神妙〜shinmeu〜出会い編

そらへ
「はぁあああぁっ。」

 俺は何十回目か分らないため息をついた。
 最初のうちは、となりに座る筋肉男のことを睨み付ける元気もあったのだが、もう、諦めの気持ちの方が強くて、ため息しか出てこな い。

「はあぁぁぁっー。」

「うざったいから、ため息つくのやめろっ!!」

 眉間に皺をよせてはいるものの、前方を見据えたままなのが、気にくわない。せめて、こっちを向いてしゃべれってーの。
まあ、何が起こっても落ち着き払っているムカツクこいつの眉間にシワを寄せさせただけでも良しとするか・・・・。

「なんだって俺は、こんなトウヘンボクに付いてきちゃったかなぁ・・・。」

 あの時、こいつが、あんなことさえ言わなきゃ、今ごろ俺は有名レストランで働くモテモテのシェフになっていたに違いない。
俺の平凡な日常を返しやがれ!!クソッタレ!!






 







 

 



「チビナス・・・じゃない、サンジ君!ちょっと、頼みたいことがある。すぐに校長室に来なさい。」

 俺が今通っている、料理学校の校長直々の呼び出しだ。
とは言っても俺にとって別段珍しいことじゃない。なぜなら、ゼフ校長は10年以上、俺の親代わりをやってくれている人だからだ。
 本当の両親は俺が7歳の時、事故であっけなく死んでしまった。
親戚のいなかった両親の親友だったというだけで、ゼフ校長は俺を引き取り育ててくれた。
いろいろと厳しいところもあるが、今の俺があるのは、オヤジのおかげでもあるんだ。俺の生きがいとも言える「料理」を一から教えてく れたのも、「女性のエスコートの仕方」や「ナンパのやり方」、果ては「喧嘩の仕方」まで教えてくれたのも、全部オヤジだった。
教師らしからぬ事も多かったけど、本物の親子以上に一緒に長い時間を過ごし、愛してもらったと思う。
喧嘩ばっかりしてて態度には出せないし、本人には絶対言葉になんかして言えないけど、俺は、おやじの事を尊敬しているし、とても大 切な存在だと思ってる。だから、親孝行って訳じゃないけどオヤジの大切なこの料理学校を手伝って守っていきたいと思ってもいる。
その為には、有名なフランスの5つ星レストランで何年か修行をして、実績をつけて自分の店を成功させて。
もしその店が有名になって、その店のシェフである俺がこの学校の講師にでもなれば、きっと生徒も増えて、オヤジの手伝いができる ようになると思うんだ。
「野望は大きく持て」と、いつも言われているから、「そんな夢みたいな事」とか「自分にはできない」なんて絶対に思わない。
すぐに、実現してやるさ。おいしいものを腹のすいてるやつに食わしてやる、ただそれだけの事。
俺は世界一のシェフにだってなれる!!
 


 オヤジの後について校長室に入ると、彼は軽く右足を引きずりながら大きな巨体をソファに沈めた。
あの右足が上手く動かなくなったのも、本当は俺のせい。俺の命を救ってくれたその代わりにオヤジは大切な足を犠牲にした。
俺の命の代償にしては高くついてしまったと思ってる人はたくさんいるだろう。「命には代えられない」とか「人の命は重い」とか言うけ ど、あの時の俺は生意気なクソガキで、こんなガキと将来が約束されていた人の人生とを天秤にかけるなんて出来ないくらいオヤジは 凄い人だったんだ。あの事故の後、病院にお見舞いに来ていた人達が言っていたのだから、間違いない。今なら、あの人達の言って いたことも理解できるな。悔しくて悔しくて、俺に当たることしか出来ない、さみしい大人たちだったんだ・・・。あの頃は素直に、そう思う ことはできなかったけど・・・。
 オヤジは昔、世界に名が知れているほどの実力のある、空手家だった。今で言えばK−1チャンピオンに匹敵するぐらいの実力で、 ファンも多く、右足で繰り出す蹴りは最強で「黄金の右」と称えられていた。
あと少しで世界一になれるという時に、俺のせいで夢をあきらめなきゃならなくなったんだ。オヤジに夢を託していた人達は、当然俺を 恨んだだろう。俺さえいなければ、こんなことにはならなかったのに、と。

オヤジは「お前のせいじゃないし、命より大切なものなんかない」って言ってくれたけど、俺はオヤジの大切な足を、夢を、奪った事実だ けは忘れちゃいけないんだ。7歳の時の事で、自動車事故の直後で自分の意識も朦朧としていて断片的にしか思い出せないとしても、 あの瞬間の事は絶対に忘れちゃいけない。
だから。そんな俺に出来ることは、オヤジの次の夢である「うめぇメシを食わせるコックを増やし続ける」ってやつを何としても守り続け ることなんだ。

「まあ、座りなさい。」

オヤジは、ぼーっと突っ立っていた俺に、ソファに腰を降ろす様にうながすと、長く伸ばした髭を触りながら話はじめた。

「実はな。5日後に創作料理のコンクールがあって、ワシも特別に参加することになっていたのだが、外せん用事ができて、行けなくな ってしまったんだ。だが、昔、世話になった人の頼みで不参加というわけにもいかなくてな。以前、電話でお前の話をしたのを覚えてい たらしく、代わりに来て欲しいと言ってきた。悪いが、すぐに準備をして行ってきてくれ。」

