『D兄弟』の家にサンジが連れてこられてから1週間。
居間でまったり・くつろぎタイムに、突然サンジが呻き始めた。
「あ――――――――――――――‥‥‥う――――――――――‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
横では雑誌を広げていたエースが、その影で『またか…』という表情を浮かべる。
実の所、サンジには欲求不満が募っていた。それはもう、過去に類を見ない程膨大に。
それまで毎日のように男達の相手をさせられてきた。
望もうが望むまいが、強制的に性的な快感の渦中へ引きずり込まれ、絶頂へと押し上げられる。
そんな生活を繰り返し、何もなくなってしまったこの1週間が物足りないと感じるようになってしまっていた。
「あ―――‥‥‥‥‥してェ‥‥‥‥‥エースでいいから相手してくんねェ?」
「‥‥バカ言ってんじゃねェよ」
話を振られたので取り敢えず返事はするが、自分はあくまでも関知しないという意志の表れか、
体はピクリとも動かさずに雑誌を読み続ける。
「大体、俺はノンケだ。野郎には興味ねェよ。そんなに物足りねェなら昔の『客』にでも声かけたらどうだ?
一人ぐらいまともなのもいたろうが」
「まともォ?いねェよ、そんなの‥‥それに俺、相手の名前なんて一々聞かねェし」
「ンだよ、味気ねェなァ‥‥」
呆れたエースが雑誌の影からその顔を見せると、ソファの上で頬杖を付いていたサンジが『あ…』と小さく声を上げて
上体を起こした。
「どうした?」
「一人‥‥‥一人だけ、いた。名前聞いたヤツ‥‥‥」
「へー‥‥」
エースの相槌も聞こえているのかいないのか、フラリと立ち上がり、そのままリビングを出ようとした。
「サンジ‥‥?」
「ソイツ思い出して、自分で慰めてくる‥‥」
「‥‥‥‥‥」
もはや意識がそちらへ飛んでいってしまったかのようにフラフラと出ていった。
そんなサンジを見送り、エースは渋い表情のまま再び雑誌へと視線を落とす。
「‥‥そーゆーコトは人知れずヤるもんだ‥‥」
「‥‥‥ん‥ッ‥‥‥‥‥」
サンジ用にと兄弟が用意してくれた部屋は、ベッドとデスクとクローゼットだけのシンプルながらも、
なかなか広々としていて快適な部屋だった。
窓の正面に置かれたベッドには朝日が降り注ぎ、毎日快適に目覚めることが出来る。
そんなベッドに昼間から横たわり、壁の方を向いて自分の『雄』を慰めていた。
先刻エースとの会話に出てきた人物との行為を思い出しながら――――――――――
当然初対面のその男は、これまでの客達と比べると珍しく若かった。
カジノという場所柄も当然ながら、サンジは決して安くはない。
実際に自分に会いに来る男達が幾ら払っているのかは知らないが、客の殆どはいかにも金持ち風の中年が多かった。
そんな中、その男は自分と同じ位の年齢に見えたし、精悍な顔つきも、逞しい体付きも、
とてもこんな所に縁のある人間には見えなかった。
あまりにもその場所に不似合いな風体に、何故来たのかと尋ねると、『‥‥罰ゲームだ』と憮然とした声が返ってきた。
「罰ゲームねェ‥‥じゃ、男となんかヤッたコトもねェんだろ?」
「‥‥あァ‥‥‥」
サンジはベッド横のソファに腰掛け、タバコを燻らす。
客の男は入口のドアから数歩離れた場所に直立のまま動こうとしない。
まるで主従関係を表しているような二人の距離に、サンジは立ち上がってそれを縮めた。
「貰うモンは貰ってんだから、このまま帰ったって俺は構わねェぜ?
ただ、ちょっとでも俺に興味があるならソレを何倍にでもしてやる。ココへ来たコト、後悔はさせねェと思うぜ」
近付いていってみると、以外にも目線は同じ高さにあった。男の逞しい体付きに、無い身長差を錯覚していたらしい。
少しだけ肩を竦めて、気持ち、上目遣い。これで大抵の客は『オチる』のだが。
「‥‥‥‥やり方が分からねェ‥‥」
そのどこまでも朴訥そうな男に、サンジは呆れたような笑みを浮かべるとその場にしゃがみ込み、徐に男の股間に手をやった。
「なッ‥‥!」
「まずは‥‥試してみなよ。コレで気持ち悪けりゃ止めときな」
ベルトを外し、ボタンを外し、ファスナーを下げ、大人しく下着に収まっていた男のモノを掬い出し、
まずは根本から先端へ向けて舌先でゆっくりと舐め上げる。
意外にもそれだけで一気に固くなり、サンジの目の前にそそり立った。
(うわッ‥‥‥!すっげ‥‥!)
