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「なぁ、何で俺たちこんなことやってるんだ?」
俺は刷毛をペンキの入った缶に突っ込むとグチャグチャとかき回した。
「しゃーねぇだろ?でっかい仕事が減ってきてんだからよぉ。」
ウソップも塀に刷毛を走らせながら、ぶっきらぼうに返してくる。
「不況の波は、ここまで届いたか・・・さすがのナミさんでもどうにもならないか・・・・って、そーじゃなくて、なんでここに
ゾロがいないんだ?」
「ああ、ゾロね・・・やつは別の仕事。」
「はぁ?なんで相棒の俺が知らなくて、お前が知ってんだ?朝起きたらもういなかったぞ?」
「さあ・・・・詳しくは知らねぇよ。」
おっくうそうに肩をすくめる。
「さあって・・・・・俺たちは誰でも出来そうな「壁のペンキ塗り」で、なんでやつだけ別なのか納得できねぇ。俺とゾロはコン
ビなんだぜ?」
「まぁな。とは言え、この仕事にコンビもクソもねぇってこったろ?俺は今フリーだしな。」
(そりゃそーだけど・・・・・・ああ、そういえばこいつ今1人でやってんだっけ。)
「おぉ、そーいえばカヤちゃんの調子はどうなんだ?」
ウソップは、勢いよく振り返ると、よくぞ聞いてくれましたとばかりの満面の笑顔で近寄ってくる。
「順調、順調!!日に日に腹もでっかくなってきてよぉ。こう触るだろ?そうすっと俺が解るみたいで元気に腹を蹴ってくるんだ
ぜぇ。これは、俺に似て天才が産まれてくるにちがいねぇ!!」
俺の腹に触りながら力説するウソップの手を引き剥がしながら俺は苦笑いを漏らす。
「そ・・・そりゃ楽しみだな。で、予定日いつだっけ?」
「へへへ、なんと、俺様と同じ4月1日が予定日なのだ!!」
「そりゃ大変だ!」
「は?」
「いや、なんでも。」
つい、本音が口をついてでてしまい、コホン、と咳払いをして話を続ける。
「で?ガキが出来て、仕事のパートナーはどうすんだ?いつまでも1人ってわけにはいかねぇだろ?」
「そこなんだよなぁ。カヤは産んだら親に預けて仕事に復帰するって言ってんだけど、あいつあんまり身体が丈夫なほうでもねぇ
し、できれば、子育てに専念して欲しいんだけどなぁ。あいつも1度言い出したら言うこと聞いてくんねぇからなぁ・・・・。」
(って、困っているわけじゃなくて、デレデレ鼻の下伸ばしやがって。結局はノロケかよ。)
ちょっと振った話題を後悔しながら頷いていると、俺の携帯電話の着メロが鳴り響いた。
この曲はナミさんからの仕事の電話だ。
「はい、サンジですvvv」
[あ、サンジ君?悪いけど急に仕事が入ったのよ。そっちにはチョッパーとビビを行かせたから、すぐに現場に向かってちょうだ
い。詳しくはメールで送っといたから。そーゆーことで、よろしく。]
相変わらずだ。こちらの返事も待たず、言いたいことだけ言うと通話を切ってしまった。
(ま、俺の返事はOKしかありえないけどな。)
「ウソップ!!仕事だ!!」
俺たちは現場に向かう為に車へと走った。
俺たちは、いわゆる「便利屋」とか「何でも屋」って言われる仕事をしている。
「ABP」って言えば、その世界ではちょっとは名の知れた裏組織だ。
裏って言っても、悪いことをやってる訳じゃない・・・・と思いたい。
警察や国の機関にも手におえないと判断された事件を裏で動いて解決へと導いたりしてきた。
表向きは、もちろん警察の手柄だけどな。
だから、こんな組織があることを普通の人間が知ることは無く、気づきもしないだろう。
命に関わるハードな仕事が多いのは想像していただけるだろうか?その分高額な報酬はいただいているのだけれど。
こんなことに税金が使われていると知った国民の反応も見てみたいが・・・・そこまでの勇気はさすがにない。
もちろん、こんな事件ばかりをあつかっているわけではない。
表向きにも違う会社名で便利屋の仕事をやっているので、忙しい時には何年も休みなく働かされることもある。
できれば、表の仕事だけやってられればありがたいのだが、この国も本当の意味では平和ではないのだろう。凶悪な事件、悲しい事 故はいつまでも尽きることはない。
それが仕事とは言え、俺としてはあまり歓迎できるものではないのだけれど。
ノートパソコンを立ち上げ、情報を呼び出す。
場所は都内ではあるが、都下と言われる南西部に位置しているC市だ。
サッカーチームのホームスタジアムがあり、商店街にはチーム名の入った小さな旗が沢山飾られ、市でも力を入れて応援していること が伺える。
コンサートなどにも使われていることから、意外に他県の人にも名は知られているかも知れない。
今回はこのスタジアムで事件は起こった。
俺はウソップにも解るように声に出して情報を読み始めた。
ここ、数ヶ月、世間を賑わせている事件の中に「連続爆破事件」がある。
警察の懸命な捜査も空しく、解決の糸口は全くつかめていない。
必ずと言っていいほど、犯行予告があるのにもかかわらずだ。
そして、今回は10件目の標的に、このスタジアムが選ばれたらしい。
過去の事件の詳細を軽く引っ張り出す。
ビルやマンションなど建物ばかりを狙っていて、最初はゴミ箱が燃える程度だった物が、回を追うごとにエスカレートし、車が何台か吹 き飛ぶくらいには確実に破壊力も増してきている。
今までは、予告があったために、人への被害を防ぐことができたが、今回はそうはいかないようだ。
予告時刻は午後5時。超が付くほどのアイドルグループのコンサートの真っ最中だ。
現在、午後2時。3時30分から始まるコンサートの為、すでに開場している。
すぐに非難させたいところなのだが犯人から
「観客が逃げ出したり、警察が介入したら予告時刻に関係なくリモコンで起爆スイッチを押して、爆破させる」
と言ってきたらしい。
どこかから、この状況を犯人は見ているのだ。
人命にかかわることでは、強行に警察も動くことはできず、それでも気づかれないように小さな作戦を実行してはいるらしい。
俺たちは俺たちで動くが、邪魔だけはしないで欲しいものだ。
車を関係者入り口につけると、すぐに警備員が出てきた。
俺は仕事用の名刺を取り出す。
業界っぽく「ABPプロダクション」と印字されたものをさりげなく見せ、態度を大きめにマネージャーを呼ぶように伝えた。
もちろん事務所側から手は回してもらっている。
電話の盗聴にも気をつけて、携帯のメールを使うように指示してある。
(?・・・・・この警備員?)