「は?俺が?」

「ワシや学校の名誉だとかは関係なく、お前の卒業試験のつもりで真剣に戦ってきなさい。もしも、いい成績を修めることが出来たら、 好きなところに修行に出してやってもいい。お前が行きたがっていたフランスでも何処でもな。」

願っても無いチャンスだ。もちろん、断る理由は無い。

俺は、準備もそこそこに、翌日の夜には会場に向うハワイ行きの飛行機に飛び乗っていた。









「36−Bは・・・・おー!!ラッキー!!スチュワーデスさんの向かいだ。さすが、チェックインカウンターのお姉さんvvvわかってるねぇ。 ここじゃないと足がきつくて座れねぇんだ。助かった。」

 別に足が長いことを自慢したいとか、そーいうんじゃなくて、これはマジできついんだ。2時間ぐらいならまだ我慢もできるんだが、さす がに長時間は勘弁して欲しい。あの狭さは身長のある人のことをあまり考えて作られてないと思うな。

 上機嫌で荷物を頭上の棚に入れていると、背後に強烈なオーラの気配を感じて振り返った。
オーラなんてって笑うやつも多いだろうけど、俺には、小さい時からこのオーラってやつが見えていて皆見えるものだと思っていたか ら、友達に嘘つき扱いされるまで自分だけの特別な力だなんて思いもしなかった。救いだったのは、両親は信じていてくれたこと。だが 「これからは、このことは私たち家族だけの秘密だ。人には絶対に話してはいけないよ。」と約束させられた。世間に馴染めなくなること を恐れていたのかどうか、今ではその真意を確認する事もできないけどな。だから、このことはオヤジにも話していないし、これからも 話すつもりもないんだ。だって、この話をしていたときの両親は悲しそうな顔をしていたから。自分達の子供が普通じゃないことが悲し かったのかもしれないって思うとオヤジにも同じ思いはさせられねぇよな。
 おっと、気分が湿っぽくなっちまうとこだった。そうそう、オーラの話をしてたんだったよな。このオーラってやつは、一人一人全くちがう もので、その人の存在感とか、生命力とかそういうものが視覚的なものとなって見えているんじゃないかと思う。
その人の身体全体から光みたいなものが出ていて、ほとんど光を感じない人から、まぶしいくらいの人もいる。
色も様々で、今までの経験から言うと、優しい人はオレンジっぽい暖かい色。反対に意地悪だったり、何か悪いことを考えていたりして いる人は濁った黒に近い色をしていた。生命力がないと、光は全く感じなくて、靄がかかったように輪郭がぼやけていたりする。魚の活 きのよさを見分けることが出来なかった頃は、随分とこの力でズルをしたものだ。今じゃもう必要もない力だけどな。
 それにしても、こんなに力強くて、オレンジというよりも金色に近くて、眩しいんだけど静かな感じのオーラなんて初めて見たっていうか 感じたんで、ついついじぃーっと見つめてしまっていたらしい。
 怪訝そうに眉をひそめた彼に

「そこに荷物を入れたいんだが」

と指差されるまで、ぼーっと、通路を塞いでいることに気付かなかった。

「あぁ?!・・・・わりぃ!!」

俺は慌てて道を譲ると、座席へと移動しつつも彼の姿を見つづけていた。
入れ替わりに通路に立ち荷物を入れ始めた彼の身長は、ほぼ俺と同じくらいだろうか、たぶん、175cm以上はあるだろう。
スポーツか何かで鍛えたのであろう腕は俺の2倍はあるんじゃないかってくらい、ぶっとくてがっしりとした体格をしている。
俺だって決して華奢ってわけじゃない。身体もそれなりに鍛えているし、身長だって平均以上はある。それでも、こいつと並ぶと平均以 下の細さみたいな気がしてくるな。

「何だ?」

俺が不躾に見つづけていれば、そりゃ気になってあたりまえだよな。

「え?・・・・あー・・・いや、緑の髪なんて珍しいと思って。!!あっすまん。」

俺だって人に俺の髪の色や瞳の色の事を言われるのは嫌いなクセに、初対面のやつに失礼な事を言ってしまったとすぐに気付き、素 直に頭を下げた。

「別に謝る事じゃねぇ。俺もお前の金髪、きれいな黄色だな、とか思ったしな。」

 低いけれど耳の奥まで響いてくるような印象的な声だ。
容姿の事を言われたのに嫌な気分にならないのは、あっさりと言われたからだろうか、それとも仏頂面っぽいのに、一瞬だけ見せた笑 顔のせいか?
なんだかわかんねぇが、俺、コイツのこと嫌いじゃないかも。
この時はまだ、単純にこんな事を考えていられたんだ。

 雲上
 機内食を食べている間に、俺から話し掛けてなんとか得られた隣席の男の情報は、ゾロという名前と古武道をやっているということ。
修行の一環でいろいろな道場を周っている最中なのだそうだ。
 俺も知らなかったが、竹刀を使う剣道と、木刀や長刀、真剣などを主に使う古武道があるらしい。流派も色々あって、なんだかややこ しくて覚えられなかったが、とにかく、そんな中の一つなんだそうだ。
これから、オアフ島にある小さな道場を訪ねる途中らしい。

