神妙〜shinmeu〜激動編 1〜6

再び

       神妙(しんめう)とは、超人的な能力のこと。

      (しんべう)とも発音され、けなげ、という意味もある。













 「これでよしっ。」

 あの、夢の出来事のような飛行機の事件に巻き込まれてから、まだ半日も経っていないのに、もうずっと前に出来事のような気がす る。
 その時に心の底に生まれた気持ちを封印し忘れるために、疲れを押して六日間滞在することになるコンドミニアムホテルに荷物を置 いた後、すぐにコンクールで必要となる食材を買いに出かけた。
 さすがに海に囲まれた島国だけあり、海の幸は豊富だし、フルーツも色々なものが手に入る。
 魚は見たことの無い種類もあり、いろいろと試して作ってみたくなる。

 「やっぱり、あそこに泊まれて良かったな。」

 自分で調理できるところに宿泊しなければ悔しい思いをしたに違いない。

 「持つべきものは金持ちの知り合いだな。」












 コンドミニアムの1部屋を借してくれたのはクソジジィの友達だ。
 あのおやじに金持ちの知り合いがいるってのが信じられないが、昔のことを考えればいてもおかしくはないだろう。
 なんでも、ハワイでは知らない人がいない程の金持ち(有名人)らしい。
 その知人に頼まれたと言う人が空港に向かえに来てくれた。

 「ようこそいらっしゃいました。私はエリック・タナカです。見てお分かりの通り、日系の3世になります。」

 「タナカってことは・・・。」

 「はい。マサト・タナカは父です。」

 ホテルへ向かう車の中で、エリックが会社の社長である父の仕事を継ぐべく秘書をしながら勉強していることや、この島内のホテルや 観光案内を請け負う旅行代理店で成功し、色々な分野に進出しだしていることなどを聞いた.

 (おやじのやつ、すげー人と知り合いなんだなぁ。初めて知った。)

 学校にいる時の姿からは、社交界に必要不可欠なモーニングやタキシードに身を包む姿など想像できなくて、笑いがこぼれる。
 そんな余裕をかましていた俺サンジだが、車に案内された時には、さすがに腰が引けた。
 大きな黒塗りのリムジンだ。
 中は向かい合わせにイスが配置され、身体の大きな男が4人座って足を伸ばしても余裕があるくらい広い。
 テレビと小さな冷蔵庫と飲み物とコップが並んだテーブルもある。
 こんな生活っていったい・・・・。
 ハワイはリムジンが多いと聞いてはいても、次元が違いすぎて想像の域を超える。

 車に慣れると外に景色に目を奪われる。
 ホノルルの街中に入る少し手前だろうか。
 前方にアロハタワーの先端が見える。
 緑の蔦の這う壁に似合ってるのか似合ってないのかわからない無機質な駐車場。
 観光客が1度は必ず訪れると言われるアラモアナショッピングセンターを左に見て通り過ぎる。
 右手には目が痛くなるほど青く光る海と空。

 (なんで空の色や空気までもが、こんなに違く感じるんだろう・・・)

 そう考えていると、海のすぐ脇を通っている道路に面した24階だての大きな建物の前で車が止まる。
 1階に、マックやスタバなどのテナントの入った大きなビルだ。

 「申し訳ありませんが、駐車場が使えない為、ここで降りていただけますか?」

 「なんでこんなところで?」と不安になったが、裏手にある入り口から入るよう案内され、エレベーターで最上階につく頃には、
 ちょっとしたパニックになっていた。

 「まさか最上階に部屋があるとか言わないですよね?」

 「もちろん、こちらです。最上階は2件のみのペントハウスです。とは言え、このビル全体が私どもの会社所有のものですので、
 遠慮なくゆっくりくつろいでください。下の階は6〜8部屋に分かれて分譲され、普段使われていない日はホテルとして使用され
 ています。こちらが入り口です。どうぞ、お入り下さい。」

 重厚な扉の向こうに足を踏み入れた途端、白い大理石の玄関。
 そこから毛足の長くてやわらかい絨毯に変わり靴が半ばまで沈む。
 日本と違い玄関との境目はなく1段たかくなっていたりはしない。

 (こりゃ汚さないように注意しなけりゃ・・・弁償なんてできねぇ・・・)

 目の前には天井が高い大きなリビングが広がり、正面には海が見渡せるように全面ガラスばりの窓が並び、大量の明かりを取り入
 れている。
 広いベランダへも出られるようだ。

 「うわっ、すっげぇ」

 あまりの見事な景色に、しばし目を奪われる。

 「気に入っていただけましたか?」

 慌てて振り向くと、呆けたように景色に見入る俺をエリックは優しい瞳で見つめていた。

 (誰かの瞳に似ている?)

 俺はなんだか急に恥ずかしくなって彼の顔を直視できなくなる。
 彼の顔は日系とは思えないほど掘りが深く鼻筋も通り精悍で髪の色も金茶がかっている。
 身体もしっかりと引き締まり何かスポーツをやっていることが見てとれる。

 「はぃ・・・・なんだか場違いで・・・・本当にこちらをお借りしても?」

 エリックは可笑しそうに笑いながら「ええ、もちろんですよ。」と言い、続けて「あなたは自分の価値がわかっていらっしゃらな
 いのですね。」と更に肩を揺すって笑われた。

 「俺の価値?そんなものないですよ。」

 俺は子供扱いされたように感じ、少しふてくされたように言い切る。

 「ふふふ、そんな所もミスターゼフは気に入っているのでしょうね。」

 その優しい笑顔に、胸の苦しさを忘れる為に記憶の奥底に封印したはずの男の姿を思い出してしまう。
 決して似ているわけではない。
 それでも、どこか同じ空気をまとっているように感じてしまう。
 二度と会うことがないであろう緑の髪をした男の顔を思い描く。
 空港で感じたシクシクとした心臓の痛みが再発する。
 痛む胸を押さえ顔をゆがめる俺を見て、エリックの笑顔も寂しげに雲ってゆく。
 俺は、なんだか悪いことをしたような気分になり、無理矢理笑顔を取り繕った。

 「ミスター?」

 「あぁ、そんなに改まらないでください。エリックで結構です。私もサンジさんとお呼びしても?」

 「はい。さんは付けないでください。なんかコソバユイですから。」

 「わかりました。ではサンジ、私は仕事に戻らなければなりませんが、この後どうされますか?」

 「食材を買いに。」

 「それでは、ついでですので、スーパーまでご案内いたしましょう。」

  

  






 「あのスーパーは値段も安くて品も揃ってる。いいところを紹介してもらったな。」

 帰りは大荷物を抱えながら、市内を巡るバスに乗った。
 バスは数分ごとに走っているし、市内をぐるくると回っているからどこにでも出られて車が無くても、そんなに不便ではない。
 景色はどこもかしこも綺麗で見飽きることも無い。

 バスを降り、ホテルの入り口を入るためにエリックから預かっている鍵を取り出すため、一度大きな荷物を下に下ろした。
 このコンドミニアムは、オートロックが完備されているマンションと同じで、自分で鍵を差し込んで自動ドアを開けるか、右側に
 あるテレビカメラ付きの呼び出しで訪れる部屋番号を押して開けてもらうかしなければならない。
 普通にチェックインしたい客は、反対側にあるチェックインカウンターで手続きをし、鍵を受け取って初めてここからの出入りが
 出来るという仕組みなのだ。
 一見、面倒臭いシステムのようだが、関係のない身元のわからない人間をシャットアウトするには防犯面からも優れたシステムで
 あると言えるだろう。

 そんなホテルの呼び出しボタンを何度も苛立ったように押し続ける男がいる。
 最初は抱えた荷物で男の姿は見えず、関係ないからそのまま入ろうとしたのだが、鍵がうまく取り出せず、荷物を下におろして初
 めて、その男の後ろ姿が目に入ったのだ。

 「まさか・・・・」

 あのガタイといい、緑色の髪といい、身体から発するオーラといい、全てが、あの男と一緒なのだ。

 (こんな偶然って有か?)