俺は何か引っかかるものを感じながらも、迎えに来たマネージャーの後について楽屋へと向かった。
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「サンジさん!!」
廊下の奥から俺を見つけて走りよって来るのは、今人気のアイドルグループ「S・H(エス・エイチ)」のメンバーの一人「匠」だ。
今どきの若者らしくスラリと伸びた手足にサラサラとした短めの髪を茶色く染めている。
「おい、サンジ。お前、アイドルにも知り合いがいんのか?」
スーツにメガネをかけたウソップが俺を肘で突きながら小声で問いかけた。
「前の仕事でちょっとな。」
「へぇー。」
メンバー5人の中で一番幼さを残す匠が、くったくのない笑顔で俺に抱きついた。
小柄な彼を抱きとめ、身体はでっかくなっても、まだ子供なのだと思うと自然に笑顔がこぼれる。
「コンサート見に来てくれたんですか?」
きらきらと大きな瞳を輝かせて答えを待つ姿は、遊んで欲しそうな犬のようで、余計に笑いを誘う。
こんなやんちゃ坊主みたいなところが世の女性に受けているのかもしれない。
(ま、顔も整っているけどな。)
「久しぶりだな、背ぇ伸びたんじゃないか?」
「そりゃ、そうですよ。小学生の頃から変わらなかったらショックじゃないですかぁ!!」
それでも、まだふっくらとして見える頬が大人になりきれていないように思わせる。
あの頃も他の4人は遠巻きにしていたが、匠だけは俺にベッタリと懐いていた。
(こいつの物の考え方ってゾロに似てて、あいつもこんなガキだったのかと思うと、つい過剰にかまっちまうんだよなぁ・・・)
彼は俺の周りをキョロキョロと伺い、ウソップのことを見つめながら、小声で「ゾロは?」と聞いてきた。
「今日は別行動。」
という俺の返事を聞くと、あからさまに安堵した様子で大きく息を吐いた。
(そういや、こいつゾロのこと苦手みたいだったもんなぁ。似たもの同士のぶつかり合いってやつかねぇ。)
あの頃の2人の漫才のようなやり取りを思い出してプっと吹き出してしまった。
匠が1人でライバル意識燃やしてつっかかって。
(そーいえば、こいつ、ゾロのことは呼び捨てにしてるんだよな。)
大型犬にキャンキャンと吠えまくるちっちゃな子犬の姿が目に浮かび、また可笑しさと可愛さが増す。
「おい」
ウソップに小突かれて、時間がないことを思い出し、俺は匠だけ連れて廊下の隅へ移動した。
何故直接アイドルグループに接触しようとしたのか。
それは、連続爆破犯の目的が、彼ら「S・H」にある可能性も捨て切れなかったからだ。
ここまで建物ばかりを狙った9回の爆破で、次も建物を爆破するのが目的と思わせることは簡単にできる。
だが、もしも、今までの9回が囮で、このスタジアムでのコンサートが本命だとしたら・・・。
これまでは条件を提示してきたことなどなかった犯人が、今回に限って条件を付けている。
そこのところの真意が、彼ら「S・H」狙いならば説明がつくのだ。
俺はこいつらに真実を告げるのはやめようと思っていた。でも、協力してもらった方がいいのかもしれない。
ただし、緊張に耐えられず失敗しそうな他の4人には内緒で、度胸のある匠にだけそっと今回の事件を簡単に耳打ちすることにした。
「匠、お前に話がある。ちょっと耳かせ。」
大人しく耳を傾けた匠は最初こそビクっと身体を揺らしたものの、話を聞き終わる頃には、おもちゃをもらった子供のような顔つきで
「面白そうだね。で、俺は何すればいいの?」
と聞いてきた。
こんなところも、ゾロに似てやがるんだ。
俺もなんだか楽しい気分になって笑顔で、今回の作戦を打ち明けた。
(楽しんでる場合じゃないんだけどな。)
わかってても、ワクワクする気持ちは止められない。
だからこそ大変でもこの仕事が辞められないのだろう。
(一生やってくつもりなんて無かったのにな・・・・。)
あの男と出会っていなければありえなかった人生。
最高の男と出会えた最高の人生。
(早く、俺の隣に帰ってこい。)
今はいない隣の存在を少し寂しく感じながらも、俺は匠の肩を叩いて後を頼み、ウソップと共に次の行動を起こす為に動き出した。
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「S・H」のメンバーは5人ともレギュラーのテレビ番組やドラマなども掛け持ちで持っている。
中高生グループなので平日は放課後から21時までしか時間を作ることができないため、実質、土日祝日のみで全てをやりくりしている 状態だ。
そんな彼らには、コンサートを行うだけでもかなりの労力を必要とする為、冬、春、夏の学校が長期のお休みになる所でしか機会を作 ることができない。
リハーサルをし、1つのプロとしての見せられるショーを作り出す為には、その場ですぐに、という訳にはいかない。
何日間かの準備期間を経て作り上げる時間が必要となるのだ。
冬、春は東京のみ。夏は全国10箇所を2日づつが精一杯だ。
その限られたコンサートをできるだけ多くの人に見てもらいたい為に、武道館やドームでは無く、スタジアムが選ばれた。
スタンドのみでも5万人収容できるスタジアムの3分の1を贅沢にステージとして使う設計になってはいるが、グラウンドの残りの部分は アリーナとして使用するため、4万5千人以上は収容できる計算だ。
それでも、チケットは発売即日にソールドアウト。
プレミアチケットとして出回っている金額は数十万とも言われている。
これだけの人数の座席の下など1つ1つを調べるのは、2人では不可能に近い。
だが、客として潜り込んだ十数名の警察関係者が手分けしてチェックを開始したらしい。
その他にも、手は打ってあるのでそちらは彼らにまかせ、俺とウソップは一般の人が入れないバックの部分のチェックに向かう。
このスタジアムはグランドスタンド側に地下1階、1階、3階、5階と主催者や報道関係者の使用できる施設が多く作られているのだ。
「ウソップは3階と5階、俺は気になる場所があるからB1と1階の館内チェックをする。壁、天井、床、全て残らずチェックしろよ?」
「心配すんなって。」
