
神妙〜shinmeu〜激動編 5.5 ゾロサイド
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「こいつじゃないのか?やっと追い詰めたと思ったのに!!」
俺は、たった今襟首を絞めて自白させた男を放り出し、苛立ちもあらわにとどめの蹴りを鳩尾に炸裂させた。
敵とは言え、あまりの無残な姿に同情でもしてるかと、ナミの顔を伺い見たが、そんなそぶりはカケラもみせない。
とことん自分以外には厳しくする主義らしい。
早くこの仕事を片付けて帰らなければ。
サンジに約束したのだから。
あの時、どういうわけかサンジには、隠さずに自分の話をしてしまっていた。
こいつなら、たぶん、信じてくれると思えたから。
でも、事故の事を話してしまったのは失敗だったかもしれない。
やつらがサンジに今まで手を出さなかったのは、やつの能力に気づいてなかったからだ。
このまま、そっとしておけば、何も知らずに元の生活に戻れるのに、俺は何を言おうとしたんだ?
あいつを俺達と同じところに引きずり降ろす気なのか?
駄目だ。
やつをこんな生活に引きずり込んでいいわけがない。
ビビには「素晴らしいパートナーになる」と言われていたし、あいつと約束もした。
でも、本当にいいのか?
あいつの意志はどうなる?
世界一のコックになる夢はどうなる?
俺達の・・・・俺の勝手な思いだけで引きずり込んでいいのか?
やめておけ
このまま何も知らせず、会わなければ
もうそれでお終い
二度と会うこともない
やつは夢だった料理人として生きていける
幸せにだってなれる
俺達とは違うんだ
そう
二度と会わなければ・・・
やつの為にはそうした方がいいことは分かりきっていることなのに
何で、ここで、嫌だと思ってしまうんだ?
あの時から、母の仇を見つけ出すまでは、誰にも情を持たないように気をつけて心を押し殺してきたはずなのに。
これが、ビビの言う運命?
まさか・・・・な
俺には、兄妹として育てられた妹が一人いる。
名前はビビ。
ビビと俺は同じ日に浜辺に捨てられていたらしい。
俺は1歳ぐらいで、ビビはまだ、生まれたばかりの赤ん坊。
船で外から連れてこられて捨てられたのだろうと当時は噂されたようだが、実際はどうだかわからない。
全く手がかりになるものは残されていなかったから。
身に着けていた洋服と赤ん坊が入れられていたカゴだけ。
しかも、季節は初冬で、俺は寒くて自分の横にいた赤ん坊を抱きしめて赤ん坊と一緒に泣いて助けを呼んでいたそうだ。
覚えちゃいないけどな。
だからビビとは本当の兄妹かもしれないし、違うかもしれない。
だが、俺は信じている。
あいつは妹だ。
そう俺の直感が告げている。
しかし、その事実を知った時はさすがにショックだった。
たしか、まだ10歳にもなっていなかったんじゃなかったかと思う。
あんな小さな島じゃ、皆その事実を知ってるからな。
隠そうったって隠せるわけがない。
だが、義母からでは無く、他人の口から告げられるとは思いもしなかった。
口が軽い人間には2種類あって、悪意で秘密をベラベラと話す人間と、うっかり話してしまう考えの足りない人間がいると思うのだが、 俺達に本当の話をした人は、後者だったのだけが少しだけ救いと言えるかもしれない。
俺たちを一緒に育ててくれたのは、俺達が捨てられていた海辺の近くの村に住んでいた古武術道場の師範の『くいな』って女性だっ た。
結婚もしてないのに、女手一つで2人も育ててくれたんだ。
稽古中は厳しい師匠だったが、それ以外の時は優しい友達のような母親だった。
少し気は強かったが、本当に血のつながった母親のように、俺たちを愛してくれていた、と思う。
実際、小さな頃はずっと本当の母親だって信じていたし。
まあ、本当の親ってもんが、どんなんだか知らねぇが、それでも俺たち3人は仲良く暮らしてた。
あの時までは・・・・
時は、4年程さかのぼる。
7月にしては、少し寒さを感じるヘンな日だった。
「ビビのやつ、最近俺のことを名前で呼ぶようになりやがった。前は「にいちゃま、にいちゃま」って金魚の糞みたいに俺の後ばかり付 いてきてたのに。兄貴となんか遊べないって年頃になったのかね。兄妹なんて、そんなもんか?」
俺はいつもの日課である鍛錬をしながら、そんな事を考えていた。
基礎の摺り足。
100キロの鉄の塊を使って素振りをする。
50キロまでは汗もかかずに振り続ける自信はあるが、100キロだと10分が限度だし、汗もしたたり落ちる。
他の人はどうだか知らないが、育ての親の『くいな』は女のくせに平気な顔で200キロを振り回す。
俺には、男なんだから300キロは振れるようになりなさいと言われ続けているのだが、まだ、そこまではたどり着けずにいる。
そのくせビビには、「女の子なんだから、普通に剣道が出来て自分の身が守れれば十分」とか言って家の中のことばかりやらせるんだ よなぁ。
本当は自分が家事をやるのが嫌なんじゃねぇか?
そんなこと口に出してなんか恐ろしくて言えないけど。
まあ、修行は嫌いじゃないからいいけどな。
そんな事を考えながらいつものように庭を歩き回っていた。
「いやーっ!!」
女の悲鳴が響き渡る。
ビビの声だ!!
