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飛行機の音が聞こえる。
普段は余裕がないためか、飛行機の音など耳に入ってくることはないのに。
横に立つサンジは太陽の眩しさに少しだけ目を細め、そのまま空を仰ぎ見た。
その視線に誘われるように俺も空を見上げる。
空には雲一つない青空が広がり、1本だけ空を横に割るように飛行機雲が伸びていく。
ふと視線を戻すと、11月だというのに穏やかに暖かめのさわやかな風がサンジの白い頬をかすめ、金色に輝く髪をなびかせて流れて いく。
「いい天気だよな。」
サンジは空を見上げたまま、この青い空を照らし輝いている太陽のような笑顔でつぶやいた。
俺は引き付けられるように近づくと「ああ」と答えながら、やつのサラサラとしたやわらかな髪に手を伸ばし口づけた。
「?」
サンジが髪を掴まれる感触に不思議そうな目を向ける。
俺は自分の行動に少し驚きながらも何くわぬ顔で「虫がついてたから」と誤魔化した。
「マジ?!どんな虫?もう取れた?」
意外に虫嫌いな為に思ったよりも騒いでいるヤツに背を向け、俺は近くにある木陰に向かった。
危なかった・・・気を抜くといつもああなる。いつの間にかサンジに近づいて触りたくなるのだ。
自覚したのはつい最近だ。
いつも一緒に仕事をしているから、横にいるのが当たり前で、視界にはいつもあいつが入るのも当たり前で。
だから、あいつをいつも自分が見つめていることにさえ気づいていなかった。
自覚してからは、このわけのわからない衝動を抑えるのに苦労している。
なんで、この俺が一人の男の為に、こんな情けなく、おたおたとしているのか・・・。そうは、思ってもどうにもならない。
ただ、こんな思いを抱えてこれからもずっと、このままでいられる自信がない。1日1日と確実に俺は追い詰められている。
俺は大きな木の根元にあるリクライニングチェアに身体を横たえて葉っぱの隙間から見える青空を睨みつけた。
「おい、買い物に行ってくるけど、勝手に出かけたりするなよ?」
俺は声は出さずに片手だけ挙げて答えると、両腕を頭の下で組んで枕がわりにし、目を閉じた。
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まぶしくて目を開けると、影は移動して、直接太陽の光を浴びていた。
目は閉じていたものの、結局、眠ることはできなかった。
サンジの事が頭から離れない。
目を閉じれば、綺麗で整った顔が浮かび上がり、俺の身体を熱くする。
折れそうに細い首すじやうなじが色っぽくて、何度も噛み付きそうになった。均整のとれた美しい肢体を思い浮かべ、自分で慰めること もある。
濡れたように赤く色付く唇を奪いそうになるのは毎日のこと。
そうやって、想像だけであいつを汚しているだけでも、自己嫌悪に陥るってのに、実際に手を出したらシャレにもならない。
身体も心も綺麗なサンジを汚すことはできない。
もうこれ以上、側にいれば必ずあいつを傷つけてしまう。
「仕方ねぇよな・・・。」
俺は、心を決めて立ち上がった。
サンジと過ごす最後の日を、せめて楽しいものにする為に。
「まだ、買い物から戻ってないのか?何、買ってやがるんだ?」
俺は勝手に出かけるなという言葉を無視して、近場の市場に向かって歩きだした。
ここへ来る途中で市場があるのを見つけ、「いい食材が手に入る」と喜んでいたのを思い出したからだ。
これだけ時間をかけてるなら、荷物もかなり増えているはず。
何もできないのだから、せめて荷物持ちくらいはしてやらないと。
しかし、10分も歩くことなく、サンジの美しく輝く金色の髪を見つけることが出来た。
荷物を抱える彼は誰かと言い争っているように見える。