ウソップは手のひらに収まるサイズの探知機を覗き込んで、親指を立てた。
「わかった・・・じゃ、見つけたら携帯で。」
機械のことは説明しなくても扱うことができる才能をもった彼だが、、いかんせん調子に乗りやすく、アイドル好きで好奇心旺盛なところ があり、心配の度合いが減ることはない。
しかし、今は彼が自分のパートナーなのだ。
信頼なくして、この仕事をやりとげることはできない。
探知機と自分の目で確認をしながら、先を急ぐ。
「何処に置くのが一番効果的か・・・俺なら・・・」
目的の場所は、俺たちに用意されたB1Fの控室から少しだけ離れた場所にある。
「そう、俺ならここだな。」
ステージへと続くダックアウトを通り、パテーションで仕切られたグラウンドへ出るとステージ下の上手側(ステージに向かって
右)にたどりつく。
簡易に作られた無骨な階段が上へと続き、約3メートル上方がステージとなっている。
だが、俺はステージには登らず、ステージを支える骨組みの部分の奈落(ステージ下のスペース)へと入り、隅から隅まで念入り
にチェックを行った。
「無い・・・な・・・検討違いか?本当にただの建造物爆破が目的だったなら・・・・」
思案しながらステージ上のチェックも終わらせて、ダックアウトから建物内にもどる。
その目の中に先ほどは気づかなかった1枚の扉が飛び込んできた。
「?ここ何だっけ?」
扉のノブをまわしてみるが、鍵が掛かっていて開かない。
館内地図で確認すると本当に小さな空間になっている。
「ちょっとした倉庫みたいなもんか。」
ここの鍵は管理会社がもってるのだろうか。
(いくらなんでも、こんなわかりやすい場所に置くわけ無いか。誰かが調べてるだろうしな・・・・。)
まだまだ、チェックしなければならない所はたくさん残っている。
先に進みながら考えを整理してみる。
客として紛れ込んでいる場合、ゴミ箱などに放置するか、自分の席の下にファーストフードなどの袋に入れて置いておけば、コンサート が終了するまで、誰も持ち上げたりすることは無いだろう。
爆破時間近くになったら自分は安全な場所に避難すればいいだけだから簡単だ。
「そっちの線なのか?」
そうは思うものの、それでも俺の勘が違うと訴える。
「こんな時、ゾロの野生の勘が役に立つのに。あいつ、どこにいるんだ?携帯はつながらないし、ナミさんも捕まらないし・・・」
考え事をしながら歩いていると、前方から警備員が歩いてきた。
先ほど入口の所にいた人だ。
軽く会釈してすれ違った。
歩きかけてから先ほどの倉庫らしい扉の事を思い出した。
警備員なら鍵の在り処を知っているかもしれない。
呼び止めるために振り向こうとしたその時、激しい衝撃が首筋を襲った。
何も考えることも出来ず、意識は白く散った。
気がついたときには腕は後で縛られ、口にはガムテープが貼られ、倉庫のような所に転がされていた。
8〜10畳くらいの広さで周りにはダンボールが積み上げられている。
トイレットペーパーやゴミ袋、石鹸液などの置き場らしい。
びっしりと置かれている為に人が2人すれ違うのがやっと、というくらいの通路分しかスペースは空いていない。
(何でこんなとこにいるんだっけ?)
起き上がろうと身じろぎすると背後から声がかけられた。
「気がついたか?」
俺は声のする方へと、なんとか顔を向けることに成功した。
ある程度予想はしていたが、やはりそうだったのか・・・。
「俺のこと、覚えてないのかなぁ。俺はよーくあんたのこと覚えてるんだけどねぇ。」
俺は警備員の顔を凝視した。
「あの時、あんたが余計なことしなきゃ、俺は職をなくさないで済んだかもしれないのに。あんたのせいで俺の人生めちゃくちゃだよ。」
何の話なのか俺には検討もつかない。
(知ってるやつか?・・・こいつ・・・たしかに記憶の隅に引っかかりを覚える・・・けど、誰だ?)
「まだ、思い出さないのか?そんなに、俺は影が薄かったかなぁ。え?!」
「んっ!!」
ドスンと腹に衝撃が走る。
男の革靴の先が脇腹にめり込んだ。
あまりの激痛に息が止まる。
「俺の心の痛みはこんなもんじゃないぜ?」
痛みで横向きに背を丸めた俺の鳩尾にもういちど靴先がめり込んだ。
嘔吐感が押し寄せ、冷や汗が噴出す。
男は、ふふふふと不気味に笑うと俺の胸倉を掴んで顔を近づけた。
「綺麗な顔だよなぁ・・・・もったいないけどあいつらと一緒に吹き飛ばしてやるから、ここで怯えながら最後の時を待ってなよ。」
ニタァと口を引き上げると、そのまま、倉庫から出て行った。
目の焦点が合っていなかった。薬でもやっているのかもしれない。
どこかおかしな表情は、すでに善悪の区別もつかなくなっているのだろうと思える。
(は!!「あいつらと一緒に」って言ってたよな?!ってことは、あの時の仕事と関係が?)
俺は、S・Hと関わることになった3年前の仕事のことを思い返そうとしたが、それよりもまず、ここからなんとかして脱出しなければなら ない。
そして、爆弾の位置がわかったことをウソップに知らせなければならない。
俺の身体の真横に置かれている箱からカチカチと音が聞こえている。
(さて、どうしたもんか・・・・。)
携帯は、ヤツに奪われてしまった。
(クソッ、ウソップが気づいてくれれば・・・・)
気を失った人間を抱えて歩き回れば目立つことになる。目立つことなくあの場所から、俺をすぐに隠せるような場所。
それは、あの気になった倉庫しかありえないないだろう。
近くにあったのはシャワールームやロッカールーム、トイレ、大会本部室と言われる普通の部屋、あとはエレベーターに階段くら
いなのだから。
この倉庫に爆弾を仕掛ければ、確かにその時刻の表の人通りは激しいし、うまくいけばあの子達の命を奪うこともできるかもしれな い。
何とか外にいる人に気づいてもらえる手段はないのだろうか?
縛られて自由にならない足を地面に打ち付けてみるが、外に聞こえる音とは思えない。
(何か大きな音の出るもの・・・)
部屋の中を見回す。
(頭を動かすだけのことが、こんなに困難だなんて、こうなってみないと気づかないよな。)
扉の方を頭にして腹ばいに横たえられているため、足のほうを見るのも困難だった。
(!!)