 俺は声をかけることもせず、しばらく呆然とその後ろ姿を見つめていた。



 「だから、鍵を忘れたんだって言ってんだろーが。」

 入り口のガラス戸を割りそうな勢いで、インターフォンに怒鳴りつけている。
 この声は、間違いようも無い。

 『鍵がなければ開けることは出来ません。正当な家主の方に連絡を取ってください。』

 どうやら、話している相手は管理人のようだ。

 「だから、さっきから同じことを何度も言わせるな!!家主は旅に出ちまって連絡が取れねぇんだっ!!」

 『そう言われても、こちらでは対応しかねます。ブチ』

 「ちっ、切りやがった。クソっ、どうすりゃいいってんだっ!!」

 ドカっとコンクリートの壁を蹴り、はぁ、と溜め息を一つつくと、ゆっくりと振り返り、その場に座り込んだ。

 こんな偶然っ、あるんだ。
 まさかと思ったけど、また、会えてしまった。
 嬉しすぎて、口元がゆるんでいく。

 「よお。なんならウチに来るか?」

 うわっ。
 自分で言っておいて自分でビックリしてしまった。
 誘う前に、『何があったか聞いてから』だろ?
 しかも、飛行機で隣の席になっただけの男を部屋に入れていいのかどうか、
 もっと、ちゃんと考えろよ。
 常識では、そうしなければいけないことぐらいわかっている。
 でも、この男だけは、全てを信じてしまってもいいと
 何も聞く必要がないのだと
 心が感じている。
 だから、俺は、このインスピレーションを信じて
 俺の能力と、こいつのオーラを信じているから

 いや、ちがうな

 何よりも
 この男と、もう少し一緒にいたいと感じるから
 だから


 怪訝そうに鋭い眼差しで見上げ、睨むように細かった目が、
 俺の顔を認めた途端、驚いたように見開かれ、
 やがて、微妙に口角が上がる。

 「!!」

 やべー、かっこよすぎる。
 ってか、何で男の微笑を見て、照れなきゃなんないんだってーのっ。

 「これ、持て」

 俺は、赤くなった頬を見られないように、両腕で抱えていた食材の袋をゾロに持たせ、ズボンのポケットから鍵を取り出してガラスのス ライドドアを開けると、そのまま、先に立って歩きだした。
 返事は無かったが、無言で付いてくる足音が聞こえるから大丈夫だろう。
 あ、そうか、荷物持たせてりゃ、断ることもできないよな。

 そうだ、コンクールに出品する作品を試食させよう。
 それから・・・
 この後のことを考えただけでワクワクと心が騒ぎ出すのを止めることはできなかった。


 玄関から入って右側がダイニングキッチン。
 その手前と奥にキッチンを挟むようにして右奥へと続く廊下があり、手前側を行くと、キッチンの裏側にあたる場所に洗面台とバスとト イレ。その奥にダブルベットの寝室がある。
 キッチンの奥の廊下を右奥へ進むとシングルのベットが二つ並んだゲストルームへ。
 この部屋にはトイレとシャワールームがついている。

 「俺は、こっちのダブルベットの部屋を使うから、ゾロは奥のゲストルームを使ってくれ。」

 早口で、このペントハウスを借りた 経緯のようなものを話した後、部屋の案内をする。

 「すげーな。」

 誰に言うでもなく、俺が最初に感じたようにゾロも部屋を見回しながら呟いている。
 ゲストルームに自分の少ない荷物を置くと、俺を振り返った。

 「・・・助かった。悪いがしばらく世話になる。」

 小さく頭を下げる姿もさまになっている。
 武道をやっているからだろうか?
 全てがなめらかな動きで目を奪われる。
 どんな小さな動作も見逃さないようなにゾロを見つめ続ける自分に気づき、自分で自分が恥ずかしくなる。

 「あ、でも、俺もここは6日間しか借りてねぇんだ。それでも大丈夫か?」

 「ああ。多分、6日もあれば、なんとかなると思う。」

 真摯な表情で、宙を睨むように答えた。
 時々、ゾロは、何かを見据えたような眼差しになる。
 何を見ているのだろう?
 目が合っているようでも、決して俺を見ているわけではなく
 何か
 別のものを
 俺の後ろにあるものを
 それは形あるものではないのかもしれない
 べつの何かを見据えて






 2人分には少し多すぎるかと思えるほどの量をテーブルに並べていたのに、ほとんどの皿が綺麗に片付いていた。
 ほとんどの料理が、目の前の男の胃袋の中に消えたのだ。

 「俺のメシは、うめぇだろ?」

 そう聞いたら

 「ああ」

 と返ってくる。

 ゾロが俺の料理を旨そうに豪快に食べてくれて、なんだか嬉しい。
 この男の言うことが、お世辞じゃなくて本音だと解るから
 余計にうれしいのかもしれない。





 「なぁ。お前は、ああゆうのに慣れてるのか?」

 食後のコーヒーを出しながら俺は、気になっていた、飛行機内でおこった事件のことを思い出して、聞いてみた。
 あまりにも、自然に解決してしまったゾロの行動は不自然で、最初から何かが起こるのを知っていたような感じがした。
 手馴れすぎていて、違和感を感じずにはいられない。
 一瞬聞くことに躊躇したものの、これから6日間、生活を共にするのだから、少しでも彼の事を知っておきたい。
 疑念があって、シコリが残るような付き合いをするのは嫌だ。

 「ああゆうの?・・・・・・あー、あれか・・・・。慣れてるって言えば慣れてるかもな・・・。」

 急に、言いにくそうな口ぶりになり、視線が全く違うところを向く。

 「ニュースにもならないし・・・・こんなこと普通じゃないよな?」

 言いにくくても、今ここで引いたら後悔するってわかってるから、身を乗り出すようにして答えをそくす。

 「・・・・・まぁ、たまにはな・・・・。」

 何かを隠すように、首の後ろを揉むように手を動かしている。

 「そうなのか?・・・・・まさか、事件が公にならないように、口封じされたりなんてないよな?」

 「あ?まさか。それはねぇな。」

 この一瞬だけは、俺の目を見るようにして答えた。

 (このことは信じても大丈夫そうだ・・・な・・・。)

 「でも・・・・あれがニュースになるような事件じゃないってのは信じられねぇし・・・。」

 「大丈夫だ。これだけは保障してやる。」

 信じようとおもった。
 のに
 ゾロはおもしろい物を発見したかのように、目元と口元をゆがませ、笑っている。
 そんなに可笑しいこと言ったか?
 ゾロにとっては何でもないことなのか?
 心配するのが、笑えるほど可笑しいのか?
 クソ、馬鹿にしてんなよ。

 俺は、この話はこれでお終いという雰囲気を出したゾロの思い通りになるものかと、一言何か言い返してやりたかったが、何も思いつ かない。

 (あ、そういえば1つ気になったことがあったんだよな。)

 たまたま、ふと思いついたことを口にしただけだった。

 「あいつら、お揃いの刺青してたよな。」

 俺が何気なく口にしたその内容に、ゾロの目の色が変わった。
 まとっていた空気までもが一変したようで。

 ゾロは、俺の目を睨みつけるような鋭さで近づき、胸倉を掴まれる勢いで俺の腕をものすごい力で握り、引き寄せようとする。
 俺は驚いて、二三歩あとずさっていた。

 「な・・・・な・・に?」

 「お前、刺青を見たんだな?」

 「あ・・・・あ。」

 「どんな形だったか覚えてるか?」

 「・・・・鳥みたいな・・・鷲とか鷹とか・・・そんな感じだったと思う・・・」

 答えを聞くやいなや、ズボンの後ろのポケットに入れていた携帯を取り出し、どこかへ電話をかけ始めた。

 何だ?
 いきなり、この変わりようって。
 ちょっと、恐くて・・・・オーラも少しだけ恐い色へと変化している。

 「俺だ。例の件は予定通り片付いた。どうやら、予想通り奴等がかんでるらしい。あぁ・・・・・・そうだ。」

 一瞬ゾロの視線が俺と合うが、すぐに逸らされてしまった。

 「今、ここにいる。・・・・・・わかった。・・・・・ルフィ達にも伝えといてくれ。」

 ここにいるって、俺のことか?なんで電話の相手が俺のことを知っているんだ?