滅多に声を荒げることのない彼には珍しい光景だ。
どうやら、相手は俺の知っている人物らしい。
「どうしても、今回の仕事にはゾロの協力が必要なんだ。頼むからゾロのところに案内してくれよ。」
「今は休暇中だし、ナミさんの許可だってちゃんと取ってるんだ。ホテルだってナミさんが手配してくれたんだぜ?ここならゆっ
くりできるだろうって。」
「ナミが、そんなに親切な訳ないだろ?最初から今回の仕事は沖縄だってわかってたに決まってるじゃないか?その上で俺を派遣
しやがったんだ。絶対俺じゃ手に負えないことが解っててだぜ?」
「ナミさんは、そんなに意地悪じゃないぜ。ウソップが出来ると思ったから派遣したんだ。ゾロじゃなくても大丈夫なんだよ。」
「いいや、どう考えたって今回の仕事はゾロがいなきゃどうにもなんねぇ。頼むよ、今日中、しかも一刻を争うんだ。」
「ウソップ・・・・」
ここまで聞いて、いくら俺でも黙ってることは出来ない。ウソップも大事な仲間だ。
あの女に騙されるバカではあるが、サンジも思い切り騙されてる側なわけで、他人事では無い。
「やっぱりな。こんなことだと思ったぜ。ただであの女が親切に面倒みるわけがない。」
これが、丁度いいきっかけになる。ちょっと早いが、思い切れない俺へ神様がくれたチャンスかもしれない。
最後の晩餐だなど、甘い考えは持つなってことか・・・。
わざと機嫌の悪い声でナミに携帯で電話をかける。
サンジの目の前で会話を聞かせたのは、面と向かって自分から伝えることは出来ないと思ったから。
卑怯なやり方だと解っていても、こうすることしか俺には出来ない。
コンビは解消して、一人で仕事をすることをナミに無理矢理承諾させて、俺は初めて長年一緒に行動した相棒と別れて仕事に向か
う。
説明を求めるサンジを無視して車に乗り込んだ。
顔を見ると辛くなる、だが、背を向けることも苦しくて、女々しくも泣きたくなるのを堪え、前方を睨みつけた。
俺にしては上出来の演技じゃねぇか。あとは、早く、サンジの姿が見えなくなる所まで、俺を連れて行ってくれ!!
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ウソップはチラチラと俺を伺うように見ていたが、意を決したように話し出した。
「おい、ゾロ、いいのかよ?」
多分、頭のいいこいつは全部解っているのかもしれない。俺の気持ちも、行動も。
「うるせーっ!黙って運転してろっ!!」
それでも、サンジを傷つけている事実を責められているようで、更に、もう後悔している自分にも腹が立って、ウソップにやつあたりして しまった。
「・・・・すまん・・・・」
ウソップは、気にするなというように、両肩を少しだけ持ち上げると、このことには触れず、事件の説明を始めた。
話の半分も耳には入らず素通りさせてしまっていた。
どうしても最後に見たサンジの表情が目に焼きついて離れなくて。
元々の白い肌が、更に血の気を失ない、ショックを隠しきれない呆然とした表情。
あんな顔を、俺がさせたんだ・・・・。
信じていた相棒に裏切られたショックは、相当なものだろう。
だが、それでも、俺がサンジの身体を踏みにじり傷つけ汚し、心までもを壊すよりはずっといいはずだ。
俺は間違ってはいない。
そう思い込もうと必死だった。
確かにウソップでは無理な仕事かもしれない。それでも、俺で無くても良かったような気はする。
が、俺以外なら、あとはルフィかもう一人ぐらいなものだろう。
でも、一人はなかなか捕まらないし、ルフィは、あの我儘女がそばから離す訳がねぇし。
あの女はチョットでも危ない橋をルフィには渡らせないように仕組みやがる。
私情を仕事に持ち込むなってんだ。
俺なら死んでも別に構わないってミエミエなところが、またあの女のムカつくところだ。
