![]() |
果敢にシェイクスピア作品に挑む平幹二朗が、愛と企みの壮大な悲劇を演じます! ☆スタッフ ☆キャスト(チラシの裏) ☆あらすじ ☆見どころ ☆平幹二朗さんインタビュー ☆観劇会当日の様子 ☆感想文 |
|
||||||||||||||||||||||||
| ★キャスト(チラシの裏側) | |||
![]() |
|||
| ★あらすじ | |||
| ブリテン国の老王リアは、後顧の憂いを取り除くため、三人の娘に領土を分けようとします。 父への愛を表す言葉と引き替えに国を分け与えようというリアに対して、長女ゴネリルと次女リーガンは言葉巧みにリアの歓心を買うが、三女のコーディリアは弁舌にまかせて軽々しく愛を語ることを拒み、真実を率直に語っためにリアの激しい怒りを買い、領土の分与もないまま追放され、フランスへ嫁いでいく。 しかし、領土を得た長女と次女は年老いたリアを疎んじ、放逐しようとする。手のひらを返したような娘たちのむごい仕打ちに、絶望の淵に突き落とされたリアは怒りと嘆きのあまり、世を恨み、人を呪い、暴風雨の荒野を彷徨いはじめる。リアに付き従うのは忠臣のケント伯爵と道化ばかり。やがて、この愛憎と争いの劇は思わぬ展開を遂げていく…… |
|||
| ☆見どころ | |||
| 当初はあまりの悲惨さに、人気がなかった 「リア王」はシェイクスピアの四大悲劇のなかで三番目(1605年頃)に書かれました。他の悲劇と比べて、内容が尾や床の愛情の行き違いから激烈な相克へと発展し、悲惨かつ冷酷な結末となるで、本場英国でも愛好されませんでした。1688年に感傷趣味的な「改作リア王」が現われハッピイエンドの結末となり、150年もの間英国の舞台を独占していました。19世紀に名優マックレディが原作を復活上演してから、この作品の演劇的価値が論ぜられるようになり、特に第二次世界大戦頃からシェイクスピア悲劇の代表作品は「ハムレット」から「リア王」に取って変わられたと言われています。 ダブルプロット、二つの悲劇の合流 この物語は、紀元前八世紀のブリテン国の出来事となっています。シェイクスピア以前にもリア王と娘達の単筋の物語りとして上演されていました。シェイクスピアはこれにグロスタ−と息子達の筋を加えダブルプロット(複筋)構成とし、共に最も信頼された我が子に裏切られ、命さえ狙われる過酷な運命に放り出され、肉体.霊魂共々救済を求める道行きが交互に焦点を合わせて転回し、やがて一つに合流して最終的破局と悲劇的結末に至るに最も緻密な構成となっています。それでも生きようとする行動を自由意志と理性を頼りに導くと、ようやく真実の世界が現れるという仕組みになっています。これも一つの見どころです。 旧時代と新時代の対照 シェイクスピアは自分と同時代の中世から近世へと移行した当時の社会問題.宗教問題を色濃く反映させています。例えば「リア王」が書かれた時代は、エリザベス女王からジェイムス一世へと王権継承が行われ、この作品でも王権のあり方が問われています。また迷信深く好色なグロスターと同じく好色なその子エドマンドが人の運命を定める星座などを信ぜず「おのれが招いた災いだというのに、それを太陽や月や星のせいにしやがる。どんな星が瞬いていても、おれはおれ、今あるとおりのおれになっていたさ」と呟きます。これは旧時代と新時代の人間の対照。また旧教と新教の対立があった時代で、ケントがリア王に姿を変えて仕えようとする時、「私は魚を食べない」という意味のセリフを言いますが、それは「私はカトリック信者ではない」と同意義です。リア王の時代は英国はまだキリスト教化されていませんが、セリフの至る所に聖書の影響が見られます。これらも見どころ、聴きどころです。 