若さ故か、それとも根本的なモノが違うのか。
最初の時点で既に口の中には収まりきらないモノが、サンジの施す愛撫によって更に硬度と大きさを増していく。
余りにも立派すぎて、この後のコトに恐怖すら感じてしまう程だ。
(あ…でも、この『後』はねェかもしれねェし…)
そんな事を考えていたら目の前のイチモツに妙な愛着を感じ、少なくともいつもよりは丁寧に舌を這わせていると、
思ったよりも早く限界はやってきた。
当然間近で見ているサンジにその瞬間が分からないはずもないのだが、お構いなしに舌技を繰り出すサンジの頭に
男の戸惑いを隠せない手が添えられた。
「くッ‥‥!‥も‥‥離せ‥‥‥ッ‥‥!」
(いーから、そのままイケよ)
「出ちまう‥‥から‥!離せって‥‥!!」
(いーっつってんだろーが。さっさとイケ!)
意志の疎通があるのか無いのか。
結局男の股間から離れないサンジの口の中に、ねっとりと濃い汁が放たれた。
(うわ‥‥濃さもすげーが、量もすげー‥‥)
飲みきれなかった分を手と舌ですくい上げて、決して旨いとは言えない男の味を口の中へ流し込む。
その仕草は快感を放たれた直後の身には刺激が強すぎるのだろう。
男は息を整えると、サンジを小脇に抱えるように抱き上げてベッドへと雪崩れ込んだ。
「え‥‥なに?ヤる気になったのか?」
「‥‥いや‥‥‥」
抱き上げた時よりも紳士的な動作でサンジをベッドに横たえ、その足元へ身を屈める。
何をするのかと思えば、少し間を取った後で突然バスローブの裾をたくし上げ、サンジのモノへと顔を寄せた。
「‥‥へ‥‥ッ?!」
湿ったものが敏感な所へ触れる感触。それはとても辿々しく、お世辞にも上手とは言い難い。
(コイツ‥‥こんなコトすんの、初めてなんだろうな‥‥‥)
それなのに、これまでに感じたことのない様な、
『快感』と呼ぶにはとても拙く脆い気のする不思議な感覚が全身を駆け抜けた。
「‥ぁ‥‥‥‥」
思わず漏れた声に、男の動きが一瞬止まる。
例え感じてはいなくても、相手が満足するような声を出すなどサンジにとっては朝飯前の簡単な事。
しかし今回はごく自然に、男の動きを制していた。
「な‥んでアンタがこんなコト‥‥」
声をかけると、眉間に皺を寄せた仏頂面がサンジの方へ向けられる。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥借りを作るのは好きじゃねェんだ」
一言だけ言って、再びサンジへの愛撫を始めた。
「借りっ‥‥て‥‥‥‥」
(俺は金貰ってやってんだから、借りも何も‥‥‥)
そんな言葉が思い浮かんだが、何故か口には出せなかった。
代わりに出るのは自分でも信じられないような喘ぎ声ばかり。
「はッ‥‥ぁ‥‥‥あ‥ん‥‥‥んん‥‥ッ‥‥‥」
これまでのどの男よりもヘタクソなのに、止めどなく感じてしまう。
この男の舌先からは媚薬でも出ているのではないかと、有り得ない事まで頭に浮かんできた。
「やッ‥‥!も‥‥出‥る‥‥‥!!」
短めに刈り込まれた髪を掴んで離そうとするが、快感に震えるサンジの力ではビクともしない。
程なくして、とうとうその男の口の中へと放ってしまった。
「あ‥‥あ‥‥‥あぁ‥ッ!!」
出ている途中で口を離され、尚も溢れ出る液が男の頬とサンジの下腹部に飛び散る。
男は自分に着いた精液を腕で拭いながら苦笑いで呟いた。
「‥‥あんま、旨ェもんじゃねェな‥‥」
ベッドサイドにあるティッシュを数枚取り、自分と、サンジの身体のべたつきを拭い取る。
ふと、視線を上げると、サンジは枕に顔を埋めるように伏せていた。
「‥‥どうした‥?‥‥‥ヘタクソ過ぎて、気持ち悪かったか‥‥?」
冗談じみた口調で顔を覆っている前髪を掻き上げようとすると、サンジはそれを拒むように反対側へ顔を向けた。
「やッ‥‥!!‥‥‥見る‥な‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥は?」
はっきりとした拒絶に、男は伸ばしかけた手を止める。
よく見れば、男から見える耳は真っ赤に染まっていた。
「俺‥‥‥‥‥‥マジで感じてイッたのなんか‥‥‥‥初めてだぜ‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥はッ?」
「ヘタクソなんて当たり前。オッサンにくわえられたって、気持ちよくなんかなれるかよ‥‥‥」
恐る恐る顔を向ければ、耳と同様に全体が真っ赤になっていた。
「それは‥‥‥男冥利に尽きるな」
尚も半分以上顔を隠そうとしているサンジに向かって男が屈み込む。
「それ‥‥使い方間違って‥‥!」
『間違ってるぞ』まで言いたかったが、最後の部分は男によって遮られてしまった。
何が起きたか分からないサンジは、目を見開いてその直前にある男の緑がかった瞳を凝視する。
一瞬、この場には相応しくない感触を唇に感じたのだ。
「‥‥‥ん‥‥?」
あまりの驚きように、男が不審そうに覗き込む。サンジはそのままの姿勢で口だけを動かした。
「ココで‥‥このベッドの上でキスしたの‥‥‥‥初めてだぜ‥‥‥」
その事実に驚いたのはサンジだけではない。意外すぎる告白に、男はまたも苦笑して頭を掻いた。
「そりゃ‥‥余計なコトしちまったか‥‥?」
困ったような眉の形に、薄く開いた唇から覗く白い歯。
そんなモノが、今のサンジにとっては厄介な起爆剤になってしまう。
「いや‥‥‥‥‥‥」
今までの客で、こんな気分になったヤツはいない。
これは仕事であり、心を揺り動かすような快楽など無い。
ただ機械的に出しているだけでも客は満足して帰って行く。
そして『次』は有り得ない。
だから気持ちを読まれてしまうようなキスも、愛しさに縋ってしまう為に呼ぶ名前も、
サンジにとっては必要のないものだった。
ただ、この男とのことを除いては。
「アンタの為に‥‥‥取っておいたのかもしんねェ‥‥‥‥」
余りにも乙女チックな台詞に自分自身戸惑いを隠すように、男の首に両腕を巻き付けて今度は自分から唇を触れさせる。
勿論、サンジからする、初めてのキス。
すぐにも離れていってしまいそうなサンジの身体を、男はすくい上げるように抱き締め、
今度は本気の、愛撫にも似た深いキスを与えた。
「‥ふ‥‥‥ぅ‥ん‥‥‥‥」
鼻から抜ける声が、我ながらこっ恥ずかしい。
それに反して求める気持ちは止められず、噛み付き、貪り付くようなキスを繰り返していた。
時間の経過など気になるはずもなく、頭の芯から痺れてしまったような気になってきた頃、
男はサンジの唇を解放してそのまま頬、首筋へと移って行く。
「あッ‥‥‥‥は‥ぁ‥‥‥‥あ‥‥」
だらしなく、口を閉じる事も忘れてしまったサンジは、ひたすら与えられる快感に脱力していった。
「‥やっ‥‥‥べ‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
このまま溺れていたいと思う反面、そんな自分への戸惑いが隠せない。
(客なのに‥‥‥野郎なのに‥‥‥‥‥マジになっちまう‥‥!)
ここでの生活を続ける以上、そんな感情は重荷になるだけ。
自分の首を絞めるだけだと、頑なに拒否してきた『相手への愛情』。
虚しさには変わりないが、諦めの方が何倍もマシだと、客へ特別な感情を持たないようにと心掛けてきた。
幸いにも、これまで惚れてしまいそうなナイス・ガイなどいなかったし、
そうすることも仕事だと割り切って慣れたものだと思っていたのに。
(コイツ‥‥イイ男だし‥‥何か優しいし‥‥ちょっと天然っぽくて面白ェし‥‥‥)
閉鎖的な生活を送っていたサンジにとって、この出会いはなかなかにセンセーショナルと言えるだろう。
(緑の髪ってのが珍しいけど‥‥何かカッコイイし‥‥‥)
そしてかつて無い本気の気持ちよさに、サンジはもう一つの『タブー』を侵す決心をした。
「なァ‥‥‥」
「‥ん‥‥‥‥‥?」
「名前‥‥‥‥なんてんだ‥?」
「名前‥‥?」
「今まで客の名前なんて訊いたコトないんだけどよ‥‥‥次は‥‥‥アンタの名前、呼びながらイきてェ‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥そうか」
武骨な指先にしては意外にも繊細な仕草でサンジの前髪を梳く。
唇に軽くキスを落とした後、耳元へ顔を埋めて囁くように名乗る。
「ゾロ‥‥‥‥‥ロロノア・ゾロだ‥‥」
「ゾ‥ロ‥‥‥」
その名前を呟いた途端、ゾロの唇が触れている場所から、気を失いそうな気持ちよさがサンジの全身を包み込んだ。
つづく