と、そんなことを考えてる場合じゃなかった。
「今回の事件(いや、事故、だな)をまとめると、こうだ。」
車の中で自分の話を聞いていなかったことに気づいていたウソップが、もう一度解りやすく説明してくれた内容はこうだ。
観光のオプションにある、「海の中を見るためのガラス張りの潜水艦」てのがあるんだが、あれに観光客を乗せて、いつものコースを遊 覧している最中に、事件は起こった。
なんと、化け物みたいにでかいサメが出て潜水艦にタックルをしかけやがった。それも3匹で。
もみくちゃにされて浮上しようにも出来ず、されるがままに更に10メートルは底が深い所に落とされてしまった。
3匹のタックルが止んで、浮上しようとしたが、装置の故障で動くこともできない。
この深さでは、自力での脱出は不可能だ。
何の装備もなく海に入れば、水の圧力に耐えられず、内臓が破裂するだろう。
無線も、辛うじて救助船がたどり着くまでは生きていたが、今は故障して連絡を取ることもできない。
すぐに救助船で潜水艦ごと引き上げようとしたが、現場に近づくと、化け物ザメに体当たりされ、船を近づけることさえ出来ない。
何を考えているのか、3匹の化け物ザメは潜水艦の上をグルグルと回遊し続けている。
ヤリや銛での捕獲も考えられたが潜水艦に当たる恐れがあり中止された。
水の抵抗で勢いのなくなる銃は、あまりあてにならないが、丈夫な檻に入って海の中から狙撃をしようと試みもした。
が、何発か当ててもびくともせず、反対に体当たりされ、檻も歪み、救助どころではなくなった。
ここまでやって、ウソップは俺に助けを求めた訳だ。
たしかに、ナミの判断は間違ってなかったかもしれない。
いざという時のための保険に俺とサンジを置いておく抜け目の無さが、あいつをこの世界のトップとしては君臨させているのだろう。人 としてどうなのかは、また別の話だが。
「中の空気は、予備のボンベも入れて約24時間が限度。つまり、昨日の15時には海に潜っていたわけだから、14時くらいには無くな ってしまう。今は12時だからあと2時間。もしも艦内で乗客達がパニックを起こしていたら、もっと減っているはずだから、もう1時間分 も残っていないかもしれない。」
俺達は潜水に必要な装備を常人の倍のスピードで身につけると現場から少し離れた場所から海に潜った。
俺がやることは、作業の間、ウソップの身を守ること。
それから、できるのならば、化け物ザメを全部仕留める事。
俺は、「ジョーズ」って映画を思い浮かべ、「あれのがマシかも」と、つぶやかずにはいられなかった。
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(ウソップのやつ、なんだってあんな所にいやがるんだ?もっと、間隔をあけないようについてこないと駄目じゃねぇか。)
(おいおい、そうじゃねぇだろ?そんな所で動いたら、やりにくいだろうが。)
海の中では会話が出来ない為、俺は上手くいかないのはウソップの動きに問題があるんだろうとイライラを募らせていた。
(サンジなら、いつも・・・・!!!)
そこまで考えて、急に冷静さを取り戻した。
俺は、無意識の内に、(サンジならこうしてくれるはず)、(サンジならああ動いてくれるはず)と、ウソップと比べてしまっていたんだ。そう 気づいて胸に苦いものがこみ上げる。
あいつと組む前は、一人でも平気で出来ていた仕事が、ヤツのサポート無しでは、こんなにも成り立たなくなっている事実に愕然とす る。
俺がやりやすいように、俺の邪魔にならないように助けてくれていたことをウソップと組むことで、あらためて実感した。
それでも、これからは、一人でやっていかなければならないのだ。
あいつも、新しいパートナーと組んで・・・・。
(!!!)