『リア王』の道化は名前がない シェイクスピア劇には幾つかの作品に道化が登場します。道化は宮廷の中を自由に飛び回り、王や貴族たちをからかったり、皮肉ったりします。お抱えの道化は何を言っても許される天下御免の身分を有する職業です。舞台の上で時には狂言回しだったり、観客に脇の情報を伝えたり、笑わせて劇的世界に導く等重要な役を演じます。他の作品に登場する道化には名前がついていますが、「リア王」の道化には名前がありません。常に事実の裏返しで相手の弱みに付け込む等、リア王の狂気と関係がありそうでなさそうです。芝居を観て皆さんも考えて下さい。ヒントは芝居の 後半で突然道化がいなくなります、その辺と関係がありそうです。 それぞれの見方、考え方で味わって 我々にとっても「リア王」は考え、かつ克服しなければならない命題をもった立派な現代劇だと思います。親と子の関係、狂気と理性、極限と忍耐、さらに付け加えれば政権交代が考えられます。皆さんそれぞれの見方、考え方で味わって下さい。いずれにせよシェイクスピア劇は、情景も人間関係も膨大なセリフによって表現されます。どうかセリフに集中して観劇して下さい。(高橋) |
|||
| ☆平幹二朗さんインタビュー 2002年6月12日 『リア王』の稽古場であるベニサンスタジオで主演・演出を兼ねる平幹二朗さんに作品や演出についてお話を伺いました。 |
|||
![]() |
|||
| 平幹二朗さん ベニサンスタジオにて | 横須賀演鑑の皆さんと | ||
|
●シェイクスピアの全作品を上演しようとしていますが、今回で何本目になりますか。また再演をしようと思った意図は? シェイクスピア作品は11作目になり、今リアを最も演じたいと思っています。年令的にリアの心境などが分かる年にもなり、今が一番良い時期だと思っています。この役は体力が必要で、リアと同じ年代(80歳)なっては勤まらないと思って再演しました。シェイクスピアの作品の中でも傑作度の高い、現代性にも富んでいる作品だと思っています。 ●今回も主演だけではなく演出もされていますが、ご苦労などをお聞かせください。 自分でやりたいようにやれると思われがちですが、自分で少し演ってみて演出助手に見てもらい、それから代役の人の動きを見て演出をし、また自分で演じてみます。何回もやりますので共演者の人も大変です。『リア王』は2回目なので少しは楽かなと思いましたが、自分でも演じなければいけないので倍以上大変です。 初演と違うのは「嵐」の場面で、娘たちに裏切られたリアの激しい怒りを雨や風や雷等の大きな嵐がいつしか静めてくれますが、今回は雨を降らさずにやってみたい。雨は大地を豊かにし希望があるが、雨が降らなくなり荒れ果て、水分も無くなって人間も脂っこく血も濃くなり、欲望があらわになる。未来に希望がない絶望的な状況を作ってみたかった。セットは乾涸びたひびのはいった円形で、そこに舟が一槽転がっていて、目標を失ったものようにしている。舟の中でいろいろなことも行い、舟が棺桶にも見えるようにして最後にリアたちも入り、幕をお降ろすようにしたい。しかし、最後はシェイクスピア作品なので少しは救いがあるようにしたい。それは観てのお楽しみということにします。 ●今回、『鹿鳴館』に続き、息子さんの岳大(たけひろ)さんと共演ですね。 『鹿鳴館』の芝居の前から『リア王』の本読みを親子でしていました。今回、同じ場面での登場は少ないのですが一緒の時は「上手くやれるかな」と心配になりなす。 ●道化は大事な役をしますが今回の演出は? 重要な役ですが、なかなか台詞の内容が伝わり難い役だと思います。道化のイメージは賑やかで笑わせる役と捉えがちで、少年や女性がやっていますが、今回は何もかも知っている解脱したお坊さんのようにしたいと思っています。