 ゾロは、相変わらず厳しい表情をしたまま、考え事をしているのか宙を睨んだまま動かない。

 何がゾロをこんな顔にさせているのだろうか。聞いたら教えてくれるのか?

 そう思っても聞くことが出来ず、俺は静かにキッチンへと移動し片付けを始めた。

 知りたい。

 でも、聞いてしまったら、引き返すことができなくなりそうな予感が、俺を躊躇させていた。

 そんなことを考えて、グズグズている間にゾロは自分に割り当てられた部屋へと引っ込んでしまった。

 (クソ。綺麗なオーラだったのに。なんで?何があいつを追い詰めているんだ?)

 ゾロを変える程の何か。
 ゾロが変わってしまうほどの何かがある
 そのことが気になって、
 しばらく眠りにつくことができなかった。








 ガタ

 人の気配に目を覚ますと、目の前のイスにゾロが座ってこちらを見ていた。

 「悪い、起こしちまったか・・・。夜が明けるまでは待つつもりだったんだが・・・今からちょっと付き合ってもらえないか?」

 真剣な眼差しで見つめられ、俺は首を縦に振ることしかできなかった。







 「ここ、どう思う?」

 朝早く、まだ陽も昇っていない為、薄暗い中、まだシャッターが降りたままの店の前で立ち止まると、いきなりこんな質問をされ
 た。
 中心地に程近い、昼間ならにぎやかになるであろう大通りから少しだけ裏に入った場所にある洋服などを扱っている小さな店だ。
 日本語で『Tシャツ3枚10ドル』とか『アロハ、ムームーあります』とか書かれた看板が置いてある。

 「どうって・・・・なんだよ。いきなりそんなこと聞かれても・・・・まず、何で俺がここに連れてこられたのか聞かせて欲しい
 んだけど?」

 先を急ぐように手首をつかまれ、ここまで引っ張ってこられた。
 手首をなにも言わずに掴まれて、こっちはドキドキが止まらないっていうのに、コイツは何も感じてないんだよな・・・・
 夕べと違って、また穏やかで力強い眩しいオーラに戻っていて・・・・あの時の恐さは勘違いだったのかもしれないと思える程で。

 (夢だったのか?いや、確かに何かがゾロを変えた・・・そう・・・多分、あのとき話していた刺青が何か関係しているのはわかるんだ。)

 そこまで考えることは出来ても、そこから先に進むことが出来ない。

 「しっかり、お前の目で見てくれ。」

 「見てくれったって、普通の洋服の店だろ?」

 「そうじゃなくて、お前の力で、ちゃんと見て欲しいんだ。」

 「!!!」

 俺は驚いて声が出せない。

 (何で?何でゾロが俺の力のことを知っているんだ?)

 俺は、話した記憶もないのに、自分の力のことを知っているゾロに初めて恐怖を覚え、掴まれた腕を振り払った。

 ゾロも、俺の表情が硬貨したことで、方法を間違えたことに気づいたようだ。

 「くそっ!!あ〜、これだから、いつも無神経とかってビビに怒られるんだ。」

 と言いながら頭をぐしゃぐしゃとかき乱した。
 そのまま、息を大きく吐き出すと

 「すまんっ!!」

 勢いよく大きく頭を下げた。

 「えっ!!」

 俺は身構えていただけに、いきなり頭をさげたゾロに驚いて警戒していた気持ちがどこかに吹き飛んでしまった。

 「いきなり、言われたら混乱するってわかってたのに、すまなかったっ!!あやまるから、とりあえず、説明だけさせてくれないか?頼む っ!!」

 頭を下げたときと同じ勢いで頭を上げると、近くにあった腰の高さほどの花壇のふちに腰を下ろし、俺にも横に座るように手で示す。
 頼むとか言いながら、俺の返事は待たずにさっさと話す体制を作るところが、彼らしいのかもしれない。
 潔い姿と、やっぱり彼のオーラは綺麗すぎて、疑いきることが難しい。
 俺は、少しだけ離れて座ると、ゾロの方を向いて話を聞く体勢をつくった。

 「まず、最初に話しておきたいのは、今から話すことが嘘みたいでも、俺の言うことを信じて聞いて欲しい。たぶん、信じられないことが 沢山あるだろう。それでも・・・・信じて欲しい。お前の目で感じて、それでも信じられないと思ったなら、その時は・・・仕方が無いと諦め るから。」

 真摯な瞳で見つめられたら、俺には頷くことしかできない。

 そして、ゾロは、話だした。
 決して、俺にも無関係でない話を。
 話すことが苦手だろうに、少しずつ言葉をくぎりながら・・・。
正体




 「もう少し、俺のことを知ってもらってから話そうとは思ってたんだ。」

 そう前置きした後、ゾロは、話始めた。

 「俺の両親は、最初からいなかった・・・ていうか、覚えてねぇ。・・・記憶が無いんだ。」

 俯いたように地面を見ながら語り出したゾロの話は、最初からインパクトがありすぎて、俺は、彼の顔から視線を外すことができなかっ た。
 その表情は、自嘲の笑みを浮かべてはいるが、とても静かで・・・・でも寂しそうに見えた。

 「それでも、家族が無いわけじゃない。妹が一人いる。俺達2人は、ちっちぇ島で、ある女性に育てられた。古武術を教えていた小さな 剣の道場主で、生徒なんか数える程しかいなかったが、その道では、それなりに有名だったのか、遠いところから来た住み込みの内 弟子なんかも何人かいた。腕に自信のあるやつらばかりで、俺は、母親がわり・・・いや・・・・母であり師である彼女に勝つことばかり考 えている甘えたガキだった・・・・そんなある日、母が殺された。」

 「!!」

 驚いて、息が止まりそうになる。
 こんなことまで、自分が聞いてしまっていいことなのか分からなくて・・・でも、少しでもゾロのことが知りたくて、俺はつめていた息を吐き 出した。

 「俺達がいたのに、誰も気づかなかった・・・・いつのまに部屋に侵入して殺されたのか・・・しかも、誰よりも強かった人をどうやって・・・・ 俺は、守ることすら出来ず・・・・」

 淡々と語りはしても、握った拳は爪が食い込む程強く握られ、微かに振るえている。
 その時のゾロの悔しさと悲しみが伝わってくるようで、俺は無意識に口元を覆った。

 「その時に、妹に不思議な力のあることがわかったんだ。あいつは・・・すでに消えてしまった犯人を目の前に見るよう、その時の状況 を語った。どうやって、義母が殺されたのかを、泣き叫びながら・・・過去や未来が断片的に目の前に現れる力だった。皆はショックで オカシクなったんだと思っていたようだが俺は、妹の言うことが、本当のことだとわかったから、信じて、犯人を見つけ出す為に島を出 て・・・そして・・・やつらの手がかりを追って、やっとここまで・・・。」

