惹かれあう想い

惹かれあう想い

 「またか…」

 深夜目を覚ましたサンジは、起きあがると涙を拭った。
 サイドテーブルの水を飲むと、カーテンを引き忘れた窓を見た。
 窓の外に広がるのは、まだ暗いオールブルー。
 こんな夜、一人船にいるのは辛い。



 四年前、ゾロが船を下りて一年後にサンジもゴーイングメリー号を下りた。
 理由はオールブルーの魚を全て料理したいと、思ったから。
 自分のわがままに皆を付き合わせる訳にもいかず、一人で船を下りた。
 それともう一つ。
 どうしてもあの船にいれば、ゾロを思い出してしまう為。
 船尾を見れば鍛錬している姿が、甲板を見れば昼寝をしている姿が、キッチンにいれば自分の料理を黙って食べる姿が。
 いるはずのないゾロがいるような気がして、無意識にその姿を探してしまうことに
 耐えられなくなった。
 ナミから貰った海図のおかげで、一年前からここで一人海上レストランを開いている。
 毎日忙しい中、ふと思い出すのは緑頭で、時折こうして夢に見ては涙を流している自分に気がつく。
 きっと一生この想いから逃れる事は出来ないのだろう。
 少し風が強くなってきた外を見て、明日は客がこないだろうとため息をついた。



 案の定、次の日は朝から海が荒れていて誰一人客は来ない。
 少し早かったが、閉店の札を掛けると店の掃除を始めた。
 さっきより強くなってきた雨と風の音の中に、人の声が聞こえたような気がして
 掃除の手を止めた。
 こんな日に来るのは、余程腹を空かせた奴か襲いにきた海賊か。
 少し緊張しそっとドアに近づいた。
 打ちつける雨音の中に、聞き覚えのある義足の音。
 勢い良くドアを開けると、そこには懐かしいクソジジィ、ゼフが立っていた。

 「ジ、ジジィ…?どうして…」

 「どうしたもこうしたもあるか。チビナスの店見に来たんじゃねぇか。」

 「いつまでもチビナスっていうんじゃねぇ!クソジジィッ。」

 悪態をつきながらも、サンジは泣きそうに顔を歪めた。

 「男がメソメソしやがるな。」

 「メソメソなんてしてねーよ!ところで誰と来たんだ。パティか?」

 「あいつらには店を任せてきた。」

 「一人で来たのかよ!」

 「ボケナスがっ。このグランドラインを一人で来れるか。あいつと来たんだ。」

 ゼフが指差した船を見たサンジは目を疑った。
 ゼフの船から出てきたのは、何度も夢に見て想い続けた人。
 ロロノア・ゾロだった。

 「ゾ…ロ?」

 「よぉ。」

 以前と変わらぬ、いや以前よりもっと精悍な顔になったゾロ。
 呆然と立ち尽くすサンジを、ゼフが後ろから小突いた。

 「てめぇの腕をみてやる。ボケッと突っ立ってないで仕度しろ!」

 「う、うるせぇっ。わかってるよ!」

 我に帰ったサンジは慌てて厨房に掛け込んだ。



 急ぎで作った割には、豪華な料理がテーブルを埋めた。
 双子岬でゾロが食べ損ねた、エレファントホンマグロも並んでいる。

 「チビナスにしちゃあ、上出来だ。」

 ゼフは少しだけ口の端を上げ、一つ一つ確かめる様に食べた。

 「素直に旨いって言えよ。」

 ゼフらしい褒め言葉に、サンジは笑った。
 ゾロは相変わらず黙々と口を動かしていたが、酒より食が進んでいる所を見ると
 満足しているらしい。
 ゼフとゾロが同じ食卓で自分の料理を食べている。
 その不思議な光景を、サンジは目を細めてみていた。



 食事が済むとゼフはすぐ休むと言ったので、一つしかない客間に案内した。
 老体にグランドラインの長旅が堪えたのだろう、サンジが水差しを持ってくると
 もう寝息を立てていた。
 ゼフの寝顔を見て、サンジは溜息をついた。
 ゾロの居る店内に戻りたいような、戻りたくないような。
 何かの拍子にこの想いをうっかり言ってしまいそうだ。
 でも片付けが残っている、明日の仕込みも。
 気合を入れるように二度両手で顔をはたくと、サンジは部屋から出ていった。
 ドアが閉まるとゼフは目を開けふっと笑い、再び目を閉じた。