そう想像して、自分の考えが浅かったことにも気づいてしまった。
誰か他の男に笑いかけるサンジを思い浮かべるだけで、嫉妬という血で目の前が真っ赤に染まる。
その僅かな隙をついたように、化け物ザメが仕掛けてきた。
眼前に鋭い歯が迫る。
俺は咄嗟に左腕を突き出し、肉を噛ませると、右手に握る愛刀でヤツの心臓を貫き、そのまま腹をかっさばいた。
「まず、一匹」
助かった。なんとか腕は繋がっているようだ。
一人と一匹の血の臭いが、新たな獲物を引き寄せる。
「俺は今、機嫌が悪いんだ。お前ら生きて帰れると思うなよ!!」
「潜水艇の引き上げ及び、7名の人命救助は無事終了しました。ご協力感謝します。」
プカプカと海に浮いたまま、レスキュー隊員の報告を聞いた俺とウソップは、顔を見合わせ、ニヤっと笑いあうと右手の拳と拳をぶつけ 合わせた。
「おつかれ」
「うす」
「怪我は大丈夫かよ?」
「大した事はねぇ。でもまあ、ちょっとは海水がしみるかな。」
「あったりまえだろ?早く病院に行った方がいいぜ?」
「ああ。確かに、少し力が入りにくいか・・・、ウソップ、悪いが先に船に上がって俺の装備も引き上げてもらえるか?」
俺は背中に背負った酸素ボンベなどの装備を指差した。
ウソップは素直に頷くと船の船尾に備え付けてある梯子を上って、まず自分の装備を外してから振り返った。
「ワリィ、待たせたな。」
その時、装備を海の上に浮かびながら外したゾロに、大きな影が迫っていた。
「危ない、ゾロ!!後ろだ、逃げろ!!」
ウソップの叫ぶ声に、俺は考えるよりも先に身体が瞬時に反応して振り返るが、すでに敵との距離が近すぎてなすすべもない。
これまでか、と迫る歯列を見ながら苦笑いがこぼれる。
いつでも、覚悟だけはしてきたつもりだが、それでも諦められない自分の生への執着に笑えた。
(こんなところで死ぬわけにはいかねぇ。まだ、俺は、あいつに・・・。)
「ゾロ!!」
幻聴なのか?いるはずの無い男の声が聞こえる。俺を呼ぶサンジの声が。
その声を聞いた途端、動きにくかったはずの左腕が口を開けようとしている化け物の鼻先を押さえ、下顎に膝蹴りをお見舞いするとと もに、右腕を上に突き出した。
この行動をとれば生き残ることが出来るとでもいうように、自然に身体が動いていく。
ほんの一瞬だけ時間が稼げればそれでいい。あとは、あいつが動いてくれる。
上に突き出した俺の腕は、しっかりとサンジに腕によってキャッチされ、彼が乗ったジェットスキーに引っ張られていた。
装備を外していた事がこの局面を左右した。強運ともいえる。
俺は、そのまま空中で体勢を整えるとサンジの腕を伝い、彼の後ろへと乗り移った。
(ああ、この呼吸だ。・・・・余計なことを考えずに身体があたりまえのように動ける、この呼吸。)
そこにあるのが当たり前で、気づいていなかった。
なくてはならない物になってしまっていることに。
それでも、この居心地のいい場所を手放さねばならない自分の境遇を恨んだ。
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生き物の生命力ってやつは不思議だ。
たしかに心臓を貫いていたはずなのに。
死して尚、敵に向かってくる姿は、尊敬できるものがある。
それでも
共に共存する道はすでに閉ざされた。
化け物ザメとの決着はついた。
もちろん、俺たちの勝利で。
俺たちコンビの前に、解決できない事件なんかない。
それはわかってるんだ。
それでも・・・。
全身ずぶ濡れで毛布をかぶるサンジが微かに震えている。沖縄とは言っても外海だし、さすがに11月だ。水から上がれば寒さが
襲ってくる。
俺はサンジの身体が心配になり、何も考えずに声をかけていた。
「寒いのか?」
首を横に振るサンジに少し安心しながら、彼の隣に腰を下ろす。
サンジの指差す先に目を向ける。
どうやら、借りていたジェットスキーを破壊(故障などでは言い表せない程、見る影もなく無残に破壊されている)してしまった
ことで、この後のことを考えて震えていたらしい。
「ああ、あれか・・・おやじさんとこのか。」
「そう。」
うなだれるサンジに、俺は肩をすくめながら教えてやることにした。
「ウソップが経費で修理してくれるらしい。」
「マジ?助かったぁ・・・。」
たしかに、こいつが昔から世話になっているらしいレンタルを請け負ってくれたおやじさんは、俺でも恐いと思うほどの御仁だ。
身体もデカイが滅多に笑うことも無く、よくあれで客商売ができるものだと感心するくらい愛想なしだ。まあ、その点俺も人のこ