 (まあ、木刀を振り回しているのなら、あの筋肉にも納得だな。)

 年は同い年で19歳・・・・これには少し驚いた。
どう見ても25歳くらいにしか見えない老け顔なんだ。
話してる最中に時折見せる屈託の無い笑顔が、かろうじて10代であることを証明しているかも。
 少しとっつきにくい感じに目つきは悪いが、頬からアゴにかけてのラインは引き締まっていて、
精悍な整った顔立ちをしている。男っぽいって、こういう顔のことを言うんだろうな、と素直に思えてしまう。
大抵はまっすぐ前を向いて話をするが、時々じっと目を見て話すから、

 (あ、黒だと思っていた瞳は、よく見ると湖の底みたいな深い緑色だ。)

なんて小さな事を発見してしまった。でも何故だろう。会ったばかりのヤツの事なのに、宝物を発見したみたいに嬉しくなる。

 (なんだ?悪いやつじゃないってわかっているからか?)

自分でもなんでだかわからないが、この隣席の男のことを、とても気に入っているらしい。


 まだまだ、話したい事はたくさんあるが、ここで寝ておかないと、この後時差ぼけで大変な事になるのがわかっているから、仕方無く ゾロに「お休み」と告げた。
 寝つきがいいので心配はしていなかったが、通路側に頭を傾けた途端、すぐに眠ってしまったらしい。
次に気が付いた時は、何故か左側に傾いてお隣さんの肩に寄りかかっていた。

「すまん!!」

と飛び起きて言いたかったのだが、口を手のひらで塞がれて実際には声にする事はできなかった。

「?」

俺は目だけで口を塞いでいるゾロに何のつもりか問うと、ゾロは空いた方の手で前方を指しながら、顔を耳元に近づけて囁いた。

「様子がおかしい。ちょっと見てくるからお前はここでじっとしてろ。何かあったらこれを使え。」

言うことだけ言ったら、質問する間もなく歩きだしてしまった。

 (どうする?追いかけるか?なんなんだよ。訳がわかんねぇっつーの!!)

手のひらにスッポリと収まっている手渡されたものを確認してみると、それは携帯用のハサミだった。
今は空港での荷物検査が厳しくて、爪きりや女性の眉毛を整えるハサミ、携帯用ソーイングセットのハサミまで没収されるってのに、あ いつはどうやってこれを機内に持ち込みやがったのか。

 (ってゆーか、その前に、何かあった時に、これをどー使えと?)

考えても仕方が無いので、とりあえずゾロが戻ってくるまで、待っていようとは思ったのだが機内の寒さに、もよおしてきてしまった。

 (じっとしてろと言われたものの、トイレぐらいは行っても構わないよな。)

まさに座席の真横がトイレなのだが、何故だか2つとも、ずっと塞がっている。

 (とりあえず後ろのに行くか。後ろの方がたしか6個あるし、すぐ入れるだろ。)

後方へ向って歩いていくと、一端座席の列が途切れて機内食などを調理するキャリー(キッチン)の横を通りすぎる。
ここには大抵カーテンがかかっているのだが、綺麗なスチュワーデスのお姉様とお友達になる為には、そんなことに怯む事無く入って 行くだけの神経の図太さがなくてはいけない。もちろん、後でお邪魔させてもらおう、などと考えていると、前方にどす黒い霧状のオーラ が渦巻いていた。

 (こんな時は、たいがい何かよろしくない考えをお持ちの方が、近くにいらっしゃるんだよなー。)

意識を集中させて目を凝らすと、このどす黒いものを撒き散らしている張本人であろう2人の男達に行き当たった。最後列左右の通路 側に分かれて座っているが、多分、同じ空気をまとっているからお知り合いとみて、間違いないだろう。

 (さて、どうしたもんかな。まだ何か、やらかした訳でもなさそうだし、とりあえず、見なかったことにするか?)

そうは思のに、何故かいつも手を出してしまうのは、性分かな。
お嬢さん方に少しでも危険があるのは回避したいと思っているからだと言えば聞こえはいいが。これでいつも、貧乏くじを引いてしまう ことも分かっているのに・・・治らないものは諦めるしかない・・・んだろうな・・・・。

「でも、その前にちょっとだけ充電を。」

少し引き返してキャリーへ入るカーテンをくぐろうとしたところで、ちょうどそこから出てきたスチュワーデスのお嬢さんとぶつかってしま った。

「大丈夫ですか?」

後ろに倒れそうになった彼女の腰を抱きとめて、しっかりと立たせると名残惜しげにその手を取って彼女の瞳を見つめながら尋ねた。

「あ・・・、あの・・・・だ・・・大丈夫です・・・。」

消え入りそうな声で答えた彼女の手は小刻みに震え、顔も青ざめている。

 (男が嫌いとか?まさかな。だったら、こんな仕事できないよな。じゃぁ、なんだ?)