 こうやって、平気なふりをして人に語れるようになるまで、どれだけの時を過ごしたのだろう・・・。
 戦い続けていたんだ。ずっと・・・。
 だから、この男のオーラはここまで力強くて潔く悲しみはあっても、妹さんを思う優しい気持ちに溢れ・・・・。

 俺は・・・・駄目だってわかってるのに、更にこの男に引かれて行く自分を止めることができそうもない・・・・。

 「実は、お前のことも、妹から聞いて知っていた。『これから出会うだろう人がいる。その人は、自分と同じように不思議な力・・・全てを 見通すことが出来る、すばらし力を持っている。だが、それを上手く使えていない』と・・・・。」

 ゾロは、俺の顔を哀しみを残した瞳で真っ直ぐ見つめた。

 「今は、時間が無ぇから、これ以上くわしく話すのは部屋に戻ってからにして欲しい。ただ、たしかに、お前の力を利用しようとしていた のは事実だし、悪いと思ってる。今までお前が力のことを隠していたのには訳があるんだろうし、それを知ってて利用するなんて良くな いことだってことも分かってた・・・それでも・・・どうしても、お前の力が必要なんだ。俺達を助けて欲しい。頼む・・・・」

 改めて頭を下げるゾロからは、人の力を利用して利益を得ようとする狡猾さは、まったく感じられない。
 ただただ、強い思いが伝わってくるだけ・・・。
 ああ、この男は信用に足る人物だと本能でわかる。
 それに、そんなに眩しいオーラを振り撒いてちゃ、信じないわけにはいかないじゃないか。
 だから、仕方が無い・・・よな?
 協力しなきゃ男じゃない。
 そう正当な理由を作りながら、俺はこの男と、さらに近づき一緒にいることが出来ることを喜んでいる自分がいることにも気づいてい た。

 「帰ったら絶対に詳しく聞かせてもらうからなっ!!」

 そんな自分の気持ちを誤魔化すように、ゾロの眉間にビシっと人差し指をつきつける。

 ゾロは、返事をすることもせず、頷きもせず、ただ、静かに笑った。


















 「で、この店を診ればいいんだよな?」

 俺は、ゾロのオーラの眩しさを避ける為にかけていた、薄い色の入ったサングラスを外すと、建物に向かって意識を集中させた。
 本当は集中しなくても、『嫌な感じ』を感じ取っていたのだが、もっと詳しく知りたい、診たいと思ったのだ。
 こんなことは初めてだけど、ゾロの為に、少しでも役に立てたら。

 そう思った俺の頭の中に、建物の中が透けて視えるように、その場に残留したオーラが流れ込んでくる。

 「うわっ!!」

 驚いた。
 こんなに鮮明に診えたことなんて無かったのに。
 診たいと・・・誰かの為に視たいと思うことが、俺に更なる力を与えてくれるのか?

 「どうした?」

 ゾロが心配そうに、俺の顔を覗き込んだ。

 「店自体よりも、階段を登った奥の部屋の方が、何か嫌な感じを強く感じる・・・。」

 「なるほどな・・・ちょっと行ってくるから、お前は、ここで待ってろ。」

 飛行機の時のように、俺を置いてどんどん歩いて行ってしまう。全身に戦い続けるオーラを輝かせながら。
 俺は、あの男と一緒に行くことは出来ないのか?
 あのオーラの隣を・・・

 「ふざけんな。ここまで連れてきておいて。はいそーですかって訳にいくか!!」

 ここまで、乗りかかった船に、乗らずに降りられるかっ。
 俺のこと知ってるようなこと言っときながら、全然わかってねぇじゃねぇか。
 俺は、諦めが悪い上に、負けず嫌いだし・・・それに・・・。

 ゾロの背中を追いかけ、走って横に並ぶ。

 ゾロは、チラッと一度だけ横目で俺を見ると、低く腹に響くような声で確認するように呟いた。

 「責任持てねぇぞ!」

 「だぁれが てめぇなんかに責任取ってもらうかっ!」

 ポケットにねじ込んでいたタバコを取り出すと、少し曲がったまま、火を付け、大きく吸い込んだ。

 どういう作用なのかは不明だが、タバコを吸うと力が強まるから、今までは、なるべく吸わないようにしてきた・・・・でも、今は・・・吸いた くて堪らない。

 あ、クソっ、笑いやがった。

 「では、お手並み拝見。」

 見てろよ、そのうち、あっと言わせてやるからなっ!!

 俺は鼻息も荒く、ズンズンと建物に向かって歩き出した。

 さて、どこから侵入するか・・・

 「あ」

 「ん?」

 ゾロがどうした?という表情で視線を投げてくる。

 「家宅侵入罪ってハワイにもあるよなぁ。やっぱ。」

 「だろーな。」

 なんだそんなことかと呆れた表情をされてしまった・・・。
 それに・・・・先に俺が、あっと言ってどうする・・・。









 2階への出入り口は、店とは別になっており、裏の階段から直接入れるようになっていた。
 鍵はゾロが手品のようにあっという間に開けてしまい、案外、侵入は楽にすることができた。
 どんよりとした嫌なオーラが漂う問題の部屋には誰もいないのはオーラでわかっていたが・・・・。
 何かが違う・・・・俺の眉間をジリジリとした感覚が襲い、引っかかりを覚えるのだ。

 俺は、襲ってくる不安を押し込めてゾロを振り返った。

 「急いだ方がいい。で、どうする?」

 「家捜し」

 当然のように白い手袋を渡される。

 「何探せばいいんだ?」

 「気になるものなら何でも」

 俺は溜め息を付くと手袋をはめ、刑事よろしく、家捜しを開始した。



 生活観の全く無い部屋・・・窓際に置かれた机の上にパソコン、応接セット、本棚、テレビ・・・・ホテルのように整った部屋・・・何か作り 物めいた・・・セットのような・・・・。
 自分の能力を最大限に利用する為に意識を集中すると、誘いをかけてくる感覚がある。

 電源の入ったパソコンか・・・あきらかに誘ってるもんなぁ。
 どうする?
 誘いに乗ってみるか?
 それとも、触らぬ神にたたりなしと無視するか・・・その方が良さそうだ。

 「おい、ゾロ。そのパソコンには触るな・・・よ・・・って、もう触ってるし・・・。」

 カチっとマウスをクリックしてしまっていた。

 「おまえなぁ〜」

 画面には、大きな「デンジャー」の文字と10から1つずつ減っていくカウントダウンの数字。

 「やべっ!逃げろ!!!」

 「なにぃ?!」

 とりあえず、その辺にあるものを適当に引っつかんで、外へと飛び出した。







 「ハァハァハァ」

 バクバクと大きな音で心臓が口から飛び出しそうだ。
 とりあえず、悲鳴をあげる肺に、酸素を送り込むことに専念する。

 消防車がサイレンを鳴らす音を遠くに聞きながら、俺は恨みがましい目でゾロを睨みあげた。

 「ハァ・・・お前なぁ・・・・ハァ・・・プロなんじゃ・・・・ねぇのかよ・・・・」

 「体力専門だ。」

 ・・・・・・たしかに、3キロは全力で走ったはずなのに、2,3回深呼吸しただけで、もう平気な顔をしている。
 ってゆーか、少しは反省して謝れってぇの!!この筋肉バカ!!

 「爆発だぞ?爆発!!普通、無いだろ、それは!!」

 「初めてのことじゃねぇんだ。そんなに怒るなって。」

 「はぁ?初めてに決まってるだろーが、こんなことっ!!」

 「初めてじゃねぇだろ?あったよな、昔にも・・・」

 すっと俺の顔色が白くなる。

 「・・・・・・何で知ってる?」

 何で、こいつが知ってるんだ?

