いありがとうございました。
激動編は終了です。

この後は、それこそ激闘編へと進むのですが、
しばらく、小休止。
じっくり、お話を暖めたいと思います。

番外編とかやりたいなぁ。

2人の今後を楽しみにお待ちいただければ幸いです。


TOP