俺は、誰が見てもあやしまない様にナンパ師よろしく、口説きにかかった。

「お嬢さん、仕事が終わったら僕と食事にでも行きませんか?ホノルルでも東京でも都合の良い時にいつでも連絡ください。
 あなたの為なら、いつでも何処にいても駆けつけますから。僕の連絡先はココです。」

俺は自分の手帳に書き込んだメモを破り彼女に見せた。

「よろしければ、ここにあなたの携帯の番号なんか書いてくれるとうれしいなぁ。」

特別な笑顔付きで手帳ごと渡した。
彼女はほんの一瞬だけ信じられないというように目を見開いて俺を見ていたが、すぐに気を取り直すと、渡したペンを握り、必要なこと だけ簡潔に書いて手帳を返してきた。頭の良い女性だ。好みだなぁ。
俺が渡したメモには、(何かあったのか?)。
彼女の書いた一言は(助けて 男1人ずつ 銃)。

「サンキュー。まさか嘘の電話番号じゃないだろうね。」

との軽口に、彼女が首を振っただけなのを見て、見張っている仲間がいるだろう事もわかった。もし、見張っていないのなら、こんなに 警戒した演技をするはずがない。

 (!!!あいつらか?!)

先程の男たちだろうと目星をつけた。この機内にキャリーは大きいものが2つ、小さいのが1つある。それぞれに1人づついるとして、 見張りの2人を足して最低でも5人はいる訳だ。

「ではお嬢さん、後程連絡させていただきます。」

話しながら彼女の手を取ると、甲に口づけた。別に大げさな演技をしたとか言うわけじゃなく、いつも通りの行動だったのだが、彼女に とっては少しは気のまぎれる冗談に移ったようだ。
ほんの少しだけ笑顔を浮かべ、真っ青だった彼女の顔色にかすかに赤みが戻った。
彼女は、気丈にも「大丈夫」というように頷くと、前方のほうへ歩きだした。
脅してはいるが、自由に仕事をさせているってことは、乗客には分からないように事を進めたいって事か?何が目的なんだ?
 
(ゾロが戻ってくるまでこのまま待つべきか、すぐに行動を起こすべきか。)

俺は迷わず後者を取っていた。
困っている女性をほっておくことはできない。自分の性分だ。仕方無い。
とりあえず、彼女の書いたメモをゾロが戻ってきた時の為に、座席に置いておこう。
あいつなら、このメモを見て、何らかの行動を起こしてくれるだろう。

( ?!  なんで俺は出会ったばかりのあいつを、こんなに信用しちまってるんだ?いくらオーラが金色だからって、あいつが何とかしてく れると思えるなんて、ヘンだよな。)

自然と彼の存在を受け入れてしまっている自分の気持ちに戸惑いをおぼえつつも、ここは彼に任せるしかないんだと、無理やり自身に 納得させ、生理現象には流石に俺も勝てねぇからトイレだけは済ませると、カーテンで区切られたキャリーの中へと足を踏み入れた。




「お嬢さん。遊びにきちゃいましたよー!!」

バカなナンパ男を演じつつ中に入ると、狭い調理場の中に、4人の美女とむさ苦しい男が1人収まっていた。もちろん、ムサイ男は拳銃 持参で。
美女のうち3人は腕を後ろで縛られ、口にもガムテープが貼られ、拘束されていた。

(何てかわいそうな!!レディに対してなんてことを!!)

先ほど俺と話した美女は拘束されていないものの、銃を向けられ恐怖に震えていた。

「ちっ!!騒ぐなよ!!少しでも動けば、この女の命はない。」

男は、俺に銃を向けてくれればいいものを、彼女のこめかみに銃を当てたまま、いかにも悪役ってな感じの押し殺したような声で脅しを かけてきやがった。俺は、相手が油断してくれることを祈りつつ、わざと震わせながら両手を挙げて怖がっているように見せた。
ムサイ男が俺のことを拘束しようとして、動いた時がチャンスになるはずだ。

ジリジリとした気持ちでその時を待っていたが、何故かヤツは動こうとしていない。俺の狙いに気付いてやがるのか?

どれぐらいたっただろうか。実際は数分だったに違いないのだが、数時間とも感じられた長い緊張に耐えられず、銃を向けられていた 彼女が気を失いかけてよろめいた。その動きに反応した男の視線が一瞬俺から離れ、彼女の方に動いた。

(今だ!!)

そう思った時、俺にも余裕が無くなっていたらしい。
後頭部を思い切り硬い物で殴られ、意識を失ってしまった。
仲間がいたことを失念していた俺の失態だ・・・。
直感







 ビビが言っていたのは、こういうことだったのか。

 「会えばわかる。」などありえないと思っていた。

 が、どうやら俺は上手く出会えたらしい。

 何がどうって訳じゃねぇが、出会った瞬間「絶対こいつだ」って俺の直感が叫びまくってやがった。

 今まで、この感ってヤツが外れたことはねぇから、自信を持って言える。

 あいつだ。

 ビビには、「それは動物的野生の感ってやつね。さすが、人間離れしてるだけあるわ。」とか言いたい放題言われちまってるが。



  サンジが本当に俺たちの探していたやつなら、じっとしてるとも思えない。
 早くこっちの仕事を片付けて、もどらなきゃならない。
 とりあえず、コックピットに客室乗務員と一緒に入っていった、関係者とも思えない気になる男をなんとかしないと。