 俺は、またしても、警戒して声を低くした。

 「また、地雷踏んじまったか・・・・あの時の事件も、今回のことも・・・・俺のことも・・・元は繋がってるって言ったら、お前、どうする?」

 「?!」

 俺の心臓が、ドキンと大きく脈打ち、手のひらが冷たい汗で濡れてくる。
 冷静になろうと勤めながら、かすれる声で確認の言葉をつむいだ。

 「それは・・・・あれが、事故なんかじゃなかったってことか?」

 ゾロは、俺の目を真っ直ぐ見つめ、大きく頷いた。

 「マ・・・ジ?」

 目の前が暗くなるような感覚に襲われ、俺は、ゾロの顔を呆然と見つめ続けていた。
追憶



 ゼフのジジィを巻き込んだ事故。
 あの時の詳しい事は、幼かったこともあるが、ほとんどは事故の時のショックで覚えていない。
 何故、皆でそこに出かけたのか。
 何処に向かっていたのかすら。

 ジジィは旅行中の事故だって言っていた。
 だから、多分、そうなんだろう。
 それ以外の理由があるとは思えないし。
 そう素直に信じるしかなかった。
 でも、ゾロは、あれがただの事故ではないと言った。
 故意に起こされた事故だとでも言うのか?

 誰が?
 何の為に?

 俺は、当時の記憶を甦らせようと意識を集中させる。


 道路の左右は木ばかりで何も見えない樹海の中のようなイメージ。
 あの時、俺はどうしていたっけ?
 起きていた?
 眠っていた?
 そんな簡単なことすら思い出せない。

 突然、大きな音と衝撃。
 痛くて、せまくて。

 ひっくり返った車内に取り残された俺は、外に逃げることもできずに泣いていた。

 狭い
 苦しい
 誰か助けて
 お母さん
 お父さん

 そうやって誰かが助けてくれるのを待つしかできなくて。

 あの時、何かやわらかいものに包まれていたような・・・・
 そのおかげで、あれだけの衝撃を受けても、自分はたいした怪我もなくいられた?
 あれは何だったっけ・・・・・

 嫌だ
 思い出したくない

 真っ赤な視界

 駄目だ
 思い出したら
 駄目

 生暖かい濡れた感触

 これ以上は駄目だ
 頭が割れるように痛い
 助けて
 いいじゃないか思い出さなくても
 今までだってそれで生きて来れたんだ
 無理に思い出すことはないんだよ

 そうだよな・・・・・
 だけど・・・

 ちがうだろ?

 俺はゾロが過去のことを話してくれた時の姿を思い浮かべた。

 あいつは、母親を殺された。
 しかも、自分がその命を救えなかったことを事実として受け止め、そのことにきちんと向き合っている。

 俺は、どうだろう?
 両親の死にきちんと向き合っているんだろうか?
 きちんと向き合えなければ、あいつの横に並ぶ資格なんかないんじゃないのか?
 そうだろう?

 ああ、そうだよな
 あいつの横に並ぶために
 もう少し
 できるよな?
 できるはずだよな



 あの時・・・・


 ジジィは流れ出していたガソリンに、いつ引火してもおかしくない状態なのに、
 俺を車内から助け出そうと必死だった。

 必死なジジィの顔・・・俺に手を伸ばして・・・・・
 俺もジジィに手を伸ばして・・・・
 でも何かが邪魔をしてジジィのところに行けない・・・・
 何が?
 何が俺を包み込んでいるんだ?
 まるで俺を守るように?

 !!



 ああ・・・・そうだ。
 思い出した。
 一度思い出すとスルスルと記憶の糸が解けていく。
 同時に、凍らせていた思いも解けて・・・・・俺は涙が流れ出るのを止められなかった。


 俺を拘束していたのは・・・母親の腕だった・・・。
 きっと、少しでもショックを和らげようとしたのだろう。
 腕の中でしっかりと抱きしめて・・・・
 俺を守ろうとしてくれていたんだ。

 ごめん
 今まで、思い出さなくて・・・
 今、この命があるのは、あなたが守ってくれたからなのに

 あんなに近くにいたのに
 抱かれていたはずなのに
 でも、心臓の音が聞こえなくて、
 俺は恐くて恐くて
 だから忘れていたのかもしれない・・・・

 ごめん
 そして
 ありがとう

 最初に守ってくれたのは母
 次に救ってくれたのはジジィ

 あの後、ジジィが、なんとか俺を引っ張り出し、助け出したものの、次の瞬間、引火して爆発。
 ジジィと俺は爆風に吹き飛ばされた。


 あの時・・・父親は、生きていたのかな・・・・それとも、母と同じようにすでに死んでいたのか・・・今となっては知りようもないけど、せめて 苦しまずにいてくれたら・・・・そう願わずにはいられない。


 俺は、深呼吸を1つして、改めて過去にさかのぼる。


 車との距離が近かったせいで、爆風から俺を抱え込んで、かばってくれていたジジィの体には、飛び散った鉄の破片が突き刺さり、筋 肉をズタズタに切り裂いていた・・・・・。
 ボロボロの身体で・・・
 救急車を呼べるものがなく
 人も車もめったに通らない山道で
 ただ死を待つことなど出来ず
 自分だけでも大変なのに、俺もかかえて自力で病院まで・・・
 だけどその時の無理が原因で
 その後、普通に生活できるようになるまで、気の遠くなるような時間と努力が必要になった。
 ジジィが頑張ってリハビリしているのを俺は、ただ見ている事しかできなくて・・・。
 当の俺はジジィのおかげで、最初の衝撃の時に受けた怪我だけで済んでいたから、ジジィよりも、ずっと早く完治した。
 ジジィのベットの横で、じっと座り続ける俺に、ジジィの見舞いに来た人達が険悪な視線を投げつける。
 俺が席を外している時、聞こえていないと思ったのか、それとも聞こえても構わないと思っていたのか
 「何で他人の為に、そんな無茶をしたんだ」
 「親もいない、引き取り手もいない子供を助けてどうする気だ」
 「お前の身体はお前だけのものじゃなくて、世界の宝だったんだぞ」
 そんな声を聞くたびに、俺は両親が死んだ悲しみよりも、なんで自分だけ生き残ってしまったのかと、そのことばかり考えていた。

 何でゼフおじさんは、僕なんか助けの?
 ほっといてくれたら良かったのに。

 なんて
 今思えば馬鹿みたいなことをグダグダと。
 ジジィの引退を残念がるのは当たり前のこと。
 なのに、それぐらいのことで精神的に追い詰められて、声が出せなくなる病気になって、逆にジジィに心配をかけたり。
 さらに追い討ちをかけられたくらいで精神が耐えられず、ほとんどの記憶を無くすし。
 本当、弱っちい自分がいやんなるぜ。

 事故の怪我を隠す為に前髪を伸ばして顔の左側半分を隠したり。
 今では、そんなに気になるほどの痕なんか残ってねぇのに、やめないし。
 別にコンプレックスってわけじゃねぇと思ってたんだが、やっぱりそうなのかな?

 今、自分を見つめ直してみると、そうなのかもしれないと思える。

 (まあ、顔の左側を隠してるのは、それだけの理由でもないんだけどな・・・・。)

 俺は、色々な人に助けられて、今、ここにいるんだと改めて思う。

 両親の愛、ジジィの優しさ・・・・
 恐がる必要なんてなかった・・・・
 悲しいけれど、これも俺の大切な思い出だ。

 俺は、改めてこの記憶を胸の中にしまい直した。


 でも・・・・
 あの時の事故と、ゾロの義母の殺人事件とが関係があるって、
 いったいどういうことなんだ?



