抱く想い 求める想い

抱く想い 求める想い

 「もう行くのかい。」
 「はい。これで終わりではないですから。」
 「では、気をつけて行きなさい。」

 優しく微笑む先生に頭を下げると、ゾロは少しばかりの荷物を手に歩き出した。
 ゴーイングメリー号を下りてから三年。
 ゾロは、久しぶりに故郷の地を踏んだ。
 ルフィ達と別れてからすぐ、迷い出したゾロは運良くとある商船に拾われた。
 そこの護衛をするかわりに、イーストブルーの近くまで送ってもらった。
 そうでなければ、故郷にはたどり着けなかったに違いない。
 故郷に着くと、大剣豪の帰還に村を上げての大宴会が行われ困惑した。
 先生の静かな見送りで歩き出したゾロの手には、必要最低限の荷物と空の弁当箱。
 中はとっくの昔に食べてしまったが、捨てられない弁当箱。
 なぜなら、サンジがくれたものだから。




 まさか自分がこんな想いを抱くとは夢にも思わなかった。
 海賊狩りと呼ばれていた頃、宿の代わりにと何人の女と夜を過ごしただろう。
 求めるものはただ一つだけ。他は何もいらなかった。
 それなのにあのココヤシ村での、何夜にも及んだ大宴会。
 誰もが笑顔だったけど、唯一ゾロの心を騒がしたのはサンジの笑顔。
 浮かれて騒ぐ人の中で女に鼻の下を伸ばす顔じゃなく、睨みつける顔でもなく。
 自分のキズの様子を聞いてきた後に見せた、柔らかい笑顔に目を奪われた。
 その後サンジの笑顔は他に向いてばかりだった。
 気づけば世界一の名の他に、心のそこから求めるものになっていた。
 サンジの意識を自分に向けたくて、何度喧嘩を仕掛けたか解らない。
 だけど世界一を手にした後も、その存在は遠く手に入らなくて。
 苦しくてくいなへの報告を口実に、らしくはないが逃げた。
 離れてしまえばこの想いも、いつかは薄れると思ったのに。
 最後の夜、つい触れてしまった。
 今でもあのサンジのサラサラとした髪の感触が、この手に残っている。
 この弁当箱を持っているだけで、また会える気がしてしまう。
 想いは薄れるどころか、益々大きくなっていた。




 ログポースの指針もなく、ナミがくれた海図だけが頼りのイーストブルーで
 ゾロは順調に迷っていた。
 しかしそんなことは気にせず、いい加減腹が空いてきたなと思っていると、
 見覚えのある魚頭の船が見えた。
 ゾロにとって、思い出深い場所。
 ミホークに敗れ、サンジと出会った海上レストラン。
 ちょうど良かったと思い、船をバラティエに着けると何やら中が騒がしい。

 「オーナー、ムリですよ!」
 「そうです!その足で一人で行くなんて!!」
 「喧しいっ。さっさと仕事しくさらせ!」

 ゾロがドアを開けると、中のコック達が一斉に振りかえった。

 「店は休みか?」
 「ロ、ロロノア・ゾロ!」

 突然の大剣豪の来訪にコック達は青ざめ後ずさりをしたが、ゼフだけは顔色一つ変えなかった。

 「よう、小僧久しぶりだな。」
 「そっちこそまだくたばりそうもねぇなぁ。ところで今日は休みか?」
 「いや、お前達っ。さっさと仕事に戻れ!」

 ゼフに怒鳴られたコック達が厨房に消えると、ゼフはゾロに椅子を勧めた。

 「ミホークを倒したそうじゃねぇか。大剣豪。」
 「おかげさんでな。さっきは随分騒がしかったが、何もめてんだ。」

 ゾロが聞くと、ゼフは一通の手紙をテーブルの上に投げた。

 「チビナスがオールブルーの側に店を作るそうだ。」
 「えっ…あいつゴーイングメリー号から下りたのか?」
 「らしいな。あいつの店を見に行こうとしたら、あのボケナス共が止めやがる。」

 ゾロは暫くサンジからの手紙を見ていたが、やがて顔を上げていった。

 「俺はこれからグランドラインに入る所だ。なんなら連れていってやろうか?」

 ゾロの申し出に、ゼフは鼻で笑った。

 「連れて行って下さいの間違いじゃねぇのか?てめぇは随分と方向音痴だそうじゃねぇか。」
 「ぐっ…なんでそれを…」

 顔を引きつらせるゾロに、ゼフはニヤリとした。

 「有名な話だぞ。今度の世界一は、北と上との区別もつかねぇってな。」
 「昔の話じゃねぇか。」
 「どうだかな。」
 「でも、今回は迷わず行ける。」

 すっと真剣な顔になったゾロを、ゼフはじっと見つめた。

 「…。まあいい。出発は明日の朝だ。」

 そう言うとゼフは、奥へと消えた。




 バラティエを出発したゾロとゼフは、ゼフの航海術のおかげで無事グランドラインに入る事が出来た。
 お互いあまり話す事はなかったが、ある晩ゾロが甲板で酒を呑んでいるとゼフがつまみをもってやってきた。

 「酒だけ呑んでんじゃねぇ。」
 「すまねぇな。」

 皿を受け取りながら、ゾロは小さく笑った。

 「何わらってやがる。」
 「いや、あいつにも同じ事言われたなって思って。」
 「ふん。」

 隣に腰を下ろしたゼフに、ゾロは酒を注いだ。
 無言でグラスを傾けていたが、ふいにゼフが口を開いた。

 「てめぇはこの間迷わず行けると言ったが、なんでだ。」
 「根拠はねぇが…」

 一旦言葉を切ると、残り少ないグラスの酒を飲み干した。

 「あるとすれば…俺が会いたいから…」

 切なそうな声に驚いてゾロを見やれば、やはり切なそうに海を見つめるゾロが居た。
 ゼフはふっと笑うと、視線を海へと戻した。

 「お前達は、そういう関係だったのか?」
 「いや、俺の一方的なもんだ。」
 「…あいつのどこが気に入った。」

 今夜の波の様に穏やかなゼフの声に、ゾロも静かに答えた。

 「強さと優しさかな…。あいつは口も足癖もわりぃが、誰かを守る気持ちは一番強かった。
 それに、皆の命を繋いでいたのはあいつだ。…あとは笑った顔だな。初めて人の顔で綺麗だと思った。」
 「それを言ったら、きっと怒るぞ。」
 「だろうな。」

 あの頃毎日の様に受けたサンジの蹴りを思い出し、ゾロは苦笑した。

 それきりどちらも口を開かず、暗い海を見つめていた。



きゅーさんの物語第2部でございます。

ゾロのサンジへの想いが切々と・・・。

素敵なお話を読ませていただき、ありがとうございます。




              龍谷裕樹

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