 店に戻るとゾロは一人酒を呑んでいた。

 「お前も疲れたろ。俺の部屋なら空いてるからもう寝ろよ。」

 なるべくゾロを見ないように、後片付けを始めた。

 「お前は?」

 「俺はまだ、やる事あるし…」

 「少し、飲まねぇか。」

 返事をする前にグラスに酒が注がれた。

 「少しだけな…」

 お互い無言のままグラスを傾けていた。

 「あっ…そうだ、これ。」

 暫くしてゾロが、大きな包みをテーブルにのせた。

 「弁当、ありがとな。旨かった。」

 サンジは空の弁当箱を目の前に、目を見開いた。
 この男は五年間も空の弁当箱を持っていたのか。
 そして、以前は決して聞くことのなかった言葉に耳を疑った。

 「へっ?」

 「あの弁当、旨かった。今日のも旨かった。腕上げたな。」

 思いがけない言葉に、顔を上げると少し笑みを滲ませたゾロの顔。
 勢い良く膨れ上がる想いを、あるだけの理性を総動員して抑える。

 「あ、味…わかってたのか…?」

 ここで青筋の一本でも立ててくれれば、と思った。

 「ひでぇなぁ、わかるぜ。」

 青筋どころか笑みを深めたゾロを見ていられなくて、サンジは顔を背けた。

 「髪、伸びたな。」

 今サンジの髪は背中の中程まであり、一つに束ねていた。
 サンジはあの夜以来、髪を切っていない。前髪は調理の邪魔になるから切るが、ゾロが触れた後ろは切る事が出来なかった。

 『女々しいよな。』

 サンジは心の中で自嘲した。
 突然ゾロが手を伸ばし、束ねていた髪を解いた。

 「ホント…お前の髪はサラサラだな。」

 サンジの心臓がドクンと、大きな音をたてた。
 ゾロは覚えているのだろうか。彼にとって些細なことであろうあの事を。
 サンジは俯いて、ぎゅっと手を握り締めた。

 『ダメだっ…それ以上言うな!…でないと、オレ…言っちまう!』

 「言わないでおこうと、思ったんだけどな。」

 サンジが驚いて顔を上げると、ゾロが切なそうにこちらを見ていた。

 「俺は…ずっとお前の事が好きだった。お前は俺のことが嫌いだっただろうけど。
 一緒に航海をしていたときからずっと…。忘れようと思ったけど忘れられなかった。
 またお前に会いたくて…だから、来たんだ。」

 サンジは何も言えず、ただ目を見開いたままゾロを見ていた。
 店内に沈黙が流れ、外の嵐の音だけが聞こえる。
 沈黙に耐えきれなくなったのか、ゾロが立ち上がった。

 「すまん…忘れてくれ。俺はあっちの船で寝るから。」

 出て行こうとしたゾロの腕を、サンジはとっさに掴んだ。
 驚いて振りかえると、そこには真剣な瞳のサンジ。

 「お前、覚えてるか?」

 腕を離さずサンジは続けた。

 「お前が船を下りる前の晩、オレの髪サラサラだって言ったこと。」

 「…ああ。」

 「あれ以来切ってないんだよ。女々しいかもしれねぇが、切れないんだよ。
 お前に言われたから…お前があの時触れたから…」

 「サンジ…」

 「オレだって…ずっと好きだったんだぞ。ずっとお前の事…忘れられなかったんだぞ。
 だから…お前だけ辛そうに言うなよ…」

 言い終わるとサンジの目から大粒の涙が零れた。
 ゾロは優しく涙を拭うと、ぞっと抱きしめた。

 「なぁ、俺が一緒に居ても良いか?」

 「あったり前だっ。てめぇを用心棒として雇ってやる!しっかり働けよっ。」

 泣きながら怒鳴るサンジに笑いながら、ゾロは耳元で囁いた。

 「じゃあ、報酬はお前の飯とお前だな。」

 それを聞いたサンジは真っ赤になったが「決まってんだろっ」とまた怒鳴った。



 「そろそろオールブルーね。」

 ナミは海図とログポースを確認しながら言った。
 ゴーイングメリー号は今、サンジの店を目指していた。
 グランドラインのほかのルートを航行していたが、船長の「サンジの飯が食いたい!」の一言で進路をオールブルーへと変えた。

 「薄いグリーンの船だったよな。」

 ウソップがサンジからの手紙を見ながら言った。

 「そういやゾロは今、どこにいるんだ?」

 「さあねぇ。故郷には着いたって手紙は来たけど、それっきりだしねぇ。」

 「まだ、イーストブルーかしらね。」

 ロビンの言葉にナミとウソップは溜息をついた。

 「その可能性、大よね。」

 「サンジ、驚くかな。」

 チョッパーが嬉しそうに言うと、ルフィも嬉しそうに振りかえった。

 「そりゃあ、驚くだろ。」

 サンジの驚く顔を思い浮かべ、全員目の前の海を見つめた。
 自分達の方が、驚かされるとも知らずに。



                   Fin



キャー!!サンジの長髪ー!!萌えーvvv

すっかりノックアウトです。

イラスト描きたかったのですが、私の未熟な腕ではとても描ききれず断念。

妄想で我慢です。



きゅー様、素敵な作品を読ませていただきありがとうございました。




           龍谷裕樹

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