足元左側の角に、取り上げられたはずの鍵の束が捨てられていた。
こんな物で何も出来るわけはないと捨てられたのだろう。
(普通なら、そう思うよな。でも・・・。)
俺は四苦八苦しながらも時間をかけて何とか上半身を起こすことに成功する。
芋虫のように尻をズルズル引きずりながら、部屋の隅までたどり着くと、足で鍵の束を引き寄せる。
(これの事で、あの男に感謝するとは思わなかったな。)
俺は、鍵をつけているキーホルダーをくれた緑の頭の愛する男に、これをもらった時のことを思い出した。
『お前はお人よしだから勘違いされるんだ。今度何かあったら躊躇無くここについてるマスコットを引き抜け。大抵のヤローは、このデ カイ音にビビって逃げ出すからな。それに、この音が聞こえたらすぐ駆けつけられるし。』
女じゃないんだから、いやだと返事をすると
『仕事の度に押し倒されてんじゃねぇかって俺が心配なんだ。もし、そんなところに遭遇したら今度はぶちきれて殴り殺しちまうかもしれ ねぇ。お前のことでは冷静でいられないからな。』
ズキュンときた。
普通なら恥ずかしいセリフも、普段寡黙な男に言われると恥ずかしいどころか逆に嬉しくて。
ゾロにそんなことまで言われたら、持ち歩かないわけにはいかないじゃないか。
たとえそれが、女の子が好きな赤いリボンを付けた白猫のマスコットだとしても。
単にあいつのセンスの問題なのか、それとも、言い寄られる俺に対してのお仕置きのつもりだったのかは別として。
(あともう少しっ!!)
体の後ろで手首を拘束されている手で、鍵を掴む為に指を伸ばす。
うまく掴むことができず、何度か角度を変えてチャレンジしてみる。
(あとちょっと!!)
中指がふれた。
痛みを我慢して更に指を伸ばす。
頼む!!あと少しだけなんだ!
中指の間接に鍵が引っかかった。
すぐにマスコットを引き寄せる。
(よっし!!あとはこれを引き抜けばっ!!)
ビーーーーーーーー!!
大きく音が鳴り響く。
俺とゾロを繋ぐ音が。
(頼む、誰かこの音に気づいてくれ!!)
後は待つだけだと思って安心したその瞬間_____軽快なリズムの曲が大音量で流れ始めた。
コンサートがスタートしてしまった。
この音で、こちらの音がかき消される。
(クソッ!!)
一瞬にして地獄に突き落とされたような気分になった。
「遅い。遅すぎる!!サンジのやつ、どこで手間取ってやがるんだ?」
ウソップは、3階と5階のチェックが終わり、爆発物を発見できなかったことを、サンジに報告する為に携帯に電話してみるがつながら ない。
「電波が届かないわきゃねぇんだから、・・・・電源を切ってんのか?」
サンジが仕事中に電波を切るなどありえない。
(何かあったのか?嫌な予感がしやがるぜ・・・・。)
それでも、今はミッション中なのだ。自分はまず、事件解決のために動かなければならない。
「連絡が取れないなら、後は自分の足で動くしかないよな。」
ウソップは、サンジ担当の1階へと階段を降りた。
各部屋を念入りにチェックしていく。
もちろん、B1階とステージもチェックするが、爆発物は発見できない。
サンジの姿を見つけることも。
「どうなってやがるんだ?何か発見してそっちに向かったのか?それならいいけど・・・・。」
駄目もとで、もう一度携帯に電話してみる。
やはり、つながらない。
「バッテリー切れ・・・・・って事はないよな。そんな初歩的なミスはありえねぇ。」
落ち着かない気分を抱えながら、とりあえず、自分たちにと用意された控え室へと戻った。
床と壁がビリビリと振動し始めた。
「始まったか。」
予定通りの時刻にコンサートがスタートした。
「もう、時間がねぇ。どうする?____サンジ、連絡くれ!!」
どうする?
どう動けばいい?
俺は機械いじり担当で、こういうのは苦手なんだよ、ちくしょー!!
「落ち着け、俺。とりあえず、ゾロに連絡取ってみよう。うん、そうしよう。」
ゾロの携帯の短縮番号を押す。
「よし、呼び出し音は鳴ってる!!」
早く出ろ!!
頼む、出てくれ!!
「よお!!」
携帯の呼び出し音は続いている。
それなのに背後から聞こえた今の声は!!
携帯を耳につけたまま振り返ると
そこには目的の男が立っていた。
「は、よかったぁ・・・・・・・・・・。」
まだ、事件が解決したわけでもないのに、この男の顔を見ただけで大丈夫だと安心感が押し寄せ、その場にへたりこんだ。
「でも、なんでここに?」
「あの女!!俺にしかできない仕事だって言うから行ってみれば、なんのことはねぇ、一番でかいモミの木を森から切り出して運んで来 いだと!ふざけやがって!!」
眉間の皺を更に深くし、こめかみには、血管が浮き出るほど怒っている。
「ヘリに乗せられて山奥に落とされた。携帯の電波も届かないようなところから、俺が迷わずに帰れないのを知っててやってやがるん だ、あの女!!」
いや、それは・・・・・ありうるけど・・・・。
「そりゃぁ、大変だったなぁ・・・・・って、そーじゃなくて、こっちも大変なんだ!!」
「ああ、だいたいは聞いてる。で?あいつは?」
「それが、いないんだ。」
「?」
ウソップは今までの事情をかいつまんで話した。
黙って最後まで話しを聞いていたゾロは、そのまま何も言わずに走り出した。
「って、おい!!何処行くんだ?俺を置いて行くなよー!!」
ゾロは振り返りもせず、ステージの方へと走って行ってしまった。
「心配なのは解るけど、何か指示してから行ってくれよなぁ。」
スタートから立て続けにアップテンポな曲を5曲歌った。
この後はメンバーがそれぞれ好きな曲をソロで歌う。
まずは、匠がトップバッターだ。
「今日ここに来てくれたみんな!どうもありがとう!!そして、メリークリスマス!!」
ステージ上には元気に動き回る匠の姿がある。
身体は小さくても目を離すことが出来ない魅力と存在感に溢れている。
そんな彼の呼びかけにキャーキャーという黄色い悲鳴のような声援や「タクミー!」と名前を呼んだり「メリークリスマス!!」と返したり など、たちまち大歓声が上がる。
その声を慣れた調子で左手を上に挙げただけで収め
「今日は____」
匠が話し始めると少女たちは静かに彼の声に耳を傾ける。
「クリスマスプレゼントを用意しました。ある物をスタッフに頼んで隠してもらったんだけど、それを探し出すことが出来たら、全員には無 理だけど抽選で24名に、僕が自分で撮った変な顔生写真にサインをつけてプレゼントしまーす。何故24枚か・・・それは、24枚撮りの インスタントカメラだったからなんだけど・・・・。それから、見つけてくれた人には、このコンサートが終わった後の楽屋にご招待しまー す。探してもらう物は1つだけ。紙袋に入ってるかもしれないし、ビニール袋や新聞紙で包んであるかもしれないし、ゴミ箱に入ってたり して・・・・イスの下にガムテープで貼ってあるってこともあるかも?僕もスタッフに頼んだから、どうなってるかは知りません。カチカチと 音がする時限爆弾の形をしています。これには、時間を気にせず僕たちとエネルキーを爆発させようって意味があるんだけどね。ただ し、自分の席からは移動しないでね。けが人は出したくないから自分の座席周りだけ確認してください。約束守れるよね?」
匠の問いかけに「はーい」とそろった返事が返る。
匠はにっこり笑うと話を続けた。
「見つけたら、すぐに近くにいるスタッフに声をかけてね。時間以内じゃないと無効になるから気をつけて。制限時間は今から5分です。 それでは___レディ GO!!」
ザワザワと人並みが動く。
一歩間違えれば、大パニックを引き起こしかねないゲームだ。
普段であれば絶対に許可が下りないことだが、今日は特別だ。
クリスマスだからではない。
探してもらっている爆弾は、本物なのだ。そしてこの事実を知っているのはメンバーの中では自分だけで。
あとは、マネージャーと事務所の社長だけ。
スタッフにも秘密にしてある。
パニックを起こされたら困るから、最小限の人数に止めるようにサンジさんから指示を受けている。
ここで、見つかってくれることを祈っている。見つからなければ、絶望的だ。
バックステージを探しているはずの、サンジさんとウソップさんからは連絡がない。多分発見できなかったのだろう。
俺が見つけて、皆を助けて見せる。
匠の瞳は、力強く、ステージ上からスタジアム内を見回した。
この音は誰にも届かないのか?