 早く真相が知りたいのに、ゾロはあの後すぐに、携帯に電話がかかってきて

 「ちょっと出かけてくる。もしかしたら、しばらく帰れないかもしれない。」

 とか勝手なことをほざいて出かけてしまった。

 夜には帰ってくるだろうと思っていたのに、結局帰ってこないし、夕べも何の連絡もなく帰ってこなかった。

 俺は知りたいことがいっぱい頭の中をグルグルしていて、よく眠ることも出来ないし、コンクール当日なのに睡眠不足でイライラするし 散々だ。
 まあ、そんなことになっても、本番になれば集中できたから、問題はなかったはずだけど、それでも結果が出るまではさすがの俺も不 安だったな。

 結果?
 もちろん、優勝に決まってる。
 俺の料理に勝てるやつが、そうそういるもんか。
 なにせ世界一の料理人を目指しているんだから。
 こんなところで負けるわけにゃいかないってもんだ。
 これで文句なくフランスに行ける!!
 大手を振ってジジィに報告できる。

 そう
 嬉しいはずなのに・・・・
 何かが俺を苦しくさせる。

 今日も、あの男は帰って来ないのだろうか・・・・
 もう、帰国まで、日もないのに・・・・・
悲哀


 コンクールが終了したら優勝者は「終ったので帰ります」というわけにはいかない。
 明日は祝賀パーティが行われるのだが、祝ってもらうだけではなく、お披露目の意味でも、料理を披露しなければならない。
 だから、その準備の為の打ち合わせや下準備などで時間はあっという間に過ぎ、ペントハウスの部屋にもどってきた時には、すで
 に夜の11時をまわってしまっていた。
 けれど、部屋にゾロの姿は無かった。
 ゼフの事故の事を聞かずにはいられないはずなのに、聞いてしまったら世界が変わってしまうようで、聞かずに済んでホッとして
 いる自分と、ゾロに会うことが出来ないことに苦しさを感じる自分がいる。

 こんなにも惹かれているのに
 あの男にとって、俺は・・・
 ただ力が使える便利な道具でしかないのかもしれない・・・
 事情を説明さえしてくれず、帰って来ないのは、そういうことなのだろうか?
 そもそも、俺のこの感情を伝えたら、あいつは離れてしまうかもしれない。
 ただの便利な道具ですらなくなってしまうかもしれないのだ・・・。

 そうか・・・
 俺のこの気持ちは隠さなければいけない物
 伝えてはいけない気持ちなんだ・・・

 そう自覚したら、さっきよりも、ずっと胸のあたりがジクジクと苦しくて
 痛くて

 もう、考えたくない
 そう、他に考えなきゃいけないことがたくさんあるのに
 なんで、気が付くと あいつのことばかり考えてしまうのだろう
 考えたくないのに考えてしまう
 目をつぶれば、姿が思い浮かんでしまう
 嬉しいはずなのに、何でこんなに苦しく感じなきゃいけないんだ?
 こんな苦しいくて痛い思いなんか
 いっそ・・・・

 ジリリリリーン
 ジリリリリーン

 インターホンの音に我に帰り、受話器を取る。

 「サンジ。頼まれていたものを持ってきました。それから、お疲れのところ申し訳ありませんが、今から出られませんか?」

 エリックだ。

 「今からですか?」
 「ええ、優勝のお祝いに招待したいところがあるのです。」

 届け物をしてもらったのに、誘いを断るわけにはいかないよな。
 俺は承諾して、部屋に向かえ入れた。






 しっかりと筋肉のついた無駄の無い体と日に焼けた小麦色の肌に
 真っ白いシャツとビシっと蝶ネクタイをつけた黒のタキシードが嫌味なくらい似合っている。

 (この人は、どんな格好をしても似合いそうだな・・・それに比べて俺ってば・・・・)

 エリックが俺に用意してくれたのは白いタキシード。
 結婚式の花婿じゃないんだから、これはちょっと派手すぎでしょう・・・と思ったのだが、文句の言える立場でもない。
 明日の披露パーティでもタキシードを着用しなければならないので、優勝が決まった時にエリックに電話で相談していたのだ。
 もちろん、ジジイがそこまで詳しく教えてくれるわけもないから持ってきてないし、買いに行く時間もなく途方に暮れていたら、
 まるでそのことを知ってたんじゃないかってくらいのタイミングで、携帯が鳴ったのだ。
 携帯は、エリックから「何があるかわからないので、いつも持っていてください。」と出会った日に渡されていたもので、毎日何
 度も電話をしてきてくれていた。
 知り合いの息子だからと心配してくれているのだろうと思うが、本当に優しくて気配りができて、すごい大人って感じがする。
 なのに俺は、七五三って言われそうな似合わない格好だし・・・。

 「サンジ、とてもよく似合っていますよ。綺麗な金髪に白がよく似合う。」

 俺があまりにも情けない表情をしていたから、慰めてくれてるんだ。

 そうサンジは思い込んでいたが、実際は、誰もが振り返るほどの魅力で、エリック本人はもちろんのこと、この後、老若男女を問
 わず魅了してしまうとは、考えもしないことだった。

 「では、まいりましょうか。」

 エリックは満足そうな笑顔で扉の方へと即すように腕を優雅に動かし、一礼した。







 まさか、ここ?

 俺は、エリックの顔を凝視してしまう。
 なんだか高級そうなレストランの入り口で、俺は立ち止まってしまった。

 エリックは、サンジの贅肉の無い、細く引き締まった腰に腕を回し、少し抱き寄せると扉の中へとエスコートする。

 「あの・・・・こういうのはちょっと違うだろ?」
 「何がですか?」

 エリックは真面目な顔で首をかしげている。

 からかっている訳ではなさそうだ。本気で不思議そうな顔をしている。

 「だから・・・俺は男なんだから、エスコート自体、違うと思うんだけど。」
 「エスコートは、男とか女だとかは関係ありません。自分がしたいと思った人をすればいいのです。まぁ、確かに今まではサンジ
 以外は全て女性でしたが・・・・。」

 普通はそうだよな?
 俺が間違ってるのか?

 「まぁ、いいじゃないですか。サンジさんの美しさは女性の比ではありませんから。」

 俺はガクっと膝の力が抜けそうになる。

 「美しいとか、気持ち悪いこと言うな!」

 ある事情で、顔に対してコンプレックスのあるサンジには、とても誉め言葉とは受け取れず、過剰に反応してしまっていた。
 だが、自分ではどう思っていようが、前髪で顔の半分が隠れていても、その美しさと魅力を隠しきれるものではない。

 「何も、姿形のことだけで言っているのではありません。人間には、内面からにじみ出る美しさというものがあるのですよ。」

 エリックは、そんなサンジの態度を大人の余裕で軽くかわしてしまった。

 照れもなく平然とそんなことが言えるなんて・・・・尊敬するかも。

 「そう・・・ですか?」
 「そうです。」

 なんだか、腑に落ちないこともあるような気がするものの、納得させられてしまう形で晩餐は進んでいった。




 とても美味しい料理で、アルコールも進んでしまった。

 「ご馳走様でした。とてもおいしいお料理で、勉強になりました。」

 俺は、部屋まで送ってくれたエリックにお礼を言ったが、エリックの顔に焦点をあわせることができない。

 (あれくらいの量で酔うなんて、不覚。)

 エリックは、俺の腰を支えながら、寝室に運んでくれる。

 「サンジ、先程話した援助の話ですが、冗談ではなく本気で考えてくれませんか?あなたが料理学校を継いで経営をする気がある
 のなら、私は本当に援助したいと思っています。もちろん、フランスのレストランで修業を積まれてからで全く構いません。その
 時は、私も一緒にフランスへ行くつもりですけど。」