 自分の乗った飛行機を、訳のわからない所に着陸させられても困るし、それこそビルに突っ込まれてもかなわない。
 どんなに面倒だろうと、全ては自分の為だ、仕方ない。

  大きく息を吐き出し、前方にあるキャリーのカーテンをくぐった。
 事情を知っている乗務員がいるんじゃねぇかって思ったからなんだが、そんなに甘いもんじゃなかったらしい。
 中では、乗務員の女たちが3人転がり、悪人づらの男が銃を持って壁に寄りかかっていた。

  俺を確認すると、男は素早く銃を向けてきたが、俺はそれよりも早く、木刀を男の手首に打ち込んでいた。

 もちろん、声を出されないよう鳩尾に拳を一撃入れて気絶させ、更に男の手から離れて落ちる途中の銃を掴み、男の首根っこを捕
 まえた。

 しめて2秒弱。

 転がっている女たちには、何がおきたかのかも、わからなかったはずだ。

 木刀を何処から出し、何処に片付けたのかすらも。


  男が意識を取り戻しても、手首は折れていて使い物にはならないだろうが、念のため、反対側の腕も折らせていただく。
 こうゆーやつらは、少しでも隙を見せたら、捨て身の反撃をしてくるから手加減なんかしちゃいけない。
 過剰防衛だと言われようが、とことん闘争心を奪っておかないと、えらい目に合う。

 (ここは、平和で御気楽な守られた国の中じゃねぇからな。)

 本当は足も折っておいた方がいいが、女が1人、腕を折る音を聞いて気絶したのでやめておいた。
 そのかわり、少しでも動いたら足首にくい込んでいく、特殊なワイヤーを使って細工はさせてもらった。

 女達の拘束を解いてやっている間に、悪人面の仲間らしい気配の男が入って来たが、同じように秒殺で片付けた。

 (あと何人仲間がいやがるんだ?しばらく待ち伏せてみるか?それとも、こいつら起こして聞き出すか?)

  ゾロは、まっすぐに前を見詰める曇りのない瞳で天井を睨みつけ、顎の下に指を添えて考え込むが、すぐに、楽しいことでもあ
 ったような笑顔を見せた。

 (考えて行動するなんて、性に合ってねぇ。楽しませてもらおう。)

 解放した乗務員に、しばらく動かないように伝え、何食わぬ顔で通路に出て、まっすぐに機首部にあるコックピットに向った。




  コックピットには案外簡単に入ることが出来た。
 先ほど怪しい男と一緒に入った乗務員の機転だとは思うのだが、カギがかかっていなかったからだ。

 突然入って行った俺に気づくのが遅れてくれた事は、ラッキーだった。
 さすがに見たことない場所で、敵との距離もわからずに闘うのは不利だと思っていたから。
 もちろん、自分の身を守る自信はあるが、他人の安全まで確保できるかは、わからない。
 敵の出方次第で状況は良くも悪くもなるからだ。

  パイロットに銃を押し付けていた男は、引き金を引くこともできずに昏倒した。

 もちろん俺の愛刀の洗礼を受けて。



  赤髪の機長は肝が据わっていた。震えてもいなければ、銃を怖がってもいなかった。

 (こいつ_____只者じゃねぇ。)

 対照的に、鼻がやけに長いサブパイロットは、かなりビビってやがった。わけわかんねぇことばっかり、わめいてやがったし。
 これをずっと聞かされてた犯人に、少しだけ同情するな。

  そんなことを考えていた時、ドンという衝撃と共に、わき腹に痛みが走った。

  まさか、人質のはずの乗務員が犯人側の人間だとは考えてもみなかった。

 俺の単純なミスだ。

 「ちっ!!」

 (やっちまった。)

  両手で握ったナイフを突き刺し続けている女の手首を軽くひねりあげ、鳩尾に一発、拳を叩き込む。

 女だろうが容赦はしない。

 傷口は、鉄のように鍛えた筋肉にナイフが刺さるのを嫌がりでもしたように、なんとか2,3センチ穴が開いたくらいで済んでい
 た。血が流れているが、そのうち止まるだろう。

 (人間なんだからしかたねぇ)

 これぐらいの傷なら心配はいらない。

 長っ鼻は腰を抜かしているらしいが、そこまで面倒みきれない。

 赤髪の機長は、こちらを見もせず、ご苦労とばかりに片手を挙げただけ。

 (こーゆーやつ、嫌いじゃねぇな。)

  俺は笑いが押えられず、肩を震わせながら片手をあげると、コックピットを後にした。
覚醒






 (頭いてーし、なんか苦しーし、クソッ、俺の自慢の頭の形が変わってたら、あのヤローただじゃおかねぇ!!)