誰にも気づかれること無く、このままここで?
冗談じゃない。こんなところでくたばってなんかやるか!!
どうしても諦めなければならないその時は、あいつの傍でなきゃ駄目だ。
あいつの声の聞こえる、あいつの体温を感じられる、身体に触れられる・・・いや何よりも、あいつの力強くて優しい気配を感じられる所 でなければ駄目なんだ。
(ゾロ)
愛する男の名前を口にすることも出来ない。
何とかならないのか。
本当にもう会えないのか?
(クソッ!!)
こんな所でという気持ちと、もしかしたらという弱い気持ちとが交互に胸を締め付ける。
神様でもなんでもいい!
俺を、あの男の横に戻してくれ。
頼む!!
時間は刻々と進んでいく。
何もできずに、ただ、時間だけが無常に。
(この音が聞こえたら、来てくれるって言ったじゃねぇか!!クソマリモ!!)
心の中で叫ぶ
愛する男を呼ぶ
その時
ガンッ!!ダンっ!!
扉を吹き飛ばして
一番会いたかった男が
鮮やかな緑の髪をした男が
はあはあと胸を上下させながら飛び込んできた。
ああ_____この瞬間の思いを俺は二度と忘れないだろう
腕と足を縛っていたロープを外し、口のガムテープを剥がしてくれた。
俺はもう一度会えたことが嬉しくて、
二度と触れられないかもしれないと思った男に触れられることが嬉しくて
ゾロの首に腕を回して抱きついた。
ゾロは一度ギューっと力を入れて抱きしめ返してくれ、
俺はうれしくて、もっと触れ合いたくて、更に力を入れて抱きついた。
ゾロは優しく俺の顔を胸がら引き剥がすと、両頬に手を添え上向かせ、俺の唇をやさしくなめた。
「つ」
ピリっと痛みが走る。
男に蹴られた時に、どうやら切れていたらしい。鉄の味が口の中に広がっていたのに気づかなかった。
ゾロに合えないかもしれないことに比べたら、こんなものどおってことはない。
なのに、蹴られた俺よりも痛そうな顔をして、俺の唇の上を親指がやさしく触れて離れていく。
俺は心配ないという意味も込めて、ゾロに口付けた。
ゾロは最初、傷を気遣うように触れるような優しい口付けを返してくれた。
でも、俺は満足できなくて、舌を差し入れ絡めてもっと深く彼を感じたくて。
俺の誘いに答えてくれる彼を迎え入れ深く深くむさぼるように。
俺の全てが愛しいと言ってくれているように、右手は情熱的に後頭部と首筋を支え、左手は、優しく背中を愛撫してゆく。
ああ、ゾロ
本物だよな
また会えた
触れて
今、俺を包んでいる熱さは
確かにお前のものだ
そこまで来て、俺はやっと安心することができた。
もう、大丈夫
この男が傍にいれば
「すまん、こんなことしてる場合じゃなかったな。」
俺は、人心地つくとゾロの腕の中から抜け出した。
未練気に、ゾロの腕が俺の頬に触れてからそっと離れる。
「せっかくお前から誘ってくれたのにな。」
な!__________________
多分首から耳までも真っ赤だろう。
「クソマリモ!!へんなこと言ってないで、早くそれをなんとかしろ!!」
俺は爆弾の入った箱を指差した。
ゾロはニヤっと笑いながら「続きは片付いてからな」とウインクまで付けて、ウソップへと電話をかける。
「俺だ。見つけたからすぐ来い。ダックアウトに続く廊下を右に曲がった突き当たりだ。ドアが壊れてるからすぐにわかる。」
それだけ言うと電話を切った。
あとは、ウソップに任せておけば大丈夫だ。
「で、お前をこんなにしたヤツはわかってんのか?」
「ああ、警備員だ。あのヤロー 絶対に許さねぇ!!」
ゾロの顔を見ると真剣な瞳で頷いた。
拳を打ち付けあうと、そのまま並んで走り出した。
もちろん、事件を解決する為に。
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走ってたどり着いた警備室に、めざす男の姿はなかった。
「あ〜、そういえば見回りに行ったきり戻って来ないなぁ。もうすぐ戻るはずですが・・・何か?」
警備室の残っていたらしい同僚の警備員は、随分前の出て行った同僚に用事があるという自分達に怪訝な顔をしている。
それでも、至急会いたい旨を話すと、いつもの見回りのコースを教えてくれた。
もう、爆破まであまり時間も残されていない。
「仕方ない。手分けして探そう。」
俺の提案にゾロも眉間に皺を寄せながら頷いた。それしか手がないことはお互いわかっているのだ。
わかっていても心配なのだろう。俺の二の腕を掴んで、言い聞かせるように忠告する。
「いいか?見つけたら行動を起こす前に俺に連絡しろ。近くのヤツから携帯奪ってもだ。いいな?」
「だけど」
「わかってる。お前が自分でヤツと決着をつけたいと思ってるのは。それでも、だ。」
そんなに?
そんなに俺は信用できない男と思われてしまったのか?
心配してくれる気持ちはわかる。
でも、俺は自分で決着をつける力があると自分自身を信じたいんだ。
なのに。
お前は信じてくれないのか?