とは言えないが。
そのおやじさんってのは、誰彼構わず、気に入らないことがあれば回し蹴りが飛んでくるという、とんでもない人だったりもする
。
これから謝りに行くサンジの心中を考えれば、少し気の毒でもあるが・・・。
俺には、もう、こいつにしてやれることは・・・・・・ない。
ほっとして力の抜けたサンジの笑顔は夕日に映えて、より綺麗に俺の目に映る。
少し隣にいただけで、もう
サンジの頼りなげな表情に抱きしめたくなり
染み一つない柔らかな頬を手のひらで愛撫し
何も塗らなくても真っ赤に熟れた唇を奪いたい
そう思ってしまう自分が抑えられなくて、俺は立ち上がってサンジから離れる為に歩き出す。
「ゾロ」
背を向けて歩き出した俺をサンジが声をかけて引き止める。
足を止めたものの、振り向くことは出来ない。
これ以上あいつの顔を見たら我慢が利かなくなる。
あいつがどんなに嫌がろうが、俺は欲望を吐き出してしまうだろう。
「こっち向けよ。ちゃんと俺の目を見て話てくれないか?」
それでも、いつかはきちんと話さなければいけないことなんだ。
俺はゆっくりと振り向き、赤く染まるやつの顔を見つめた。
苦しい。
胸に押し込めた思いがここから出してくれと暴れだす。
そんな俺の方にむかってサンジは近づこうと歩き出した。
「そういえば腕の傷って大丈夫なのか?」
傷の上には黒のバンダナを巻いてキツク縛り応急処置をしてあったが、鋭い牙で引き裂かれた腕からは心臓が鼓動を打つ同じタイ
ミングでズキズキと痛みが駆け巡っている。
「それ以上俺に近づくな!!」
右手のひらを前に突き出してサンジの接近を止める。
これ以上おれに近づくな!!
そんな、泣きそうな顔を見せるな!!
苦しい。
苦しい。
苦しい。
「なんなんだよ。言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれよ!!」
「・・・・・・・」
「何も言ってくれないなら、俺は絶対にあきらめないからな!!」
どういったらいいのかなんてわからない。
今はこの苦しさから逃れる為に、この場から逃げ出したい。
俺はサンジに答えることが出来ず、無言で踵を返すと、ウソップと共に着岸のための準備を始めた。
俺ってそんなに信用ないのか?
病院で手当てをしてもらった後、一人で帰れるという俺を無視して、ウソップはホテルの部屋の前まで送った。
サンジが病院に連れて行くというのを断って、一人で行こうとした俺に納得がいかないサンジを説得して病院まで付き添ってくれ
たウソップは俺から一時も目を離さない。
「サンジに約束したからな。ホテルに連れ帰るから待ってろって。部屋に入るまで見届けるぜ?」
これで逃げ場は無くなった。
たしかに逃げられるものなら、今すぐ逃げ出したいと思っている。
あいつと向き合って話なんかできるとは思えない。
「何があったか知らねぇが、ちゃんとサンジと話をしてやれよ。サンジとも、もちろん自分自身ともきちんと向き合ってだぞ?」
そう言って背中を押したウソップの気持ちはありがたい。
でも、やっぱり、本音を語ることはできないんだろう。
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ホテルに帰りついた俺をサンジはご馳走を作って待っていた。
「すぐに訳を聞かせろ」と言われるかと思っていたのに、笑顔すら見せて。
本来なら助かったと思うべき事なのに、なにかモヤモヤとしたものが、胸を満たす。
コンビを解消するなんて大したことではないのだろうか。
そのことに俺の方がショックを受けている。自分から切り出したことなのに、馬鹿としか言いようが無い。
俺は話しかけてくるサンジの顔をまともに見ることができない。
こんなこと、もう終わりにしたいんだ。
早く決着をつけてここから出て行こう。
「何で、何も聞かない?ああ、別にこんなことは気にするようなことじゃねぇか。」
はき捨てる様にサンジを傷つける言葉を投げつける。
もちろんサンジが悪いわけではない。俺がサンジと正面から向き合うのが恐くて逃げてるだけ。
だから単なる八つ当たりにしか見えないこんな馬鹿な演技をしなきゃいけなくなるんだ。
そう自覚はしていても、止めることができなかった。
演技をしているはずなのに、いつしかそれが本音であるかのような気がしてくる。
「あの我儘女のことが大好きだもんな。あいつが決めたことなら何でも聞けるんだよな。別に誰が相棒だって関係ないか。」
そんな悲しそうな目で俺をみるな!!