 エリックは俺の腰に回していた腕に力を込め引き寄せ、空いている方の手で俺の顎を持ち上げ自分と視線を合わせるようにする。
 その瞳は、甘やかにきらめき、優しい微笑みで心臓の奥に直接進入してくるような気持ちのこもった視線だった。

 一緒にフランスへ?
 なんでエリックが?
 仕事・・・って訳じゃないよな?
 しかもこの体勢・・・
 これって、まさか、プロポーズ?!
 まさか・・・な・・・・
 驚きで、少しだけ酔いが醒める。

 「いいですね?サンジ?」

 いいですねって何が?
 そんなに優しく見つめられたら、なんか視線が外せなくなる

 ヤバイ

 雰囲気に流されそうだ。
 ゾロに似ていると最初は思ったけれど、今思えば似ているのは、優しいオーラの部分だけだった・・・・
 まぶしいまでのゾロのような強烈な光ではない。
 それでも、エリックなら、優しい空気に包まれて、皆で平穏に幸せに過ごしていけるかもしれない・・・・・。
 だって、この人と過ごしていた間、俺はゾロのことを思い出さなかった。
 だから、苦しい思いも忘れていられた
 この人といれば苦しまずにいられる
 優しく暖かく守られて


 アルコールに犯された身体がふわふわといい気分で、俺の中の悪魔が囁く。

 エリックなら、自分を好いてくれているから、離れていく心配をしなくてもいいし、
 おやじの学校だって心配いらないし
 心臓が痛くなるような、苦しい思いをしなくても良くなるんだぞ。
 エリックを受け入れてしまえ
 このまま黙っていればそれでいい


 俺が何も言わないから、それを了承と取ったのか、エリックの顔が近づいてくる。
 俺は、目を瞑って、そのままエリックを迎え入れようとしていた。

 でも、本当に?
 本当に、エリックといて、それで俺はいいのか?
 苦しい思いは、そんなことで消えてくれるものなのか?
 よく、考えろ!

 瞼の裏には、金のオーラを放つ男の顔が浮かびあがっているんじゃないのか?
 あれは誰の姿なのか
 本当は、とっくにわかっているんだろ?!
 今、お前は、誰を一番想っているんだ?

 わかってる!
 わかってるんだ!
 誰が心に住んでいるのかなんて
 本当は最初からっ!!

 もう、これ以上自分の気持ちを誤魔化すことはできない。
 しかも、もう少しで、優しいエリックを騙し、傷つけてしまうところだった・・・そんなこと絶対してはいけないことだったのに
 !!

 俺は、ゆっくりとエリックの胸を押し戻し・・・・顔を見ることができなくて、俯いた。

 「ごめんなさい。やっぱり・・・エリックに答えることはできません。俺は・・・・・。」

 駄目だ!
 ちゃんと顔を見て話さなきゃ!
 今の俺の気持ちを。
 顔を上げて、目を見て、今の素直な気持ちをきちんと告げよう。

 そうしようとしてエリックの顔を見た途端、エリックは唇に人差し指を当てて、首を横に振った。

 「今すぐ返事をする必要はありません。もっと、よく考えてからにしてください。私はいつまでもあなたのことを待っていますか
 ら。・・・・遅くまで引っ張りまわしてしまってすいませんでした。さ、明日は早いですよ。7時に迎えにきますから、すぐに寝
 てくださいね。おやすみなさい。」

 それだけ言うとサンジのサラサラの髪を一房つかみ、そこへキスを落として、部屋を出ていった。


 優しすぎるぜ、クソったれ!

 ・・・・優しすぎて
 涙が出そうだ・・・・・
静炎

 コンクールの翌日、豪華客船での授賞式と優勝者の料理の披露が行われる。
 お金の有り余っている人達との顔つなぎをするためだ。
 もちろん、今までの優勝者は、こういった顔つなぎの場で自分のこれからの人生に必要な出資をしてくれるスポンサーを見つけ、契約にまで持ち込む才能も必要だった。
 うまく、金持ちを捕まえれば、すぐに自分の店を持つことも可能になるのだから。

 俺も、自分のこれからの人生に必要なスポンサーを見つけなければならない。
 フランスの5つ星レストランにコネのある人ってのが条件だ。
 ってか、その人に俺の料理を気に入ってもらわなけりゃいけないんだけどな。

 俺は、ホールで談笑するブルジョワな皆さんを見回した。
 とりあえず、端から順に挨拶して顔を覚えていただかなくてはならない。

 「さて、どうするか・・・。」

 見回した視線の中に何か引っかかる映像が写る。

 なんであいつがこの船に乗ってやがるんだ?
 俺は、まるで幻でも見てるんじゃないかってくらい目を見開いてしまっていた。

 「ゾ・・・ロ?」

 会いたくても会えなくて、この2日間、どんな気持ちで過ごしていたか・・・。
 その原因の男が、なんだってここに?
 俺にお祝いを言いに来てくれたのか?
 そうなら嬉しいけど・・・どうやら違うらしい。
 ・・・俺の方を1度も見ないってのは、そういうことだよな。
 それとも俺には会いたくないっていう意志表示なのか?
 わざわざ、その為だけに、こんな席に来るのか?

 ・・・・この船に乗るには、招待状が必要だって言ってたはず。
 選ばれた人間だけが招待されているのだ。
 そこにゾロがいるっていうのはどういうことなのだろう?

 俺の前ではずっとTシャツに黒の綿パン姿だったのに、タキシードなんか着てるから・・・・驚いてしまってすぐにはゾロだと理解できなかった。

 しかも、なんであんなに似合ってるんだ?
 厚い胸板にがっしりした体型。
 背が高くて、肩幅も広く、足も長いから
 衣装に着られることがなく、堂々と着こなして

 周りの空気に溶け込むというよりも、彼自身が持つオーラのせいで逆に目立ってしまっている。
 大勢いるドレス姿の綺麗なお嬢さん方の視線は、チラチラとゾロの方を見て気にしているのを俺は見逃さなかった。



 そうしてゾロのことばかり気にしているサンジ自身も、コンクールの優勝者であるのと同時に、「その類まれな整った容姿」「白いタキシードにスレンダーな体躯を包んだ妖艶な姿」が、女性ばかりではなく、同姓の視線も集め、注目の的であるのを本人ばかりが気づいていなかった。



 なんか、イラつく。
 美しい女性の姿を見たら、元気がでるはずなのに・・・
 ゾロの横には、エスコートされている女性がいて
 横に寄り添うように立つ彼女の姿を見るだけで胸が痛み、悲しみと同時にイライラが止められない。


 その女性は誰?
 いったいゾロとはどういう関係なんだ?
 何の関係もない女性ではないだろうとは思うけど・・・
 恋人?
 もしそうならば、俺には、少しの可能性も残されていないのか・・・
 この想いは、どこにも行き場所がない・・・
 伝えることすら許されない・・・のか・・・


 女だというだけで 一緒いることが許され
 女だというだけで 共に歩むことができる・・・

 その男の横に、女だからというだけで何の苦しみもなくいられる彼女が羨ましく
 また、同じくらい妬ましい!

 ああ、これが嫉妬というものか

 「ははは・・・」

 乾いた笑いが口をつく

 こんな形で知ることになろうとは思いもしなかった。
 自分にこんな感情が芽生えるなんて思いもしなかった。

 なんだか自分が情けなくて

 クソ

 こんなの俺じゃない
 こんな俺はいらない

 もっと自信を持て!
 俺は世界一の料理人になる男だ!!
 男だ女だは関係ねぇ!

 そうだろ?
 まだ、伝えてすらいないのに
 なにを沈んで暗くなってんだ!

 ああ、忘れてたぜ、俺のスタイルを
 ポジティブに
 想ったままに
 この溢れる想いをぶちまけろ!
 やれるだけやって
 それで駄目なら、その時に後悔すりゃあいいんだ
 そうだろ?