「それでも、お前だけにやらせたら、俺の気がすまないからな。俺の大切なものに傷をつけたおとしまえはつけさせてもらう。」
ははは。
そう、そうだった。
この男はこういう男だ。
俺よりも更に熱い。
信用とかそんな問題じゃなかった。
やられた分はやり返す。
ただ、それだけ。
自分の思うようにやらなければ気の済まない男だった。
「・・・・・・わかった・・・。連絡する。」
俺の言葉に当然というように頷く。
その横柄な態度だけなら普通ムカつくのかもしれないが、「俺の大切な」の言葉と、その後に必ず俺の大好きな笑顔になるから、見と れてしまって怒る気にもなれない。
別れ際に、腕を引っ張られ強引に口付けて走り去って行く。
「中途半端にこんなことすると、離れたくなくなるから嫌なんだ。しかも、こんな公共の廊下で、誰かに見られたらどうする気だ?」
そう口では言いながらも、頬は紅潮し口元は緩んでしまう。
ああ、緊張感が・・・。
「クソマリモ!!この仕事失敗したらお前のせいだからな!!」
失敗などありえないと信じていても、悪態をつかずにはいられなかった。
全階を走りまわって探したけれど、あの憎い犯人の姿を見つけることが出来ない。
あとは、見回る場所ではないはずのコンサート会場しか残っていない。
近くの入り口から歓声と熱気が渦巻く会場に入ると、そこは右斜め下にステージを見下ろすスタンド席だった。
コンサートの曲に合わせて踊り跳ねる少女たちの中にあの男が混ざっていないかと目を凝らし見回す。
会場内の通路や階段を移動しながら、見逃さないように集中して。
半分くらい移動しただろうか。いつの間にか、ステージを正面でみることができるスタンド席まで移動していた。
「ここじゃないのか?」
(検討違いのところを探していて、実はもうこのスタジアムから遠く逃げてしまってはいないだろうか?)
少しずつ不安が脳裏をかすめていく。
その時
頭一つ分少女たちから飛び出している男と目が合った。
制服から私服に着替えていて印象が変わっているが、間違いないあの男だ!!
俺に気づいて驚いて目を見開いたのは一瞬で、男はすぐに身をひるがえし走り出した。
「逃がすか!!」
そうは思うものの人ごみの中、上手く追いつく事が出来ない。
だからといって、ゾロに連絡を取るために、今、速度を緩めるわけにはいかない。
こんな所で携帯を借りるために、逃したりなんかしたらオシマイだ。
きっとゾロにだって呆れられてしまうだろう。
「クソっ!!誰でもいい!!ヤツの足を止めてくれ!!」
俺の叫ぶ声は音楽と歓声にかき消されてゆく。
誰か!
頼む!!
ゾロっ!!!
その想いを受け取ってくれたかのように、男の行く先を遮るようにゾロの肢体が上の階の柵を飛び越え、降り立った。
その距離は2メートルも無い。
「あきらめな。もう逃げ場はない。」
ゾロの艶のある低いあの声が会場に響き渡る。
男はブレーキをかけ、こちらに戻ろうとするが、俺が近づいていることに気づいて、どちらにも行けず前後を何度か見た後、あきらめた ように立ち止まった。
前後を挟まれた男は、何を思ったかポケットから俺の携帯電話を取り出した。
「動くな!!近づいたら隠しておいた爆弾を爆破する。この携帯で起爆番号を送信すればそれで終わりだ!!」
「倉庫に置いてあったものは、もう解体も終わった頃だ。」
ゾロが落ち着いた声で答え、少しずつ距離を縮める。
「バーカッ!!あれだけだと思ってるのか?くっくっくっ!!どれだけの人間が吹っ飛ぶか試してみるか?」
気が触れたように笑いながら、携帯のボタンをゆっくり押していく。
(何?!まだ隠してやがったのか!!)
「キャー!!」
男の近くにいた少女たちが2,3人悲鳴をあげる。
(まずい、パニックになったら!!)
俺は焦って回りを見回し、すぐに動けるように身構えた。
?
何かがおかしい。
1度悲鳴があがったきりで客席は静まり返っている。
しかも、ステージ上の5人も歌っておらず、こちらに注目している。
気づけば、会場内の全ての視線がここに集中しているのだ。
悲鳴をあげた少女たちも逃げるどころか上気した顔でこちらを見つめている。
(何だ?)
「ば〜ぁか、は お前だろ?」
匠が男を指差しながらマイクで叫んだ。
「隠してあった爆弾は会場内の皆の愛のパワーで、すでに発見済みさ!!残念でした〜。って訳でお二人さん、こてんぱんにやっつけ ちゃって。」
「・・・りょーかい」
ゾロが、匠からの指示に不本意そうな顔で答えている。
(な・・・なんだ?しかも、今更だけど、何でこんなにゾロの声が鮮明に聞こえるのかと思ったら、あれってヘッドセットマイクじゃ・・・。)
「では遠慮なく。」
ゾロが真剣な表情で身構えた。
彼の背中から炎のようなものが立ち上ったのように、空気の色が変わる。
(っと、こんなところで呆けてる場合じゃない。俺も遠慮なんかしない。)
ゾロは助走分の力も倍増しになった拳を鳩尾に叩き込み、俺は背中を向けてガラ空きになっている後頭部に会心の回し蹴りをはなっ た。後頭部と鳩尾に強烈な一発を同時に食らった男の体は、くの字に折れ曲がり、そのまま顔面から昏倒した。
ウワーッ!!
途端に音の洪水。
静まり返っていたのが嘘のような歓声の声・声・声。
スティックを打ち付ける音に続いて、演奏が始まる。
「みんなー、ありがとー!!皆の愛のパワーで、俺たちは救われました。では、僕たちからみんなへの愛のお返しです。」
匠のMCの後、チャート上位に食い込み続けたヒット曲の歌声が響き出した。
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「どういうことだ?」
俺たちに与えられていた控え室に戻ると俺は真相が知りたくて、ゾロを睨みつけた。
「ああ、これか?」
ヘッドセットマイクを頭から外すと、値段など知るかというくらい無頓着にソファの上に放り投げた。
ゾロはそのまま絨毯が引かれた床の上に胡坐をかき、ソファの側面に寄りかかった。
「あの男を捜してる途中に、ガキに捕まって、「会場から見つかった爆弾は警察に渡した」ことを聞いた。それでも、まだ、会場がパニッ クになる危険が解消されたわけじゃねぇから、念のために持たされた。」
「で?」
「何が起こっても芝居のアトラクションだと客が思い込むようにしとくって言ってるし・・・たしかにパニクったやつらに邪魔されんのも面倒 なんで受けた。」
「それで?」
「それだけ。」
「それだけ?・・・うまくいったからいいものの、客の1人でも人質に取られてたらどーするつもりだったんだ?」
「こっちも取ってたし。」
「は?」
「やつの5歳になる娘をナミが連れてくるように手配してたからな。」
(!!いつの間にナミさんと連絡とりやがったんだ?)