  何とか静かに起き上がろうとしたが、腕を身体の後ろでまとめられ、ガムテープでグルグル巻きにされているもんだから、身動きが取 れない。
 しかも、床の上に転がされた身体の上に、狭いからなのか、俺好み?の美女が座っている。

 普段の俺なら、この状況を喜びこそすれ、何とかしようなんて考えもしないんだが、今はそんな場合じゃない。

 俺の上に座っている美女は、髪の毛はオレンジがかった金髪で、少し気が強そうな目をしている。
 その魅力的な目で、犯人の男をずっと睨み付けている姿は、俺が見とれてしまう程、凛としている。
 たいした度胸の持ち主だ。

 この美女も、見ようとしなくても見えてしまう強烈なオーラを放っている。
 きれいな髪の色に似た暖かそうなオレンジ色で高い彩度を持ったまぶしい光のオーラだ。
 情熱的で、正義感を持った女性。

 素直にいい人なんだと信じられる所も、気が強そうな所も、実に俺好みだ。


  それにしても、強いオーラを持った人間に2人も出会うなんて、初めての経験だ。
 しかも、同じ日に同じ場所で。

 こんな事件に遭遇しちまうし。
 なんだか、偶然とも思えない。
 それとも今日は特別な日なのか?
 ただし、ラッキデーになるか、アンラッキーデーになるかは、この後の展開次第ってわけか。


  俺は男の目を盗んで身体を少し傾け、上に座っている美女に、意識が戻ったことを知らせた。
 彼女は俺の考えている事がわかるかのごとく、軽く頷くと、俺の身体の上から静かに腰を浮かせてくれた。
 ゆっくりと身体を横向きにし、彼女に口の動きだけで『ポケット』と伝え、探ってもらう。
 ゾロから渡された携帯用のハサミが入っているはずだ。

 彼女も後ろ手で拘束されて不自由なのに、手触りでハサミだと気付くと、俺の足に巻きつけられたガムテープを少しづつ切りはじめた。
 手じゃなく足のを先に切ろうと思うあたりが、俺の考えが読めるんじゃねーかってくらい感動した。

 ジャキジャキとガムテープを切る音が自分の耳には大きく聞こえる。
 少し距離があるとはいえ、男にも聞こえるのではないかと、息をつめる。

 (頼む。気付くなよ!!)

 その願いも空しく、何かに気づいた男の視線が彼女の上で止まる。

 「おい、そこ!何してる!!」

 銃を持った男が彼女の動きに気づいて近づいてきた。

 (万事休すか!)

 そう思った時、

 彼女は立ち上がって「うううー」と何かを訴えだした。

 「座れと言ってる!!」

 男が銃を突きつけても、腕をつかんで座らせようとしても「うううー」と言うのを止めようとしない。

 「大きな声は出すなよ!!」

 何が言いたいのか判断できない男は、仕方なく彼女の口をふさいでいたテープを剥がした。

 「ト・イ・レ・よ!!」

  その台詞を聞き終わることはなく、男は昏倒していた。

  俺の立ち上がる反動をフルに生かした、『延髄切り』と『カカト落とし』を食らって。



  オレンジ髪の彼女は、足のガムテープを切るだけでなく、危険を顧みず俺が態勢を整えるまでの時間を稼ぎ、自分に犯人の注意を 向け、尚且つ、俺の近くに男の身体が来るように誘い出してくれた。

 顔だけでなく、頭もいいし機転も利くなんて、ステキすぎる。
 ますますもって好みの女性だ。


 そして、腕を拘束されていても、足技が使えるように厳しく修行してくれたオヤジに、今は、とりあえず感謝しよう。









 お嬢さん達を解放すると、俺は、オレンジ髪の彼女の名前を聞き出す事を忘れなかった。

 「ナミさんですね。ステキだーvvv必ずデートしましょうねーvvv」

 ハートを飛ばしまくる俺の態度の急変に、ナミさんは苦笑いをこぼした。
 その俺の姿を見て、他のお嬢様方の、尊敬にも値する俺への熱い眼差しが、一気に引いていった。
 ま、人生なんてそんなものだ。







 キャリー内の男は片付けたが、残りのやつらはどうなってる?
 俺を殴ったやつがいるはずだ。
 俺がココから出た途端、いきなりズドンってことはないよな。
 そのつもりなら、最初からやってるはずだ。
 他の乗客に気づかれないように事を進めたい事情があるのだろうか。

 カーテンの隙間から表を窺うと、事件が起きているなんて気づいていない他の乗客の、のんきな寝顔が見える。

 「なぁんで俺は、こんなことやってんだろうねぇ。」

 俺は自分の不運を呪いつつ、カーテンから歩み出た。
振動






 俺が自分の席に戻ろうとしているのを見て、一番驚いているのは「俺の頭を思い切り殴った奴」だろう。
 あいつだけは、ただじゃ済ませるものか!!
 「やられたら3倍にしてやり返せ」が小さな頃からオヤジに言われ続けた信条だ。
 もちろん、倍以上にして返してやるさ。
  
 慌てて席を立って近づいてくる男に気づかないふりで自分の席まで戻ってみるが、ゾロが帰ってきた形跡はない。


 (あいつ何やってやがんだ。何が「すぐに戻ってくる」だよ。ったく。)


 そう思ってしまってから、心のどこかでゾロを頼ろうとしていたのだろうかと気づいて頭を横に振った。


 (あんな、会ったばっかのヤツを頼ってなんかないさ!!俺だけでも何とかできるって!!・・・さて・・・・と、まずは他の乗客にパニック を起こさせないようにどうやって片付けるかだな。)