俺が悪いことくらい解ってる。しかも、訳を聞かれてもずっと無視していたのは俺だ。サンジは気にしていなかった訳ではないのに、何 だって俺はこんな言いがかりばかりつけているのか・・・・。
でも、これ以上お前と一緒にいても苦しいのも事実なんだ。もう限界だ。このままいたら、もっとお前を傷つけるから。
見つめ続けるサンジの瞳からやっとの思いで視線を引き剥がし、背を向け歩きだした。
「・・・・ゾロ?」
不安な思いのサンジを一人残して部屋を出ると、俺は寝室に足を向ける。着替えくらいしかない荷物をズタ袋にまとめ、肩にかけた。
本当にいいのか?
このまま、サンジと離れても?
今後、一緒に仕事ができなくなっても?
いやだ。
離れたくない。
でも、あいつを傷つけたくも無い。
だから・・・。
答えの出ない自問自答を繰り返しながら、それでも、身体は玄関から出て行く為に無駄無く動いている。
「待てよ!!」
そんな俺の行動を目で追っていたであろうサンジが俺の背中に向かって叫んだ。
サンジの声に一瞬だけ動きを止めたが、振り返ったら二度と出て行く事は出来ないとわかっていたから、無視して玄関の扉を開いた。
「待てって言ってんだろ!!」
サンジは俺の腕を掴み引っ張ると馬鹿力で振り向かせやがった。しかも、目を合わせない為に背けていた顔まで両手で挟んで修正 し、正面を向かせた。
「何でだよ?俺はお前の誕生日を祝いたいだけだったのに!!今日1日はお前の言うことは何でも聞いて、何でもしてやりたかった。 ゆっくり休んでも欲しかった。なのに、何でこうなるんだ?!」
涙を流すサンジを抱きしめたくて理性を総動員し、俺の胸倉を掴んで前後に揺するサンジの腕を掴んで引き剥がす。
ちくしょー、俺がこいつを泣かせてるんだ。
泣かせたいわけじゃない。
苦しめたい訳じゃない。
傷つけたいわけじゃない!!
ただ、幸せになって欲しいだけなのに。
いや、違う。それは建前だ。
俺の望みだけ言うなら、こいつを俺のものにしたいということだけ。
それが許されるならどんなにいいか
「触るな」
口の中が乾いて、地を這うような低い掠れた声しか出ない。
「!!そんなに・・・・触られたくないくらい俺のことが嫌いだったのか?」
触られたら、もう、我慢できなくて二度とお前を離すことができなくなるじゃねぇか!!
嫌いになれたら、こんな思いしてねぇ!!
こんなに___辛いのに!!
「コンビを解消したら、せーせーするくらい、そんなに俺のことが嫌いだったのか?」
コンビを解消してせーせーだと?
今日改めて、相棒はお前しかいないって再認識したばかりだ!!