嫌いだって言う割には俺よりも連絡を取り合っているような気がする。
「何で娘がいるってわかった?」
「警備会社に問い合わせて履歴書を入手。本物だった。」
本物だったということは、計画に自信があったか、もしくは、ここを爆破する為についた仕事ではなく突発的な犯行だったか。
そうなると、連続爆破犯では無い可能性も出てくるわけか。
「_______しな。」
「え?何?」
自分の考えに没頭していてゾロの言葉を聞き逃した。
「・・・・俺ら2人揃ってて失敗するつもりもなかったしな。」
同じことを、しかも、この内容のことを言うのに少し照れたのか横を向いてしまった。
照れながらも、俺を信頼してると告げてくれている。
そして、俺も、この男を信頼している。
そうだ、今更終わったことをグチャグチャと言ったところで仕方がない。
俺たちで、仕事を完了させたという事実だけが必要なことだった。
今、俺たちは生きてここにいる。
ゾロの傍らで
ゾロの息遣いを
ゾロの気配を
感じることができる
そのことだけが大切だった
俺は自分自身の身体が熱く高揚してくるのを感じていた。
そんな俺の変化がわかるのか、ゾロは何も言わず、両手を広げて俺が歩み寄るのを待っている。
ゆっくり近づいて目の前で膝をつくと、ゾロの両頬を包む様にして自分から口付けた。
ゾロの両腕が俺の腰を抱きしめる。
ついばむ様なキスから段々と深いものへ。
ガチャ!
「よお!!お疲れ!!」
ウソップの存在を忘れていた自分が悪かった・・・。
鍵くらいかけておくべきだった。
そう考える思考とは別に、俺のフットワークはメチャクチャ軽く、記録的な素早さでゾロから飛び離れていた。
「世間はクリスマスイブだなんだと大騒ぎなのに俺たちはクタクタになるまでお仕事か・・・」
ウソップがホテルの部屋の鍵をカードキーで開けながらグチを言う。
「しかも、この後、報告書もまとめなきゃなんねぇし・・・はぁ。」
事件が解決してから4時間後にやっと警察から解放してもらえた。
裏の仕事とは言え、報告はしなければならず、何故か後の処理まで手伝わされたのだ。
「あれは、そうとうボスにふんだくられてるな。取られた分を俺たちで取り返そうとしてるんだぜ。」とウソップがぼやいていたが、本当に そうかもしれないというくらい働かされた。
俺は、何も言う気力も起きず、ソファに座るとテレビの電源を入れた。
「腹減ったなぁ。どうせおごりなんだし、バンバンルームサービスで取っちまおうぜ!!」
ウソップは、さっきまで疲れ果てていたはずの足取りがスキップでもしそうな軽さでメニューを探し出し、何だかんだと人の意見も聞か ずに注文している。
そう。今回の事件も、警察からの依頼で動いていたのだが、匠たちのグループ「S・H」が所属する事務所の社長から「無事、コンサート とあの子たちの命を守ってくれた御礼に近くのホテルを取ったので自由に使っていい」という言葉をもらったのだ。
もちろん、うちのボスにも許可はもらっている。
「クリスマスなんだから絶対シャンパンは必要だよな。一度、映画みたいにホテルで「苺とシャンパン」ってやってみたかったんだよな ぁ。うんうん。」
ルームサービスを注文し終わると、子供みたいにはしゃいで部屋の中を見て回るウソップを横目に、テレビで始まった特別番組に意識 を向けた。
今日の事件が取り上げられていた。
スタジアムでの「S・H」の記者会見の様子が流れた。
「もし、爆弾が見つからなかったら、数百、いや数千人の命が犠牲になったかもしれないですよね。どうするつもりだったんですか?」
「もうすでに入場を開始していて半分は入れ終えてたし、慌ててコンサートを中止しても爆破されるのだったら、自分たちの手で探すし かないじゃないですか。警察も介入したら爆破するってことだったし。俺たちは俺たちにできる精一杯のことをやったつもりです!!」
匠は意地悪く質問してくるレポーターに負けずに頑張って答えている。
そして、さすがにスーパーアイドルと言われるだけある。ファンへのアフターケアも忘れていなかった。
「あの時、爆弾を探すのを手伝ってくれた皆!本当にどうもありがとうございました!!皆に恐い想いをさせたくなくて黙って手伝わせ たりしてごめんなさい。そして、俺たちの命を救ってくれたことを感謝します。」
そこで、いきなり画面が切り替わり、警察署前らしい場所から中継がはじまった。
「連続爆破犯として本日16時45分ごろ現行犯で逮捕されたI市在住の大沢靖男42歳の取調べに対し動機と見解を次のよう発表しま した。3年前、この大沢が勤めていた広告代理店が倒産。「同アイドルグループのコンサート請負での失敗が原因であり、彼らがいなけ れば自分の現在の不運はなかった。」と犯人が話していることから逆恨みの犯行とみられています。また、詳しい情報が入り次第、お 伝えします。警視庁前から河原がお伝えしました。」
ブチッ
テレビの電源をゾロが消した。
3年前のコンサートの2日前、映像をふんだんに使った演出の為に用意されていたフィルムを保管していた広告代理店から出火。全て が灰になった。新曲を引っ提げての大きなプロジェクトを一括で取り仕切っていた為、海外で撮りためたプロモフィルムなど全てを一緒 に保管していた為の不運だった。取り直す時間的余裕もなく、途方に暮れていたところを俺たちの「表の顔」の方の会社が一手に引き 受け演出を練り直し、全てを成功させた。それも、たったの1日で。
それは、奇跡のコンサートとしてテレビで取り上げられ、「S・H」の名前は誰もが知るところとなった。
業界では俺たちも有名になり、しばらくはアイドルのコンサートばかり請け負って大変だった。
だが、その影で大沢の広告代理店の方は、いろいろと不運が重なり倒産の運びになってしまったとは伝え聞いてはいたが・・・。
「そうか・・・あの時の・・・・・・人助けと思ってやったことでも、恨まれることがあるんだな・・・・。」
「単なる逆恨みだ。お前が気に病む必要はない。」
ぼそっと呟いた言葉にゾロは大きな手のひらを俺の頭の上に優しくのせ、俺にだけ聞こえるような小さな声で答えた。
なんだか、そのしぐさが子供をあやすようで、ゾロの不器用さがおかしく、そして慰めようとしてくれる優しさに、笑って答えようとしたが 上手くゆかず、顔が変にゆがんだだけだった。
自分でもわかっていなかったが、泣きたかったのかもしれない。
こんなことでへこんでたら、この仕事はやっていけない。そんなのは十分すぎるほどわかっていたけど。
でも、ゾロの暖かい体温を感じたら、我慢しなくてもいいような気がして。
今日くらい甘えてもいいんじゃないかって。
そんな気になってしまったんだ。
それを察したようにゾロは、俺の唇をかすめるように盗んでから、まだ、バタバタと浮かれまくっているウソップの肩に腕を回し、その耳 に何かを囁いた。
1度は「えーっ」と不満の声を漏らしたウソップの顔色が、また、二言三言何かを囁かれた後、ボッと火を噴くように真っ赤になり、おもし ろいように青く変わってゆく。
そのまま、慌てて上着を引っつかむと転びそうになりながら部屋を飛び出した。
「ゾロ!!今度ホテルの食事おごれよな!!」
そこまで慌てていたにもかかわらず、交換条件を言い残すことは忘れないウソップもしっかりしてるというべきか。
ゾロが何と言って彼を追い出したのかは、聞かないでおいた方がいいんだろう・・・・。
扉が閉まりきるのも待たず、ゾロは俺を引き寄せ唇を重ねる。
大きな手のひらで背中を上から下へ辿るようにゆっくりと撫でおろしていく。
そうされただけで、しびれる様に身体が熱くなってゆく。
「俺のことだけ考えていろ。」
脳までシビレそうな艶のある低音でささやかれ、身体の力が抜けてゆく。
ガクっと膝が折れて力の入らない身体をゾロはソファに横たえ、俺のネクタイをことさらゆっくりと外す。
じれったくて我慢できない。
(早く!!早くお前の体温を感じさせてくれ!!)