 自分自身に問いかけてみるが、いい案は浮かばない。


 (ま。なるよーにしかならねぇか)


 別にいい案が浮かばないからと言って、焦っているわけでもない。
 ミョーにさばさばとした気分で、どんどんテンションが上がってくるのが楽しくてならない。


 「俺って結構、楽観主義で、事件とかも好きかも?」


 自分の言葉に、頬の筋肉が持ち上がり笑ってしまっている。
 なんだか全てが面白く感じてきてしまって笑いが止まらない。
 どうやって戦うか考えるのも、料理するのと同じくらい楽しく感じちまうってのは、かなりやばい兆候かも。


 (!!)


 振り向いた俺の胸元に固くて冷たい物が押し付けられた。
 当然、他の人からは見えないように上着を腕にかけて隠している。
 黒ではなく、白っぽい背広を着た細身の背の高い男だ。


 (・・・なんか化粧してねぇか?しかも厚化粧?)


 胸に押し付けられた銃のようなものの事よりも、そちらの方が気になるくらい、ちょっと・・・恐い感じ?
 ビビってるとか、そんなんじゃなくて・・・なんていうか・・・こう・・・不細工がより不細工になってるっていうか・・・


 「大人しく指示に従ってちょうだいね。ゆっくり後ろを向いてもらおうかしら。」


 (野太い声でレディのしゃべり方ってどうよ・・・・。俺的には、あまりうれしくないな。)


 そんな感想を抱きつつも、とりあえず言うことを聞こうと後ろを向きかけた途端、ぞぞぞと鳥肌が立った。


 (何でこいつ俺の尻触ってやがるんだ?気持ち悪っ!!こいつ、話し方だけじゃなくてマジで男好き系?)


 この世のものとは思えないぐらいの容姿で尻を撫で回され、テンションは下がりまくり。
 言うことを聞く気がしなくなってしまった。


 「で?いやだって言ったらどうなるのかな?」


 俺は、気持ち悪さで声がひっくり返らないように気をつけながら、ちょっと反抗的な態度に出てみた。


 「あーら、そんな反抗的な態度もステキよぉvvvあちしったら燃えてきちゃったわよぉーvvv」


 (ゲゲゲッ!!てんめぇー!!俺の大事な所をタダで触るんじゃねぇ!!あぁ、デリケートな俺の息子が怯えてんじゃねぇか!ぜってー 許さねぇ!!!)


 「そうやって銃つきつけりゃ誰でもおとなしくなると思ったら大間違いだっつーの!!」


 俺は銃を握っている、ヤツの腕を蹴り上げようと脚を動かした。

 !!

 カマ男の後ろにゾロが立っている。

 ただそれだけなのに

 安心できるのは何故だろう。

 俺は、周りが目の錯覚かと思うような素早さでカマ男の顎にクリーンヒットの蹴りを見舞い、元の位置にキレイに足を戻した。

 撃たれるかもしれないなどと、微塵も考えなかった。

 ただ、目の前の男をぶちのめせばいいのだと、ゾロの目が語っていたように感じて。

 多分同時にゾロも動いて、当身でも入れてくれたのだろう、カマ男が人形のように、崩れ落ち。

 倒れる前に、その男を片腕で支えたゾロの顔には微かに笑みが浮かんでいた。


 「駄目だろ?酔っ払って人様にご迷惑をおかけしちゃ。ちゃんと自分の席にもどろうな。」


 などと言いながら、周りに怪しまれないようにカマ男の身体を引きずっていく。


 「ふぅー!!!」

 安堵の息を吐きかけたが、大切なことを思い出し、振り返る。

 (あと一人、仲間が後ろの席にいたはず。こんなところを見られたらやばいっ!!)


 焦って後ろを振り向くと、仲間であろうと目星をつけていた男の姿が無い。


 (どこに?)


 キョロキョロと周りを気にしている俺に気づいたゾロが前方にあるキャリーの横で手招きをしている。


 (そうだよ。まだ、そこにも銃を持った男達の仲間がいるはず)


 ゾロがカーテンをくぐりそうなのを見て、慌てて駆け寄った。


 「ゾロ!!そこはマズイ・・・・・!!」


 たどりついた時には、すでに全身がカーテンの中に消えていた。
 一足遅かったか、と覚悟を決めて自分もカーテンの中に入って行くと、そこは修羅場ではなく、意識を失った男達が山と積まれていた。


 「まさか、これ・・・・お前一人で?」


 俺は呆然と人山を指差しながらつぶやいた。
 できるやつだとは思っていたものの、半端じゃない強さかもしれない。
 同じ男として悔しくもあるが、心の奥の方では、ゾロがなんとかしてくれるとわかっていたような気もする。


 (??!何か俺、あいつと会ってから、へんな思考回路になってないか?)


 「これで、ちょっと時間をくってて、戻るのが遅れた。すまん。」


 ゾロは視線で人山を示し、その後すぐに俺の瞳へを力強くて優しい視線をもどした。


 ドキッ!!


 何でここで心臓が鳴るんだ?