道化はいつの間にか居なくなって、死んでしまったのだろうかと思わせますが、道化だけの衣装がぶら下がり風にゆれているようにし、首を吊ったのかなというイメージにしたいと思います。 二組の親子の関係がメインストーリーになっています。親子の亀裂、不信等現代的な要素があり、分かりやすいと思います。この作品の人間関係は複雑なので、ストーリーをはっきりさせ分かりやすいようにしたいと思っています。 ●神奈川の鑑賞会の会員にメッセージをお願いします。 「幹の会」として毎年一回上演して行きますが、これからも演劇鑑賞会の要望が有れば毎年上演していきます。「リア王」は、絶望的な状況のなかでも、親子の不信という人間関係で一番哀しいことが芝居になっています。しかし、シェイクスピアの作品の中では一番現代性があり、皆さんの心に直接訴え掛けるものがあります。遠い昔話ではなく、現代劇として観ていただけたらと思っています。 |
|||
| ☆観劇会当日の様子 | |||
![]() |
![]() |
||
| 会場に貼り出したのですが、観劇後見ている方が結構いました。 | 会場に貼り出した、シェークスピアの年表 | ||
![]() |
![]() |
||
| 花束です。 | 花束渡し | ||
![]() |
![]() |
||
| ☆感想文 | |||
| ★もう一度観たいと思いました。 (30代女性) ★とても分かりやすく楽しかった。衣装が素晴らしく良かった。 (40代女性) ★感動して最後は涙が止まらなかった。 (50代女性) ★「リア王」よかったです!舞台装置も衣装も照明も役者もよかったですね……。前半は息もつかずに見入ってしまいましたが、後半、ちょっと疲れたかなぁ…シェークスピアでおもしろい、と思ったのは 昔、市川染五郎(お父さんの方)がやった「ハムレット」だけだったんですが、今回のはおもしろかっ た♪ (40代女性) ★舞台装置がとてもシンプルにも関わらず効果的なのに驚きました。演技の迫力で装置等あまりいらないと思いました。人間の本質を考えさせられる良い芝居でした。 (50代女性) ★話が暗いのは分かっていましたが、舞台まで暗くて後の方だったので大変観にくかった。 (50代女性) ★台詞が多すぎて疲れた。どなり過ぎ。曲や音楽が突然入って、少し違うような気がした。 後半の方が落ち着いて観られた。 (50代女性) ★人間の優しさ、醜さが全て感じられて、良く知っているストーリーでも再認識しました。 感動しました。 (50代女性) ★皆芝居を集中して観ているのでとても素敵だと思いました。余りにも素晴らしかったので、言葉がありません。 (50代男性) ★舞台情景が枯木と小舟のみで簡易過ぎてつまらない。煙幕が多く喉口がむせ返る。 (50代女性) ★途中歌が入っていてミュージカルではないのにおかしい。 (50代女性) ★迫力があって良かったです。財力がないと王でも捨てられてしまうのかと、自分の老後と重ね合わせてしまいました。 (50代女性) ★すごい迫力だった。「横須賀でこんなすごい芝居が観られるなんて」と感動した。後のドアが締まる 音が効果的で瞬時に場の空気を変え、照明の力も相俟って奥行きが感じられる。平さんの絞り出すよう な渾身の演技に引き込まれ、狂気の世界のひょうきんさと好対称をなす。客席からの登場も親しみを増し、エドマンドは時々セリフを噛んでいたが、立姿はホレボレとして女は皆なびくであろうと思わせてくれた。最後のイマジンの曲にはビックリした、少し違和感あり。 (50代女性) ★「人に愛されたい」という思いは常に人の心にあり、その思いの強さゆえに悲劇が生まれるのだと改めて痛感しました。 (50代女性) ★時代を超えてあり続ける愛や親子の情が、この戦乱の時代と現代にあやうくなりつつある不安を感じているのではないかと思います。こんな根本的な価値が無くならないようにしなければ……と思います。 (50代女性) ★「人間の本質とは」という事を考えさせられた。平幹二朗は素晴らしい。心臓に響く声とセリフ。とにかく良かった。 (60代女性) ★古い劇なのに、何故か今の世の中にぴったりに感じました。素晴らしい迫力で最高でした。 (60代女性) ★迫力のある素晴らしい舞台でした。主演・演出を兼ねる平幹二朗さんのエネルギーが、ぞくぞくする程に感じ……、ただただ感動!親子共演これからも楽しみの一つです。現代に通じる親子の絆の強さ・脆さを痛切に考えさせられました。 (60代女性) ★私はジーン・ジワリを感ずる為に観劇に来ています。演技に引きつけられたが、ジーン・ジワリを体感出来なかった。シェイクスピアは難しい! (60代男性) ★素晴らしかった。脱退しようかなと思う時がありますが、時々今日のようなお芝居に出うと又続けようと思います。 (60代女性) ★前半は舞台が余りにも暗く、役者さんの表情がほとんど伺えなかった。照明で工夫してもらいたい。所々で全体的に明るくしても良いのでは?平さんは重厚でせりふも良く通り、見応えある舞台だった。 (60代女性) ★人間の苦しみ・悲しみがひしひしと感じられとても良かった。暗い舞台も、又ジョン・レノンの音楽もぴったり合っていた。 (60代女性) ★身近な所でこんな良い物を鑑賞出来るという事をもっと多くの方に知って頂けたらと残念に思いました。 (60代女性) ★何十年振りに本格的な舞台を拝見した。内容は現代に通ずるもので勉強になった。ライティグや舞台の利用等最高でした。 (60代女性) ★シェイクスピアの描く世界は重すぎる。残酷なシーンや難解なセリフも多くて…。こんな時代だから観ていて楽しくなるものを望みます。 (60代女性) ★シェイクスピアが人生の終末をどのような思いで書いたのか、年令を重ねてみて分かる事発見があるのではないでしょうか。 (70代以上女性) ★今まで観た『リア王』の最高のリアでした。大感激。会員増えて良かったですね。(70代以上女性) ★小学生の時に読んだ「リア王」は何と暗い悲しい話だと思った。劇は初めて…。平幹二朗は素晴らしい熱演で他の役者もその熱に引きずられる様に見事であった。現在に通ずる内容で、これに似た悲しい話を数々耳にし、又かって身近にも起こった事がある。久し振りに心を打たれ考えさせられることであった。 (70代以上男性) ★リア王の物語は自分とは掛け離れた事と自分勝手な解釈をしていたが、この度演じる方と息が一つになれ、時にはあまりの惨めさに顔を伏せ、息を止める事もしばしば。又身を乗り出して観せて頂きました。80才近く色々の道を通って来たと思っておりましたが、まだまだと、裸になって荒野で眠れるまで頑張りたいと感じました。 (70代以上女性) ★すごいリアでした。平さん鬼気迫る“リア”を見せてくれました。言葉なし。 ★翻訳物は台詞が難解で良く分からないので、あまり好きではありません。この「リア王」は現代的な分かりやすい言葉で、内容も人間関係や親子問題など、身につまされる台詞があったりして、身近に感じられました。いつの世も本音を言うのは難しいですね。 ● 女性の声 ◆ 男性の声 《十代の声》 ◆試験前日にもかかわらず、平幹二朗さん目当てで来ました。以前見たことあったんですけど「こんな話だったっけ?」て感じです。一幕の最後は冷めました。丸見えだし、音立ってたし・・。(中略)シーン一つ一つが途切れてる感じがした。あまりつながっている気がしなかった。でも、やっぱりリア王。