 俺は、彼女に挑むような気持ちで、改めて視線を投げた。

 抜群なプロポーション
 背中が大きく開いた黒のシックなドレスを着こなし
 オレンジ色に輝く艶やかな髪を見事に結い上げ
 顔も超がつくほどの美人

 本来なら俺のストライクゾーンど真ん中の女性・・・

 ?

 あの髪・・・あの顔・・・あのオーラ・・・・
 見たことがある・・・よな・・・
 知っている・・・・
 あれは・・・
 そうだ・・・
 彼女は!!

 「ナミさん!」

 俺は無意識のうちに彼女の名前を口にしていた。
 そう、あの飛行機の中で出会った客室乗務員のステキな女性。

 なるほど、彼女なら、うなずける
 うーん、さすがナミさん。
 ステキだ〜vvv
 ・・・って、なんで・・・・ナミさんがゾロと?
 ゾロもナミさんをナンパでもしてたのか?
 それで、連絡があって、ずっと彼女と?
 たしかに彼女なら、招待客の中に知り合いがいてもおかしくはない・・・のか?

 俺は、いくら考えても答えが出ないので、意を決して2人方へと近づいていった。
 いや、近づいて行きたかったのだが、近づけなかった。
 途中でエリックに捕まってしまったのだ。
 俺は、2人のことが気になりながらも、エリックが次から次へと紹介してくれる人達への挨拶に追われ、声をかけることさえままならなかった。

 「エリック、あの・・・。」

 「サンジ、あちらの方は、フランスでいくつかレストランを経営している方です。紹介しますから、挨拶だけはしておいた方がいいでしょう。そしてそちらの方は、アメリカで成功された実業家です。お知り合いになっておいて損は無いはずです。名前を覚えていただきましょう。さあ、いきましょうか」

 「いや、だから・・・・。」

 なんて、腰に腕を回して女性のようにエスコートされてる俺って・・・・
 俺のためにやってくれてることだから、無碍に断ることなんて出来ないし・・・
 なんか、昨日の夜のこともあって、強く出ることもできないし・・・
 実際、エリックの御蔭で、思ったよりも色々な人と知り合えて助かってはいるのは確かだし・・・
 こんなすごい人達と、普通なら話なんかできる機会なんかない・・・けど
 そんなのわかっているけど
 でも、
 ゾロが気になってどうしようもなくて
 紹介されたほとんどの人の名前なんか覚えちゃいない



 しばらくして、挨拶も落ち着いてくると、「そろそろデザートを出す時間だから」とエリックから離れることに成功した。

 (ゾロは何処だ?)

 激しく光っているオーラで、見つけるのは簡単だったのだが、その一帯の光景が、一見の価値有ってくらい、ちょっとすごいことになってて、俺の足はしばらく止まってしまった。
 ワイングラスを片手に持ったまま、誰かと話をしているゾロやナミさんのオーラが凄いのは当然として、
 その話相手までもが、激しく赤く燃えるようなオーラを放っているのだ。
 これって、本当に凄い光景で
 うー、自分だけしか見えないのかと思うと、残念で仕方が無い。
 こんなに綺麗で・・・こんなに強烈な・・・
 オーラとオーラが時にはぶつかり時には混ざり合って、
 言葉にはできない綺麗な色を作り出して

 それなのに、この3人の顔に笑顔はなく、どこか緊張をはらんだようなピリピリした空気が流れているような感じが伝わってきて・・・

 「なんなんだ?あいつら・・・」

 今度こそ邪魔が入らないよう祈りつつ、3人に近づいていった。

 「ナミさ〜んvvこんなところでお会いできるなんて、思いませんでした〜!俺はなんて幸せ者なんだ〜vvvv」

 そう言いながら近づいていく俺を見た時の二人の顔は、おかしいくらい引きつっていて。

 「な・・・なんでここに?」

 少しは驚いてくれたらしい。
 その慌てているゾロの顔を見れて、ちょっとだけど、喉の奥につかえていた物がなくなった気がする。

 「って、おいおい、それは俺が言いたいって。今日の主役に向かって、それってどうよ。」

 今日の主役は俺だぞ?
 驚くのはおかしいだろう?

 俺の存在に気づいてもくれていなかったことにショックを受けながらも、そうと悟られないようにゾロの胸に裏拳で思い切り突っ込みを入れつつ、俺は二人が話していたゲストに失礼にならないように、向き直る。

 「お話中に失礼致しましたマダム。」

 2人が話していた相手は、顔だけ見れば老女と言っても可笑しくない皺が刻まれ、頭髪もすっかりシルバーホワイトになっている女性なのだが、背筋は真っ直ぐに伸び、体格も細くすっきりしており、年齢を感じさせない身のこなしをしている。
 身体だけ見れば40代と言ってもおかしくない程だ。

 意表をついて俺が現れたことに驚いたのだろうナミさんは、それを隠すように繕った笑いをしていたが、そんな彼女に向かって老女が声をかけた。

 「こちらの方を紹介してもらえるかい?」

 ナミさんは、助けてと言う目線をゾロへ、そして俺へと移してきた。

 確かにナミさんに俺の紹介をしろって方がおかしいよな。
 あの飛行機での事件の際に、1度しか会ったことがないのだから。
 俺はナミさんのフォローをするべく、老女の右手をうやうやしく取りながら自己紹介を始めた。

 「申し遅れました。私は昨日行われました創作料理のコンクールで優勝させていただきましたサンジと申します。本日の料理も全て私が手がけさせていただいたのですが、お味の方はいかがですか?お口に合いますでしょうか?」

 彼女の手の甲に片膝をついてキスをする。
 彼女は、照れるでもなく、嫌がるでもなく、それが当然という顔をして堂々と俺のキスを受け入れていた。

 (これは、そうとうの御仁だな。どこのお偉いさんだ?)

 「ああ。気に入ったよ。なかなかの腕だ。ウチの専属料理人として来てもらいたいくらいだよ。」

 「ありがとうございます。光栄です。ぜひ、機会があれば。」

 俺は、にっこりと笑って彼女の腕を離すと、一歩後ろへ下がった。

 「ロロノアさんだったかな?いいだろう。話だけは聞いてやろうじゃないか。レディへの態度を知っているこの子に感謝するんだね。この船のロイヤルスイートを取ってある。あとで、そこにおいで。」

 そう言うと彼女は挨拶しようと寄ってくる人々をことごとく無視して、真っ直ぐ会場から出て行ってしまった。
 多分、SPだろうと思われる黒ずくめの男達に回りを囲まれながら。
 かなり高い身分の人で、人を動かすことに慣れた立場の人だな。きっと。

 「で?どういうことなのか説明してもらいたいね。」

 俺は振り向くと同時に、お美しいナミさんではなくゾロに向かって襟首を掴みそうな勢いで詰め寄った。
 ゾロは、目線を外して、あらぬ方を見ながら頭をボリボリとかいて、なんとかならないものかとナミさんに助けを求めるように時間をかせいでいるようなそぶりをする。
 いまさら、誤魔化せると思ってるのか?
 今度こそ、きちんと話しを聞くまでは、引かないからな!!

 そう決意を固めている俺にナミさんが近づき提案した。

 「ここじゃなんだから、場所を移動しない?」

 そう言うと、ナミさんは笑いながら、俺の腕に腕を絡めて甲板へと引いていこうとする。

 「エスコートしていただけるかしら?」

 色っぽい顔を近づけられたら断れるわけがないってゆーか。

 「もちろんで〜すvvv」

 条件反射ってゆーか
 こればっかりはどうしようないってゆーか
 俺の目がハートを飛ばしまくっていたことは言うまでもない・・・。


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