何度引き剥がしても、すがり付いてくるサンジの身体に、俺の限界が近づく。
駄目だ!!これ以上、もう我慢できねぇ。
俺は涙を流すサンジの身体を軽く突き飛ばした。
意表をつかれた彼の身体は簡単に転がった。
もちろん、頭を打ち付けないように配慮するくらいの意識は残っている。
仰向けになった細い身体の上に馬乗りになる。
何をされるかわからない恐怖で抵抗しようと伸ばされた腕を、彼の頭上に縫いとめ、必死で叫ぼうとしている唇を俺のそれで塞いだ。
「何する!?んん・・・・ぅううん」
もっと深く口付ける為に歯列を割ろうと伸ばした舌は、サンジの食いしばる力に及ばない。
これだけの抵抗に自分を拒否されたように感じ、頭に血が上る。
口を塞いだまま鼻を摘む。
息ができなく苦しくて空気を吸おうと食いしばる口が開く。
そのすきに舌を差し込み、彼の口腔を奥深く貪った。
怯えて丸まった彼の舌を強引に絡め取り吸い上げる。
「ううんぅ・・・・・はぁあ・・・・ん・・・」
卑怯な手段だと心のどこかで止める俺自身の声が聞こえる。
やめろ
やめてくれ
傷つけたくない
やめろ
それでも、止めることができない。
欲しい
こいつの全てが欲しい
一度触れてしまったら、もう止めることができない
一番恐れていたこいつを傷つける行為をしようとしているのに。
「何でもしてくれるって言ったよなぁ!!なら、お前を抱かせろ!!その身体を俺に差し出せ!!・・・・・できねぇだろ?何でもするなん て簡単に言うんじゃねぇ!!」
サンジはビクっと体を震わせ、俺の心の中を探るように見つめると、抵抗していた身体の力を抜いた。
抵抗が止むと、俺を満たしていた暴力的な熱が一気に冷め、自分の馬鹿な行動を笑い飛ばしたくなった。
サンジを拘束していた腕の力を抜いて、はははと小さく笑った。笑ったつもりだった。のに、サンジの頬にポツリと雫が一つ落ちた。
何で水が?
ああ、俺のか、情けねぇ・・・・。情けなくて、今度はちょっと本当に笑えた。
サンジは驚いた顔をし、その後すぐに、優しい笑顔になり、両腕を伸ばして俺の目元を拭うと、そのまま、俺の首の後ろに回し引き寄 せた。
「馬鹿だなぁ。」
ああ、本当に俺は馬鹿だと思うよ。
「本当は俺のこと、どう思ってんだ?」
真近にサンジの整った綺麗な顔がある。
俺好みの笑顔で。
それでも、先ほどまでのような暴力的な衝動は起こらなかった。
「・・・・・これ以上、傷つけたくない・・・・・」
俺は、好きだと素直に言えなくて、それでも何とか声を絞り出す。
「嫌いじゃないって思ってもいいんだよな?」
俺はもう嘘はつけなくて、「あぁ」と小さく頷いた。
「じゃぁ、俺が言いたくても言えなかった事、白状しちゃおうか?」
何を白状することがある?
「俺はゾロのことが好きだ。」
こんなことってあるのか?
夢?じゃないよなぁ。
「気が付かなかった?俺って結構尽くしてたと思うぜ?」
いたずらっぽく覗き込むサンジの瞳が可愛いすぎて、先ほどの欲望という熱が蘇ってきた。
「でも、まさかゾロが泣くほど俺のこと考えてるとは・・・・・うんぅう」
俺はとりあえず、腰の疼きをなだめ、夢じゃないことを確認する為に、サンジの口を塞ぐことから始めた。
照れ隠しって意味も少しはある・・・・・か。
「んんんんっ!!」
まだ何か言いたいことがあるのか?サンジが俺の背中を叩く。
もうチョットだけ待ってやるか。
あせる気持ちを抑えつつ、顔を離した。
「これだけは言わせろ。・・・・・誕生日おめでとうゾロ。」
極上の笑顔付き。
きっと俺もいままでにない笑顔で答えているのだろう。
_________Fin
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