他の事など考えなくてもいいように
何も考えられないくらいに
ゾロが自分のネクタイも外そうと手をかけ、緩めるために左右に揺らしながら引き下ろす。
ピンポーン
間の抜けた音が室内に響き渡る。
二人の視線は一瞬だけ玄関の扉の方を向くが、またすぐに続きを始めようとお互いに手を伸ばす。
ピンポンピンポーン
「・・・・・・・」
俺はあきらめてゾロに伸ばしていた腕を離し、ソファの上に座り直した。
ゾロは怒りのマークをこめかみに貼り付けながら、チェーンをかけたまま扉を少しだけ開けて外を覗いた。
無言のまま再び扉を閉めるとガチャリと鍵をかけた。
どうやら意に染まない人物だったようだ。
ドンドンと扉を叩く音に「帰れ!!」と怒鳴りつける。
「えーなんでー?開けてよー。サンジさーん、今ねぇ、ホテルの人からルームサービス受け取っちゃったから開けてー!!」
・・・・・匠だ。
「うるせーっ!!」
ゾロは怒鳴り返したが、今まさに時の人である彼が廊下にいることで、外はザワザワと大勢の人が集まり出した。
中には携帯で呼び出しをかける女性の声も混じっている。
そのままにしては、自分たちの安息の時間も無くなると判断して、俺がドアの鍵を開けた。
ゾロは1つ大きなため息を吐くと、チェーンを外しドアを開け、外に平然と立っている匠に中に入るようにアゴでそくした。
匠は、してやったりと得意な顔をしてワゴンを押しながら入ってくる。
俺は、ワゴンを匠から受け取ると、無言で料理をテーブルに並べ始めた。
「2人にしては量が多いんじゃない?俺も食べてっていい?」
そう言いながらイスに座り、返事も聞かずに、すでに料理を食べ始めている。
「それ食ったらとっとと帰れ!!」
ゾロが拳を震わせながら匠に怒鳴りつける。
3年前は無視して相手にもしていなかったのに、今回は「おあずけ」されたことでそうとう頭にきているのだろう。
他人に対して感情的になるゾロというのもめずらしい。
「クリスマスパーティしようよ。ケーキも頼んでさ。ね?」
匠はゾロの言葉をキレイに無視して俺におねだりするように首をかしげながら話しかけてくる。
自分の幼さを上手く利用して、目的を達するすべを心得ている。
頷きそうになってしまう自分の心を鬼にして首を横に振る。
彼をこのままここに居させる訳にはいかない。
「もう遅いから帰りなさい。今マネージャーを呼ぶから。」
「サンジさーん、そんな寂しいこと言わないでよ。今日だけ。今日だけでもう絶対、我儘言わないから。」
(はあ・・・俺はこの顔に弱いんだ。捨て猫みたいで拾ってやりたくなっちまう。)
俺は困り果ててゾロに視線を向け、助けを求める。
「ってゆーか、なんでお前がここにいるんだ?」
「だって、サンジさんに会いたかったんだもん。」
言いながらサンジの腕に自分の腕を絡める。
「だもんじゃねぇ!!離れろ!!そしてとっとと帰れ!!」
ゾロは匠の後ろ襟首を掴み猫のように持ち上げると、バタバタと暴れるのも苦にせずそのまま玄関から放り出した。
「二度と来んじゃねぇ!!お前はお前の世界で足掻けばいいんだ。こっちの世界に足突っ込むんじゃねぇぞ!!いいな!!」
裏の世界・・・時に危険で秘密も多い。
いつも守ってやれるわけでもない。
そんなことは、もう匠にだってわかっているはずだ。
「わかってるよ!!だから前の時だってあきらめたじゃないか!今回だってこれで最後だよ!バカマリモ!!」
閉めた扉の向こうで足音が走り去ってゆく。
この件以降、俺たちは仕事で何度か出会うことになるが、仕事以外での付き合いは全くない。
甘ったれの少年も、きちんと、ゾロの言ったことを受け止めることが出来る大人へと成長して。
彼は、数年後に「S・H」が解散した後もアイドルから俳優へと転身し成功を収め続けていく・・・それも、後の話。
ゾロの背中をごくろうさんとばかりに叩くと、その腕を取られ引き寄せられて唇を塞がれた。
「う・・・・・ん・・・」
何度も角度を変えて噛み付くように
「お前もあいつをニ度と近づけるなよ。」
「何怒ってるんだ?」
「べたべた触らせるな!」
「は?・・・・子供だぜ?」
「バーカ、やつの目はもう子供じゃねぇ。」
やきもちか?などとは言葉にしない。
余計に機嫌が悪くなったら困るから。
それでは、旦那様には機嫌を直していただきますか。
俺が慰めてもらうはすだったのに・・・しかたがない。
「今日はイブだぜ。この後はどうする?」
俺は、にっこり微笑みながらゾロの首に腕をまわして誘いかける。
「もちろん決まってる。」
俺の耳に囁くように答えるとそのまま俺を押し倒した。
俺の好きな笑顔をたたえながら。
「ちょっと早いクリスマスパーティだな。」
その一言で何も無いホテルの部屋が、俺たちだけのパーティ会場へと変わる。
幸せで
優しく暖かく
そして激しい
そんな 恋人たちの夜を過ごそう
Fin |
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