つまんないわけはない。平幹二朗さんよかった。長女役、三女役も知ってる人でよかった。でも、改善すべき点はあるんじゃないですか・・・、なんて素人なのにすいません。 (4087 石井伸也) 《三十代の声》 ●思っている事をうまく表現出来ずに誤解されてしまう事もあるので、リア王もそのところを良く理解してコーディリアの気持ちを解ってあげていれば、悲劇は起きなかったと思う。最後のカーテンコールで全員奥に入って前列の人がしゃがんでお辞儀をした時、新橋さんの姿勢がとても重みがあって良かった。 (4028 佐々木恵美) ●もう一度観たいと思いました。 (6051 石渡昌江) 《四十代の声》 ●服装が重厚な感じが出ていて良い。「リア王」は初めて見ましたが、シェイクスピアの言葉が良い。 (ファム) ●役柄はどうあれエドマンドの足が長くカッコの良かった事がとても印象的でした。リア王の上辺だけで判断するやり方も我が身を狂わせてしまいましたが、どんなに身分が高い人間だからとはいえ、妻以外の女性に子供を産ませ、その子供に一生みじめな思いを味わせ、背負わせ、性格をねじ曲げさせてしまった原因は皆両目をくり抜かれたグロスター伯爵にあると思った。自分自身が光を失いやっと気づくとは、なんと悲劇的な事か。人間の生き様が描き出されていて、とても考えさせられました。時折笑える 部分もあり、楽しく拝見させて頂ききました。(藤井千恵美) ◆平幹二朗さんのシェイクスピア劇は96年の『メジャー・フォー・メジャー』以来ですが、今回の『リア王』の方が完成度は高かったと思います。平さんのシェイクスピア劇への熱い思いが伝わってくるような舞台でした。特に、平さん自身が演出を担当したことも大きいと思います。シェイクスピアが描いている、親子の間の愛情と葛藤、人間の持つ権力欲や支配欲、上昇志向などは充分に現代に通じるテーマで、現代を生きる私達に多くの問いを投げ掛けてくれていた気がします。(長野和範) 《五十代の声》 ●〃賢くなってから老いなければならない〃という言葉が印象に残りました。本当の心が読めるようになってから老いたいと思う。リア王もさぞ残念であったろうと思います。リア王の演技がとても迫力があり、身につまされるようでした。(コンチェルト 佐藤志津子) ●すごい迫力だった。「横須賀でこんなすごい芝居が観られるなんて」と感動した。後ろのドアが締まる音が効果的で瞬時に場の空気を変え、照明の力も相俟って奥行きが感じられる。平さんのしぼりだすような迫真の演技に引き込まれ、狂気の世界の剽軽さと好対照をなす。道化、ケント、グロスター、ゴネリル、エドガー、リーガン、皆持ち場を良く心得、演じ、絶妙のバランスを取っている。客席からの登場も親しみやすく、エドマンドは時々セリフをかんでいたが立姿はホレボレとして、女性は皆靡びくであろうと思わせてくれた。 ( S・K) ●舞台情景が簡易すぎて、つまらない。藤木孝の歌はマイクを使わず生声の方が良いのでは? (いとう) ●迫力のある舞台。人間とは?考えさせられますね。さすがシェイクスピア、長いセリフを見事にこなす役者さん達、少ない舞台装置でみごとでした。 ●演出、キャスティング等すばらしい舞台でした。 ( 亀田知子) ●それぞれの親子の情に触れ、感動しました。老いた我が父を思い涙が止まりませんでした。 ▼人間のやさしさ、醜さが全て感じられて、良く知っているストーリーでも再認識しました。感動しました。(やぐるまの会) 《六十代の声》 ●芝居を観終えて何とも言えぬ重苦しいやりきれなさが残った。主演の平幹二朗の力演はさすがであったが、暗くおどろおどろした舞台の中で唯一華やかな衣装の二人の娘の勝気なセリフ回しと自己中心的な生き様が現代に通じる感を受けた。