 「べ、別に謝ってもらうことじゃねぇだろ。」


 何を動揺してるんだ、俺?


 ゾロは引きずってきた男も何らかの処理をして、山の中に加えた。

 支えていた男がいなくなると、途端にゾロの服装に違和感を感じる。
 あんな上着、腰に巻いてたっけ?
 しかも、なんか、わき腹の辺りに赤黒い・・・シミ?
 いや、違うあれは!!


 「おい!!それってっ!!」


 ゾロに駆け寄ると、一気にシャツを捲り上げる。

 「何だよ、この傷・・・」

 出血量は大して多くは無く、止まりかけているようには見えるものの、傷自体はかなり抉られ深手でひどかった。
 自分の怪我でもないのに、痛みが伝わってくるようで顔が歪んでしまう。


 ゾロはいたずらをみつかったような顔を一瞬見せたが、何でもない事のようにボソリと呟いた。


 「黒いシャツならバレなかったのになぁ・・・。」

 「そおゆー問題じゃないだろ!!」

 「こんなの、いつもの事だ。ほっときゃ直る。」


 (なんて大雑把な性格してやがんだ?これじゃぁ、命がいくつあっても足りないってーの!!)


 俺は近くにいたスチュワーデスのお姉さんに救急箱を持ってきてもらい、自らゾロの手当てを始めた。


 「そーか?でも、今のところ生き延びてるしなぁ。」


 心の中で悪態をついたつもりだったのに、どうやら、声に出してしまっていたらしい。


 「だから、そーゆー問題じゃねぇっつーの!!」


 俺は自分の行動を反省しない男に無償に腹が立ちゾロの後頭部をパシッとはたいた。
 悪気は無いのだろうとは思うのだが、つくづく俺の常識の範疇を超える発言ばかりで、つい苛立って手が出ちまった。
 あれだけの運動能力を持っているのだから、避けるだろうと思っていたのに、まともに当たってしまったことに、逆に俺の方が動揺しそ うだ。


 「な、なんで避けねぇんだよ!!」

 「あー・・・、俺の為に怒ってるんだから、避けちゃいけないかなと・・・。」


 ゾロは瞳を宙に彷徨わせ、首の後ろを手のひらでさするようにしながら、サンジにだけ聞こえるような小さな声で呟いた。


 「・・・・・・・。」


 素直に答えるゾロの台詞に、恥ずかしさからなのか何なのか、顔がだんだん熱くなってくる。


 (よく恥ずかしげもなく・・・・、てーか、何で俺が赤くなんなきゃいけないんだ?)


 俺は、誤魔化すように、左掌で目から下を覆い隠し、立ち上がって右手の人差し指をゾロの鼻先に突きつけた。


 「とりあえずの応急処置しかしてないからな。きちんと病院に行って手当てしてもらえよ!そのまま、放置すんじゃねぇぞ!!」


 ゾロは突きつけられた人差し指から俺の顔へと視線を移すと、最初は少し困ったような顔をしたものの、少しずつ口角が上がり目も細 まり、最後にはモデル並みに整った笑顔になって頷いた。


 (だから、そこでその笑顔は反則だろう!!)


 せっかく誤魔化したはずなのに、顔から湯気が出そうなぐらい熱くて、もう耳まで赤くなっているだろう。

 何なんだ、俺はさっきから?!

 普段の印象が恐いヤツの笑顔ほど、印象的でインパクトが強いんだということが初めて実感として分かった気がする。
 ってゆーか、俺としては、ヤローの笑顔でときめいてしまった事実を消し去りてー!!
















 こんな大きな事件があったにもかかわらず、飛行場に到着した後は、普段と変わることなく入国審査を済ませ、荷物もスムーズに受け 取ることができ、到着ロビーに出てしまった。

 警察の事情聴取もなく、いつの間にかゾロの姿も見えなくなっていた。

 後で調べてわかったことだが、このことはニュースにさえなっていなかった。

 確かに自分とゾロ以外の乗客は気づかなかった訳だし、大げさにする必要はないと思うが、完璧に無かったことにされるってのは、ど うなんだろう?
 こんなことってあるのか?

 なんだか、飛行機の中で起こった事全てが夢だったのではないかと思えてくる。

 そうなってくると、いつの間にか消えてしまった、ゾロという男まで幻だったのではないかと思えて。


 「住所も電話番号も聞かなかったし、もう二度と会えないかもしれない・・・。偶然隣の席になっただけの男、たしかに、いいヤツだった し、助けてももらった。でも、なんで俺はこんなにもヤツのことに、こだわっているんだ?」


 男の顔を思い浮かべると、胸のあたりがザワザワして落ち着かなくなる。

 これ以上考えたらいけない気がする。

 でも、もう二度と会えないかも知れないと思うと心臓を握りつぶされるかのような痛みを感じた。

 この痛みはいったい?

 考えなければいけないことのような気もするが、今は考えてはいけないような気もする。

 まずはやらなきゃいけないことを片付けよう。


 俺は、左胸を押さえていた腕を下ろすと、荷物の入った鞄を肩にかけ直し、コンクールが行われる会場へと歩き出した。




                                                出会い編・完


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