俺は鉄の塊を投げ捨てると、声がした家の中へと駆け込んだ。
くいなの寝室の前で、ビビは座り込んで部屋の中を見ている。
全身が大きく震えて痙攣を起こしたようになっている。
嫌な感じがした。
部屋の中に飛び込むと、中央にひいてある布団の上で、義母が横たわっていた。
真っ赤な血の海の中で。
心臓を一突き。
即死だと一目でわかるように・・・。
義母は、祈るように胸の上で指を組み合わせて綺麗に横たわっていた。
人の気配には敏感で、剣の腕は誰にも劣らないと思っていた義母が殺された?
誰がやった?
誰が?
何故だ?
何故?
何故母が?
何故俺は気付けなかったんだ?
俺はフラフラと横たわる母に近づき、赤い海の中に膝をついた。
頭では、もう死んでいることなんか分っているはずなのに、心がついていかない。
まだ、生きているんじゃないかって心臓に耳をあててみた。
それでも、まだ納得できず、ぬくもりを求めて両頬を手のひらで包んだ。
話し掛けても返事なんか返ってくるわけ無いのに・・・、駄目だ・・・。
情けないけど、すぐに警察を呼んだり救急車を呼んだりなんて出来なかった。
全く関係ない他人の事故では、すぐに対応して電話をしたこともあるのに・・・。
時間だけが、どんどん過ぎていって、俺を正気に戻したのは、ビビの声だった。
「にいちゃま!!母様が殺されちゃうよ!!早く、助けて!!」
振り向くとビビは空中を見つめながら、必死に俺を呼んでいる。
「ビビ?おい、大丈夫か?俺はここにいるぞ?」
近づいて話し掛けるが反応がなく、目の焦点も合っていない。
「早く!!早く来て!大きな男が!!母様!逃げて!っやぁーっ!!」
俺は怖くなって、ビビを抱きしめた。
「ビビ!!しっかりしろ!俺はここだ。男なんてどこにもいない!!」
俺はここにいると、そう言いながら俺は震える身体を抱きしめ続けた。
ビビはこの時に、不思議な力に目覚めた。
いつでも使えるわけではないが、たいがいは、夢に見るように映像が脳裏に浮かぶ力。
予知夢と、過去見と言われるものだった・・・・
そう、ビビは、まさに母が殺されたその場面を見ていたのだ。
呼んでも叫んでも助けることも出来ない悲しい場面を、たった一人で・・・・
ビビが、今の俺では、その大きな男には勝てないと言った。
大きな男
大きく長い重そうな剣を片手で軽々と扱い、あの剣の名士とも思っていた師である母を一撃で簡単に倒した男
その男の身体には、鷹の刺青が彫られているという。
ビビの言葉に間違いは無い。
彼女のつむぐ言葉は全て真実。
だから俺は、その日から必死に鍛錬を積んだ。
そいつを倒せるように。
4年間、そいつが何処にいるのか、何とか探し出す事はできないかと、ビビと一緒に模索しながら。
そして今、やっと手がかりを掴むことができた。
俺もあの時よりは少しはマシになってるはずだ。
いや、なってなきゃならないんだ。
修行には幼馴染のルフィが協力してくれた。
ルフィは、くいなの弟子の一人で住み込みの内弟子だったが、「剣術が性に合わない」と素手で戦う空手や柔道の世界に飛び込んでい った。
全国を渡り歩き、自己流で戦い続け、「強くなって帰ってくる」と言っていた約束どおりに、俺たちのこの家に帰ってきた。
その時には、すでに義母は無く、再会することはできなかったが、俺とビビの話を聞き、今では心強い仲間として、一緒にヤツを探して 闘ってくれている。
鷹の刺青を持つ男。
俺たちの育ての母を殺した男。
ヤツを探し出して、何故母だけを殺したのか訳を聴かなければ、俺たちは先に進めない。
ビビも俺も、あの時から時が止まったままなんだ。
がばっと仮眠をとっていたソファから飛び起きた。
「久しぶりだな、あの頃の夢は・・・。」
どうやら、サンジに話したことで、あの時のことを鮮明に思い出してしまったようだ。
冷静でいられるように、リアルな記憶は心の奥底に封じ込めていたはずなのに・・・。
サンジ
不思議な男だ。
ここまで気になる人間は初めてかもしれない。
何故か、あいつのいるところに帰りたくなってしまう。
上手い料理で餌付けされたからってわけじゃないよ・・・な。
いったいどうしたのだろう?
あいつの力が必要だから?
たしかに、あいつがいれば、今後の展開が楽になるのは確かだろう。
だからあの時は、本当の仲間になって欲しくて、あんな話をした・・・・
だが・・・・するべきじゃなかった
知れば、無関係ではいられなくなる
もちろん、もともと無関係ではないのだけれど
それでも、今まで やつらが手を出さなかったなら
知らずに生きていく道もあったはずなんだ
そう、今なら、まだ間に合うかもしれない
これ以上、知ることがなければ
まだ
間に合う
あいつの為を思えば、この件に関わらせないのがいいに決まっている
関われば、あいつの幸せはないから
あいつには幸せでいて欲しいから
だから、もうあそこには帰らない方がいい
俺はビビの言葉に逆らって、やつには関わらない未来を選ぶ
そう思ってしまっている時点で
何かが少しずつ変化していた。
そう
自分の知らぬ間に自分自身の中身が変わってしまっていた
なぜなら
そばにいて欲しい
隣にいて欲しい
理性とは関係ないところで、そう思ってしまう自分がいるから
これはなんだろう
この気持ちは・・・
そうやって、自分の気持ちに気づかないふりをして
誤魔化して
逃げる・・・しかない・・・・のか・・・ |
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