リア王の名台詞、改めてかみしめている。 (6052 岡野厚子) ▼旅公演の初日なので少々かたくなっているのかなーとの思いで観ましたが、そのようなことも無く白熱した舞台でした。平幹二朗さんの卓越した演技、声の使い分けによって、人の心のひだをかいま見たような気がする。又、古今東西を問わず人間の愚かさや、おぞましさと同時にやさしさと温もりをほのかに感じられる作品だった。(うるの) ◆前略。二人の父が狂気と失明の中で始めて真実を見いだす姿は凄味があり、道化が不可解に姿を消す意味は考えさせられる。終幕、父とコーディーリアの亡骸が並べられてたまらなく哀れを誘う。荒野の装置が良く、降り注ぐ雨に一条の光は効果的である。リア(平)の演技は鬼々迫り迫力があり、グロスター伯(坂本)と追放された忠臣ケント(勝部)が好演。後略。 ( 平光 晋) ▼古い劇なのに、なぜか今の世の中にぴったりに感じました。素晴らしい迫力で最高でした。 ◆古くて新しい題材で、とても良くその感が出ていました。(渡辺) ●前半は舞台が余りに暗く、役者さんの表情が殆ど伺えなかった。照明で工夫してもらいたい。平さんは重厚で台詞もよく通り見ごたえある芝居をして下さった。 (4014) ▼身近な所でこんな良いものを鑑賞出来るということを、もっと多くの方に知って戴けたらと残念に思いました。 《七十代以上の声》 ●リア王の物語は小さい時に軽くふれただけで、もっと自分とは掛け離れた事と自分勝手な解釈をしていた物ですから、この度最前の良い場所で、演じる方と息が一つになれ、時にはあまりの惨めさに顔を伏せ、息を止めることしばしば。身を乗り出して見せて戴きました。80歳近く色々の道を通って来たと思っておりましたが、まだまだと裸になって荒野で眠れるまで頑張りたいと感じました。ありがとうございました。(森シズヨ) ●素晴らしい舞台でした。久しぶりに重厚な舞台で疲れましたが快い感動です。(今野利子) ●今まで見たリア王の最高のリアでした。大感激。(ケヴィン) ▼小学生の時に読んだ「リア王物語」は何と暗い悲しい話だと思った。劇は初めて・・・。平幹二朗のリア王は素晴らしい熱演で劇団員もその熱に引きづられる様に見事であった。物語は現在にも通づる内容で、これに似た悲しい話も耳にし、又かつて身近にも起こったことがある。久しぶりに心を打たれ、又、考えさせられる事であった。(真壁) 《サークルの声》★初日ということでしたが簡素化された舞台、小人数に して照明、効果音にて素晴らしい迫力でした。あんなに大変な台詞と体 力。俳優さんは流石と見ごたえのある舞台でした。 ★演鑑久々のヒット作でした。ここ2〜3年来観た作品の中で一番感激しました。どの場面も息もつかせぬ迫真の演技でこちらも身じろぎもせず魅了された3時間でした。良い作品が呼べると絶対会員増につながると思った。 (すずしろ) ★リア王の生きざまは現代も同じように繰り返されています。人間何が大切なのか考えさせられますが、人間の行き方は永遠のテーマかもしれません。(さんご会) ★シェイクスピア劇の演出は難しい事とは想像出来ますが、日本で上演するのはさらに困難だと思われます。皆さん熱演でしたが、なにかしっくりとしませんでした。期待していただけに少し残念な思いです。 (綾乃会) ★分かりやすい脚本で、平さんの素晴らしい台詞回し、はぎれよさが良く分かりました。洋物には珍しく飽きさせないものでした。 (4048) 今回は、迫力があって感動したという感想が多く見受けられました。そして、古典の中に現代的意義を受け止めたという感想もあり好評でした。六十代以上の方に舞台が暗いとか、シェイクスピアは難しいという感想も散見しました。 (シラノ) |
|||
|
|
|||